「…こりゃあまいったな」
僅かな明かりしかないやや広い一室にリリィは閉じ込められていた。
あの騒動で取り押さえられたリリィはこことは別の部屋で尋問を受けていたが、のらりくらりと自分の正体を隠しながら適当に答えた結果、もはや相手にならないと判断されたのか今この場所に連れて行かれたのである。
(周りにいる奴らもオレと同じ境遇の連中か?)
辺りを見渡すとリリィ以外にも人はいた。バニーガールもいればみすぼらしい格好の者もおり、共通して言えることは皆の表情が明るくないことだろう。最もこんな場所に閉じ込められてるなら当然ともいえるが。
(脱出は…ここから出ることはできてもその後のプランがねェな。武器もなければプロテスシールドもねェし…)
出入口である鉄格子を粉砕することなどAKWがなくてもリリィには朝飯前だ。しかし、相手に地の利がある状況で無軌道に行動を起こすほどリリィもバカではない。出口がどこかわからない上に、そもそも地下から抜け出しても地上であるカジノフロアでは更に武装した警備員の相手をする必要がある。
故にリリィがとった行動はカジノ側の行動を待ちながらも、周りにいる者たちから話を聞くことにした。
「なァ、ちょっといいか?」
「………」
まずすぐ側で体育座りをしている薄汚れたシャツ一枚しか着ていない少女に語りかけるが、反応はなし。一瞬目を合わせたが、すぐ反らした。
「オイオイ挨拶しったてのにそりゃねェだろうがよぉ」
「そいつに話しかけても無駄だ。薬で脳がやられて喋る事すらできねぇよ」
後ろから声を掛けられたリリィが振り向くと、そこにはボーイの格好をした中年の男だった。
「なるほど…んで、お前は誰だ?」
「ジェイだ。つっても、今更名前を教え合っても意味ねぇと思うがな」
「オレはリリィ…って意味がない?やけに詳しそうだが何か知ってんのかよお前」
「なんだ、その恰好を見るにウチのスタッフだと思ったから言う必要がないと思ったが、何も知らないのか?」
ジェイと名乗る男は呆れた様子でリリィを見つめながらも地面に座り込んだ。リリィもそれに続くよう座る。
「さて、確かリリィだったか?まずここがどこかわかるか?」
「知らね。働き始めたの今日からだし」
「…初日でここにぶち込まれたのか?アンタ?」
引き気味な表情を見せるジェイだったが、気を取り直して話を続ける。
「まずここは控室だ。ステージの準備が整うまで選手を押し込める場所さ」
「ステージ?踊れとでもいうのか?」
「あぁ、あながち間違ってないな。俺たちは最初に踊らされる…闘技場という名のステージでな」
闘技場。それを聞いたリリィは眉間にしわを寄せる。概ね、今置かれてる状況を理解し始めた。
「まさかだがダンスパートナーはアンタとでもいうのか?」
「相手が人間だったらまだ希望はあったさ」
「…人間だったら?」
ただでさえ嫌な予想が、更に悪化していく。少なからずジェイがでたらめを言ってるようには見えない。
「俺たちは所詮前座…いや、会場を沸かせるための燃料品に過ぎない。なんだったら餌ともいえるか」
「…魔物か」
「感が良いな、この先の地獄を当ててしまうとは」
リリィは少しだけ頭を抱えた。闘技場に魔物というワード、これから何をやらされるのかは誰だって予想がつくに決まってる。
「言っておくが逃げ出すなんて考えるなよ。俺は舞台に行く最中に逃げる奴を何度も見たが、全員銃弾の餌食となった」
「武器はねぇのか?」
「燃料にそんなもの渡されると思うか?」
「…クソッたれ」
悪態をつきながら近くに転がってた小石を無意味に尻尾で叩き壊した。ジェイはその様子を虚無めいた笑みを浮かべながら眺める。
「物に当たるのは結構だが、生き延びたいなら無駄に体力を使わないことだな」
「生き延びる?なんだ、全員殺すまで終わらないとかじゃねぇのか?」
