「私を知っているということは、貴女は私たちの世界のベアトリーチェのようですね」
「私たちの世界……? そうですか、ゴルコンダから受けた攻撃は――」
既に滅亡した世界にて。瀕死状態だったところを治療して意識が戻ったベアトリーチェは己の身に何が起こったかようやく分かったようです。自分の顔を手でぺたぺた触ってから背中にも手をやって黒翼に触れました。
彼女は複数の目があった頭部、血のように真っ赤だった肌の色、そういった分かりやすいキヴォトスの外からやってきた者としての記号、テクスチャが剥がされていました。今の彼女はキヴォトスのOGだと言われても信じられる外見です。
「詳しく事情を聞かせてもらっても?」
「……。ええ、構いません」
ゴルコンダに連れて行かれたベアトリーチェはどうも宿した「色彩」の力に魅入られてしまったらしく、探求をそっちにけに色彩の力を使ってキヴォトスに破壊と創造をもたらそうとしたそうです。
……神に至っての悲劇の回避と聞くと思い浮かぶのはイリアステルの一員として巻き込んでしまったゴドウィン兄弟。しかし彼らとベアトリーチェで決定的に異なるのは、堕ちた理由が己のためか未来のためかでしょう。
色彩をキヴォトスに呼び込んだ。そう聞いた途端にテフヌトが憎悪に支配され、今にも彼女に飛びかからんとするほどに睨みつけました。歯をむき出しにし、息を荒げ、自分を抑え込むために腕を掴んで爪が肉に食い込んでいます。
「ベアトリーチェ。私が聞きたいのは一点だけです。今も色彩を利用して「崇高」に至ろうとは思っていますか?」
「その試みは失敗に終わりました。もう未練などありませんよ」
なんと、ベアトリーチェはアリウス時代を含めてあれだけこだわっていた「色彩」に対して全く関心を示さなくなっていました。
研究者であるなら失敗したアプローチに見切りをつけて別の手法を模索するのはさして不思議でもありませんが、かけた時間が多ければ多いほど過程が無駄だったと信じたくなくなりますから。
アリウスを素直に明け渡したのといい、見切りは早い方なようです。
「ではキヴォトスからは身を引くのですか?」
「いえ、あいにく私は当面キヴォトスから離れる気はありません。キヴォトスを救う。アプローチの仕方は違えどゲマトリアの者たちや先生たちとは違いありませんからね。新たな方法を模索するまでです」
「そうですか。しかし貴女が「色彩」を呼んだとあればその影響は……」
「勘違いしているようですが、「色彩」は私が呼ばずとも遅かれ早かれキヴォトスに現れます。それは様々なキヴォトスを観測して確認済みです」
どうもベアトリーチェ……というよりゲマトリアの者たちは複数もの世界にまたがって様々なキヴォトスを観測していたようです。ちょうど私たちイリアステルが破滅の未来の回避のため過去の可能性を観測していたのと同じです。
今回はベアトリーチェが色彩をキヴォトスに呼び込みましたが、ある世界では便利屋68が、ある世界ではユウカが、またある世界では"先生"とは異なるシャーレの先生が色彩の影響を受けたそうです。
「きっかけがあれば「色彩」はキヴォトスの生徒に接触します。故にキヴォトスが破滅する要因が何なのかの予測が難しいのです。黒服やゴルコンダたちが"先生"に度々接触してたでしょう? アレは全て色彩対策の試験も兼ねているのですよ」
「デカグラマトンの預言者のパス、ミメシスの秘儀……アレ等はそういった意味があったのですか」
「しかし今回は「色彩」そのものを呼び込んだだけ。これからキヴォトスの生徒に接触するか、それとも接触済みの反転者を代行者として召喚するか。それは実際に直面してみなければ分かりません」
「……」
だとしたら私はすぐにでも元の世界の戻るべきでしょう。"先生"だけで「色彩」がもたらす脅威からキヴォトスを守らせるのは酷です。アロナや生徒が守るだろうと言っても限度がありますし。
しかし、だからと言ってテフヌトからの願いを後回しにして良いかというと、どうも違う気がしてなりません。根拠は勘……いえ、《未来皇ホープ》のカードが訴えてくるようなのです。この行動が未来に繋がるのだ、と。
「ではこの世界での用事は急がねばいけませんね」
「この世界……既に何かしらの要因で滅亡したキヴォトスですか」
ベアトリーチェは周囲を見渡しました。道のど真ん中でのキャンプ中ですが、破壊された乗用車や戦車、一向に灯らない照明が広がる光景だけでも何が起きたかはおおよそで察せます。
ベアトリーチェがどんな反応を示すか気になっていましたが、彼女は私が想像していたよりもキヴォトスに思い入れがあるようで、嘆き悲しみ、悔しさ、憤りを滲み出しているのが分かります。
「いいでしょう。助けられたのも何かの縁。そのやるべきこととやらに協力します」
「はぁっ!? なんでコイツなんかにもがっ!?」
とうとう堪忍袋の緒が切れたテフヌトが激昂して立ち上がりましたが、すんでのところでユカリに取り押さえられました。実際に自分の世界を滅ぼされたテフヌトにとってベアトリーチェは許し難き悪に違いはないのでしょう。例え自分の世界の彼女ではなくても。
「それに、ちょうどいい機会でした。ユウセイ先生、私は以前貴方をゲマトリアに勧誘しましたが、それは何も「色彩」へ対抗するためだけではありません」
「と、言いますと?」
