◆三人称視点◆
サオリにとってスズミは体制側の人間であり生徒会長に忠実な執行者。
スズミにとってサオリは生徒会長の教えを受けながらも希望を捨てない異端者。
トリニティという新天地で再会することはどちらにとっても想定外だった。
現時点でサオリがトリニティに進学したとアリウスに知られるのは非常にマズい。刺客を送られるだけならまだマシ。間者として利用されるかもしれないし、最悪自分を口実にして全面戦争を仕掛けられたっておかしくない。
故にサオリはスズミと再会した時、どのように口封じするかを必死に考えた。説得など無理。かといって闇夜に紛れて始末するにも受験勉強に専念してなまった状態でスズミを押さえられるか?
一方のスズミ、サオリについてアリウスに報告しようか迷っていた。本来なら報告すべきだろうが、彼女の脳裏には高等部卒業生の末路がまだこびりついている。このまま生徒会長に従うことが正しいのか、迷いが生じていた。
「サオリさんもトリニティに進学していたのですね」
「あ、ああ……」
「では私たちは学友です。これからもよろしくお願いします」
「……! 報告はしないのか?」
「アリ……母校を退学処分になった時点で罰は終わっています。でなければ初めから母校から出さなければいい。あの生徒会長がそんな二度手間をかけると思いますか?」
「それは……! いや、確かにそうだな。身構えすぎた」
と、もっともらしい理由をサオリには告げたが、スズミは「錠前サオリを発見」と一行だけ簡潔にまとめてアリウスに報告した。しかし報告に対する反応が向こうから届くことはなかったため、それ以上サオリについて情報を流すことはしなかった。
サオリはどうやらアリウスを変えるためにトリニティでそれなりの立場に成り上がろうとしているようだった。スズミはアリウスでの役割にすら迷いが出ていたために組織に属して役に立とうという気力が湧かず、かと言って授業時間以外に何もしないでいるなんてアリウスでの習慣が体に染み付いているスズミには無理だった。
なので、秩序を重んじる彼女は自警団として活動することにした。
あくまでも不良や迷惑者の鎮圧に特化した閃光弾を選んだのもアリウス時代から変わりたいという無自覚な意志の表れ。
彼女の活動は正義実現委員会の手が回らぬ細かな安定に繋がっていった。
そんなスズミだったが、一度大失敗をしてしまった。
アリウスで教育を受けたスズミにとってトリニティとは温室育ちのお嬢様が集う高貴な学校、というイメージだった。ゆえにアリウスの現状と対比させてトリニティへの憎悪を募らせていたわけだが、どうやら光あるところには影もあるのが常らしい。
進級組と受験組の隔たりは勿論、進級組にも派閥があって対立。陰湿な嫌がらせや陰口、いじめは日常茶飯事。時には気に入らない輩や粗相した末端への教育という名目で暴力が振るわれることもあった。
スズミが出くわした場面もトリニティにとってはそんな日常の一幕に過ぎない。
しかし、それがスズミの逆鱗に触れた。
空き教室に連れ込まれた一年生が二年生数名から袋叩きにされていた。それを三年生数名が優雅にティータイムと洒落込みながら眺めていた。その一年生が他の派閥から恥をかかされたのが理由だった。
腫れ上がった顔を髪を引っ張られて上げさせられた一年生は平手打ちを受けて床に転がる。別の二年生が腹部に蹴りを入れると一年生は声にもならない悲鳴を発した。見せしめだと教室の隅で起立させられた一年生数名が怯えながら身を震わせる。
スズミ、まずは教室の扉をわずかに開けて催涙弾を投下。煙が室内に充満して中にいた者が咳やクシャミをしだした辺りで突入。元凶の三年生や実行犯の二年生に次々と銃弾を打ち込んで無力化する。ここまでなら自警団の活動に収まっただろうが、教育という名目での虐待が許せなかったスズミは、もはや抵抗の意思を見せなかった三年生や二年生に対して更に銃弾を打ち込んだ。
「全ては虚しい。快楽を追うことも、愉悦に浸ることも」
何度も、何度も何度も何度も。
もはや眼下に見下ろす倒れた相手が反応を示さなくなっても。
