便利屋イグニート   作:文ノ雪

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獅子を屠る者

「ぅあ…ああぁ…」

「く、来るな!こっちに来るな!」

 

リリィとジェイを除いた者たちは怖気づき、今にも逃げ出そうとしている。無理もない、本来なら丸腰でライオンの魔物と戦えなど死ねと言ってるようなものだ。魔法が使えるなら多少話は違ってくるが、不幸なことに使える者はこの場にいない。

 

「早くやられちまえ!」「殺せー!」「内臓を引きずり出せ!」

 

周囲の観客たちは魔物によって殺される様を見たい興奮が高まり、あまりにも下劣な声を上げる。リリィとしてはそいつらを殴り飛ばしたい気持ちで沢山だが、今は目の前の魔物に集中しなければ、彼らの要望通りの展開にされてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。

 

(落ち着け…動きを見切れ…相手はまだこっちの様子をうかがってるだけ…下手な真似しなきゃ攻撃はしてこねェ)

 

正面に立つライオンの魔物は唸り声を挙げ、毛並みを逆立てており、いつ襲い掛かってもおかしくない状況だ。しかしリリィは幾度も魔物と戦いを繰り広げてきた実力者。元となった生物の習性を理解し、こうして睨み合ってる限りは向こうもすぐには襲い掛かってはこない…そう思っていた。

 

「アァ…?」

 

その時、額に埋め込まれてた魔石が怪しく光り輝く。本来こうして魔物の魔石が光るのは相手が強力な攻撃を仕掛けてくる合図のようなもの。しかし、リリィはその光の中に、小さくだが魔法陣のようなものが浮かび上がってるのを目にした。普通の魔物ならそんなもの出てくるわけがない。

 

本能的に嫌な予感を感じたリリィは大声で叫んだ。

 

「避けろォ!」

 

一瞬驚いたジェイとほぼ同時にリリィは真横へと飛び出した瞬間、ライオンの魔物が突如として突進を仕掛けた。

 

「へっ?」

 

不幸にも状況を理解しきれず避けることができなかった一人のバニーガールへと一直線に飛び掛かり、そして。

 

「グルルルアァ!」

「ひぎゃ!?」

 

一瞬にして頭を噛み砕いた。鮮血と脳、骨が辺りに散らばる。胴体のみとなった肉体が倒れるより前に、魔物は近くにいた二人のバニーガールを爪で薙ぎ払う。一人は上半身と下半身が離れ離れになり、もう一人は切れた腹から内蔵が溢れ出す。二人は声も上げることができず、先ほど頭部を失ったバニーガールと共に地に落ちた。

 

一瞬にして三人もの人間が、いともたやすく死んでいった。

 

「ウワアアアアアッ!?」

「に、逃げろ!勝てるわけがない!」

 

惨状を目の当たりにした者たちは一斉に逃げ惑う。しかし、出入り口である門は二つとも閉まってる以上はこのステージから降りることはできない。故に魔物から距離を取るべく逃げる、他の者たちが死んで試合が終わるまで。

 

「わかってはいたが、戦えそうなのはオレしかいねェな!」

「頼むぞ、魔物を殺したといって運営が理不尽に俺達を殺すことはないはずだ。遠慮はいらん」

「あぁ、背後から撃たれることがねェなら全力で集中できるぜ!」

 

だが、リリィは魔物相手に真正面に飛び出し、鋭い槍のようなキックを魔物に放つ。だが魔物とて黙って食らいはしない、殺気を感じ取り転がって回避行動をとり攻撃をかわす。

蹴りを外したリリィは砂埃を飛ばしながら足でブレーキをして動きを止め、再び魔物と向き合った。魔物の方もリリィに集中しいつでも攻撃を取れる構えをしている。

 

「おい、アイツ勝負を仕掛けたぞ」「正気か?」「やっちまえー!」

 

まさかの戦う姿勢を前に、観客はざわめき一部は困惑するも、すぐに収まって魔物の応援を行う。彼等の大半が勝つと予想し賭けているのは魔物側だからというのもあるが、そもそも彼等が見たいものは魔物から逃げ惑い食い殺される債務者やバニーガールの姿だ。ならば必然とも言える。

 

「ハッ!オレに賭けなかったこと後悔させたやるぜ!」

 

だがそんなことで傷つくほどリリィはやわではない。威嚇する魔物を前にして、リリィは笑みを浮かばせながら指をクイックイッと動かし煽りを行う。

 

「グルアァッ!」

 

瞬間、魔物は声を荒げ飛び掛かり、腕を振り上げ叩き潰そうとする。普通なら避けるのが得策、だがリリィはあえて。

 

「ウオラァッ!」

 

その場で蹴り止めた!脚の鱗で爪は肌には通らず、ドラゴニュート特有の強靭な肉体とパワーは普通の人間以上!

