申し訳ございません
自称しがない情報屋であるネーベルはバーの店員にアイコンタクトを送ると、すぐさま店員は動き出し酒の用意を始めた。
「ここはボクの行きつけの場所でね、よく待ち合わせとして使わせてもらってるのさ」
「こんな秘密裏で、しかも物騒な奴らしかいないような場所でか?」
「ボクの客層は裏でちょっと危ないことしてる人ばっかりなんだよ」
オリビアの問いに笑顔で答えながら、店員から出された一杯のスコッチに口をつける。その表情は笑顔の状態から変わることは無く、いろんな相手をしてきたオリビアでさえ考えを読み取ることができない。
「それで、確かローテ・ヘンドラーについての情報が欲しいんだっけ?」
「話が早くて助かる。詳しい理由は言えないが…私たちは訳あってローテ・ヘンドラーの調査をしたいんだ」
「ふむふむ」
軽くうなずきながら話を聞き、ネーベルの視線はオリビアからフェリクスの方へと向けられる。
「元シュヴァルツアクスの構成員なんて連れて、あんなおっかないマフィアの懐を探りたいとは、命知らずにもほどがあるねぇ」
「…急になんですかあなた。言っておきますけどリリィさんの知り合いであってもバカにするようなら怒りますよ」
素性を知られていた驚愕もあるが、それ以上にバカにするような言動に対する苛立ちが勝り、フェリクスは怒りをにじませる声で警告を出す。その様子を見て満足でもしたのか、はたまた酔いが回ってきたのか笑みは一層強まる。
「いやいや滅相にもない、不快に感じられたのでしたら謝罪しますよ。喧嘩なんてボクにはとてもとても…」
「からかうのはそこまでにしろネーベル。んで、あるのかないのかどっちなんだよ」
「当然、用意してあるよリリィ。特に君たちが興味ありそうなやつを選別して持って来たよ」
ネーベルは手に持っていたスコッチを机に置き、懐から封筒を取り出した。
「こいつは今のローテ・ヘンドラーでアンダーボス候補として名高いカポに関する情報を一通りまとめた資料だ。主なシノギやボクが調べてわかった範囲の経歴も載せている」
「よく集めれたものですね、どうやって得られたんですか?」
「企業秘密」
フェリクスの問いに即答で答えた。当然だ、どれだけ信頼があろうと商売の手段をそう簡単に教える者なのいやしない。ネーベルも例にもれず情報収集の手法は誰にも答えたことは無いのだ。
「…しょちょー、私この人信じれませんよー…ほんとにこんなところから情報買うんですかぁ?」
「嘘だろうが何だろうが手がかりがない以上、買うしかない」
オリビアはあまり納得してなさそうな顔をしてるフェリクスを宥め、ネーベルと目を向き合う。相変わらず糸のように細い目から感情を読み取ることはできない。
「それを買わせてもらう。いくら必要だ?」
「まいど!じゃあさっそく値段…の前に」
瞬間、ネーベルの糸めいた目に隙間が開き、眼光が光る。
「この情報とは別内容の、ローテ・ヘンドラーで今話題の話を聞いてみるつもりはないですかね?」
「話題の話?」
その内容にオリビアが訝しむと、目の隙間が再び閉ざされたネーベルが意気揚々と話す。
「今のローテ・ヘンドラーってものすんっごく慌ただし状況でねえ。特にこれに記載されてる人たちは血の滲むような…実際に血を流したり流させたりして大忙しみたい」
ネーベルは封筒をペラペラとうちわのように扇ぎながら話を続ける。
「それもあって今のあそこは全体的にピリピリしててねえ。余所者は当然の事、組織内の人間同士でもトラブルが発生してて、中には抗争に近いようなことをしですところもあって物騒極まりないたらありゃしない」
「そんな状況なんですか?だとしたらなかなかに大事では…」
「あぁ?その言いぶりからして何か心当たりでもあるのか?」
それを聞いてたフェリクスの反応にリリィは問いかけた。
「あくまでも予測ではありますが、もしかしてシマ争いの真っ最中なのでは?」
「流石元マフィア、察しがいいね」
人差し指を向け、クイズの回答者をほめる口ぶりでネーベルは笑みを浮かべる。
「規模の大きさを問わずあらゆるシマをめぐって血で血を洗うような真似をしてるようで、あいつらは大忙しでね。他勢力を出し抜くためにボクの所に来て情報を求める者もいるぐらい必死みたいなのよ」
「前に流行った麻薬の件もそれが関係してるんでしょうね…」
「だけどよ、他所の勢力を相手にしてるならともかく、仲間のところから奪い取るようなことってありえんのか?」
「いや、仲間を蹴落としてでも目指す目標があるなら話は別だ」
オリビアの発言にネーベルは意外と言いたげな表情を出す。
「どんな組織においても野心家は必ずいる。ましてや裏社会、マフィアとなれば手段を選ばない奴も現れるだろう。現に前に戦ったキュリアは麻薬をシュヴァルツアクスの領域内に広げ、挙句に親衛隊とも手を組んでいた」
「親衛隊…あのホテルの地下で行われてたとされる人体実験が親衛隊と関係してるって話ですよね?前々から聞こうと思ってましたけど、何故親衛隊と結びついてるって確信してるんですか?」
「…すまないフェリクス、まだそれについて話せない」
