壁にかけた時計の秒針が時を刻む音が聞きながら、私は自分のデュエルディスクに入れた<key>フォルダの解析を試みていましたが……結論から言うと私にはこれ以上時間をかけても無理でしょう。
「私には理解の及ばない未知の言語でプログラミングされていますね……」
ある科学者がAIに数学の問題を与えたところAIは人間が思いもよらぬ答えを導き出してきました。また、AI同士にコミュニケーションさせたところ、いつの間にか全く新しい言語で意思疎通していました。
この<key>はAIがAIを進化させたようなもはや人間の理解の及ばぬ境地による作品としか言いようがありません。かろうじて単なるプログラムではなく知能と理性を持つAIであることぐらいが分かった程度ですか。
既に同梱されていたG.Bibleが役目を終えたので<key>は用済み。アナログ的手法でデータを消去するのが一番安全でしょう。しかし、AIは有機生命体でないだけで生きています。AIの消去、それは命の抹殺に他なりません。
「元の世界ならともかくキヴォトスでそこまで踏み込んでいいものか……?」
やはり、少々危険を冒してでもこの<key>フォルダ内に収まっているAIと接触してみる他ありませんね。不動遊星やシェリーに私がコンタクトを取ったように、そして逆にエラーが私を招聘してきた時のように。
そうと決めたところで一通のメールを受信しました。
送り主はミレニアムサイエンススクールのセミナー、調月リオから。
内容は内密に打ち合わせしたいから今晩ミレニアムに来られたし、ですか。
「仕事は切りよく終わっていますし、断る理由もありませんか」
なお、読んだ途端にメールは自動消去されてゴミ箱にも入っていませんでした。
消えるメールを使うほどの伝達事項なのかはさておき、随分と慎重ですね。
私はDホイールを走らせ、再びミレニアムへと向かいました。
<key>を収めたデュエルディスクを持参しながら。
◇◇◇
「初めまして、Z-ONE先生」
ミレニアムのセミナー執務室に向かう途中、私は車椅子の生徒と出会いました。エレベータの行き先が同じ階だったため、どうやら彼女と目的地も同じのようです。
「私の名前はヒマリ。このミレニアムサイエンススクールにおける超天才清楚系病弱美少女ハッカーです」
「連邦捜査部シャーレ所属、Z-ONEです。よろしく」
「全く、リオったら。こんな夜も更けた時間帯に呼び出すだなんてね」
「そんな夜中にしか時間が取れないほど多忙なんでしょう。何しろ彼女は生徒会長なのですから」
「そうでしょうか? リオは業務効率化を進めて自分が不在でも回るようにしていた筈ですけれどね」
「それは本人に直接聞いた方がいいでしょう」
ヒマリと他愛ない話をしながらやって来たセミナーの執務室は消灯されていました。それを咎めるような皮肉めいた発言をヒマリがしたところ、椅子から立ち上がってこちらへ向かい人影が一つ。
「万全を期しているだけよ。この会談を外部に知られてはならないもの。記録上私たちは会ってないことになってる」
「全てはこれから内容の機密を守るため、ですか? ユーモアの欠片もありませんね。「なら見せてやろうか?もっと面白いものをよぉ」ぐらい言えないんですか?」
黒尽くめの長身女子は淡々とこちら、主にヒマリに向けて告げます。一方の白尽くめの車椅子少女は気にする素振りも見せないで軽い冗談で返します。あいにく相手側、ミレニアムの会長であるリオには通じていませんでしたが。
しばらく言葉の応酬を続ける二人を何もせずに待っていましたが、本題に入る前にリオはようやくこちらへと会釈しました。
「ミレニアムサイエンススクール、セミナー所属。リオよ。初めまして」
「連邦捜査部シャーレ所属、Z-ONEです。夜遅くまでお疲れ様です」
「では、早速だけれど本題に入りましょう」
「あら、「セーフハウス」のことはどうしたの? ふふ、まあ構いませんが」
リオとヒマリが一緒にいると話が中々進まない、とはこの短時間のやり取りでもなんとなく分かりました。犬猿の仲、というほど嫌い合っているようにも見え、しかし互いに認め合っているようにも感じる。複雑な間柄のようですが。
「ゲーム開発部が廃墟で発見したアリスについて、私たちはその正体を確認するために密かに仕込みをしていた」
「Z-ONE先生がヴェリタスを頼らずに自力でG.Bibleのパスワードを解除してしまったものだから徒労に終わってしまいましたけれどね。よろしければ後で電子ロックを詰めデュエルに変換するツールを見せていただけませんか?」
「その話は後よ。G.Bibleの入手、C&Cの派遣、そして編入試験。これらでも結論を出すには充分にデータは揃ったわ。解釈の結論は出たかしら?」
「ええ、もちろん。アリスの正体、それは無名の司祭が崇拝する「オーパーツ」であり……」
「はるか昔の記録に存在する、「名もなき神々の王女」」
「……」
「……。そう……同じ解釈になったようね」
まずはリオとヒマリの二人で意見をすり合わせます。どうやらG.Bibleのパスワード解除を私がしていなかったらアリス風に言う追加イベントがあったようです。そしてこの二人にはゲーム開発部や私の動向を思った以上に把握されていますね。
