「ヴェリタスの副部長、各務チヒロ。おはよ、ユウセイ先生」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「よろしく。早速だけど仕事に取り掛かろっか。私の分を貰っても?」
「そこの書類の山がそうです。まとめと整理をしていただけたら」
今日も"先生"は出張です。特異現象捜査部の活動の一環でヒマリたちとビナーを調査にアビドスへ行きました。どうやらビナーの過去の遭遇データから出現パターンを分析、最も遭遇率の高い区域を特定したとのこと。
なお、3名だけで行くのは危険だからとヴェリタスの3名が同行しています。"先生"がアビドスの生徒を応援に呼ぼうかと提案したのですが、ヒマリが一蹴してヴェリタスの後輩たちを動員したそうです。
「良かったのですか? いくら部長命令とはいえ部員を荒事に巻き込んでしまって」
「いいの。部室内に引きこもってる後輩たちにはいい運動になるでしょ」
「それとチヒロは"先生"に負けず劣らず多忙なようですが、シャーレの当番を任せても大丈夫だったでしょうか?」
「任せて。いい気分転換になるし、私不在の間も仕事が回るようにしてあるから」
ミレニアムのハッカー集団「ヴェリタス」。ハッカーとだけ聞くと犯罪集団のように早合点してしまうかもしれませんが、彼女たちはクラッカーではないホワイトハッカーの方です……一応。
ネル曰くヴェリタスの下級生たちは三馬鹿。悪戯好きなマキ・ハレ・コタマの3名はクラッキングや盗聴したりもする問題児。ある時なんて身体検査の記録を改ざんしようとしてユウカのプロフィールを体重100kgにしてしまったんだそうな。
部長のヒマリが特異現象捜査部と兼部してる今、チヒロが部長としてヴェリタスを支えています。ヒマリがリオと対立しているのもあってヴェリタスはセミナーに認められていない非公式部活。その部費はチヒロが仕事を請け負って稼いでいます。
「キヴォトス内の企業を相手にセキュリティの営業や業務を行っているのでしょう。ヒマリ不在の間にどうやって回るように?」
「んー。友達に助けてもらってる。ホーちゃんって言うんだけれど、とっても優秀だよ。オンラインミーティングとかプログラミング、デバッグ作業は任せられるし」
「ホーちゃん……確かここ最近ヴェリタスの部員に登録されたミレニアムの生徒でしたか」
「あ、その顔疑ってるよね。察しのとおりホーちゃんもマルちゃんもAI……いえ、ユウセイ先生風に言うと電子生命体かな」
チヒロの様子を伺うに特に何かしらに感化されたわけではなさそうです。洗脳をされた兆候もなし。騙されるほど愚かでもありませんし……。チヒロとマルやホーとやらのファーストコンタクトがどうであったか気になりますね。
そんなことよりまずは自分の仕事を消化せねば。今日も事務仕事が溜まりに溜まってしまったので、早速取り掛かりましょう。目標は深夜残業に入ってしまう時間前の帰宅。まあ、チヒロが相方なら特に心配は要らないでしょう。
「そう言えばユウセイ先生って紙と電子だったらどっちがいい?」
業務を開始してから2時間経過した休憩時間中、チヒロはコーヒーを啜りながらこちらに質問を投げてきました。
「ものによります。かさばらない電子データの方がいいと考える人もいるでしょうし、自分の手元に残るよう紙がいいと主張する人もいるでしょう。私は読み捨てる本や雑誌なら電子を、復読したくなったら紙にします」
「タブレットの電子教科書より紙の教科書の方が習得率が高いって論文もあったね。なら、デュエルモンスターズは?」
「マスターデュエルでしたっけ? 私は賛成ですよ。自宅に居ながら全世界のデュエリストと対戦できる環境が出来るのは素晴らしいことです」
「なら、こんなのは?」
チヒロは腕に装備したデュエルディスクからカードをドローしました。が、紙媒体ではありません。データ化した非実在のカードがリアルソリッドビジョンで実体化してチヒロの手にあります。
カードのデータ化ですか……。マスターデュエルの実績があるのでデッキをあらかじめデュエルディスクに登録すれば可能ではありますが、科学者の観点で語らせてもらうならあまり気が乗りませんね。
「どうして?」
「不正行為がしやすいからですよ。紙のカードならすり替えなど物理的にイカサマをしなければいけませんが、電子のデッキならデータをいじれますからね」
極端な話、初手でエクゾディアパーツ5枚を揃えることだって可能ですし、相手の手札を《ラーバモス》と《モリンフェン》だけにも出来てしまうでしょう。デッキの順番をいじるだけでも充分に効果があります。
