TS魔術師、ラブコメ主人公に戦慄する 作:好きな主食はTS
誰かが俺の肩を揺すっている
目を覚ました瞬間、ぼんやりとした視界に映るのは──
いつもと同じ天井。カーテンの隙間から漏れ出る朝日
そして
「晃くん、起きて。朝だよ?」
……柔らかくて、聞き覚えのある心配そうな声が聞こえるような気がする
「ん……もうちょい……」
「だ〜め。電車混むって言ってたし、早めに出ようって約束したでしょ?」
「……あー……したっけ……」
「したよ。昨日、ほら……」
そう言いながら、寝ぼけた視界の先で布団をめくろうとする悠花が見えた
──やばい!!
「うわあああ。わかったってば、わかった!起きるから、布団めくるな!」
「びっくりした!もう、やっと起きた。じゃあ、先に朝ご飯の準備してるね」
そう言って部屋を出ていくのは、俺の幼馴染──樫澤悠花
家は違うのに、何故か毎朝のように俺を起こしに来る。ドアの鍵? たぶん合鍵を持ってる。どうやって手に入れたのかは知らない。悠花の行動力には時々、怖くなる……
ベッドの上で伸びをしながら、俺はぼんやりと今日一日の予定を考える
──今日は特に予定はない
──学校は普通にある
──いつもどおりの"日常"
時計を見るともう家を出る時間だった
急いで制服に着替え、身支度をしなくては……
「げっ、15分寝坊したか……」
「はい、晃くん、パン持って」
悠花から紙袋を渡される。少し暖かく焼きたての香りがした
「ありがとう、助かる。悠花がいなかったら……朝食べれないなんて死んでた」
「大げさだなぁ。はいはい、急ぐよ」
俺と悠花は玄関を飛び出し、いつもの通学路を駆け出した
◆
朝の駅前
既に人の波ができていた。電車に間に合うか微妙だったが、運がよかったようだ。
「遅い。乗り遅れるわよ、バカ晃」
「彩芽、ごめん!寝坊した」
──炎咲彩芽
真っ赤なセーラージャケットを羽織った彼女は小さく溜息を吐いた。口調はキツめだけど、律儀にいつも待っていてくれる。
「おはよう、彩芽ちゃん」
「おはよう、悠花。晃のお世話ご苦労様」
──俺はペットか何かか?
「……晃さん、悠花さん、おはようございます」
「澪さん、おはよう」「澪先輩、おはようございます」
──聖谷澪
澄んだ声と、背筋をピンと立て制服の上からでも凛とした空気が伝わってくる
「また晃さんは寝坊を?悠花さんに頼ってばかりではいけませんよ」
「ぐ……」
言葉は厳しいが、口元には小さな微笑みが見えている。
──レイラは、いつ間にか無言で俺の隣に立っていた。眠たげにしてるようだ
「………………」
「……おはよう、レイラ」
「……おはよう」
返ってきた。ちゃんと起きてるようだ
それにしても──視線が、視線が痛い
女の子4人に囲まれる俺は、周囲から目立っていた。当然だよな。4人とも美少女だし……
毎朝よく見かける男性サラリーマンが明らかにこちらを睨み、通りすがりのOLのようなスーツの女性は目を見開いてガン見している
電車の到着を知らせる音がして、俺たちは揃って電車に乗り込んだ
電車の中は、案の定混んでいる
運良く座れたのはレイラだけ。俺達は固まってそれぞね吊り革につかまるしかない
「晃くん、学校の小テスト……覚えてる?」
「……今日だっけ」
「うん、だから昨日言ったのに。ちゃんと寝る前に復習した?」
「なんとなくは……」
「ダメだよ〜」
……悠花は俺の母親かな?