 

「今度はこっちからいくぞ!」

 

リリィは受け止めていた魔物の腕をそのまま脚で弾き返し、勢いそのまま殴り掛かる!一発、二発と顔面に拳が被弾!しかし、魔物とてやられっぱなしではない、二発目が殴られた後にカウンターで嚙みつこうとするが。

 

「食わせねェよ!」

 

その場で回転し尻尾を叩きつけ、魔物は大きく吹き飛んでいった!

 

リリィはしっぽを振り、相手の出方をうかがう。ここで突撃するのは愚策、魔物であれば倒れこんだ状態でもコンマ数秒で起き上がりノコノコと近づいた者を殺すことなど容易にできる。

 

「す…凄いなアンタ…力はありそうだと思ったがここまで…」

「おう、あまり近寄んなよ。あの野郎は間違いなく激昂している、起き上がったら真っ先にオレを襲い掛かるだろうからなァ」

 

驚きを隠せてないジェイに離れるよう伝え、リリィは向かってくるのを待ち構える。先ほどの攻撃で魔物の体力はだいぶ削れた。あと一撃強烈な攻撃を当てれば戦闘不能になると読んで、カウンターで勝負を決めようとしていた。

 

「嘘だろ…素手で魔物を倒すのかアイツ!?」「こんなの初めてじゃないか…?」「か…カッコイイ…」

 

先ほどまでの熱狂が嘘のように観客達は戸惑いを隠せない。事実、この闘技場において素手で魔物を倒した実績のある者は存在していない。客だけでなく周りを巡回していた警備員でさえ目の前の状況に目を奪われていた。

 

「やっとオレの実力に気づけたみてェだな。こりゃファンクラブができるのも時間の問題かァ?」

 

リリィは上機嫌になり露骨に尻尾を動かしている。

 

 

 

だが、それをよく思わない者もいた。

 

「…なんだこれは」

 

闘技場とは別室にて、ガラス越しにリリィが戦ってる様子を眺めてる一人の女がいた。長身で頭には狼のような耳と毛並みの整った尻尾を生やし、全身に悪趣味な色合いをしたドレスを着ている。

 

「彼女の名はリリィ・ザルムート。今日入ったばかりの新人ですが、客に暴行を加えたとして闘技場の見世物にすべく戦わせたのですが…」

 

すぐ隣に立っていたバニーガールが説明をしていたその時。

 

「ガハッ!?」

「ちげぇよこの状況は何だと聞いてんだよ」

 

狼耳を生やした女はバニーガールの首を掴み、力強く絞める。その声には苛立ちを隠せていなかった。

 

「私はよぉ、このイベントで一番楽しみにしてたのは…債務者やテメェら家畜どもが逃げ惑い、泣き叫び、そして殺される様を見る事なんだよぉ」

「コヒュッ…カヒィ…おゆりゅしください…コラプス…しゃま…」

 

バニーガールは涙と涎を垂らしながら必死に許しを請い続ける。だが、その液体が女…ここのカジノオーナーにしてローテ・ヘンドラーのカポであるコラプスの手に付いたことで、彼女の怒りは爆発した。

 

「汚すんじゃねぇよ家畜がァ!!」

「アギャァ!?」

 

怒りそのまま握り潰され、完全に首の骨が折れたバニーガールは即死してしまった。コラプスは壁に叩きつけるよう投げ飛ばし、すぐに電話に手を取った。

 

「…オイ、今すぐ魔物のパワーを引き上げろ。そしてあの生意気なドラゴニュートを殺せ」

 

それだけ言うと受話器を置き、コラプスは再びソファに座り込みながら闘技場の方へ視点を戻す。

 

「これでも勝てるなら少しは認めてやる…リリィだったか、せいぜい足掻いてみろ」

 

 

 

「アァ?」

 

それと同時期、リリィは目の前の魔物の様子に訝しんでいた。彼女の予想では激昂した魔物が飛び掛かってくると思っていたが、肝心の魔物は起き上がるもまるで動こうとしない。

 

次の瞬間、魔物の額にある魔石が再び光輝いた。リリィは警戒しすぐに避ける体勢を取ろうとした…だが。

 

「グルルルアアアアアァァァ!!!」

 

魔物がとった行動は攻撃ではない、凄まじいまでの咆哮だった!

