「ご機嫌麗しゅう、ですわ、先生方! 本日は身共が御勤めの当番業務をいたしますわ」
「ようこそ、先生。アリスたちの準備は完璧です」
「おはよう、先生方。どんな業務でも必ず遂行してみせるわ」
本日のシャーレの当番は百鬼夜行よりユカリ、ミレニアムよりアリス、ゲヘナよりアルの3名です。私たち3名の先生は来年度の準備を進めるため各学校を回らず事務仕事に従事する予定です。
"先生"やユカリたちが事務室内の整理を進める間に私とアルが通常業務を片付けていきます。卒業を間近に控えていても問題は発生するもので、手際よく処理しないと溜まっていく一方です。
ああ、そうそう。実は3年生の中にはシャーレに就職したいと名乗りを上げる生徒もいました。シャーレの予算との兼ね合いでそこまで多くの従業員は雇えませんが、何名かがシャーレに所属することになっています。
"これで来年度は少しは楽になるかな?"
「いえ。その分業務量が増えると思います。任される仕事が増えて」
"だよねぇ。でも新しく入ってくる生徒たちは36協定を守らせるつもりだよ"
"クロノスにブラック企業だとスクープされないようにしないとね"
そんな時でした。扉を締めていても廊下からこちらへ駆けつける足音が聞こえてきます。扉を勢いよく開いて入ってきたのはヴァルキューレのカンナでした。軽く息は上がっていますが、苦しさを表情には出しません。
声を掛ける前にヴァルキューレの生徒たちが何名かカンナに続いてやってきます。全力疾走してきたのか肩で呼吸する生徒もいます。しかしカンナの後ろで綺麗に整列し、私達に向けて敬礼します。
"カンナ、どうしたの?"
「カヤ防衛室長最後の指令に従い、緊急事態宣言が発令されたため、ヴァルキューレ警察学校以下生徒一同は現時刻をもって連邦捜査部「シャーレ」の指揮下に入ります」
"……!"
私は"先生"たちと思わず顔を見合わせました。どうやら"先生"方もことの重大さを察したようで、真剣な面持ちで頷いてきます。廊下ではまるで引っ越し作業のようにヴァルキューレの生徒が段ボールを抱えて行ったり来たりしています。
「シャーレの空き部屋をお借りします。仮の対策本部を設立し、ヴァルキューレの指揮系統を校舎からこちらに移しますので」
"カヤからその緊急事態宣言っていうのが何なのか具体的に聞いた?"
「いえ。前防衛室長からは、緊急事態宣言が発令された際は自分の身に何かがあって連邦生徒会が信用ならなくなった時だ、としか」
"……思った以上に深刻なようだね"
そういう場合は情報がインターネット上に飛び交っているので調べるのも手ですが、真偽のほどが掴めない上に憶測も混ざっていて信用なりません。ここはクロノスに連絡を取って取材してもらうのが無難でしょう。
もしかしたらヴァルキューレのただならぬ動きを嗅ぎ取って既に報道し始めているかもしれまんか。まずは大モニターでテレビを映して中継映像を確認……ん? 番組表と違っていますね。
「これは、連邦生徒会の公式記者会見……?」
壇上は空席。その周りには連邦生徒会の各室長が勢ぞろいしています。しかし、既に引退して後輩に引き継いだはずの3年生室長が顔を出している点と、防衛室だけカヤではなく新任な点、そしてリンが主席行政官の立場でいる点が不可解です。
普段ならキヴォトス全土への表明は連邦生徒会長の役目、つまり代行を務めていたリンないしは新たな代行に抜擢されたアオイがスピーカーになってしかるべきですが、彼女達はわき役に徹するかのように大人しくしています。
そして、彼女等の前を横切り、壇上に上がった者を見た記者会見場の一同、そして視聴者は誰もが驚きました。何も知らぬ者は素直に、そして事情を把握している私たちにとっては看過できないものです。
「連邦、生徒会長……?」
カンナの信じられないとばかりのつぶやきが全てを物語っていました。
「え? 連邦生徒会長って、あの連邦生徒会長なんですの?」
「今まで失踪してたらしいけれど、病気で入院でもしてたのかしら?」
ユカリとアルが憶測を並べている間に騒然となっていた記者会見の場が段々と静まり返り、連邦生徒会長の一挙動一挙動に注目していきます。そして連邦生徒会長がどのような発言をするか、聞き漏らさないよう集中します。
「キヴォトスの皆さん、まずはこれまで姿を隠していたことをお詫びいたします」
深々と頭を下げた皆への謝罪は、とても丁寧なものでした。
