◆三人称視点◆
「セイア様の生存はナギサ様に明かさないままにするつもりだ。ミカ様も納得してくださった」
「それじゃああまりにナギサ様が不憫じゃありませんか?」
ミカが時間跳躍して幼かったサオリと出会ってから程なく、サオリはミカと今後の方針について意見を交わした。サオリは狡猾なアリウスの生徒会長を欺くためにもナギサには打ち明けないつもりだと明かした。
「マダムの本当の目的が分からない以上、ナギサ様は泳がせたままの方がいい。幸いにもミカ様はまだアリウスの内通者だと思われてるようだから、アリウス側の動きを誘導するには好都合だろう」
「敵を欺くにはまず味方から、ですか。マダムを相手にする手としてはあまり好ましくありませんね」
「分からないでもない。セイア様亡き後、ミカ様は懐柔済みなのだから次はナギサ様がターゲット……とアリウス視点なら考えてしまうが、果たしてそうだろうか? もうアリウスを離れて一年にもなるが……マダムはもっと先を見据えているような気がする」
「私もそう思います。きっとマダムにとってアリウスの憎悪など……」
いくらサオリとスズミが意見交換しようとアリウスの生徒会長の目論見へたどり着くことはない。結局のところはあらゆる可能性を想定して事前に対策を講じるのがベストだというありきたりな結論に落ち着く。
「ミカ様は何も知らないふりをしてティーパーティホストの座を狙う裏切り者として立ち回るつもりだと仰っていた。おそらく機を見計らってアリウスの部隊をトリニティ内に招き入れるだろう」
「こちらからアリウスの作戦を誘導出来るならそれに越したことはありませんけど、サオリさんの懸念は別にあるんですね?」
「ああ。エデン条約締結時にゲヘナの万魔殿や風紀委員会もろとも一網打尽にする作戦に出られた場合だ。トリニティだけでは手が足りないと考えてる」
「じゃあゲヘナの連中に頭を下げて力を貸してくださいって頼みますか? それともシャーレに介入してもらいますか?」
「いや、もっといい案がある。アリウスの仮想敵はトリニティとゲヘナの他にもう一つあっただろう?」
――連邦生徒会長直轄の治安維持機関、SRT特殊学園。
学園間を跨いでの広域犯罪や政治的問題が絡んだ事件など、難題に対処するために組織された、連邦生徒会長の懐刀。
SRTが介入してくることも想定してアリウスでは訓練が組まれている。
敵だと教え込まれた相手に加勢を求める日が来るとは、とサオリは苦笑いを浮かべた。心中お察しするとスズミも同意する。
「ですが連邦生徒会長が行方不明になってSRTに命令を下せる者がいません」
「暫定的に連邦生徒会防衛室管轄になってるから、防衛室長と交渉する。既にアポイントは取った。味方になればきっと頼もしい――」
「……。サオリさん」
スズミはこれ以上耐えられずにサオリの言葉を止めた。
スズミは責めるような、そして心配するような眼差しをサオリに送っていた。
「少し働き過ぎではないですか? 目の下のクマがひどいですよ」
「セイア様が身を潜めてティーパーティーホストはナギサ様が代理で務めている。だがサンクトゥス派リーダーの仕事までナギサ様に任せるわけにはいかないからな」
「普段からセイア様の後釜を狙うティーパーティーメンバーはどうしたんですか?」
「奴らは栄光と名声に彩られた上っ面しか見てない。その影に隠れた膨大な雑用には興味が無いんだろう。誰もやらないなら私がやるしかない」
サオリがテーブルに乗せていた手に力がこもった。それは怒りからか、それとも使命感からか、スズミには解りかねた。それでもスズミはサオリから成し遂げようとする強い意志を感じ取った。
「……。倒れるほどの無茶だけはしないように」
「忠告は心に留める」
忠告? 自分はサオリに忠告するために声を出したのか?
違うならまさか自分はサオリを心配して声をかけたのか?
