◆三人称視点◆
不本意ながらも補習授業部の仲間入りした錠前サオリだが、実際体験してみるとまんざらでもなかった。
何しろアリウス中等部は言わずもがな。トリニティに入ってからも遅れに遅れた学力を挽回するべく予習復習に時間を費やし、かつティーパーティーに所属出来るよう品行方正に勤めて立ち回ってきた。
そんなサオリにとって普通の生徒として勉強するのは初体験。仲間と一緒に授業を受け、分からないところは聞き合い、共に課題に取り組む。何もかもが新鮮で、これが青春なのか、と実感が湧いたほどだった。
そんな補習授業を経て第一次学力試験に臨んだ結果……、
サオリ:80点 合格
ヒフミ:72点 合格
「さすがだなヒフミ」
「無難な点数でしたけど、良かったです。それよりサオリちゃんの方が凄いじゃないですか」
「この前の試験範囲からしか出題されてなかったからな。ただ予想よりケアレスミスが多かった。次は気を付ける」
「では、次に……」
アズサ:32点 不合格
「ちっ、紙一重だったか」
「ま、待ってください! 結構足りてないですよ!?」
(アズサは頭は悪くないんだ。あまり使っていなかったからエンジンが温まるのはもう少し時間がかかるだろう)
コハル:11点 不合格
「コハルちゃんんんんっ!? ち、力を隠してたんじゃないんですか!?」
「やっ、その……! か、かなり難しかったし……」
(これは……典型的に分かってないのに分かったと言うパターンか。戦闘訓練なら反射的に動けるまで身体に叩き込むんだが、勉強となると……根気強く教えていくしかないな)
ハナコ: 2点 不合格
「2点!? 20点ではなく!? ハナコちゃんものすごく勉強ができる感じでしたよね!?」
「確かに私、そういう雰囲気あるみたいですね。まあ成績は別なのですが」
(嘘をつけ……。そもそも鉛筆もまともに動かしてなかっただろ。しかし単にやる気が無いんじゃない。明らかにアズサやコハルの様子を窺って少し下回るよう調整してきてたぞ。事情は知らないが放っておいてもいいだろう)
補習授業部の合宿が決定した。
◆◆◆
「おはよう!」
「おはようございます、アズサちゃん。朝から元気ですね」
「うん、一日の始まりだから。さあ、早く起きて歯磨き、シャワー、それから着替え。順番に遂行していこう」
「あうぅ……アズサちゃん……あと10分だけ……」
「んん……もう朝……?」
補習授業部合宿一日目。朝日が窓から差し込んで皆が活動を開始する。こうした普段とは違った環境で起床する場合でもいつもの生活模様が現れるものだが、初日にして誰が朝に強くて誰が弱いか個性が出たなぁ、とアズサは思った。
歯磨きを終えて浴室に向かう際、アズサ達4人はサオリと合流した。サオリはミディアムサポート、フルレングスレギンスのいわゆるトレーニングウェアに身を包んでタオルで汗を拭う。
「おはよう。よく眠れたか? 外泊は慣れないと眠りにくいからな」
「おはようございます、サオリちゃん。トレーニングですか?」
「ああ。身体は動かさないと鈍る一方だからな。日中や夜間は他のことで忙しいからこうして毎日早朝に無理にでも時間を作ってる。ヒフミも一緒にやるか?」
「あ、あはは。折角ですけど朝は弱いので遠慮しておきます……」
シャワーを浴び、着替え、和気藹々とした朝食を取る。これもまたサオリの日常には無い風景だった。パンと水と野菜を胃に流し込んでさっさと腹を満たす彼女からしたら落ち着いた時の流れは新鮮で温かみを感じた。
振り返れば懸命に走り続けるばかりで普通の生徒として生活を送るなんて考えもしなかった。セイアやアリウスを思えばその選択に後悔は無いが、勿体なかったかもしれないとも感じた。
身支度を終えた5人は合宿所の教室に集まる。ヒフミは次の学力試験に合格すべく模擬試験に挑むことを提案。これで自分の問題点を明確にし、現在の立ち位置を把握しようの意図からだ。
「……」
「あら、これは……♪」
「どこかで見たような……見てないような……」
(ここまでの問題を一晩で用意するとは……ヒフミも"先生"もお疲れさまだ)
(みなさん、頑張りましょう……!)
