太陽が真上に浮かぶ真昼間。ヴァイスサンドビーチから離れた場所に位置する海上では、熾烈なる激戦が繰り広げていた。
「ウオラァッ!!」
迫る触手をリリィはグランドで弾き飛ばし、触手は逆向きへと降り曲がるがすぐに元に戻る。相手は軟体生物、骨がない以上打撃では攻撃を防ぐことしかままならない。
「チッ…せめて本体が浮かび上がればまだマシなんだが…!」
周りを見渡せば最大速度で航行中にも関わらず、まるで取り囲むように触手が海から現れており、それぞれの触手が最も近い位置にいる得物に狙いを定めている。
そして、先ほど襲ってきたのとは別の触手がリリィを狙う。
「あぁもう!しつけぇんだよ!!」
再びグランドを叩きつける…が、今度は弾き飛ばされず衝撃を吸収されてしまう。
「やっべ、起動し忘れてた!?」
先ほどの触手に攻撃した影響でAKWの軌道が収まってしまい効果を発揮しきれてなかったのだ。いくら力のあるリリィでも効果はない。触手はグランドをうねうねと巻き付きリリィに片腕を掴もうとしたが。
「オラァッ!」
その場へ飛び出したオリビアが触手を殴りつける!
「爆ぜろ!」
オリビアの掛け声と共に殴った場所に爆炎が発生。触手は爆炎の破壊力を前に千切れ、リリィの腕を掴んでた触手とは切り離された。慌てるように数m分の先端を失った触手は逃げるよう海底へ消えていった。
「助かったぜオリビア!」
「起動は忘れるな!下手したら死ぬぞ!」
「わかってるよ!次から気を付けらぁ!」
持ち手にある引き金を引いてエンジンを起動させてるリリィを尻目に、オリビアは辺りを見渡した。
「…これは、かなりまずいな」
その言葉通り、既に状況は危機的と言えるほど追い詰められていた。
職員たちも機関銃などで応戦し、攻撃してきたらAKWで防いでいる。だが今だ防戦一方、討伐には届かない。それどころか。
「クッ!この野郎!」
「撃て!とにかく弾幕を浴びせるんだ!」
ライフルを手に持ち仲間と共に銃撃を行う。ハッキリ言って大したダメージにはならないが牽制としては十分だ。しかし。
「よしこのまま…ってうわぁ!?」
荒波に当たった影響で船が大きく揺れる。船場での戦闘はほぼ初経験ともいえる彼女たちはバランスを崩さぬよう足を踏ん張り、中にはこけてしまう。その時を、銃撃が収まった瞬間を、触手は逃さない。
「あぁもう、せっかくの髪型が崩れ…へ?」
思いっきりこけて仰向け状態になっていた一人の職員が起き上がろうと視線を足元に移すと、片足には一本の触手に捕まれていた。汗がどっと溢れすぐさま槍型AKWを手にしようとするが既に遅く。
「えっ!?あっ!?うわあああああああっ!!」
軽々と持ち上げられそのまま甲板から引き離され、海中へと引きずり込まれてしまった。
「そんな!?ミアァ!?」
「オイ!立ち止まるんじゃねぇ!避けろ!!」
リリィの叫び声にハッとなった職員が辺りを確認しようとすると、すぐ隣に触手が迫っていった。
「ぐべぁ!?」
そのまま頭部を叩きつけられ、首をへし折られながら甲板を転がり、壁に打ち付けられた。もはや助かる見込みはない、即死である。もはやここは戦場、少しの隙によりあっけなく命を失ってしまう。
「クソ…このままじゃ全滅してしまうぞ…!」
リリィの額に汗が零れ落ちる。この触手と戦闘が始まってまだ10分も経っていないが、既にシルト社の職員は今ので8人も海に引きずり込まれ餌となり、3人が触手の打撃を食らい戦闘不能または死亡している。
「セイッ!セイヤァ!!」
「こっちを狙ってみろ魔物め!」
すぐ近くではフェリクスがアルターエゴで呼び出した分身と共に三本もの触手を一度に相手取っている。被害が多く出てることを察し可能な限り引き付けようとしているのだ。
(…なんでこんな場所にこれほどの魔物がいるんだ?)