知らない単語を調べるのは後回しにし、二人がアリスの存在を最大限警戒していたのは明らか。確認作業によってどのような対策を講じるか、ここはそれを確認し合う場、といったところですか。
「つまり、あの存在の本質は……」
「ええ。アリス、あの子は……」
「――世界を終焉に導く兵器」
「――かわいい後輩、ですよね」
ここで二人の意見が割れました。
一方は一刻も早く対処すべきと主張し、もう一方は受け入れるべきと主張。
よほどのことがない限りこの異なる意見が交わることはないでしょう。
「……あなたは一体何を言っているの?」
「リオこそ一体何を言っているのですか?」
「……」
「……」
リオはここで初めて挨拶以外で私へと視線を移しました。
まるでここまでが私への本題の前に知っておく情報だと言わんばかりに。
「……ヒマリがこのような結論になるとは想定していたわ。それでも現実を見て考えを改めると期待していたのだけれどね」
「あら、言いたい台詞を言われてしまいました。そっくりそのまま、何ならリボンを付けてデコってお返ししますよ。リオならもっと大人のように寛大に受け止める方針にするかも、と期待した私を返して欲しいです」
「Z-ONE先生。今日ここに来てもらったのは、貴方の意見を聞きたかったから」
「ああ、成程。先生も独自にアリスの正体を探っていましたからね」
私の意見、ですか。
「それは私が貴女達どちらの敵なのかを知りたいから、ですか?」
「ええ、そうね。そして説得して味方に引き込むフェイズはもう過ぎている」
リオとヒマリ、両者の視線が私へと注がれます。
とは言えどちらも私に期待するようなものではありません。
あくまでこちらを見定めるためですか。
「確かにアリスは世界を滅亡させるに足るスペックを持っています。事実そのような目的で制作されたのでしょう。しかし、それだけでアリスを排除する理由にはなりません」
「楽観視は禁物よ。エンジニア部への説明を聞く限り、先生だってアリスの危険性は私たち以上に分かっているのではなくて?」
「だからこそ、アリスを悪だと早々に見切りをつけて切り捨てるのは反対だ、と主張しているのです。まだ他に取るべき手段が残されているうちは、ね」
リオと私、互いの視線が絡み合いました。
リオの目に宿るのは並々ならぬ決意。
「……そう。なら話は終わりよ。決裂した以上、先生とヒマリをこのまま返すわけにはいかないわ」
リオが指を鳴らすと物陰からぞろぞろとロボット兵器が現れて私とヒマリを囲いました。ヒマリ曰く最近リオが作っているおもちゃだそうですが、中々洗練されたデザインをしていて侮れません。
「まぁ……そうでしょうね。あなたならそうすると思ってました。では先生、今度お会いした時はゆっくりと語り合いましょう。ええ、今度はお邪魔虫抜きで」
リオがこちらに会釈した直後、非常灯含む全照明がブラックアウト。ヒマリに照準を合わせていたリオのロボット兵器もハッキングを受けて機能停止。と思ったら証明の光度を最大にされて目眩まし。リオが制御権を取り戻した時にはヒマリの姿は消えていました。
「……そう、ヒマリは抜け出したのね。先生はヒマリの後を追わなかったの?」
「リオのことです。ヒマリに逃げられた際の対処法も練っているのでしょう? 追っ手に遭遇するより留まった方が良いと判断したまでのこと」
「そう。なら投降して頂戴。そして事が済むまで部屋の中にいてもらうわ。不自由無い生活は保証するから」
「嫌だと言ったら?」
「力づくでも」
リオが言い切る前にリオのロボット兵器達が銃火器を一斉に発砲させました。
「では、見せましょう。機皇の脅威を、貴女に」
では授業の時間ですよ、リオ。貴女が対峙する絶望についてのね。
「《スカイ・コア》を召喚。1ターンに1度戦闘では破壊されない効果を持っていますが、この集中砲火では凌ぐのは難しいですか」
リオのロボット兵器、AMASの総攻撃で《スカイ・コア》は破壊されました。
ちなみに《スカイ・コア》をセットしたデュエルディスクは予備のもの。<key>のデータが入ったデュエルディスクで【機皇】デッキを使うなんてもってのほかですからね。
「永続罠《リミット・リバース》を発動。《スカイ・コア》を攻撃表示で特殊召喚。守備表示に変更し、《リミット・リバース》の効果で破壊します」
集中砲火が一旦途切れたタイミングで素早くカードの効果を複数発動。これで準備は整いました。
リオはあからさまに「何をするつもりなの?」との警戒を顕に体を強張らせています。
「破壊された《スカイ・コア》の効果を発動します。デッキ・手札・墓地より《機皇帝スキエル∞》、《スキエルA》、《スキエルT》、《スキエルC》、《スキエルG》を特殊召喚」
青い卵のような形をした《スカイ・コア》が効果を発動したことで機皇帝スキエルのパーツが召喚されました。そして5つ全てが揃ったことで合体を開始。巨大な機械の鳥型ロボット兵器が完成しました。
「機皇帝スキエルを特殊召喚」
原作はエデン条約編やカルバノグの兎編の方が時系列的に先ですが、本作品ではパヴァーヌ編2章が先になります。でないと途切れ途切れになるので。
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