傍観者として何もしなかった一年生が悲鳴を上げても。
「なんて虚しい。務めも業も労苦も。風を追うようじゃないの」
教室の外から駆け足が聞こえてきたので、扉が開いた瞬間に閃光弾を投下。光で視界が遮られたところでスズミは素早く教室から脱出。野次馬に紛れて逃げおおせることに成功した。
「はあっ! はっ、はっ、はぁーっ……」
人目のつかない所まで来てから呼吸が激しくなったのは決して運動量のためではない。この程度ならアリウスでの訓練の方がよほど厳しく、準備運動にもならない。なら、これは心理的なものだ。
「スズミ。やはりお前の仕業だったか」
「!?」
とっさに声の方向に銃口を向けたのは反射的な動作だった。
物陰から姿を見せたのは入学初日以来言葉を交わしていなかったサオリだった。
少し見ない間に彼女が身にまとう制服は一般のではなくなっていた。
「ティーパーティーの制服……そうですか。おめでとうございます」
「……たまたまセイア様の目に留まっただけだ。自分の実力じゃない。それより向こうでの騒ぎ、一体何があった? 自警団員としての活動は耳にしていたが、いつもの仕事ぶりからしたら騒ぎになりすぎなようだが……」
「失敗しました……。自分を抑えきれなかった、ただそれだけです」
「……執行したのか。問題を起こした生徒を」
サオリ自身はスズミの罰の対象になったことはないが、それでもスズミについては嫌と言うほど耳にしていた。そういった恐怖が抑止に結び付いていることも分かっている。しかし生徒会長の下で行われていたアリウスとは違い、トリニティではあくまで自警。過度な仕打ちは私刑になりかねない。
「早速手にした地位で裁きますか? それとも正義実現委員会に引き渡しますか?」
「ガスマスクを被った不審者1名に一網打尽にされました。そんな醜態を広められる屈辱をあの連中が許容するとはとても思えないな」
「? つまり?」
「反省しているんだろう? なら私から言うことは何も無い。私は今同じ出身校の知人と会話してる。それ以上でもそれ以下でもない」
罰は反省を促すためにするもの。なら後悔に苛まれるスズミは既に罰を受けている。そういった法の下での杓子定規な罰を否定するサオリの暴論にスズミは目を丸くした。そして笑ってしまった。
「見習いとは言えティーパーティーの人がそんなこと言っていいんですか?」
「それぐらい融通を利かさないと虚しいだけだ」
「……はい、そうですね」
この件をきっかけにしてサオリとスズミは交流を持つようになった。友人になるまで親しくはならなかったが、同級生として普通に語り合ったり放課後どこかに寄り道するようになる。
やがてサオリはティーパーティーホストになったセイアの片腕にまで上り詰め、スズミは正義実現委員会とは別の抑止になるまで認識されるようになった。
そんな頃だった。エデン条約の話が持ち上がったのは。
「エデン条約? 何ですかそれは?」
「ゲヘナの温泉開発部や美食研究会がトリニティで騒ぎを起こすことがあるだろう? そんな時は正義実現委員会が取り締まりに出動する。逆にトリニティの生徒がゲヘナで問題を起こせば向こうの風紀委員の出番だ。連携も何も無い。そこで合同の風紀を取りまとめる組織を立ち上げて共に秩序の維持に努めよう、というものだ」
「それ、誰の発案ですか? どちらからにせよ正気のものとは思えませんけど」
「連邦生徒会長直々から言い渡されたらしい」
「……! 思いもしなかったビッグネームが登場しましたね……」
「トリニティでも意見が割れてるが、連邦生徒会長の方針に従う方針でティーパーティーはまとまった」
サオリとスズミ、両者が最も懸念していたのがトリニティ総合学園結成時の再来。すなわち、更に巨大化した暴力の矛先が再びアリウスに向けられないだろうか、と。トリニティに復讐を果たすにも綿密な計画あっても成功率が高くないのに、そこにゲヘナが加勢すればもはやアリウスは一生の日陰暮らしが決定だ。
「サオリさんはエデン条約締結を妨害するつもりですか?」