そんな模試の結果だが……、
ハナコ: 4点 不合格
アズサ:33点 不合格
コハル:15点 不合格
サオリ:75点 合格
ヒフミ:68点 合格
さほど前回の学力試験と変わらない結果となった。
「これが今の私たちの現実です。このままだと私たちの先に明るい未来はありません……。残りの時間を定期的に使っていかなければならないのです!」
「なら一年のコハルとアズサは私たち二年生が勉強内容を手伝えばいいか」
「ハナコちゃんは一年生の時の試験では高得点だったんですよね?」
「あら……? えっと、まあそうですね……」
「今の状態になってしまった原因をしっかり把握したうえで、私と"先生"と一緒に解決策を探しましょう!」
「それだといくら部長に任命されたからとはいえヒフミの負担が多くないか? ヒフミも合格点には届いてるがまだ安全圏ではないだろう。私に出来ることがあれば手伝おう」
「でしたら他にも試験を作成中ですから手伝ってください! 今日から定期的に模試を行って、進捗具合も確認出来ればと思っていますので」
「了解した」
サオリは素直に感心する。ヒフミとあまり親しくしていなかったが彼女には人の上に立つ……いや、皆を引っ張っていく才能があるようだ。もしかしたらセイアたちが卒業する一年後には彼女のもとにトリニティ全体が結束しているかもしれない。そう思わせる程にヒフミは立派だった。
そこでご褒美と称して「モモフレンズ」のグッズを取り出さなければ、きっとサオリからのヒフミ評価はうなぎのぼりだっただろう。いや、彼女の鞄がペロロだった点から薄々は察していたのだが、いざ目の当たりにするとドン引きである。
しかし、そんなのは序の口だとばかりの衝撃がサオリを襲う。
「……か」
「……か?」
「可愛い……!!」
「!!?」
「か、可愛すぎる……! 何だこれは、この丸くてフワフワした生物は……!」
いったい自分は何を見ているのだろうか?
アズサがこれまで見たことも……いや、想像もしたことがない笑顔でモモフレンズのぬいぐるみを手にしたではないか。
コハルやアズサも驚いたようだが、アリウスでのアズサを知っているサオリからするとまるで不意打ちでヘッドショットを食らったような感覚だった。
「あ、アズサちゃん……?」
「さすがはアズサちゃん! ペロロ様の可愛さに気付いてくれたんですね!」
「う、うそぉ……!?」
「こ、こっちは? 何だか首に巻いたら温かそうな……!」
「それはウェーブキャットさんです! いつもウェーブして踊ってる猫なのですが――」
「これは? この小さいのは?」
「それはMr.ニコライさんです! いつも哲学的なことを言って――」
「すごい、すごい……! これを貰えるのか? ま、まさか選んで良いのか?」
「はい! アズサちゃんが欲しいのを持っていってください!」
アズサは完全にモモフレンズの虜になってしまったようだ。
まだ目の前の出来事が現実のものと信じられないサオリだが、頭の中が整理出来るとやがて感慨深くアズサを眺める。
今のアズサをアリウスに留まるヒヨリたちが見たらどう思うだろうか? 案外ミサキもモモフレンズに魅了されたりするのだろうか? 姫もこのように思いもせぬことで笑える日が来るのだろうか?
◆◆◆
「補習授業部の中にいる「裏切り者」が誰なのか、教えてあげる」
"……っ!"
プールサイドに呼び出された"先生"はミカから驚く提案をされた。ナギサからトリニティの裏切り者探しを依頼されたものの断った"先生"だったが、生徒の味方だと公言する"先生"にとっていずれ問題に繋がりかねない懸念を無視出来なかった。
「補習授業部にいるトリニティの裏切り者、それは……白洲アズサ」
"アズサが……?"
「知ってるかもしれないけれどあの子、実はトリニティに最初からいたわけじゃないんだ。ずいぶん前にトリニティから分かれた分派……「アリウス分校」出身の生徒なの」
"確かサオリの出身校だったよね"
「サオリちゃんは高校受験して最初からトリニティに入学してるよ。あんな「何かを学ぶ」ということが無いアリウスの生徒だったのに一浪しただけで合格するんだから、決して頭は悪くないんだ。やっぱ環境って大切なのかな」
サオリは学歴欄にアリウス分校中等部卒業だと明記している。彼女にとって自分の歩んだ道を隠す理由は無い。潜入して任務にあたるスズミとは違うし、ミカが書類を偽造してこっそり編入させたアズサとも違う。
"そのことを私に教える理由は何?"
「あの子を、守ってほしいの」
そこでミカは改めてアリウス分校について自分なりに整理して説明した。ちなみに以前過去に飛ばされた際にZ-ONEがミカから聞いた説明は彼が報告書にまとめていたのだが、徹夜仕事が頻発するほど多忙な"先生"に目を通す余裕など無かった。
「トリニティとゲヘナの戦力を合わせた、一つの大きな武力集団の誕生……。アリウスはどう捉えると思う?」
ミレニアムという新しい目を摘んでしまうか?
サオリの入学で発覚したアリウス残党の根絶やしに動くか?