オリビアは触手を相手取りながら考え込んだ。
本来、こうした強大な魔物は企業ではなく政府、つまり軍が駆除すべき対象だ。ましてやここはグロリア帝国における観光資源、異常気象で熱くならないと人は来ないとはいえ、魔物を放置するわけがない。
そもそもとしてレーダーに探知されないよう魔力を消すような知性を持つ魔物がこんな場所にいること自体おかしい。強い魔物は群れも作らず静かな場所を好み、人間の目につかないような場所で暮らす習性が確認されている。
それに魔物の餌は魔力の高い生き物を好む。人間も魔力を持っているが、これほどまでに強い魔物となればわざわざ深海から浮上して人間を襲うよりも、同じ深海で生息している魔物を狩るのが普通だ。
誰かがここに意図的に誘導した…いや、放流でもさせないとこの場所にいる理由がわからない。
(まさか…いや、魔物の実験を続けてるやつがまだいるわけ…)
思考するのを邪魔するかのように、容赦なく触手がオリビアを狙う。
「…今は考えてる場合じゃないか!」
オリビアは襲い掛かる触手を殴り、そして爆炎で吹き飛ばして攻撃を跳ね除ける。だが、以前として状況は変わらない。オリビアとてこのまま消耗し続けたら魔力切れに陥ってしまう。
「ネフェリ!ハッキリ言わせてもらうがこのまま耐えてばかりだといつか負けるぞ!対策はねぇのか!」
「ないね!私もここまで大物だったとは思いもしなかった…よッ!」
触手を槍で突き刺し、引きちぎりながらネフェリは答える。彼女もまた余裕はない。本人の体力自体は問題ないが、次々と海に引きずられていく仲間を前に指揮が崩壊しつつあるのを感じ取っていた。
こうなれば撤退も視野に入れるべきかと考えてた…その時。
「…あ?」
「セイヤ…あれ?」
「触手が…海へ戻って行ってる?」
突如として攻撃は止まり、周りを取り囲んでいた触手が海へと沈んでいった。突然の状況を前にオリビアたちとシルト社の職員たちは戸惑い、その場に立ち尽くす。
「もしかして逃げたんですかね?」
「傷を再生するためにも魔力は消耗するからな、あり得ない話じゃねぇが…」
「…ともあれ、討伐はできなかったが今がチャンスか。また奴が来る前にこちらも引き下げるとしよう」
戸惑いは残りつつも、これ以上の継戦は不可能と見たネフェリは退却すべ職員に命令を下し撤退の準備に取り掛かった。早期に片づけてほしいという本社からの頼みは失敗に終わるだろうが、多くの被害が出てる今の彼女たちではどうしようもない。
「………」
だが、オリビアだけはデッキから海の底を覗き込んでいる。その目には極めて強い警戒心を持っている。
「…なにか違和感でもあるのか?オリビア」
リリィは様子のおかしいオリビアに近づこうとしたが、瞬間、オリビアの目は大きく見開く。
「違う…海の底から感じられるこの魔力は…まさか、いや、間違いない…!!」
「オリビア?」
「ネフェリ!!今すぐプロテスフィールドを展開しろ!!」
船全体に響き渡るような大声でオリビアは叫ぶ。思わず耳を塞いだリリィは驚きを隠せない様子だ。
「オイオイ!何がどうしたってんだよ!」
「あの魔物は逃げたんじゃない!攻撃の準備を始めてるんだ!!」
「何!?」