「いや……。事態が大きく動くならむしろ好都合だ。アリウス側も何らかの行動を起こすはずだから、そこを狙ってマダム派を削ぎ落とし、マダムを失脚させる」
「そんな都合よくアリウスが動くでしょうか?」
「分からない。マダムの考えは底知れないからな……。でもアリウスからの情報は私にも届いてる。何か動きがあればすぐに分かる」
「ヒヨリからですか? ミサキからですか?」
「……」
「黙秘ですか。まあいいでしょう。スパイ探しは私の仕事ではありません」
二年生になった時点でアリウスの内情はサオリの方がはるかに把握していた。これはスズミが推察した通りヒヨリやミサキからあの手この手で情報を伝わっているからだ。
一方のスズミは報告を送っても反応が返ってくるのは稀。それも引き続き任務をまっとうするように釘を刺す簡潔な文章をもらうだけだった。
この頃スズミは詐称した経歴がバレていなかったし、サオリも率先してアリウス出身と言いふらしてなかったため、トリニティでの生活においてアリウスという単語は二人だけの雑談で飛び交うだけだ。
二人は確信している。エデン条約締結までに事態が大きく動くと。
そんな中、ミカがアリウスからの転校生を連れてきた。
白洲アズサ。ミカがいくら経歴を改ざんしても二人は彼女をよく知っている。
そして、アズサもまた二人を。
「!」
「……!」
「久しぶりですね。元気にしてましたか? こちらの生活で困った点があったら気軽に声をかけて下さい。伊達に一年の頃から在籍したわけではありませんから」
「……ぁ」
どう接すればいいか迷うスズミはばったりとアズサに遭遇した。生徒会長からどんな任務を言い渡されたのか知らないスズミはとりあえず当たり障りのない挨拶を送ったが、アズサは顔を青くして恐怖しだした。
思ってもいなかった反応に困惑したスズミだったが、すぐに見当がついた。そしてトリニティというぬるま湯につかって平和ボケしていたことを思い知る。それは次のアズサの言葉で裏打ちされた。
「に、任務は必ず遂行します……。だからマダムにはそう報告して下さい……」
嗚呼、トリニティにいてもなお私はアリウスの執行官なんだ。
スズミは改めて事実を突きつけられた思いだった。
そんなスズミへ追い打ちをかけるように生徒会長から次の指令が下った。
「ティーパーティーホストのセイア様を始末するから援護せよ、か」
どうやらティーパーティーのミカを懐柔してアリウスの暗殺部隊を差し向けるようだ。そしてセイアのヘイローを砕く役目を任されたのは他でもないアズサ。だから顔を合わせた際にああ言ったのか、と一人で納得した。
作戦決行日。スズミは単独行動でセイアの部屋へ接近。アズサが失敗した場合に備えて窓の外からセイアの部屋を強襲するため待機する。セイアの部屋にはサオリが待ち構えており、彼女もまた情報を得て護衛に付いたようだ。
サオリがアリウスの部隊に応戦するため部屋を出ると、その隙にアズサが部屋へと侵入。セイアが何やら長く色々と述べたようだが、アズサは迷った末にヘイローを砕く爆弾を投擲。サオリが戻って来るがもう遅い。
そして、スズミは神を見た。
守護天使の力を宿した時を統べる神を。
「そう、だったんですね……サオリさん。貴女はこの神に……いえ、この神を遣わした方に希望を見出したんですね」
スズミはセイア暗殺を諦めた。スズミの武装ではあの神を退けるのは不可能というのもあったが、サオリ達が生徒会長の教育方針を受け入れきれなかった理由が分かったからだ。
スズミは自室に戻り、アリウスへの報告書をしたためた。
セイアの暗殺に成功。トリニティでは戒厳令が敷かれて事実は伏せられている。
初めての虚偽の報告書に戸惑いながらもスズミに後悔はなかった。
なお次の日、サオリとアズサには生徒会長にどう報告したかを問い詰められた。
それはもう必死な様子で。
正直本概念ではスズミを登場させてもさせなくても大筋は変わりません。出したかったから出しました。活躍させたいキャラを活躍させられるのが二次創作の醍醐味なのです。
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