それとも、セイアのように目障りな要人を――。
どのみちそんな今以上の圧倒的力を持つ集団の誕生はろくなことにならない。それが自分の意見だ、とミカは語った。
"セイアは、何があったの?"
「……前に話した通り、セイアちゃんは入院中なの」
"……今どこにいるのか、聞いても良い?"
「うーん……"先生"は知りたい? この話をしたらもう引き返せないよ。私が"先生"に喋っちゃったって知られたら、私のことを裏切ったら……私はきっともう終わり。それでも知りたい?」
"裏切るだなんて――"
ミカは周囲を見渡して"先生"の方へと歩み寄った。もし誰かが隠れ潜んで聞き耳を立てていても決して聞かれないように。
「セイアちゃんは入院中なんかじゃない。ヘイローを、壊されたの」
"……っ!?"
ヘイローの破壊、それが意味するもの、そしてその重大さ、深刻さは"先生"も把握している。そして同時に何故その事実が今まで隠されてきたかも納得する。
もっとも、それは未遂に終わって現在身を潜めているのが真実なのだが、ミカはそれを現時点で"先生"に明かす気は無い。
「あ、ちなみに私がこの目で見たわけじゃないよ。この情報を把握してるのはティーパーティー内のごく一部を除けば、まだトリニティの誰も知らない。それぐらい秘密事項なの」
"犯人は、まだ……?"
「捕まってない。だから今もトリニティに隠れ潜んでいて、他の誰かを同じ目に合わせるかも知れない。もしエデン条約締結を阻止するのが目的だったら、次に狙うのは積極的に推進するナギちゃんかもしれない。だからナギちゃんは一刻も早く犯人、つまり裏切り者を見つけ出したいの」
"ミカは?"
「私はナギちゃんが推し進めるから同調してるだけの消極的賛成。だからもしナギちゃんまで倒れて私がホストになったら、ナギちゃんには悪いけれど破談させてもらおっかなって思ってるよ」
ミカはもはや隠すまでもなくエデン条約に反対すると公言したようなものだった。完全に自分にもセイアを害する動機があると暴露しているようなものだったが、彼女の弁が本当か嘘かを見破るすべは"先生"には無かった。
「……それで、話は戻るんだけれど。白州アズサをこの学園に転校させたのは私。私はね、アリウス分校と和解したかったの」
しかしアリウスの抱く憎しみは時代を重ねて増大し、いかにミカがトリニティのティーパーティーといえど手に負えないぐらいに膨れ上がっていた。ナギサやセイアがミカに反対するほどに政治的に厄介な問題となっていたのだ。
「アリウス出身のサオリちゃんは何とかアリウスを復興させたいみたいだから、私も一肌脱いでみたんだ。白州アズサという存在に、和解の象徴になってほしかったの。あの子がトリニティに馴染むならアリウスとの和解も夢じゃないって分かってくれると思ってね」
しかしエデン条約の話が持ち上がってアリウスとの和解にはタイムリミットが付いてしまった。ゲヘナにとってはアリウスなどという得体のしれない存在と和議を結ぶ必要性など皆無。突き放すだけならまだマシ、燻る火元を大地ごとえぐる勢いで消し飛ばしかねない。
「アリウスの生徒がトリニティでもちゃんと暮らしていけて、幸せになれるんだって……みんなに証明してみせたかった。これは私も願いでもあるし、サオリちゃんの悲願、トリニティにやってきた理由なの」
しかし、ナギサがセイア襲撃犯の容疑者を集めて補習授業部を設立したことで事態は急展開した。
元はティーパーティー候補と言われるほど優秀だったのに急変したハナコ。
ゲヘナを憎むメンバーの多い正義実現委員会への牽制としてのコハル。
ブラックマーケットに行き犯罪集団とも関わっていると噂のヒフミ。
経歴を偽造してアリウスから転校してきたアズサ。
そして、アリウス出身でセイアに最も近かったティーパーティーのサオリ。
トリニティを騙そうとしている者としてアズサとサオリが処分されれば、もう二度とアリウスと手を取り合う日は来ないだろう。もはやどちらかがキヴォトスから消滅するまで戦う、血で血を洗う惨状が巻き起こってしまう。
「そんな政治的な問題にあの子を巻き込むわけにはいかない。だから守ってほしいの。それは今、先生にしかできないことだから」
ミカはアリウスと手を取り合う夢はまだ抱き続けている。きっかけは子どものような純粋な願いでしかなかったが、セイアの襲撃や過去のアリウスへの時間跳躍を経たミカは、この問題に真剣に向き合う決意を固めて動いている。
そのためなら今はナギサにセイア生存を隠し、"先生"に全部を明かさないままにする。それが最善手だとミカも納得しての行動だ。その結果、自分やサオリがナギサや"先生"たちから裏切り者の烙印を押されようとも。
このあたりの展開は原作通りで進行しています。
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