「魔法を使えるのは人間だけじゃない!魔物だって使える!海中から異常までに強い魔力を急に感じ取ったが、あれは魔法を放つ予備動作だ!!あと10秒もしないうちに攻撃が来るぞ!!」
ネフェリも目を見開き、すぐさま無線を手に取った。
「プロテスフィールドを展開せよ!!そして衝撃に備えるんだ!!」
その号令から数秒もしないうちに船をドーム状に包みこむような濃い黄色のシールドが展開される。これこそがプロテスフィールド、武装船を粉砕するような攻撃も防ぎきれる強力な防御壁だ。
「オイオイオイ!これ本当に大丈夫だよな!?ぶっ壊されたりしねぇよな!?」
「安心しろ!この船に搭載されてるプロテスフィールドはウチの企業の中でも一級品の奴だ!破られはしない!!…多分」
「え?多分って言いました?今さっき多分って言いましたよね!?」
「…来るぞ!!」
オリビアの一言が発せられた瞬間。周囲の海が濃い青紫色に発光し、武装船は吹き飛んだ。
「うおああああああ!?」
「ひえええええええ!?飛んでる!?船なのに飛んでるぅ!?」
武装船は真上へと飛び上がり、信じられない光景にフェリクスは叫ぶ。オリビアは武装船を打ち上げた正体を見るべく下を覗き込むと、そこには凄まじい光があった。
「レーザー光線…聖魔法か!それもこんな高威力の…!」
聖魔法。その詳細は今は話せないが、レーザー光線や波動弾めいた破壊力のある攻撃を専門とする魔法と理解してくれれば構わない。
ガガガッと壁を削るような音が鳴り響く。プロテスフィールドの防御壁が耐えている…いや、削れている音だ。このままプロテスフィールドが壊される…かに思えたが、突如として削れる音と光が消える。レーザーが止んだのだ。
「…これはチャンスだ!!」
瞬間、オリビアは間髪入れず武装船を駆け出し、なんと飛び降りた!
「えっちょ!?何してるんですかしょちょー!?」
「まさか…アイツあれをぶちかます気か!」
フェリクスは驚愕し叫ぶが、リリィは何をやるのかを察し目を輝かせた。
(今なら狙える…!魔物の位置はレーザーの発射されたとこを中心に見ればどうにかなるッ!)
決してオリビアは狂ったわけではない、今この時こそ魔物本体に直接攻撃を与えられる大チャンスと見ていたからだ。
あれほどの強力な聖魔法を使ったとなれば魔力消費も激しく、魔物とて疲弊は免れないはずだ。それに今の武装船の位置であれば、味方が巻き添えになることは無いと判断しての行動なのだ。
「久々に…思いっきりぶちかましてやるよ!!」
オリビアは着けていた魔導具であるグローブを脱ぎ捨てた。それは魔力を調整し、必要以上に爆炎を広げないために装着していた代物。そう、今のオリビアはリミッターを外した状態なのだ!
「船が落ちてきたら洒落にならねぇ…位置は細かく狙えないが、だいたいの場所さえわかれば十分よ!」
右手に埋め込まれた赤い魔石が強く発光する。オリビアのみならず、魔石に宿る魔力も解放させ、今あるすべての力を解き放つ。そして…
「エクスゥ……プロオオオォォジョンッ!!」
大声と共に、海上に巨大な赤い魔法陣が展開され、次の瞬間。
凄まじい爆炎発生!海を消し飛ばすかのような衝撃波が辺り一帯を襲う!