いや、トリニティの安定、そしてアリウスの未来を考えればサオリに倒れてもらっては困る。そう判断したからそんな行動を取ったんだろう。
スズミは自分を納得させ、それ以上サオリを案ずることはなかった。
◇◇◇
翌日、サオリは連邦生徒会本部、サンクトゥムタワーへとやってきた。
アリウス自治区、そしてトリニティ自治区で生活が完結していたサオリにとって連邦生徒会本部のあるD.U.地区はまるで別世界だった。文明は発展し、市民は富んでいる。アリウスという閉ざされた環境がいかに異常だったか思い知るには充分だった。
アリウスの現状がああなのは誰の責任でもない、とサオリは考えている。生徒会長のせいではない。限られた中で彼女がもたらす秩序は間違ってはいない。トリニティのせいでもない。手を取り合おうとしなかったアリウスを恐れ、そして忘れてしまうのは当然だろうから。
しかし、だからと言ってアリウスがこのままでいいとの結論にはならない。そのためにサオリは無謀な真似をしてまで生徒会長に反旗を翻し、トリニティで奮闘しているのだから。そして、アリウスの希望に繋がるのなら例えこの身が焼かれることになろうと――。
アポイントを取っていたサオリは応接室へと通された。
打ち合わせ予定時間5分前。目的としていた相手が姿を見せる。
サオリは立ち上がって会釈するが、相手は楽にするよう促して腰を落ち着かせた。
「初めまして。キヴォトス連邦生徒会所属、防衛室長のカヤと申します」
「初めまして。トリニティ総合学園ティーパーティー所属、サオリです」
連邦生徒会における防衛室はキヴォトス全体の安全を脅かす勢力から生徒たちや市民を守る組織だ。キヴォトスの様々な問題対処に携わるヴァルキューレ警察学校も防衛室の指示で動いている。
「お忙しい中お時間を裂いていただいてありがとうございます。早速ですが……」
「ええ、ティーパーティーからの正式な依頼は事前に目を通しました。連邦生徒会長の置き土産のエデン条約を結びたい。そして締結の場でテロ行為を計画しているアリウス分校を阻止したい。そのためにSRTの出動を要請する、でしたね」
サオリは事前に連邦生徒会防衛室に自分たちの要望を送っている。その要望を連邦生徒会で事前に審議してもらい、今日はその答えを聞きに来ただけだ。無論、連邦生徒会が下した結論に異論があるなら異議を唱えるためにここにいる。
「はい。先日も百鬼夜行のワカモの逮捕に成功したと耳にしています」
「トリニティにはご自慢の正義実現委員会があるじゃありませんか。それにゲヘナにも風紀委員会があります。どちらも組織の長はキヴォトス有数の強者。わざわざSRTを派遣する必要は無いのでは?」
「そうしたかったのは山々ですがマダム……アリウスの現生徒会長は底知れない方。何を目論んでいるか我々トリニティでは全く予測出来ていないんです」
「成程。だからアリウスの計画が分かり次第SRTを投入して未然に防ぎたい。そうですね?」
同意のため頷き、サオリは用意された茶を喉に通す。
一切身体は動かしていなかったが、緊張で喉が渇いて自然と手が伸びた。
エデン条約を言い出したのは他でもない連邦生徒会長。しかし連邦生徒会長の失踪で空中分解しそうだったのをティーパーティーのナギサが中心となって何とか実現させようとしている。その間連邦生徒会は我関せずな体たらく。責任の一端は持つべきだろう、とサオリは暗に連邦生徒会を非難している。なのでSRT派遣もさほど苦労もなく実現されるだろう、と高をくくっていたのだが……。
「結論から言うと、難しいですね」
と、カヤから無情に言われてしまった。
サオリは動揺を表に出すまいとわずかに拳に力を込めた。
「理由を聞いても?」
「ご存知の通りSRTは各学校の自治権を凌駕して犯罪を取り締まる権限を持っています。当然各学校にとっては連邦生徒会に自分達の自治区を好き放題されて気分が良い筈がありませんよね。そんな不満を連邦生徒会長の名において黙らせていたのが今までです。連邦生徒会長が姿をくらました今、どうなったでしょうか?」
「……連邦生徒会に抗議するでしょうね」