 

「ングアッ!?」

 

これはリリィにとっても予想外であり、騒音というレベルを優に超える咆哮を前に耳を塞ぐ。

ジェイも耳を塞げたが他は悲惨だ。あの咆哮によって何人かは気絶し、中にはその場で放心状態になってる者もいる。おそらく鼓膜が破けたのであろう。

 

「な、なんだぁ!?」「ぐああああ…耳が痛い…痛いぞぉ…!」「お、おい!俺達に襲い掛かったりしないよな!?」

 

観客の方も軽くパニック状態になっている。中には鼓膜に甚大なダメージを負ってる者もいるが問題ない。観戦をする際に発生したトラブルが合ってもその被害は全て自己責任であると契約されており、彼らもまたそれを承諾している。故に鼓膜が破けようが死のうがそいつの問題でしかないのだ!

 

「グルアアアッ!」

 

リリィがその場で動けない状態を勝機と見たのか、魔物は容赦なく飛び掛かる!

 

「ウオオッ!?」

 

カウンターどころか避けるのにも間に合わなかったリリィはその場で押し倒された!そのまま顔を噛み砕こうと鋭い牙で噛みつこうとするが、とっさにリリィが口を手で掴んだことでギリギリだが頭を失うような状況を防ぐ!

 

「グルルルアアア…!」

「グググッ…!このまま食われてたまるかよォ…!」

 

だが、状況は最悪だ。何とか口を掴み取ることはできたが身動きが取れない。今は食い殺されないよう防ぐので精一杯だ。しかも顎の力は強まる一方、このままではジリ貧、先に体力が尽きるのはリリィのほうだ。

 

(ヤベェ…流石にヤベェ!どうにか、どうにかこいつを…!)

 

もはやこのまま食われるしかないと思われていた…その時である!

 

「オラァ!」

「ガアァッ!?」

 

魔物の顔面に目掛け何かがぶつけられた。一瞬魔物は怯み、投げられた方向に顔を向ける。

そこには手に砂粒と骨の破片なのを握りしめていたジェイの姿があった!

 

「魔物とはいえ目に砂が入ったら痛いだろうよ…!」

 

声は若干震えながらも決して逃げようとしない。彼はこの闘技場の床に敷き詰められてる砂場には人骨の破片が埋まってるのを知っており、それと砂を使って魔物の目潰しをしたのだ!

 

「オイ!まだ生きてるよな!俺のカンだがこの戦いは全員が死ぬかそいつを殺さないと終わらん!絶対に倒してくれよ!」

 

今回の魔物の異常な行動には運営側のテコ入れが入ってると読んだジェイは、捨て身を覚悟のうえで魔物に対し妨害を行ったのだ!

 

当然、こうなれば魔物の怒りの矛先はジェイに向けられる。だが、リリィを殺しきれなかったことが、勝敗を決した!

 

「助かったぜジェイ!ウオラァッ!」

「グルアアッ!?」

 

リリィは魔物が動き出す前に腹めがけ蹴り飛ばす!魔物は宙を舞い無防備な姿となった。

魔物が落ちるより前にリリィはすぐさま立ち、彼女もまた飛び上がる!

 

「この戦いは無駄にはしねェ。お前の屍を超えて、オレは更に強くなる」

 

魔物に対しそう言った瞬間、リリィは魔物の頭を目掛け逆回転しながら蹴りを放つ!

 

「ウオラァアッ!!」

「グルアァッ!!」

 

リリィの蹴り、サマーソルトキックは見事命中!魔物は頭部を魔石ごと破壊され死亡した!

 

そのままリリィは地面に着地し、時間差で死体と化した魔物も地に落ちた。あまりの光景を前に観客は静まり返り、警備員でさえリリィに目を奪われていた。

 

それを確認したリリィは高らかに腕を上げ、満面の笑みで声を上げる。

 

「オレのォ…勝ちだああああッ!!」

 

リリィの声が辺りに響いた瞬間、まるで火薬が爆発したかのように周りの観客は一斉に声を上げ、歓声に包まれる。

 

闘技場の前哨戦は、運営と観客の予想を完全に裏切った形で、幕を閉じた。




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