ベルナデッタの案内によりエレベーターを使い上へ向かうオリビアとリリィ。シュヴァルツアクス本部は五階まであり、ボスが待つ部屋は最上階にある。普段であれば待ち時間の間に小言を挟んだり雑談する二人だが静かにたどり着くのを待つ。依頼を受ける側の人間として礼儀を軽んじるわけにはいかないのだ。
そしてエレベーターは動きを止め、チーン、という音と共に扉が開く。最上階にたどり着いた。
「どうぞこちらへ」
ベルナデッタが先に降り二人を奥へと誘導する。道中には窓がない、おそらく外から内部を見せないためだ。インテリアなどもなく、いるのは警備に当たっている武装したマフィアだけであり、腰には剣と拳銃を携えている。どれもこれもそこらにいるギャングとは比べ物にならない威圧感がある。
(厳重だな、まぁボスがいるならそりゃ当然か)
(下手な真似すりゃ一瞬で死にそうだ)
そんなこと考えながらも、二人は決して油断せず敵地に足を踏み入れてるような気持ちで歩き続けると、奥の方へドアが目に入る。
「少々お待ちを」
そう言ってベルナデッタはドアの前にたちノックをする。
「便利屋イグニートの方々をお連れしました」
「入れ」
扉の向こうから重圧感を感じる声が聞こえ返事をする。ベルナデッタは二人のほうへ振り向いた。
「ここから先にボスがお待ちしております。どうか失礼のないように」
そう言ってベルナデッタはドアを開けた。二人は一度顔を見合わせた後、部屋へ足を踏み入れた。室内にはやや広く、いくつかのソファと一台の机が置かれており、壁には黒く染められた斧が飾られている。シュヴァルツアクスの代紋のようなものだ。
そして、その奥で一台の席に座り、じっと二人に目を視線を送る一人の男。おおよそ50代に見えボスという立場にしてはやや若く見えるが、確かな貫禄も感じられる。
「人も向かわせず急な手紙での依頼だというのに来てくれてありがたい。私がシュヴァルツアクス三代目ボス、シレジス・アーカインだ」
男は…シレジスは穏やかな喋り方で二人を出迎えた。
「便利屋イグニートの所長を務めるオリビア・イグニートです」
「同じく従業員のリリィ・ザルムート」
二人も挨拶を交わす。何事も挨拶するのは大事だ。オリビアは普段より丁寧だがリリィは態度を崩す様子がない。
「気を楽にしてもらっていい、遠慮せずとも席に座ってほしい。話も少し長くなるだろうからな」
そう言われた二人はシレジスから向かい側の位置にあるソファに腰を掛け、リリィは尻尾を膝の上に置いた。
「まずはフェリクスが迷惑をかけた事を詫びよう。アイツは若くウチの所でもなかなかの実力者だが…どうにも真っ直ぐすぎるものでな」
「いえ大丈夫です、その件はベルナデッタさんとの話で解決しているので。では早速ですが、依頼について詳しく話を聞かせてもらえないでしょうか?」
「…そうだな、少し長くなるがその件について話すとしよう」
シレジスは神妙な面立ちをし口を開く。ベルナデッタはいつの間にかその隣に移動していた。
「まず最初に、二人は巷で広まりつつある麻薬についてご存知で?」
「噂程度には」
「オレもだな」
「ならまずはそこから話すとしよう。帝都マレス、特にフライハイトでは今まで見た事のないような麻薬が学生などの若いのを中心に広まっている」
「あぁ、確かラジオとかでもよく取り上げていたな。だが正直な話、このぐらいの事ならそう珍しいことではないのでは?少なくともわざわざ私の所に依頼するほどかと思ってもいなくないが」
グロリアに限らず麻薬というのは世界各地で昔からよくある問題だ。それこそマフィアたるシュヴァルツアクスが良く知ってる事だろう。
「すぐにどうにでもなるならそうなのだが、なっていないのが現状だ。ウチのシマ内にもその麻薬と思わしき被害が頻発しててな、当然だがそんな麻薬は取り扱っていない、つまりシマが荒らされているんだ」