目の前では、レイラが眠そうにウトウトしていた。昨日、教団にいた頃の最後の記録整理があるって澪先輩が言ってたな。夜遅くまでかかっていたのか……
彩芽は片手で吊り革に捕まりながらももう片方の手でスマホをいじっている。澪先輩は同じように片手で何らかの参考書を読んでいた
そんな他愛のない会話の中、電車はやがて目的の駅に到着した
駅を出て、学校までの道を歩く
途中、近くのカフェに並ぶ女子高生たちが、こっちを見てヒソヒソ話しているのが聞こえた。
「見て見て、あの男の子だよ」
「マジ? またヒロイン連れて登校してるの……」
「誰が本命なんだろう」
「全員かもね」
「……人気だね。晃くん」
「いい加減慣れなさいよ。言わせとけばいいのよ」
「慣れねぇよ。なんでお前らは平気なんだ?」
いや、本当になんて皆そんなに平気そうなんだ。
「フフフ。レイラ、ラブコメわかる。完璧」
「……澪、レイラどうしたの?」
「……恋愛シミュレーションゲームのやりすぎですね。最近、夜遅くまでやっているそうです」
寝不足の原因は記録整理じゃなくて、ゲームかよ
俺はため息をつきながら、皆と校門をくぐる。澪とレイラは学年が違うため、ここで別れた
「じゃあな、また昼に」
「ええ、また後で」
「……晃といく……」
「だめです」
澪はレイラの手を引いて、校舎の別の棟へと向かっていく。連行されながらもレイラも小さく手を振った
……なんか、姉妹みたいだなあ
◆
教室に入ると、視線が一斉に俺たちに向いた。
「……おはよ」
「……おはよう」
「おはよー……」
特に誰に言うでもなく挨拶を返すと、教室内でクラスメイトたちのささやきが始まった。
「見たかよ。三神のやつ、今日もいつもの四人と一緒に登校してきてたぞ」
「三神って、なんか前世で世界でも救ったのか?」
「いや、これから世界を救うギャルゲー主人公でしょ。誰ルートなんだろう」
「樫澤さんを選ばなかったら、刺される未来しか見えないんだけど」
「悠花ちゃん、独占欲強いからなぁ」
「いやいや、グレイさんルートでしょ」
「彩芽ちゃんも捨てがたいし……いや、クールな聖谷先輩も……大穴でレイラちゃんか?」
なんで、皆、俺をギャルゲー主人公にしたがるんだ。悠花は幼馴染だし、彩芽や澪先輩やレイラもそういう関係じゃない
「晃くん、今日のお昼、一緒に食べよう?」
「え? ああ、いいよ。どこで?」
「えへへ、それはね──」と、悠花が言いかけたところで──
「……リリスはどうするの?」
彩芽の問いが、空気を一変させた。
「え? いや、リリスはどこで昼食べてんのか分かんねーし……」
「誘いたいけど……昼休みになるといつの間にか消えてて……」
「心当たりならあるけど」
と、なぜか彩芽がふてぶてしく腕を組みながら言った。
「……教室空いてる場所、いくつか知ってる。たぶん、あいつ一人で食べてる。……独りが似合うっていうか、そういうタイプだし」
「だったら、探しに行ってみようよ。誘ってみない?」
「行くだけ行ってみるか……」
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昼休みのチャイムが鳴ると同時に、俺たちは教室を抜け出し、澪先輩とレイラと合流する
目指すは──別校舎
普段ほとんど使われていない、倉庫みたいな教室群
「たぶん、あっちだと思う」
彩芽が先頭に立ち、廊下をスタスタと歩いていく
悠花は少し不安そうに周囲を見回し、俺はそんな悠花のペースに合わせながらついていった
廊下は静かだった
人の気配がほとんどない
昼休みだというのに、まるで放課後みたいに静まり返っている
「──あった」
彩芽が立ち止まり、扉を指差した
木製の古い扉
その前に立った瞬間、何か“違和感”を覚えた
嫌な予感がするような──
「これ、もしかして……魔術?」
「……人払いの魔術ですね。近づくと悪寒を感じさせ、引き返させる」
本能が近づくなと言っている
──けど、ここまで来たら、引き返すわけにもいかない
コンコン
しばらく、静寂が続く
返事はない
でも、確かに中に人の気配がある
「……リリス? いるか?」
すると──
「……いるよ」
扉を開けると、そこは小さな空き教室だった
日の光はほとんど入らない
代わりに、窓際に腰掛けたリリスが、机の上に弁当箱を広げて座っていた
彼女の長い金髪が、窓の光に照らされてかすかに輝いている
座る姿勢は、どこか“絵画の中の少女”のようだった
だけど──
その孤独な空気は、見ていて胸がチクっとする
「……あんた、まだこんなとこで、1人で弁当食ってたわけ?」