思いがけない単語にリリィは反応を示し、聞き返そうとしたその時。鉄格子の扉が開く音が聞こえた。視線を移せばそこにはショットガンに剣型のAKWを装備した警備員が立っている。
「時間だ!とっと立って出て来いカスども!」
高圧的に言い放つと、周りにいた者たちは一人一人と立ち上がり、入り口のほうへ集まる。
「もう時間か…行くぞ、遅れたら殴り飛ばされる」
「なら最後に聞かせてくれ。さっきの言い方だと、生き延びれる方法もあるんか?」
「運営側も過剰消費させるつもりはない、最後に三人か二人生き延びれたら強制的に試合は終わる」
「魔物を殺しちまっても、終わらせれるか?」
リリィの発言にジェイは一瞬言葉がつまり、そして答える。
「やれるもんなら、やってくれ」
「そこ!いつまで喋ってる!早く来い!」
警備員の怒声に二人はいそいそと部屋から出て行った。
(なんだ、案外どうにかなりそうだぜ)
微かではあるが、希望を見出したリリィにはここに来て初めて笑みを浮かべた。
場所は地下から変わり、地上のカジノフロア…から少し離た廊下にて。アクマのような尻尾を上機嫌に振り、オリビアを抱きかかえながら歩くラウフの姿があった。
(一体こいつは何者なんだ…?周りの警備員もこいつにだけ明らかに対応が違う…)
ここまでの道中で、ラウフが通りすがった警備員の全員が道を譲り、更には頭まで下げる。
「私はここのカジノを気に入ってね、長く遊べるようにすこーし融資してるの。そしたらここの人たちが急に優しくなって、特別席まで用意してくれたのよ」
「特別席…?いったいなんの…」
「さぁ、ついたわよ」
目的地にたどり着きオリビアはその場で優しく降ろされる。目の前には装飾が施された一つのドアがあった。
「開けてみなさい」
ラウフの優し気な言葉に従い、オリビアはゆっくりと扉を開く。
(ここはなんだ?オペラ…って雰囲気でもないが…)
開いた先はまるでオペラのボックス席のような一室で、オリビアはひとまず部屋に置かれた赤いに座り、不安げな表情をしていた。
部屋に入った真正面には、ガラス越しで古代の闘技場めいた円状のステージが広がっている。周囲は壁で覆われ、出入り口と思わしき二つの重厚な門が設置されている。白い砂で敷き詰められた床の所々には赤い血で染まっていたり、臓器または亡骸のようなものが転がっていた。
そしてその壁の上には観客席が囲うように広がっており、空席が存在しないほど人で賑わっていた。なお、オリビアのいる場所はその観客席より上に位置しており、全体を見下ろすことができた。
「早く始めろ!」「内蔵が飛び散るところを見たい!」「血が見たくて仕方ないわ!」
周囲の客たちは熱狂的なまでな声を出し、あまりにも品もなければ倫理観もないことを堂々と叫び続ける。客のほとんどが豪華なドレスやスーツで身をこなし、中には仮面のような物をつけてるものもいる。
そんな風貌からは想像もできないほど下劣な叫びに、思わずオリビアも耳を塞ぎたくなった。
「フフフ…確かこれを見るのは初めてよね?」
いつのまにかオリビアの隣に座っていたラウフが、オリビアの腰に手を回し寄せながら話しかけた。
「…ハイ!一体ここで何が始まろうとしてるんですか?」
反射的に突っぱねようとしかけるが、衝動を抑え、表情も笑顔に戻しながら問いに答えた。
「それはね…っと、そろそろ始まるようだし、見ながらお話しましょうか」
回した手で体が引っ付くほど近づかせると、ラウフの視界はステージのほうに向けられる。オリビアも同じ方へ向けると、いつの間にかステージの真ん中でスポットライトを当てられてる。そこにはマイクを片手に煽動的なまでに過激な格好のバニーガール…いや、司会が立っていた。
「えー、皆さん!大変長らくお待たせしました!これより、特大イベントの地下闘技戦の開幕です!!」
「「「ウオオオオオオオッ!!」」」
