便利屋イグニート   作:文ノ雪

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かんたん潜入捜査失敗!

バニーガールとして働き始め、まだ半日も経ってない頃。

 

「ハーイ!こちらゴルトレイネでございます!」

 

カジノの一角にいたのは、一人の客にカクテルを提供し、輝かんばかりの笑顔を向けながらバニーガールとして職務をこなすオリビアの姿。既にオリビアはこの恰好に慣れ始めていた。

 

恥ずかしさ自体はまだ残っているが、いちいち気にしても仕方ないと開き直ることで接客だけに集中するようになった。

接客自体も過去に何度か似たような任務を受けていたのもあってか様になっており、とても働いて初日とは思えないほど仕事をこなしていた。

 

「オリビアちゃんもうすっかり手慣れてるわねぇ。もう教えることがなくなっちゃったわ」

 

オリビアの教育係として共に同行していたバニーガールはその働きぶりに感心していた。

 

「バニーガールとして働くのは初めてですけど、こうした客と関わる仕事は何度か経験があるので」

「あら、そうだったの?今日来た別のデッカイ新入りちゃんも仕事できてたし、優秀な子が多くて助かるわぁ」

「いやいやそうでもないですよ…特にアイツは今だ慣れてないですし」

 

別の方へとオリビアが向けた視線の先には、いまだカクカクと震えが止まらず、顔が真っ赤なフェリクスの姿が見える。

 

「おおおお待たせせしやしたたルエ…ルエー…ルーエとろろ」

「こちらルーエトロップフェンでございます!どうぞごゆっくり!!」 

 

客を前にして、まるでなにも言葉を発せていない姿を見て焦ったフェリクスの教育係のバニーガールは、奪い取るようにフェリクスから酒を取り上げ、逃げるようにフェリクスの腕を引っ張りながらその場を去っていった。

 

「…心配だ」

「ま、まぁまだ初日だし!きっと続けて行けば慣れていくから大丈夫よ!」

 

不安を隠しきれてないオリビアを励ますようにバニーガールは鼓舞を入れる。いくら緊張してるとはいえあれだけガタガタになるとはオリビアにとっても予想外だった。

 

(リリィは…いや、あいつに限って仕事ができないことはないか)

 

もう一人の仲間であるリリィのことを脳裏に浮かばせるが、特に心配はしてなかった。

というのも、リリィもまたオリビアと同じくらいと言っていいぐらいには、接客業を経験しており、多少のセクハラをされたとしても客に手を出すような真似はしないと思っているからだ。

 

「おっと、このままただお喋りしてたら後で怒られるかもしれないし、仕事に戻りましょうか」

「えぇ、そうですね。では私はこことは別のフロアを担当して来ますね」

「じゃあ任せるわ。あたしはここでいるから、もし何かわからないことがあったらここに来てくれれば教えてあげるよ」

「お気遣いありがとうございます。ではこれで」

 

そう言いながらオリビアはその場を去っていった。

 

(…いびったりしないしいい人だったな。どうせならもっと話とかしたいけど、単独のほうが動きやすいし、巻き込むわけにもいかないからな)

 

ただここで働いていれば情報が得られるとはなから考えていない、今後危険な橋を渡る可能性がある以上、一人のほうが都合がいいのだ。

 

(フェリクスはこの際いいとして…リリィは今頃何してんのかなぁ)

 

 

 

「なぁ、お嬢さん。少しその尻尾を触らせてく」

「こちらお客様がご注文なさいました赤ワインです。では」

 

同刻、別のフロアにて、セクハラを仕掛けてくる客を相手にせず、そそくさと去るリリィの姿があった。

 

「ったくよ…金持ちは品性のないやつしかいねェのか?」

「オイ、気持ちはわかるがあまり声を出していうな」

 

その隣にたつのはリリィの教育係を任されたバニーガールが、おおよそ50cmの差はある身長を見上げながら指摘する。

 

「酔いが入ったり、勝ち続けて気分が高揚しだした奴ほどああいうことはしてくる。こればかりは慣れるほかない」

「どこも変わんねェなァ…接客業ってのは」

「まだ仕事はある、次いくぞ」

「はいはい」

 

愚痴をこぼしながらもリリィはバニーガールの指示に従い歩いていた…その時。

 

「きゃっ!?」

「うおっと」

 

いつの間にか目の間にいた別のバニーガールとぶつかってしまい、彼女の持っている酒を乗せたトレイが手から離れ落ちそうになる。

 

「よっと」

 

だが、地面に落ちかけたトレイはリリィの尻尾で受け止められ、酒もグラスも落とすことなくキャッチすることに成功した。

 

「悪い、前を見てなかった。大丈夫?怪我はないか?」

「い、いえ!ありがとうございます!」

 

ぶつかったバニーガールは慌てた様子で何度も頭を下げる。よく見ればメイクで隠されているが、目にはクマのようなものがうっすらと見え、身体もすこし痩せ干せてるように見えた。

 

「謝ることはねェよ。ほら、受け取りな」

 

だがそれに触れることはせず、リリィはトレイをキャッチした尻尾を前に差し出す。

 

「あ、はい!…すごい、グラスどころか酒もこぼれてない…」

「関心してる場合か、あまり客を待たせてるとまたペナルティを受けるぞ」

「そ、そうだった…!すみません!私はこれで!」

 

リリィの教育係のバニーガールの指摘を受けた彼女は、一度頭を下げた後、慌てた様子でその場を去っていった。

 

「…アイツは?」

「少し前に入ってきた奴だ。名前は確か…ドドゥだっけ」

「やけに疲れてる様子だが、休息は与えてんのか?」

 

その答えにバニーガールは少し驚いた様子を見せた。

 

