波が強くなっているのか、既に子供は浜辺から50m近くも遠ざかっている。底は子供が溺れるには十分すぎるほど深い場所だ。
浮き輪があるおかげで今は大丈夫だが、悠長にしていられる時間はない。フェリクスは全力で泳ぎ続ける。過去にマフィアとして生き抜くための訓練の一環として、水泳をベルナデッタから教わったのが功を奏した。
「ぬおおおお!荒波などに負けるものかあああ!!」
叫ぶ必要性は一切ないが、気合を入れる為に声を出し続けながら泳ぐ。距離はあと10mといったところだが…
「ぐぬぬぬ!波が強くて全然近寄れない!」
フェリクスのいる位置は並大抵の人間が気軽に泳げる場所ではない。水の深さは言わずもがな、波の一層強まっており、フェリクスがどれだけ泳いでも波に押されてしまう。
もはやリリィの声どころか姿すら見えにくい場所まで離れており、これ以上とどまっていれば子供どころかフェリクス自身も危うい。
「こういう時こそ…ブンシンの出番だ!」
瞬間、フェリクスはアルターエゴを発動し分身を生成!分身体はフェリクスの頭上に現れ、同じ水着の格好をしている。
「よーし!生成完了!」
「ごぼッ…ちょ…早く…溺れるから早く!!」
本体の方のフェリクスは踏み台にされてる状態というのもあり顔半分が海に沈んでいる。本体がくたばったら元も子もない、分身体のフェリクスは本体の体を土台にジャンプした!空中に飛べば波の強さは関係ない!
「うおりやああああ!!」
飛距離は十分、勢い余って子供に衝突しないよう少し離れた場所で着水。
「ぷはぁ!おーい!大丈夫かー!!」
分身体のフェリクスはすぐに泳いで子供のもとへ近づくことに成功。子供の顔色はかなり悪く、長時間水に体を漬けさせてるのもあってか身体が冷えてきてるのだろう。
「…こりゃ、急いで戻らないといけないな。ごめんね遅くなって、元の場所に戻るまで少し時間が掛かるけど大丈夫?」
返事こそしなかったが、子供は静かにうなづき同意した。フェリクスは子供を背負い、浜辺に向かって泳ぎ始める。
「さぁ、早くお母さんのもとに帰るよ!しっかり捕まって…アァ?」
その瞬間、フェリクスの脚に何か違和感を感じた。掴んでいる、手とは違う名状し難い何かが、フェイクスの右足を掴み取ってる感覚を感じた。
「ッ!!ごめん!ちょっと無茶なことするけど我慢して!私!!この子を頼んだー!!」
「ハァ!?ちょ、何をってえぇ!?」
危険を察知した分身体のフェリクスは、なんと子供を思いっきり本体の方へと投げ渡した!少し驚愕こそすれど本体のフェリクスはしっかりと怪我をしないようキャッチ!
「オイ!なんの相談も無しになに…を…」
一言文句を言おうと分身のいた方へと目を向けるが、そこには誰もいなかった。さっきまで分身体のフェリクスの姿がどこにも見えない。困惑するフェリクスを前に、子供は小さく怯えるような声で呟く。
「引っ張られたの…あそこまで…でっかい怪物に…」
意味こそ理解はできなかったが、状況は極めてまずいことは嫌でもわかった。その場から離れるべくフェリクスは急いで泳ぎ始める。
(分身の反応は依然として残っている…何かと戦っている?それも水中で…敵がいるとするなら猶更早くしないと…!)
今のフェリクスにAKWであるホオズキは持っていない。つまり抵抗するすべはほぼないに等しい。幸いにも分身体はまだ残ってることは感知できる、おそらく水中に潜む何かを相手にし時間を稼いでくれてるのだろう。
幸運にも波も落ち着き始め順調に浜辺へと近づいている。向こう岸に多くの人だかりが集まってるのも視界に見えてきた。
「よし、あと数分もしたら向こうに…ッ!」
瞬間、フェリクスにある感覚が襲った。分身体がやられた。海の底に沈んだ魔力の塊が消えたのを本能的に感じ取れたのだ。
「まずいな…泳ぎで体力消耗してるし、これ以上分身を呼び出せる余裕はないぞ…!」
こうなれば全力で泳ぐしかない、逃げるしかない。海の底にいる何かが諦めて去ってくれてるなら話は別だが、フェリクスの第六感がそれを否定してる。その何かは、自分のもとへと襲おうとしてると。
「頑張って!あと少し!あともう少しで浜辺に…」
「きゃああああ!」
「どうし…なっ!?」
子供の悲鳴を耳にしたフェリクスが振り向くと、そこには子供の小さな足を掴んでいる何か…触手があった。形状からして軟体生物のものだろうか?しかし、それは今はどうでもいい、重要なのはこのままでは先の分身の如く子供が引きずり込まれるとう事実だ。
「この!子供から離れろ!セイヤッ!!」
フェリクスはとっさにチョップを放つ。流石に切断とはいかずとも、思いがけぬ反攻に驚いてか触手は子供の足から離れる。すると海中から新たに触手が三本追加で出現し、今度はフェリクス目掛け襲い掛かる!
(ここはまだ人が入ってくる領域だぞ!?こんな場所にまで来たら客にも…いや、今気にすることじゃない!)
「セイッ!セイッ!セイヤァッ!!」
子供を守りながら触手に幾度もなくチョップで応戦。だが、荒波を泳いだことによる体力消耗もあってか、チョップの威力は通常より半分以下しかだせず、触手というのもあってか効果はないように見える。
(逃げるか…?いや、こいつに背を向けたらまた子供に…)
思考を巡らせた瞬間の隙をつくかのように、触手はフェリクスの足を絡めとった。
「ンアッ!?クッ!この…」
振りほどこうとするが、別の触手がフェリクスの腕を掴むように絡めとり、完全に泳げない状況になってしまう。
「あっ…これ、マジでヤバイかも…」
脳裏に死の予感を感じ取り、冷や汗が流れ落ちた…その時だ。
「ウオリャアア!!」
背後から大声をあげ、飛び掛かるように触手目掛け接近する大きな影…リリィが乱入!鱗を纏った尻尾でフェリクスを掴んでいた触手を弾き飛ばす。そして、そのまま飛び込むよう水中にもぐり、フェリクスの為に持って来たホオズキでフェリクスの足を掴んでいた触手を切断!
「っプハァ!」
水中から顔を出し、濡れた前髪を手で軽く整えながらフェリクスに顔を向ける。
「オイ!二人とも無事だよな!」
「リリィさん!ありがとうございます助かりました!」
「礼は後でいい!早くこっから離れるぞ!悪いが子供の方はそのまま背負っとけよ、オレじゃ鱗で怪我させちまうからな!」
「ハイ!わかりました!」
フェリクスの腕を掴み、再び浜辺に向かって泳ぎ始めた。触手が反撃で襲ってくる様子はない。
「…まさかビーチで魔物と戦うハメになるとはな」
めんどくさそうな声でリリィは海の方へ一度振り返りながら呟くように言った。
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