「ぬわああああああ!?今度はなんなんで…あっつ!?」
飛び散った火花が肌に当たり声を上げるフェリクス。リリィはデッキから真下を覗き込んでその様子を目にしていた。
「ハハハハハハッ!ひっさびさに見たぜ!アイツの最大火力のエクスプロージョン!ド派手で最高だなァ!!」
リリィは極めて上機嫌に笑いながら爆炎により吹き飛ぶ波の様子を眺めていたが、すぐに上空へと目を向ける。
「あれだけの勢いだ、オリビアだってぶっ飛んだはずだ…ってなるとアイツが落ちてくるのは…!」
その予想は見事的中し、爆炎の衝撃波によって武装船より真上に打ち上げられたオリビアはそのまま甲板目掛け落下。リリィは難なくキャッチし、お姫様抱っこのように抱きかかえた。
「よぉ、随分派手にやったな」
「…悪い、今魔力なくて喋る気力もない」
「だろうな…しばらく寝てろ」
フェリクスは唖然とした様子で二人を見ていた。彼女はまだ入って数日とはいえ、その凄まじい強さを前に戦慄と、胸の高まりが止まらなかった。
「…いったいどれほどの修羅場を潜り抜けたらとっさにあんな行動を…」
「アイツらとは数回一緒に任務を共にしてきたが、ほんとあの度胸は驚かされるばっかりだよ」
その横にネフェリがたちフェリクスに二人の事を語りだす。
「前に魔物駆除と同行した時は倒れたウチの職員を助けるべく、口の中にもぐりこんだりしたらからなぁ」
「そこまでしたんですか!?」
「あぁ…フェリクスはまだ入って数日だろ?ついていけそうか?あの二人に」
「…お二人には返し切れないほどの恩があるんです」
片手を強く握りしめながらフェリクスは決心したような目つきでネフェリに顔を向ける。
「私はその恩に報いるためなら、最後までついて聞く所存ですよ!」
「…あんたもなかなか覚悟が座ってるな」
「おーい、ネフェリ」
二人の会話に割って入るかのようリリィが声を掛けた。
「あぁ、どうしたリリィ」
「今この武装船は打ち上げられたんだよな?」
「そうだな」
「ならこのまま落下するよな?」
「そうだな」
「この高さから落ちても大丈夫だよな」
その問いを言われた瞬間。ネフェリは5秒ほど口を閉じた。
「…プロテスフィールドを信じろ」
「あぁ!!こうなるのは知ってたよチクショオオオオ!!」
武装船は、重力に従って下へと落ちて行った。
「…生きて…いるんですよね…?私たちは…」
「クソ痛ェから間違いねぇよこんチクショウ…」
「…プロテスフィールドに金注ぎ込んだ甲斐があったな」
プロテスフィールドの防御壁による衝撃吸収で武装船共々に木端微塵になる末路は避けられた。落ちた衝撃で体が浮き甲板に叩きつけられたが、幸いにもリリィらとシルト社の職員たち含め全員無事な様子である。
「しょちょーは大丈夫ですか?」
「今の衝撃で完全に伸びてるな…しばらく目覚めねぇぞこいつ」
白目を向いて甲板の上でオリビアは横たわっていた。魔力を使い尽くした影響で体も万全な状態でなかった故に仕方ない、むしろ死んでないだけでも凄いことだ。
「ともあれ、あれほどの爆炎を食らえば魔物も…無…事…」
ネフェリが起き上がり辺りを見渡したその瞬間。信じられないものが目に映った。
武装船は砂浜が見える位置まで着地しており、無人の屋台が並ぶ様子が見えるほどに近づいていたが、その砂浜に奴がいた。
巨大で吸盤のついた複数の触手を動かし、大きく尖った頭、気味の悪い目。そして、軟骨部分には白色に光る大きな魔石が露わになっており、全身の至所に焦げ跡があった。
そう、海の底にいた魔物、イカ型魔物【ザンクカルマール】である!この者もまた、爆炎の衝撃により海から打ち上げられ、砂浜に着地したのだ!
「バカな…あの魔法を食らっても…生きているだと…!?」
「…ちょうどいいじゃねぇか」
驚愕するネフェリを横目に、リリィは前に出る。
「ネフェリ、オリビアを守ってくれ」
「リリィ?お前まさか…!」
「依頼は魔物を狩ってほしい、だろ?」
「…ですね!海に潜ってないならやりようはありますし、正直この手で倒したかったところです!」
フェリクスもまたリリィと共に歩き出し、武装船から飛び降りて砂場に着地する。ネフェリはその後を追ってデッキごしから二人に声を掛けた。
「二人とも!絶対に死ぬなよ!!」
その声を耳にした二人は振り向き笑顔を向け、再びザンクカルマールの方へと向きなおした、
「…依頼主にそう言われちゃあ、死なねぇぐらいにガチでやり合わねぇとなぁ!」
「えぇ!絶対に生きてオリビアさんたちを迎えに行きましょう!」
それぞれのAKWを片手にしている。ついに決戦が始まろうとしていた!
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