マフィアやギャングにとって稼ぎ場を荒らされるなどあってはならないことだ。単に稼ぎが減るという問題もあるが、要は手を出しても問題ないとナメられている証拠にもなる。下手すれば組織同士の抗争にも発展しかねない。
「我々としては一刻も早くこの問題を終わらせたい。だが、明確な手がかりは今だ一つも見つかってない。薬を買った連中も大半はラリって使い物にならねぇし正常だった連中から聞いても大した情報もない、せいぜいギャングみたいな連中が売人だったぐらいだ」
「他所のシマで勝手に麻薬を売りさばくギャング…相当なバカか命知らずでもなきゃやりもしない愚行だな」
リリィは尻尾の上に手を置きながらそう言った。当然だが他所のシマで麻薬を売ってるのがバレようものならただでは済まない。そのシマのマフィアに捕まれば拷問されたのちに殺され晒しものにされてもおかしくない。故に、本来ならどんなチンピラみたいなギャングであってもやるとは思えない行為なのだ。
「ウチが総出でやれば根源を見つけることも不可能じゃねぇ。だが、ここ最近はどうにも組織間における空気が悪い。下手に大規模な行動をとれば警戒を強め余計な血を流してしまいかねない…」
「そこで私達に依頼という形で調査の協力を?」
「あぁそうだ。君たちはマフィアでも何でもないからうってつけなのだよ、それに評判もいいと聞いてね、せっかくだと思い依頼を任せようと思ったわけだ」
「なるほどね…」
二人はなんとなく何故依頼が来たのかを理解できた。要は無駄なトラブルを引き起こさせない為に堅気を使って情報を集めさせたいわけだ。
「では改めて依頼させてもらいたい。フライハイト内で麻薬を売りさばいてる連中に関する情報を集め、そして可能なら潰してもらいたい。報酬は手紙に書かれてた額の通りだ」
「…どうするオリビア、やるか?」
リリィが小声で耳打ちする。だが、オリビアは既に答えを決めている。
「麻薬で被害者が増えてるのは事実、じっとして待ってるのは性に合わん。重要なの依頼主が誰かではない、どんな依頼かだ」
「まぁ、そう言うと思ったよ」
真っ直ぐとした視線をシレジスに向けオリビアは堂々と言う。
「わかりました。その依頼、引き受けましょう」
「いい返事だ、迷いなく答える姿勢は嫌いではないぞ」
シレジスの厳格な顔に笑みがこぼれた。
「こちらからもできるだけ手助けも行う、何か困りごとがあるなら遠慮なくウチのものに伝えるといい。大抵はベルナデッタが対応するだろう」
オリビアが視線を隣に向けるとベルナデッタはニコリと笑い軽く礼をする。
「では内容も分かったことですしそろそろ御暇させてもらいます」
「あぁ、こちらも急な依頼だというのに来てくれるだけでなく承諾してくれて助かった。遠慮することなくいつでも顔を合わせに来てもいいのだぞ」
「用も無しにマフィアの本部に足を運ぶようなナメたことなんてしませんよ」
そう言うとオリビアはソファから立ち上がり退出しようとドアの方へ向かおうとする。
「そうだ、一つだけ、聞きたいことあるが構わないか?」
「なんでしょうか?」
「その右手に着けている赤い宝石が装着された手袋らしきものは何なんだ?」
一瞬、オリビアは押し黙るがすぐさま口を開いた。
「なんの大したことのない、魔導具にも劣る代物ですよ」
「…そうか、止めてすまなかったな」
「いえ、大丈夫です。…失礼しました」
オリビアがそう言って部屋から出るとリリィも軽く頭を下げ後を追う。扉が閉まりしばらく静寂に包まれたがシレジスがそれを打ち破った。
「ベルナデッタ」
「ハイ」
「オリビア・イグニートには目を光らせておけ。奴は只者ではない、敵に回したら面倒なことになる女だ」
「承知しました」
「…あれほど強力な魔石を持つ者がいると知っておればもっと早く接触したんだがな」
便利屋イグニートの新たな仕事が始まった。
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