心から反省していると伝わってきます。
そしてこうせざるを得なかった何か重大なことがあったのだ、と察せます。
連邦生徒会長の演説は以前までの記録に残っていたようにアルカイックスマイルを浮かべながら丁寧に、優しく皆に語りかけています。この一年間の総括、その前の二年間の振り返り、後輩たちに後を託してキヴォトスから羽ばたく抱負など、多岐にわたりました。
「私が不在の間、権限を譲渡して迎え入れたシャーレの先生方には深く感謝しています。この場を借りてお礼申し上げます」
そして連邦生徒会長がいない間に"先生"がどれほどの活躍、活動をしたかを簡潔に、しかし時間をかけて話しました。謝意の他にも"先生"への褒めも結構混ざっていました。「さすがはみんなの先生です」との言葉に集約されます。
「ですけど、私が帰還したことで、もうシャーレという不安定な組織、大人に頼る必要はなくなりました」
空気が決定的に変わったのはこの発言からでしょう。
それよりも前に"先生"や私たちが警戒心をあらわにテレビを見つめていたので、カンナたちは何かがあると疑い半分で視聴していましたが、ここでようやく異常事態が起こっていると分かったようです。
「よって、連邦生徒会長の名において、今から48時間後、つまり明後日の正午に連邦捜査部「シャーレ」を閉鎖することをここに宣言します」
シャーレを閉鎖し、シャーレの先生を解雇する。
連邦生徒会長……いえ、彼女の身体を乗っ取ったエラーはとうとう直接行動に打って出てきたのです。
慇懃にお辞儀する連邦生徒会長に扮したエラーでしたが、記者会見場は大ブーイングの嵐でした。今までキヴォトスのピンチに雲隠れして先生に全て任せっきりのくせして今更勝手な、といった意見が大半を占めました。
「異議申し立てがある場合は48時間前にサンクトゥムタワーの連邦生徒会長室へ来てください。24時間受け付けます」
話は終わりだ、とばかりに報道陣の質問攻めを無視して記者会見場を後にするエラーと連邦生徒会一同。……エラーを最大限警戒していたリンがエラーに付き従う光景からだけでもことの深刻さは明白でした。
「な、何なんですの一体ー!?」
「い、一方的過ぎるじゃないの! 功労者への敬意はどうしたのよ!」
「"先生"やユウセイ先生は強制的にジョブチェンジさせられるんですか……?」
「これがカヤ防衛室長が懸念していた異常事態……?」
ユカリたちが思い思いの感想を述べる間、私は念の為にリンに連絡を取ってみます。リンはエラーに洗脳されているのか、それともやむを得ずエラーに与しているのか、どちらなのか分かるだけでもだいぶ違います。
しばらくのコール音の後、携帯端末の向こうからリンの声が聞こえてきました。スピーカーモードに切り替えた上で向こうからの音声も周りに聞こえるようにします。「はい、リンです」とのリンの声はいつもより重苦しいものでした。
「リン、今の連邦生徒会長の会見ですが……」
「すみません、先生方。私は敵に回ります」
その一言でアルとユカリが大声を上げそうになりましたが、カンナが既のところで押さえました。
「理由を言っていただくことは可能ですか?」
「私やカヤが気付かないうちに連邦生徒会は掌握されていて、私は敵の手に落ちた……ただそれだけです。直前にカヤだけは逃がしましたので、先生方の助けになると思います」
「……。必ず助けます」
「……お待ちしています」
リンは少し安堵したのか声色が若干和らぎました。
もはや一刻の猶予もありません。
48時間などと時間を区切られましたが、そんな長くは必要ありません。今すぐにでも連邦生徒会室に乗り込む作戦を練りましょう。
「それと……あっ!?」
「――もしもーし。聞こえますー?」
リンは言葉を続けようとした矢先、彼女の驚きの声と共に違った声が聞こえてきました。その声を聞くのはもうかれこれ一年近くも前になります。思えばこの声で私の先生生活が始まり、この声で最終章の幕開けなのですね。
「エラー、と呼べばいいのでしたね」
「ええ、そうですよZ-ONE」
電話を取り次いだ相手、エラーは自分の正体を隠そうともしませんでした。
この調子なら今年中にはひとまず完結できそうです。飛ばした話は後で考えます。
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