「そう。連邦生徒会長がいなくなってSRT特殊学園の作戦行動に責任を取ろうとする者は現れませんでした。今連邦生徒会長代行を務めるリン首席行政官を含めてね」
"先生"やZ-ONEが赴任する前、キヴォトスは連邦生徒会長のもとにまとまっていた。ひとえに超人とまで呼ばれた連邦生徒会長の類まれな統治能力によるもので、自治権への越権行為になるSRTの介入も連邦生徒会長麾下だからこそ各学校は認めていたのだ。
「ヴァルキューレは一定以上の騒動には無力ですし、私としてはSRTは必要不可欠だと思うのですが、SRTほどの力を持つ組織は投入のタイミングや扱いも難しく、身動きが取れなくなってしまったのです」
「ですがSRTは現在暫定的とはいえ防衛室傘下。カヤ防衛室長の承認があれば動けるのではありませんか?」
「そうしたくても連邦生徒会のメンバーには過度な武力は持つべきではないと唱える者もいまして。SRTの出動には連邦生徒会の議決が必要、というのが現状です」
サオリは事情を把握した。だからといって納得するかはまた別の話だった。
政治的な駆け引きなど知ったことではない。彼女にとっては懸念の払拭が出来れば良かったから。
「連邦生徒会の中には過度な武力組織は要らないからいっそSRTを閉鎖してしまえ、と主張する者までいます。そんな中でSRTを動かすのは並大抵ではないでしょうね」
「でしたら出動に反対する方には私が訴えて説得します。どうにかなりませんか?」
カヤはサオリの訴えに少しの間思考を巡らせる。サオリにはカヤの考えなどさっぱり見当もつかなかったが、あまり時間を置かずにカヤがサオリに向けてにかっと笑ってきたので、どうやら良い方向に傾いたようだと安心した。
「いいでしょう。SRTの必要性に懐疑的な連邦生徒会役員とのアポイントは私からしますので、説得は任せましたよ」
「……! ありがとうございます。それと、我儘を言うようで申し訳ありませんが、SRTでも優秀な方と直にお会いしたいのですが……」
「その意図は?」
「疑うようですが、本当にアリウスを抑えられるのか、この目で見極めたいので」
カヤはしばしサオリを見つめてから自分の携帯端末を取り出し、どこかに電話をかけた。カヤの話具合からSRTから誰か来れないかを問い合わせているようだ。カヤの電話はやがて他の誰かに転送されたようで、再び通話が始まった。話しぶりから察するに電話の相手はSRTのいずれかの小隊長だろう。
「件のワカモを捕らえた小隊が偶然この近くにいるそうなので、ここまで来てもらいますね」
「あ、はい」
サオリは知らない。カヤも想像していない。
この時、SRTでは廃校を危惧して過激な抗議が企まれていたと。
SRTを代表する優秀な小部隊が連邦生徒会への襲撃を計画していたと。
そして、今日がまさにSRTのFOX小隊が連邦生徒会を強襲する筈だった日、などと。
バタフライ・エフェクト。サオリの選択がSRTの運命を変えようとしていた。
「お久しぶりです、カヤ防衛室長」
「久しぶりです、ユキノ小隊長。すみませんね。急に呼んでしまって」
少し時間を置いてから応接室にやってきたSRTの小隊長をひと目見たサオリの実直な感想は「こいつ、できる」だった。あの悪名高いワカモを制圧しただけはある、と納得し、同時にこの者が率いる小隊長を自分が無力化するなら……と思考を巡らしかけ、慌てて止めた。もうSRTを敵に回すアリウスの生徒ではないのだから。
「まずは紹介しましょう。彼女がSRT特殊学園所属FOX小隊の隊長、七度ユキノです」
「FOX小隊の噂はかねがね耳にしてます。よろしく」
「ユキノ小隊長。こちらはトリニティのティーパーティー所属、錠前サオリです」
「次期ティーパーティーホスト候補と名高い方ですね。こちらこそよろしく」
サオリとユキノは互いに握手を交わす。
ファーストコンタクトは警戒しあいながらも互いの実力を認めあった、奇妙なものだった。
Vol.4丸ごと消滅するフラグが立ちました。もし発生するとしても全く別の内容になるかもしれません。
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