「セキュリティ上のリスクが付きまとうのは宿命みたいなものだよね。でも弱点は修復すればいいよ。そのために私、そしてヴェリタスのみんながいる」
「では人では敵わないAIが悪意を向けてきたら? 例えば今ヒマリが追っているデカグラマトンの預言者のような存在が介入してきたら?」
「預言者についてはヒマリからも聞いてるよ。デュエルモンスターズの決闘は古代の神の儀式から始まったんだよね。神の摂理を目指してるならそんな神聖な決闘を汚す真似をするとは思えないけれど」
「なるほど……そんな見方もありますか」
チヒロはデュエルモンスターズのデータ化に肯定的なようです。完全に公平性が保てるのなら私も賛成なのですが、信頼性を向上させるには運営が適切に管理しなければいけないでしょうね。
「それで、どうしてそんな話題を? 気になるニュースでもありましたか?」
「実は新しく電脳世界を作ってるんだ」
サイバースペースですか。キヴォトスではVRが古い技術とされているので、パソコンの画面上に表示させるネットゲームでも、VRゴーグルで映し出すタイプでもなく、フルダイブタイプでしょう。
しかしそれとてキヴォトスでは目新しい技術ではありません。剣と魔法の世界で冒険したり、大自然に囲まれたセカンドライフを満喫したり、多種多様な製品が出回っています。よっぽど目を引く要素がなければ見向きもされないでしょう。
「もしかして、デュエルモンスターズのワールドを?」
「そう。直に会わなきゃいけなかったデュエルディスクでのデュエル、インターネットを介して世界中とつながってたけどパソコンとかタブレットの画面上で行われてたマスターデュエル。その良いところ取りした電脳世界を構築中でさ」
「それだけ聞くと既存のものと変わりないようですが」
「普通にデュエルをするだけならね。ほら、キヴォトスの生徒ってたまにテキスト外効果使ってくるよね。アレも現実世界と変わらない処理になるよう調整中。あとソリッドビジョンで表示されるモンスターってたまに精霊が宿ってるんじゃないかって仕草するけれど、それもきちんと再現しようとしてるところ」
なるほど。そうなると私の世界でいう海馬コーポレーションの中枢コンピューター並に世界中のデュエルとソリッドビジョンを処理出来るスーパーコンピューターがもう一つ必要になってきますね。
余談ですが、デュエルモンスターズを開発・販売していたI2社の本社中枢コンピューターの名前はミレニアムでした。創造主のペガサスが所持していた千年アイテム千年眼から名付けられているので由来は違いますが、キヴォトスでもミレニアムタワーが統括しているのですから偶然とは面白いものです。
「コンピューターの開発は終わっているのですか?」
「それは問題なく完了済み。今は電脳世界内の発展と拡張、調整と検査してる段階。不具合が無いかの確認作業が一番大変なのはユウセイ先生も分かってくれるよね」
「ええ。私も科学者の端くれですから」
「リリース初日には盛大にイベント開くから是非ログインしてよ」
「そうさせていただきます」
休憩時間も終わったので再び業務開始。私たちは黙々と自分の仕事をこなしていきます。集中力を削がないためにコミュニケーションもモモトークを介して。データの受け渡しも共有フォルダにアップロードして済ませてしまいます。チヒロがいるとセキュリティ面を心配しなくて良いのはいいですね。
……さて、そろそろですか。私は執務室内の照明を一部落とし、プロジェクターで監視映像を表示させます。スクリーンには一面の砂漠が映し出されます。空調が効いたオフィス内でも暑く感じますね。
「アビドス自治区? 部長たちの様子を覗き見るんだ」
「言い方はともあれその通りです。ビナーには少し気になる点がありまして」
ドローンは前もって"先生"から教えられたビナー出現予測ポイントに待機させてます。ミレニアムのヘリコプターに乗ってきた"先生"やエイミ、そしてヴェリタスの3人の姿も確認出来ました。マキたちが何か言い合っているようですが、どうせ愚痴や文句でしょう。
そんな場所に別の方角から私やヒマリが想像していなかった客人が現れました。ゲヘナの校章が描かれた戦車が1台砂漠の中を疾走しています。進行方向は明らかにアビドス高校ではなくビナー出現予測ポイントでした。
戦車のハッチを開いて顔を見せたのは……確かゲヘナの生徒会に相当する万魔殿のイブキとイロハでしたか。私との接点は何回かシャーレの当番として顔を出したぐらいですが、そんな彼女たちがどうしてあの場に姿を……?
