◆三人称視点◆
ツルギとハスミたち正義実現委員会の委員を引き連れてトリニティに帰還したナギサだったが、ユスティナ聖徒会の複製が出現するのを防ぐために《大天使クリスティア》を維持し続けた結果、トリニティの正門をくぐったと同時に限界を迎えて気絶してしまった。
「ナギサ様!?」
「ツルギ委員長! クロノスの報道は見ましたが、一体何が……!?」
「まずはナギサ様を休ませるのが最優先だ。それからサクラコ様を始めとする負傷者の手当てをしてやりたい。救護騎士団とミネ団長を呼んできてくれ」
「は、はい!」
「それと主犯格の一人を捕らえてきています。閉じ込めておくように手配を。ただしくれぐれも捕虜として丁重に扱いなさい」
「分かりました!」
激戦を経て戻ってきた正義実現委員会は誰もが疲労困憊。程度は違えど全員怪我を負っており、次々と救護騎士団の元へと運ばれていく。特にナギサと共に大立ち回りをしたツルギは治療を固辞しながらもミネに連行されていった。
一方ハスミに連行されてきたアリウススクワッドのミサキはトリニティで待機任務についていた正義実現委員会委員に引き渡される。ハスミは少し休憩してからすぐに自ら尋問すると言い残してその場を去っていった。
続けてアリウススクワッドのヒヨリを捕らえて戻ってきたスズミもまた聖徒会複製除けに《烈風の結界像》の維持で極度まで体力を消耗しており、アズサの肩を借りなければ自力で立てないほどだった。
「アズサちゃん!」
「アズサ!」
そんなアズサのもとへヒフミとコハルが駆け寄ってくる。サオリを除いた補習授業部4人で仲良くテーブルを囲っていたら、古聖堂に巡航ミサイルを落とされた直後にアズサは向かってしまったから、とても心配していたのだ。
「このバカバカバカ! 何やってんのよ!」
「アズサちゃん、大丈夫でしたか? 怪我は……?」
「ああ、大丈夫だ。……スズミが助けてくれた」
「スズミさんが? あの、ありがとうございました!」
「いえ、礼には及びません。皆の安全が最優先ですから」
自力で立ち去ろうとしたスズミの身体がよろける。すぐさまアズサが彼女の腕を掴んで引っ張り上げる。スズミが意外なものを見る目でアズサを見つめた。アリウスではベアトリーチェの手となり歪んだ秩序の代行者、トリニティでは皆の平和のために助けて回る役。助けられる立場にいたことがなかったから。
「変わったな。サオリもスズミも」
「変わった……? 私がですか?」
「ああ。環境が変わっただけでアリウスの生徒もこんなにも変われるんだな。スズミもサオリもトリニティにいなくちゃいけない大きな存在になってるじゃないか」
「そう、でしたか……。あまり自覚はありませんでした」
スズミはトリニティに入ってからのこれまでを振り返ってみた。言われてみれば確かに変わったとの自覚がある。少なくともアリウスにいた頃より世界は色鮮やかになった。気さくに話し合える友達も出来た。サオリやアズサとはアリウスにいた頃よりもずっと喋っているだろう。
スズミはサオリと違って任務としてトリニティに派遣されてきた。それはアズサと同じだ。もしアリウスの生徒会長ベアトリーチェに帰還するよう命令されても、もう戻るつもりはない。
トリニティが天国のようだとは口が避けても言えない。トリニティにだって人のエゴがむき出しになった醜い部分はある。それでも生徒が普通に勉強できて友達と談笑できて放課後にはスイーツを食べれる。そんな青春を謳歌出来る環境は、アリウスにもあるべきだとスズミは考えている。
だから、アリウスを変えようとしているサオリに賛成し、協力する。それがスズミが自警団としてトリニティを警護するばかりではなく、今回自分の足で積極的に行動する理由だ。
「……私は変われただろうか?」
「アズサさん?」
「今まではトリニティにあまり馴染めた自信が無かった。けれど補習授業部を通じて私はヒフミに、ハナコに、コハルに出会えた。一緒に勉強して、パジャマパーティーして、プールにも入った。スズミはモモフレンズを知っているか? とっても可愛いんだぞ」
「ふふっ。知っていますよ。アズサさんが喜んでいる姿、サオリさんが写真を送ってくれましたから」
「そ、そうなのか……。だが、結局私は変われていないんじゃないかと、ふと思う。私は頭の天辺から足の先までアリウスの生徒で、教育と称した訓練を受けてきた。マダム……ベアトリーチェの教えが血肉になった私は、いざとなったらただ戦うだけしかないんじゃないか?」
「それは……」
スズミも感じた。サオリも悩んだ。
きっと今後多くのアリウスの生徒が苦しむことだろう。
理性では自分は違うと思いながらも本能的な、反射的な行動はアリウス当時のものが出るかも知れない。平穏な学生生活をいとも簡単に壊してしまうかも知れない。この問題はずっと向き合っていかなければいけないだろう。
「今、変わりきっている必要は無いと思いますよ」
「……。そうなのか?」
