まだアビドスから出きらない砂漠の道中でした。道路をDホイールを走らせていると、脇の砂漠が突然爆発しました。そして大量の砂が空中に舞い上がります。私はとっさに雨具のシートを自分とヒナにかけて砂の雨を防ぎます。
砂の間欠泉でも吹き出したような現象。しかしその原因は熱湯でもマグマでもありませんでした。異変が起こった中心で舞い上がる多量の砂の中、巨大な物体が蠢いているではありませんか。
「何ですか、あれは……?」
古の創作物に描かれた怪獣とも言うべき迫力あるサイズのそれはさながら機械の大蛇でした。砂漠の下から突如出現した機械怪獣は、どうやら何かと戦っているようでした。目や口から放つ破壊光線が相手へと襲いかかります。
やがて砂の雨が止むと、機械の大蛇が何者と戦っているのか分かりました。それは機械の大蛇よりは小さいものの巨大なモンスターなようです。龍のようでありながら悪魔のようでもあり、頭部は鳥のようでもありました。
しかしその最大の特徴は鳥の頭部の下にもう一つの顔があること。それはまるで武藤遊戯が使役し、数年前にアビドスの生徒会長が召喚してみせた三幻神の一体、《オシリスの天空竜》と同じようでした。
「イオリ。こちらヒナ。厄介な奴と遭遇した。そっちから見える?」
「はい、見えています。アレと遭遇するなんて不運でしたね」
「攻撃は加えないで。邪神と戦闘してる間に通り過ぎる。後続の地上部隊にも徹底させて」
「了解です」
ヒナが無線を入れた相手はヘリで帰還中のイオリ。時速300km前後で疾走するDホイールとほぼ同じ速度で我々の上空を飛んでいました。地上部隊は我々のはるか後方でこの道を使って帰還している最中です。
「あの機械の蛇はビナー。砂漠化が進んでいるアビドス自治区で度々目撃されてる」
「あれは機械生命体ですか? それとも兵器ですか?」
「ミレニアムの分析によれば自立したAIの構造体らしい。詳しい構造や目的が何なのかは全く分かってない。一つ言えるのは、アイツの出現もアビドス衰退の大きな理由の一つ」
「成程……。大規模な再開発中にあんなのが出現されたらたまりませんね」
ビナー……セフィロトにおける第3のセフィラでしたか。随分と壮大な名が付けられていますが、何か理由があるのでしょうか? それとも本当に第3のセフィラの神秘を宿しているとでも?
対する邪神の方は見覚えがあります。デュエルモンスターズを生み出したI2社のデータベースにのみ残された、巨大な力を持った神たる三幻神の抑止としてデザインされたものの創造されなかったモンスター……いえ、神です。
三邪神。それぞれの三幻神と対を成す邪悪なる神々。
そのうちの一体、《オシリスの天空竜》と対を成す《邪神イレイザー》。
ビナーとやらと戦う邪神はまさしくその《イレイザー》でした。
「アビドス自治区でビナーが邪神と戦う姿も度々目撃されてる。まるでビナーが暴れまわるのを阻むみたいに出現する」
「ということは、何者かが《邪神イレイザー》を使役して妨害していると?」
「分からない。ビナーと邪神の戦いはいつも結末が同じだから」
ビナーから発せられた極太の破壊光線が《邪神イレイザー》の喉を貫き、邪神の頭部が砂の大地へと落ちました。切断面から流れ落ちるのは漆黒の血。不自然なほどに大量に流れ出て地面に水たまり……いえ、池を作っていきます。
ヒナは顔色を変えて私にDホイールを飛ばすように言いました。そして無線を通じてイオリ達にもその場から直ちに離脱するよう命じます。私はリミットぎりぎりまでDホイールの速度を上げ、戦闘エリアから遠ざかります。
「いつも邪神がビナーに負ける」
「そして邪神が効果を発動してビナーを道連れにする、ですね」
「そう。大破したビナーは当分の間活動出来なくなる。そうしてアビドスは結果的にビナーの脅威に晒されなくなってる」