「気が付いたのか?アイツの状態に」

「メイクで強引に隠してるが、近くで見れば案外バレるもんだぜ。それにあの身体、ろくに飯も食えてないみたいだが」

「アイツは…フランベル人なんだよ」

「…なるほど、概ね想像はできた」

 

フランベル人。それはアステール大陸に存在する民族の一つであり、このグロリア帝国においては被差別民として扱われていた。

 

というのも、百年以上前に拡張主義を掲げていたグロリア帝国は周辺諸国を圧倒的な軍事力で征服し、ドドゥの祖国ともいえるフランベルもまたグロリア帝国を前に滅ぼされた国の一つなのだ。

過去からグロリア帝国によって征服された民族の扱いは劣悪であり、現在は多少マシになっているものの根本的な解決には至っていない。

 

ドドゥもまたその被害者の一人であり。フランベル人という理由でまともな職に就けづ、このカジノで働かず終えない身となったのだ。

しかも、更に追い打ちをかけるように、唯一働けるこの職場ですら酷い扱いを受けており。同じ仕事をしている他のバニーガールと比べても休みが少なく、食事の内容も悪い。

 

「オーナーの趣味かどうか知らないが…あいつはフランベル人ってだけで酷い扱いを受けてる。見てて胸糞悪いったらありゃしない」

「いくら裏カジノとはいえ、貴重な労働力をよくもまぁあんな扱いにできるもんだな。反吐がでそうだぜ」

「結局は消耗品としか見てないんだよ、あいつも…私たちも」

「アァ?それはどういう…」

「喋りすぎたな、早く持ち場に戻…」

 

その時、後ろのほうでガラスの割れる音が響いた。まさかと感じた二人は同時に振り返ると、そこには一人の屈強な客にネクタイを掴み取られたドドゥの姿があった。地面にはグラスが落ちており、さっきまで酒だったものが辺り一面に広がっている。

 

「オイ!このグラス汚れてんぞ!どうなってるんだ!」

「ひぃ!?そ、そんなはずは…」

「いいやこの目でハッキリ見たね!俺はここの常連だから詳しいんだ!」

 

一方的な主張を前に涙をこぼしながら必死に振る何も言えないドドゥ。客の方は目の焦点が合っておらず気が立っている。ギャンブルに連敗したことによるストレスと、違法薬物を摂取してることによる過度なまでの興奮状態に陥ってる。

リリィは客の主張に訝しむ。あの時、尻尾でキャッチした際にグラスの方を確認していたが、そんな目立つような汚れは一切なかった。

 

「いやどう考えても言いがかりだろあれ!」

「確かに、私も見たがそんな汚れはなかったな」

「だろ!じゃあさっさと止めに…」

「待て!」

 

ドドゥのもとへ向かおうとしたリリィはバニーガールに腕を掴まされたことで動きを止められる。

 

「オイ!なんで止めやがる!」

「私たちに客を咎める権限はない!下手に手を出したらお前も無事では済まないぞ!」

「だが!」

 

二人が言い争ってる間に、ドドゥ側のトラブルも更にエスカレートしていた。

 

「よく見ればお前フランベル人だな。どおりで薄汚ねぇ汚れが付くわけだ!」

 

客は一本のナイフを取り出しており、刃をドドゥに向ける。

 

「その汚れた皮を剝ぎ取ってやるぜ!」

 

そう叫びナイフは振り落とされた。流石の異常な行為に警備員は止めに入るが既に遅く、このままでは凶器が刺さり重傷は避けられない。果たして怪我を負ったドドゥをこのカジノは適切な処置で治してくれるだろうか?無論、そんな筈はないとドドゥは理解し、目を閉じて死を覚悟する。

 

(ランバルドから逃げて…まともな生活もできず…こんなところで死ぬなんて…)

 

刃はドドゥの肌に深々と刺さり…は、しなかった。

 

「ウオッ!?」

 

客は突如として間に挟まってきた尻尾により吹き飛ばされ、地面に倒れそうになったドドゥは何者かに体を支えられた。恐る恐る目を開けると、そこには先ほどトレイをキャッチしてくれた同じバニーガールの格好をしたドラゴニュート、リリィの姿があった。

 

「これを言うのも二度目だな。怪我はないか?」

 

ドドゥは唖然としながらも無意識に首を縦に振る。それを確認するとリリィはゆっくりとドドゥを下ろし、つかつかと客の方へ近づく。

 

「テメェ…俺は客だぞ?しかも常連だぞ?バニーガール風情が何を…」

「オレには嫌いなものがある」

 

客の言い分を無視しリリィはまっすぐ歩く。その目は鋭く光り、威圧さえ感じさせる。

 

「禁酒なんてしたくねェし、寒い日はあったかい部屋でずっと寝てェし、バニーガールの仕事も正直今すぐやめてェ」

「な、何を訳のわからんことを…」

「そして、何よりも嫌いなものは」

 

すぐそばにまで近づくと、強く握られた拳を構える。

 

「テメェみたいな愉悦だけで人を殺すような奴が、大っ嫌いなんだよォ!!!」

 

客は防御する間も、何をするのか理解することもできず、リリィの拳が顔面に命中し、歯を8、9本ほど宙に舞いながら大きく吹っ飛んでいった。

 

「フゥー…」

 

リリィは息を吐き、周りを見渡す。そこには複数人の警備員が銃口をこちらに向けた状態で囲まれている。視線をその背後をほうへ向けると、ドドゥの側に寄り添いながらも、信じられないと言わんばかりの表情を向けるリリィの教育係のバニーガールがいた。リリィはニッコリと笑みを浮かべる。

 

「疲れたからここで一番高い酒くれない?」

「捕えろーッ!!」

 

警備員の一声によりリリィは成す術もなく拘束されてしまった。

まだ、潜入して一日も経ってないのである。




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