「少し音声を拾ってみますか」
センサーの感度を調整して万魔殿の2名の声をキャッチすると、スピーカーから彼女たちの声が聞こえてきました。
「ビナー出現ポイントに到着しましたよ」
「じゃあイブキ、下準備始めちゃうね」
「……。本当にアレを召喚するつもりですか? 他の学校を刺激する可能性がありますけれど……」
「うん、いいの! この時のために取っておいたんだから!」
イブキが装備したデュエルディスクは私の世界でのデュエルアカデミア生徒が付けていたものと同じ形をしていました。萌え袖、と言うんでしたっけ、と相成ってイブキの小さな身体からしたらとても大きく見えますね。
イブキはデッキから手札となる5枚のカードを抜いて確認、永続魔法《七精の解門》を発動しました。私の知らないカードなのでネットやデュエルサーバーでサーチしてみましたが該当なし。どうやらイブキだけが持つカードのようです。
「イブキは《幻魔の召喚神》をサーチするね。それから……えーっと……《幻魔の召喚神》を墓地に捨てて《七精の解門》もう一つの効果を発動してー、《幻魔の召喚神》を特殊召喚! 《幻魔の召喚神》を生贄に捧げてデッキからカードを1枚サーチするね」
《七精の解門》や《幻魔の召喚神》のカードテキストをカメラの尺度を拡大して読もうとした直後、広大な砂漠が隆起し始め、やがて巨大な機械大蛇が姿を見せました。デカグラマトンの預言者ビナーのお出ましです。
ビナーを前にして驚くヴェリタス一同、さすがの"先生"も顔を引き攣らせ、エイミは身構えました。一方のイロハは警戒心を顕にし、イブキはいつものように……いえ、その場にいた誰よりも堂々としていました。
「そして《幻魔の召喚神》の効果の続きでサーチしたこのカードを召喚条件を無視して特殊召喚!」
そんなビナーと対峙するように砂漠が再び隆起し始め、現れたのは巨人の悪魔でした。砂漠から生えた手が大地を叩くと多くの砂埃が舞い、ゆっくりとその巨体が立ち上がり、ビナーを前にして恐ろしい咆哮をあげました。
「降来して! 第三の幻魔にしてイブキの下僕、《幻魔皇ラビエル》!」
神のカードである三幻神に匹敵する力を秘めた三幻魔の一体。
それがゲヘナの雷帝以来二年ぶりに地上に召喚されたのです。
◇丹花イブキ
普段使うデッキは【仮面】
エースモンスターは《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》
しかし本来の使用デッキは【三幻魔】
エースモンスターは三幻魔全てだが強いて言えば《降雷皇ハモン(アニメ版)》
切り札は《混沌幻魔アーミタイル(アニメ版)》、《幻魔帝トリロジーグ(OCG版と漫画版の混合)》
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