「あっ!いえいえ!しょちょーがそう言うのでしたら無理に話さなくても大丈夫ですよ!」
表情が明らかに暗くなったオリビアを見て、フェリクスはそれ以上追及はしなかった。彼女にとって便利屋として活動するのは助けてくれた恩返しの為、オリビアの過去を深追いする気はないのだ。
「人体実験に親衛隊?ボクも知らない話で盛り上がってるようだけど、混ぜてもらってもいいのかな?」
「いや悪い、話を遮ってしまってすまない。それで、私の読みはあっているか?」
「あぁ、正解だ。連中はたった一つの目標…空白となったアンダーボスの座を狙っているのよん」
「…なるほど、今はその座を巡って椅子取りゲームをしてる最中ってわけか」
「そういうこと」
アンダーボス。それはマフィアにおけるナンバー2であり、トップであるボスの次に発言力を持つ。その影響力と権力は凄まじく、その座を巡って争いが発生するのはローテ・ヘンドラーに限らず、どのマフィア組織で合ってもあり得ることなのだ。
「つい半年前、ローテ・ヘンドラーでアンダーボスを勤めていた一人のマフィアが病気でぽっくりとお亡くなりになられちゃってね。今に至るまでその後継者がいまだ決まってない状況が続いてんのよ」
「そして、アンダーボスとして相応しいことを示すために麻薬ばらまいたり人体実験に協力したり…一般人からしたらとんだ大迷惑だな」
「でしょー?」
そう言ってネーベルは注がれていたスコッチを一気に飲み干し、神妙な目つきをオリビアに向けた。
「ハッキリ言わせてもらうと、今のローテ・ヘンドラーにちょっかいを掛けるのはあまりにも危険だ。向こうも平時より警戒心や殺気も高まってるだろうし、捕まれば何されるかわかったもんじゃない」
「心配してくれるのか?」
「ボクが君たちに情報を流されるリスクを考えてるだけ」
「オイオイ、ここまで来ておいてまだ信用してねぇのかよ…」
流石の物言いにリリィは呆れを感じる声を出すが、気にも止めずネーベルは話し続ける。
「それを踏まえたうえでもう聞かせてもらう、君は命を捨てる覚悟はできてるのか?」
ネーベルの問いに数秒間をおいて、オリビアは口を開いた。
「聞き方が間違ってるな、私は命を捨てる気も死ぬ気もない。生きて帰り、やるべきことを必ずやり遂げ、アンタの満足いくような対価を払うつもりだ」
それを聞いたネーベルは少しぽかんとした顔をしたのち、手を口に寄せ体を震わせる。
「ンフフフ…アッハッハッハ!よくもまぁあんなところを相手するというのに最初から勝つことしか考えてないとはなんと傲慢な!」
「リリィさん一回こいつぶん殴っていいですか」
「ここ暴力沙汰禁止なんだからやめろ」
バカにするような笑いにフェリクスは拳を振り上げようとするがリリィに止められる。オリビアは特に動揺する様子もなくただ静観していた。
「だがその態度…実に気にいった!今回は特別に料金はいらないよ!」
「え?本当にいいのか?」
「初回サービスってやつさ!それに…」
ネーベルはクスクスと笑顔を見せながらオリビアに向け指を刺す。
「だって君、ちょっと前にブラックジャックで大負けしてたじゃないか。流石に散財してしまった人から更にむしり取るほどボクも鬼畜じゃないよ!」
「んなっ!?どこでそれを!?」
「既にこのカジノにいる客の笑いの種になっていたよぉ。ボロクソに負けてる女ギャンブラーってね!」
それを聞いたオリビアは体をわなわなと振るわせ、椅子から立ち上がる。
「その汚名今すぐ払拭してやる!!こうなったらリベンジだ!!勝つまで終われるものかァ!!」
「えっ!?ちょ!?どこ行くんですかしょちょー!!?」
オリビアはブラックジャックに再戦すべくその場を走るように立ち去り、フェリクスは後を追って行った。
「……まだ資料を受け取ってねぇつうのによぉ」
「いやぁ!流石リリィがついていくだけのことはあるねぇ!面白ったらありゃしない!」
呆れかえるリリィをネーベルは眺めながら愉快そうに笑い、スコッチを再び注文する。
「兎にも角にも、この資料は君に渡しておくよリリィ。大事に扱ってくれよ」
「あぁ、今回は無茶な頼みをして悪かったな。今後も利用させてもらうぜ」
そう言ってリリィは立ち上がり、オリビアの後を追いかけようと歩き出す。
「…君があの子についていくのはただ面白そうというだけか?それとも、親衛隊に近づけると思っての事か?」
さっきまでの愉快そうな雰囲気とは一変したネーベルの発言にリリィは足を止めた。
「リリィ、今更なにをしようとボクは君を止める気はない。だがこれだけは聞かせてほしい。一体何を目的であの子に協力している」
数秒、いや数十秒とも感じられる静寂の末、リリィの重い口が開いた。
「…そんな大それた事じゃねぇ。ただ、オレがそうすべきだと、考えてるだけだ」
そう言ってリリィは振り返りもせずその場を立ち去って行った。
一人残されたネーベルは出されたスコッチを飲み、独り言をこぼす。
「親衛隊がどれだけ恐ろしいのかは身をもって味わってるだろうに…とんだお人好しだな、リリィも」
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