「だって補習授業だってこつこつと毎日努力を積み重ねて合格点を取ったんですよね。私たちはキヴォトスでの生徒の勉強をこれからも続けていけばいいんです。今は不合格でもいつか必ず合格点になりますよ」
「そうか……そうだな……」
アズサははにかんだ。少し悩みが晴れて肩の荷が下りた。そんな気がした。
スズミの意見にヒフミやコハルが同調していて、ようやく心にゆとりが出来たのか、アズサはこの場にハナコがいないことにようやく気づく。
「ハナコは?」
「ハナコはティーパーティー全員が出払っている状況下で各派閥が好き放題しないよう奔走してるみたい……」
「あはは……ハナコちゃん、すっごく忙しそうでした」
「そ、そうか……。サオリの仕事っぷりは見てたが、私には政治なんて逆立ちしても無理だな」
「だ、大丈夫ですよハナコちゃんなら! きっとこの混乱だってまとめてくれますから。落ち着いたらまた補習授業部のみんなでスイーツ屋に行きましょう!」
「ああ、そうだな」
そんなヒフミの期待を裏切るかのようにトリニティでは騒動が巻き起こる。
それはサオリにとって最も外れて欲しかった予測の一つだった。
すなわち、一つの派閥によるトリニティ掌握である。
◆◆◆
「はぁぁ~……」
「ミカ様。そんな深い溜め息を漏らしていると幸せが逃げてしまいますよ」
「それ誰の受け売り? 少なくともサオリちゃんのじゃないよね?」
「"先生"から教わりました」
「だってさぁ、ため息つくなっていう方が無理じゃん」
「心中お察しします」
夜、アリウス攻略部隊本陣。
ユスティナ聖徒会の複製は顕現しなくなった。スズミからの報告でアツコが深手を負って逃亡したのは分かっている。ロイヤルブラッドのアツコが聖徒会を出現させる要のため、一時的に機能しなくなっているのだろうと推測される。
デスピアモンスターの襲撃も収束したが、夜襲を仕掛けてくるかも分からない。温泉開発部、SRT、正義実現委員会のそれぞれが三交代制で夜間も見張ることとなり、首脳陣のミカ、サオリは一旦陣営に引き上げてきた。
で、トリニティとのオンライン会議を開いた途端、向こうから最も聞きたくなく、そしてろくでもない報告を聞かされてしまった。それでミカは呆れて深い溜め息を漏らし、サオリは頭痛がして頭を押さえたのだった。
トリニティ側の参加者はパテル派の幹部のみ。ナギサが欠席しているのは仕方がないにせよ、他の派閥の幹部たちは姿が無い。それだけでも薄々嫌な予感はしたのだ。しかもパテル派の幹部は若干興奮気味にミカに報告という名目の要求までしてきた。
「アリウスがシスターフッドと手を結んでる? ゲヘナに宣戦布告する? そのためにパテル分派がトリニティを掌握してフィリウス分派とサンクトゥス分派の幹部の身柄を拘束した? で、私をホストに担ぎ上げる? ねえサオリちゃん。私、どこからつっこめばいいのかな?」
「巡航ミサイルが着弾することも予期してティーパーティー内で情報は共有していた筈ですが……物事を都合よく解釈して自分の好きなように振る舞い、あまつさえ責任は上に押し付ける。私がトリニティを嫌悪する一面を見せつけられてますね」
「命令されなきゃ憎むことも出来ないなんて、可哀想に。サンクトゥス派もセイアちゃんがいない間に責任はサオリちゃんが負ってたけど、どうして綺羅びやかな一面だけ見て楽したいのかなぁ? 何か自分で成し遂げたかったらその分責任は負わなきゃ駄目じゃん」
言いたい放題するミカとサオリに不愉快になったパテル派の幹部たちの顔が引きつる。それを見たミカは少し溜飲が下がった。
「この、言わせておけば……!」
「要するにナギちゃんに休息が必要、セイアちゃんが不在の状況で私にお鉢が回ってきたからパテル分派の世の春が来たー!とか思っちゃったんでしょ? じゃあ、まずはその前提が間違ってるって教えなきゃね」
「は……? 何を言って……?」
「早くきてー早くきてー☆」
当然、ミカもサオリもどこかの派閥が暴走することは簡単に予測出来ていた。不測の事態があってもナギサなら無事に帰還するだろうとは確信していたし、各派閥は理性を働かせてナギサが目覚めるのを待つだろうと希望的観測もしたが、それでもトリニティのことだからバカが騒ぎ出さない保証はどこにもないと断言出来たから。
なので、ミカとサオリは一計を案じた。
トリニティ側の会議室の扉が開かれる。まさかの乱入者に慌てふためくパテル派の幹部たちだったが、その人物の姿を見た一同は声を上げて驚き、次には何も出来ずに固まるしかなかった。
「随分と賑やかなことをしているみたいだね。ああ、それとも俗物的な真似をしてくれて後始末が大変だよ、とでも言った方が良かったかな?」
「あ、貴女様は……!?」
「待たせたね、ミカ。ナギサが戻っている間、一時的に復帰すればいいんだろう?」
会議室のカメラの真正面に立った彼女、ティーパーティーのセイアがミカへと語りかけた。
長くなったのでここで分けます。
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