「僕は、好きで1人で食べてるんだけど?」
「魔術の痕跡があるから、調べてみたら空き教室で1人寂しく弁当を食べているのを見てしまった私の身にもなりなさいよ」
「わかりやすいように魔術かけてるのは、僕なりの拒絶の意思なんだけど」
「逆効果なのでは……?」
その声は、淡々としていて、どこか無感情だった。別に強がってる感じでも、寂しがってる感じでもない
ただ──本当に、1人が“当たり前”みたいな、そんな声だった
「……それでも、なんか見てるこっちが寂しくなるんだけど」
「ふーん」
リリスは興味なさそうに、サンドイッチを齧った。
小さな手、細い指
だけど、迷いのない動きだった
悠花がそっと俺の袖を引っ張った
「晃くん……」
「……誘ってみるか」
「なあ、リリス。今日、一緒に食わねぇか?」
「……僕と?」
リリスが、ほんの少しだけ目を細めた
何を考えてるのかわからない、深い紫色の瞳
数秒の沈黙
だけど──
「……いいよ」
ぽつりと、リリスは呟いた
◆
こうして
俺たちは、空き教室の机を囲んで昼飯を広げることになった
悠花が作ってきた弁当
彩芽がコンビニで買ってきたサンドイッチ
澪が手作りしてきたおにぎり
レイラは澪にお弁当を作ってもらったらしい。
そして、リリスは小さなサンドイッチをもそもそ食べている
「これ、みんなでシェアしない?」
「俺のは、まぁ……大丈夫だし」
「……なら、私も」
自然と弁当交換が始まる。
わいわい、とはいかないけど。
でも──不思議と、心地いい空気だった。
リリスは最初、黙っていたけれど。
俺が卵焼きを差し出したら、ちょっとだけ目を丸くして。
「……ありがとう」
って、小さな声で言った。
──こんな日常も、悪くないかもな。
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昼休み
空き教室での即席の昼食会は、思ったよりも温かいものだった
悠花の明るい声、彩芽の少しツンとした言葉、澪の落ち着いた説明、レイラの静かな応答──
普段とは違う、リリスの仄かに楽しそうな微笑み、柔らかな時間が流れていた
だが、そんなひとときが終わった後
空気が、少しだけ変わった
食べ終えた弁当箱を閉じ、悠花が小さく伸びをした時だった
「──さて」
静かに、けれど確かな重みを持って、澪が口を開いた
その声に、俺たちは自然と背筋を正す
「レイラの記録整理が終わりました。……《自由なる翼》でももうすぐ公表されますが、この際教団について、改めて情報共有をしておきたい」
教団
俺たちが敵対し、何度も衝突してきた存在
そして──レイラが、かつて所属していた組織
俺は、無意識に呼吸を整えた
レイラは、少しだけ視線を落とした後、
ゆっくりと顔を上げる
「……レイラが知ってる限りでいい?」
「もちろん。貴方の言葉を、そのまま聞かせてほしい」
◆
「──教団《深淵の胎(アビス・ゲネシス)》」
「教団の目的は、異能の解放……」
「異能者が、もっと生きやすい世界をつくるため。そう、教えられてた」
「だけど……実態は違う
教団がやっていたのは、破壊と混乱
街を壊して、秩序を乱して……それを、楽しんでるようだった」
レイラの細い指が、無意識に膝の上で握られる
「教団には、階級がある」
「一番上は──《原罪の魔女》
でも、誰も、その姿を見たことがない」
「その下に、幹部──《四つの獣》」
「幹部の直属に、《苗床》って呼ばれる幹部候補がいる
選ばれた人達──らしい」
「その下に、《獣兵》
戦闘員。前線に立って、命令を実行する役目」
「それから、《使徒》
社会に紛れて、工作活動する者たち」
「……レイラは、獣兵だった」
俺は、言葉を挟めなかった
どこか、彼女の語る一言一言に、重さと悲しみを感じたから
◆
「……レイラが、一番知ってるのは……カリス」
「カリスは……レイラたち、ホムンクルスや魔物を、作ってた」
──そいつが、レイラを、魔物を創ったのか
「……レイラ達は、作り出された後、魔術を……身体に、直接植え付けられた」
「そして……獣兵か、使徒として、活動するようになる」
「カリスは……教団の中でも、高い地位にいる」
「カリスは──レイラにとって、親……と言っていいのか、わからない」
「──カリスってのは、どういう奴なんだ?」
レイラは、少しだけ目を細める
懐かしむような、戸惑うような表情だった
「……小さな、男の子みたいな姿だった」
「白髪で……喋り方は、お爺ちゃんみたいだった」
(──子どもみたいで、でも中身は……違う?)