「名もなき神々の王女、「黄昏」、雷帝の遺産……他にも様々なキヴォトスが滅びる要因がありますが、問題なのは全てが終わった後にもあります。ユウセイ先生にとって滅亡の定義とは何ですか? 文明が全崩壊して住人が消失することですか?」
「生き残りがいても再起不能な状態に陥ったら、でしょうか」
「そう、滅亡から終焉まではタイムラグがあるものです。そしてキヴォトスが滅亡したからとこの星は残るわけですし、世界が終わったわけではありません。しかし、アレはそんな「その後」すら許さないのです」
ベアトリーチェは空を見上げました。既に文明が停止したこの世界では空気も汚れていないので星空がとても鮮やかに綺麗に見える……筈でした。少なくとも山海経に向かった際の空模様はそうだった筈です。
しかし、今は違いました。空のある一部だけがぽっかりと何もありません。まるでそこだけが砕け散ったかのような虚無な空間が広がるばかりです。そしてそんな何も無い空間は空にひび割れを起こしているようでした。
「空が……いえ、世界そのものが崩れ始めている……?」
「世界から希望が潰えた瞬間からあのように崩壊が始まり、やがて世界そのものが消失してしまうのです。この現象を黒服は「青春の世界のアーカイブ化」だと表現していました」
「アーカイブ化……」
思い出すのは私をキヴォトスに招いた存在。潰えた希望の黒き石碑が立ち並ぶ不毛の大地。あの者と対立する者が逃れられない捻れて歪んだ先の終着点、その一つがここなのだとしたら……。
「「絶望」。我々はその存在をそう定義しています」
エラー。
やはり彼女は最終的に倒さねばならない相手ですか。
しかし……だとしても妙に引っかかります。彼女は本当に自称するように絶望の化身なのか、まだ確信出来ていません。と、言うのも、彼女がヘイローをちらつかせた際に見せた表情が頭から離れないのです。
彼女は本当に私を目撃者にするためだけにキヴォトスへ呼んだのでしょうか? しかしそれなら他の世界同様に"先生"だけで事足りるのでは? 私が呼ばれたのはもっと別の思惑……いえ、願いがあったからなような気がするのです。
「既にこの世界のアーカイブ化は始まっています。急がないと世界の終焉に巻き込まれて無の世界から抜け出せなくなりますよ」
「……」
テフヌトはやるせなさで唇を絞り、悔しさから涙を滲ませました。ですが彼女は気丈にも袖で目元を拭います。
「それで、こちらの事情は話したのです。協力するからにはユウセイ先生たちがここで何を成し遂げたいのか聞かせてもらいましょう」
「私たちはテフヌトが取り戻したいというカードを集めている最中です」
「カード? それは興味がありますね。しかし「色彩」を退けるならせめて三幻神ぐらいの力は秘めていてもらわないと……」
私は《未来皇ホープ》のカードをベアトリーチェに見せました。彼女はじぃっとそのカードを見つめ、「希望皇ではないホープ……?」と呟いて首を傾げた後、「ああっ!」と大声を上げて立ち上がりました。
「黒服のやつ! 「色彩の嚮導者」の正体を薄々察しておきながらこの私に黙っていましたね!」
「「色彩の嚮導者」?」
単語通りの意味だとすると色彩を案内する者のようです。それが先程ベアトリーチェの説明にあった色彩が襲来する際に召喚する代行者なのでしょうか。
ベアトリーチェは自分を落ち着かせて再び腰を落ち着かせました。
「そのカードは「色彩の嚮導者」に対抗する切り札になります。集めたら必ず"先生"に渡して――」
「駄目! 《未来皇ホープ》は"先生"には絶対に渡さないで!」
声を荒げて口を挟んだテフヌトに対してベアトリーチェは「はぁ?」とあからさまに不機嫌さを顕にします。
「小娘。「色彩の嚮導者」が私の推察通りだとしたら"先生"の《希望皇ホープ》では勝てないかもしれませんよ。勝利の方程式が揃わなくてもいい、自分の先生ではないからみすみす死なせても構わないと?」
「そんなわけないわよ! でも、《未来皇ホープ》は"先生"が持ってちゃ駄目なの。"先生"じゃあ絶対に無理だから……」
「そんなぼやけた説明で私が納得するとでも?」
「お願い。《未来皇ホープ》はユウセイ先生が持ってて。これは私の……ううん、この世界のキヴォトスの生徒全員の願いでもあるから」
テフヌトに真剣に望まれて改めて《未来皇ホープ》のカードを見ます。私が持つというより"先生"が持たないことの方が重要なようです。かといってユカリでも構わないかと言うとそれも違いそうです。
つまり、"先生"以外のシャーレの先生が持っていなくてはいけないのですね。
「では引き続き《未来皇ホープ》は私が預かりましょう。それでいいですね?」
「うん、ありがとう。これできっと……」
「……。勝手になさい」
ベアトリーチェは呆れながら水に口を付けます。そんな彼女をなぜかユカリがじっと見つめました。じろじろと見られたくなかったからかベアトリーチェは軽く睨みましたが、ユカリは視線を外そうとしません。
「ベアトリーチェさんのその羽……」
「?」
「黒く輝いていてまるで鴉天狗みたいで綺麗ですわ!」
「ぶふっ!? ごほっ、げほっ!」
ベアトリーチェが水を盛大に吹き出して激しくせき込みます。
今回は状況整理回。書いていて面白いし楽しいのですが、読み手としては面白さに繋がらないのが悩みどころ。かといって省くとわけわからなくなりますし、バランスが大事ですね。
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