宣言と同時にスポットライトはステージ全体を照らし、観客たちの熱を帯びるように声で会場は包まれた。その熱を前に思わず息を飲み込むオリビアを見て、ラウフは愉快そうに笑みを浮かべた。
「大昔に剣闘士と呼ばれる戦士が猛獣や同じ剣闘士を相手に戦いを繰り広げたコロシアム…ここ地下闘技戦はそれを現代再現させたものよ」
「だけど、こんなの少しでも表に広まったら…」
「当然、即摘発よ。でも、ここにいるみーんなは誰も密告しようとしないし、話そうとしない。その理由は…この熱狂を見ればわかるでしょ?…おっと、どうやら早速始まるようね」
説明を聞いていた間に司会はステージから姿を消し、別の場所で実況を行っていた。
『さぁ、まずは景気づけに前哨戦から行いましょう!』
司会が言い終えたのと同時に、一つの門が開かれる。奥からぞろぞろと何人もの人がステージに現れ始めた。
その様子は様々であり。緊張する者、絶望する者、恐怖で震えてる者など、どれも不の感情で包まれている。恰好もまばらで、薄汚れた服装の者もいればどこにでもあるような平凡な服装を着てる者もおり、中にはバニースーツの者さえいる。
ざっと見渡しても闘技場に参加できるような選手としての風格は一切ない。だが、ただ一人、オリビアの目を一瞬で奪った選手がいた。
遠くから見てもおおよそ2mはあるとわかる長身、着ているバニースーツのコンセプトからかけ離れてるドラゴンのような角と尻尾を生やし、明らかに周りに比べて楽観的な表情をしている女。その顔にオリビアは見覚えがある、いや、見覚えしかない。
(なに選手として参加してんだよリリィィィィィィッ!?)
オリビアの脳内は大声で包まれた。
『選手入場完了いたしました!皆さまもう誰が生き延びれるか決まりましたか?ではもう早速初めていきますよ!』
司会の言葉に観客たちは更なる熱狂的に声を出し、会場を更に沸かせる。一方でステージに立たされた選手たちは対極的に絶望に打ちひしがれていた。
「うぅう…嘘よ、これは悪い夢…わたしはまだ夢を見てるのよォ…」
「出してください!お願いします!次は、次はもっと頑張りますからぁ!!」
「大丈夫…生きれる…前にも生き延びれたんだ…今回だって…」
現実逃避する者、懇願する者、自分に言い聞かせる者と反応は様々だが正気な状態ではない。一方でリリィは平常心のままだった。
「あのあからさまな門から、魔物は出てくんのか?」
「そうだ、だが何が来るかは俺でもわからねぇ…なぁ、マジでやってくれるんだよな」
リリィの隣にいたジェイは一見冷静そうに見えるが、手は小刻みに震え、恐怖を抑えてるのがわかる。
「下がってればいい…って言いてぇが、魔物の挙動は不規則だ。状況判断しながら逃げ続ければいいぜ」
「…勝てるなら、最低限フォローするつもりさ」
「ありがてぇが、無理はすんなよ」
二人が話していると、真正面の門が開かれた。会場の声は次第に静まり、選手だけでなく観客たちも開かれた門に視界を向ける。
数秒、あるいは数十秒後にそれは現れた。一歩ずつ会場へとゆっくり入っていくおよそ全長4mはある四つ足の猛獣、静まった会場に響く獰猛な唸り声。それは先にステージいた選手たちを視界に捕らえると、唸り声は更に強まり、たてがみは大きく震え、額には黄色い魔石がライトで光を反射した。
『さぁ、歴史を再現させましょう!はたして選手たちは英傑たちのように猛獣を討伐できるのか!』
司会の実況が火蓋を切り、それに合わせるよう歓声が燃え上がる。
猛獣という名の魔物と対峙したリリィは深く溜息をつける。
「ライオンの魔物…それも結構大型じゃねェか」
「やれるか?」
「ハッ!当然だ!もとよりバニーガールなんて性に合わなかったんだ!」
ギラりと目を光らせ、リリィは構えを取り魔物と睨み合う。
「その英傑の名に、オレの名を刻ませてやるぜェ!」
今宵の地下闘技場が今、幕を開けた。
評価・感想のほうをお待ちしております