漆黒の池に《邪神イレイザー》の死骸が沈みました。すると池から無数の黒い手がビナーへと伸び、その巨体を絡め取り、闇へと引きずり込むではありませんか。
ビナーが蠢いたり破壊光線を出して抵抗しますが、三幻神をも抹殺する《邪神イレイザー》の道連れ効果の前には無力。
闇へと落ちたビナーの巨体は影も形もなくなり、砂漠には再び静寂が訪れます。
もし少しでも《邪神イレイザー》に近い距離にいたら道連れ効果の巻き添えを食っていたでしょう。自分も相手も問わず、デュエルにおいてもプレイヤーすら黄泉に連れ去りますからね。
ふと、そちらに目が行ったのは偶然でした。
「ヒナ。あちらに誰かが」
「……!」
貫通道路から遥か遠く。砂漠のど真ん中。ビナーと邪神の決闘を見届ける人影が見えました。
全く手入れされてないボサボサの長髪を垂れ流し、頭部にはヘイロー無し。顔も前髪で隠れて全く見えず、制服らしき服は敗れて穴が空いて肌が露出してます。丸まった背中に俯いた頭部。明らかにただならぬ様子でした。
死人を彷彿とさせる彼女はデュエルディスクのフィールドゾーンから《邪神》のカードを回収してデッキに収めました。そして引きずるような足取りで砂漠の中へと消えていったのです。今から追いかけたところで遅いでしょう。
「おそらく彼女が《邪神イレイザー》を召喚したのでしょう。これまで召喚者の目撃情報は?」
「いえ……無い」
結局ビナーと邪神、そして謎の女子についての情報はそれ以上何も分からないままでした。
◇◇◇
ビナーや謎のデュエリストについては引き続き互いに調査する方針でヒナとは話がつき、それからは特に異変も騒動も起こらずにゲヘナに着きました。
さすがに休み無しでのD.U.→アビドス→ゲヘナの強行移動にはヒナも疲れたらしく、顔に現れていました。かく言う私も最後の方は集中力が切れかけたので、D.U.に戻る前に少し休憩を挟むとしましょう。
喫茶店で休もうかと思ってましたが、ヒナに呼び止められました。
「お茶かコーヒーでも出すからくつろいでいって」
「しかしヒナは風紀委員達と話すことがあるのでは?」
「来賓室にいる分には問題無い」
「そうですか。ではお言葉に甘えさせてもらいましょう」
この後ヒナの誘いを受けて少し持て成されました。ヒナに叱られて反省文だと嘆いていたアコから改めて自己紹介を受け、コーヒーと菓子をいただきました。普通に飲んで美味しいと答えたら何故かイオリから驚かれたのは余談ですね。
名残惜しかったですがそろそろ日が沈む時間になったので帰ることにしました。ヒナは忙しいのに私を見送りに建物の出口まで付き添ってくれました。
「先生、送ってくれてありがとう」
「どういたしまして。高速で飛ばしましたが、髪や肌が痛みませんでしたか?」
「大丈夫。あの程度で肌は傷まないし、髪は先生が結わえてくれたから」
「それは良かった。今度はもっと上手く結えるよう勉強しておきましょう」
「こ、今度? あ、いや。そう、分かった」
ヒナはなぜだかとても驚いたようでしたが、そこまで変な発言はしていないつもりなのですがね。しかし私の対人関係は世界が滅亡してから仲間とばかりでしたし、認識とズレがあってもおかしくはありませんか。
「では私はこれで失礼します」
「ええ。お疲れさま。また今度」
去り際、ヒナは私に向けて朗らかに微笑みました。それまで少女らしい可愛らしさがありながらも真面目な面持ちを崩さなかったため、あまりに意外でした。少しの間ながらも目が留まってしまいます。
そうか、私が相手しているのは純粋な子、生徒達なんだったな。改めてそう思いました。
邪神イレイザーの使い手の再登場は当分先になりそうです。
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