「若返り、憑依……いくらでも可能性は考えられるわね」
「レイラは、カリスに“R117”って呼ばれてた」
番号で
「カリスは……研究のこと、実験のこと……よく話してた」
「でも……命令は、しなかった」
「好きに生きればいい、って……」
「優しかったのか、無関心だったのか……わからない」
目の前の彼女は、そう言った
その言葉に、俺は──胸が、締め付けられる思いがした
「──アマリア・カロン」
話を引き継いだのは、澪だった
「教団の破壊活動で、たびたび確認されている存在です。魔物や教団の者達を率いて姿が確認されています。彼女の攻撃は仲間も関係なく巻き込みます」
「かつて、異能犯罪者として収監されたが──脱獄。現在も指名手配中の、極めて危険な女性」
「そして──レイラからの情報によれば、カリスはアマリアと対等に話していたとのこと」
つまり──
「カリスは、アマリアと同格
《四つの獣》──幹部クラスの一人と推測されると思います」
「……なるほどね。教団関係で一番頭を悩まされてる魔物
──カリスを潰せば、その元も断てるってことね」
「──はい」
「カリスという存在は、私たち“聖職者”にとって──許せない冒涜者です」
「人が命を作り出すなど……烏滸がましいにも程がある」
澪の瞳には、凛とした怒りが宿っていた
だが、次に向けられたのは──
レイラだった
「でも、レイラ
──すでに生まれた命に、罪はない」
「貴女は、自由に生きていい」
「……澪……ありがとう」
小さく、小さく
でも確かに、頷いた
レイラは手に入れたのだ
命令ではなく、自由を
番号ではなく、名前を
非日常ではなく、日常を
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昼休みが終わり、授業をやり過ごして
──放課後
「──じゃあ、行こうか!」
「え、どこに?」
「商店街に、みんなで!晃くん、いいでしょ?」
「……別にいいけど」
俺が返事すると、彩芽も「暇だし」と了承する。澪とレイラもすぐに了承した
◆
俺──三神晃は、商店街に向かって歩いていた
悠花、彩芽、澪、レイラ──リリスも
「……どうして……僕も」
──本当に、不本意そうな顔だった。
「そう言って、結局勝手に抜け出したりしないじゃない」
彩芽が、半ば呆れたように言う。
「貴女の性格段々わかってきた気がするわ。……リリスって、断れないタイプよね」
「……え……そ、そんなことは」
?
いつもは飄々とした態度で何でも受け流すリリスが、今はあからさまに狼狽していた
(……そこまで衝撃だったのか?)
思わず内心で苦笑する
リリスの意外な一面を見た彩芽は腕を組み、ふふんと得意気だ
「素直に認めたら? 貴女、案外──寂しがり屋でしょ」
「違う。……違う……はずだ」
「ふーん?」
からかうように目を細める彩芽
リリスは視線を逸らし、少しだけ頬を膨らませた
珍しい──
リリスがこんな子供っぽい反応をするなんて、あんまり見ない
「……記憶が?…………社畜……癖か……」
◆
そんな微笑ましい(?)空気の中、俺たちは駅前の商店街へと歩いていった。
──夕暮れ
まだ寒さの残る空気の中、街は活気にあふれていた。並ぶ小さな店々、軒先に吊るされた提灯、賑わう声。焼き鳥の香ばしい匂いに腹が減る
「いいなぁ、晩御飯これで済ませたいなぁ……」
「我慢しなさいよ。……ほら、あっち、見て」
彩芽が指差したのは、アーケードの雑貨店だった。ガチャガチャや駄菓子が並び、小学生たちがきゃっきゃと騒いでいる。
俺たちはしばらく、自由に見て回った
誰が何を買うでもなく、ただぶらぶらと
まるで──どこにでもある、普通の学生の放課後みたいだった。
◆
──そんな中
リリスが、ふらふらと吸い寄せられるように一軒の店に向かった
洒落たガラス張りの酒屋
ショーウィンドウの中に、色とりどりのワインやリキュールが陳列されている
リリスは、じっとショーケースの中を見つめていた
まるで、宝物を覗き込む子供のように──
しかし、同時に、品定めするような冷静な眼差しで
(お、おいおい……)
俺は背筋に冷や汗をかいた
まさかリリス、飲む気じゃないだろうな……!?
ちらりと見れば、店員も困った顔でこちらを見ていた──制服姿の女子高生が、お酒をガン見しているんだ。当然だ。
「リリスさん、何をしているのですか?」
「……見ているだけだよ」
リリスはあくまで無表情で言うが、その視線はまだショーケースに釘付けのようだ
「やめなさいよ。お店の人も困ってるじゃない」
「ちっ。日本は法律が厳しすぎる」
「そういう問題じゃないんだけど!?」
「……ま、仕方ないか」
(本気で買うつもりだったのか……?)
制服のまま、堂々とワインを品定めする女子高生。絵面的にヤバすぎる。
俺達は胸を撫で下ろしながら、リリスを引き離す
──結局、今日は特に何を買うでもなく、
ただ歩き回っただけだったけれど
それでも、どこか楽しかった
どこにでもある、当たり前の放課後
日が沈みかけた空の下で、リリスがぽつりと言った
「……それじゃ、僕はこっちだから」
「おう。じゃあなリリス」
「また明日、リリスさん」
「……気をつけてね」
「お疲れ様です」
「……さよなら」
小さく会釈すると、リリスは人通りの少ない通りへと歩き出した。
「……さ、こっちは駅だね」
悠花の言葉に俺たちは歩き出す
空はすっかり夕暮れ色に染まり、通学路には橙の光と街のざわめきが溶けていた
──この時までは、
本当に、ただの放課後だった
◆と━━━━
を場面転換に使ってるけど、読みにくい気がする