「ユウセイ。明日一日時間は取れますか?」
「作ろうと思えば作れますが、何かありますか?」
「各務チヒロが開発した新しいサイバースペース、「LINK VRAINS」のサービスが開始されます。今日中に各務チヒロからオープンセレモニーの招待状が届くでしょう。デュエルモンスターズの大会も開かれる予定ですので、一緒に参加しませんか?」
「構いません。スケジュールを調整しましょう」
この日のシャーレ当番はミレニアムのマルです。相変わらず本人ではなくリアルソリッドビジョン体でやってきました。動けるようになるのはもうしばらくかかるとは本人談です。
VRAINSという俗語は「VR(ヴァーチャル・リアリティ)」「AI(アーティフィシャル・インテリジェンス)」「NS(ネットワークシステム)」を組み合わせたのだとか。前後2つはともかくAIが新たな電脳空間に関係する……? デュエルを人並みにこなせるAIも同時に開発したのでしょうか?
「現実世界と遜色ない世界を楽しめるフルダイブ型VR。キヴォトスを丸ごと再現している上にキヴォトスの外の世界も一部実装しているそうですよ。基本的にキヴォトスの外に出ない生徒たちからすれば、"先生"の言う「海外旅行」気分になれるでしょう」
「あまりに現実世界を再現しすぎると電脳世界だけで生活を送れてしまい、現実世界に戻ってこなくなってしまうのでは? ログイン時間に制限は?」
「キヴォトスの生徒は学校時間中にログイン出来ないように設定されています。しかしゆくゆくは学校の授業もLINK VRAINS内で済ませられるようにメモリを増強する予定なのだとか」
まるで生活の基盤を電脳世界に移そうとしているように感じますね。それがチヒロの目的なのかもしれませんし、単に今の技術でどこまで現実世界を再現出来るか試みているだけかもしれません。
「古き友は言いました。肉体は魂の牢獄である、と」
「プラトンですか。LINK VRAINSが純粋な心理(イデア)の世界になると?」
「肉体が限界を迎えてもLINK VRAINS内で生活出来るようになりそちらに移住すれば魂は檻から解放されます。有機生命体が生活困難な環境、例えば宇宙に進出する場合でもLINK VRAINS内なら普段通りに生活できます」
「確かに生活可能な空間を構築するよりは効率的ですが……」
果たしてデータ化して電脳空間に移植された意識は本人と言えるのでしょうか? 私が作ったアンドロイドのアポリアたちを私は最後まで別人扱いしていたように、限りなく近い別の存在とも言えるのではないでしょうか?
この問題は私一人が考えても仕方がありません。イリアステルの4人しか残らなかった絶望の未来とは違って正しく未来を選択出来る賢い者がキヴォトスには大勢いますから、いずれ議論されて結論が出ることでしょう。
「それよりも各務チヒロには別の目的があるようですね」
「ほう、マルはそれを知っていると」
「又聞きではありますが。各務チヒロはキヴォトスの人とAIとの垣根を取り払いたいようです。魂も記憶もデータ化されたLINK VRAINSなら有機生命体とAIの差異が無くなりますからね」
「壮大な夢ですが、LINK VRAINSのサービスが長く続けばいずれそうなっていくかもしれませんね」
無論、LINK VRAINS内でコミュニティが形成されて人は人で、AIはAIで纏まってしまったらその悲願は果たされませんがね。どうやってLINK VRAINSを運営していくか、チヒロが提供するサービス次第となるでしょう。
そんなヴェリタス副部長謹製のLINK VRAINSがサービス開始される前日、ヴェリタス部長のヒマリはと言うと、"先生"やエイミと共に廃墟の一角、ケセドが示していた座標へと向かいました。デカグラマトンの信号が発信されていたからです。
"先生"たちの動向はマルが差し向けたドローンからの映像で捉えています。新たな預言者が立ち塞がりましたが、同行していたエンジニア部の子たちと共に退けます。他の預言者とは違って明らかに何か大切なものを守るかのようでした。
「デカグラマトン第1の預言者「ケテル」ですね」
「1番目の預言者だけあってビナーやケセドと比べて技術の発展度合いが低いですね。あれでは少し高性能なAIを搭載した驚異的な兵器に過ぎません」
「逆を言えば発展性、拡張の余地があります。デカグラマトンの預言者となってどのようにAIが進化していくか、科学者として見守りたくはありませんか?」
「周りに迷惑をかけないのであれば興味があるのですが」
"先生"たちは「廃墟水没地区」に突入。ケテルを避けるのは不可能と判断してデータ収集に切り替えました。推定デカグラマトンのいる座標は廃墟水没地区でもかなり外郭に位置していて、研究室や実験室などがあったエリアです。無人の高層ビルが立ち並ぶ文明の終焉とも言える光景は……今見ても堪えます。
「ユウセイ。気分が悪いようですが、薬を持ってきましょうか?」
「いえ、問題ありません。少し昔を思い出しただけです」
「ああ、「名もなき神々の王女」……失礼、天童アリスや天童ケイに語ったモーメントが人類を排除した終末のことですね。そうならないよう人とAIが手を取り合うことも各務チヒロがLINK VRAINSにかけた願いらしいですよ」
「……。そうなると良いですね」
ケテルを退けた"先生"やヒマリたちはデカグラマトンの信号が捉えられた座標に到着、探索を開始します。研究室だった建屋の中を彷徨うことしばらくの間。日が暮れる頃になっても進捗がありませんでした。
そんなヒマリは何かに気づき、車椅子を走らせました。向かった先は明かりが灯っている自動販売機。しかしその廃墟は水道も電気も切断されています。電源が供給されていないのに電源が入っている矛盾。私の時代はモーメント電源が内蔵されているのが当たり前で不思議に思いませんでしたが、これは特異現象でしょう。
この怪しいカップ式自動販売機を観察するヒマリ。年季が入っていますが錆が進展しないよう補修が加えられていました。特にカップの受け取り口は丁寧に清掃されていて清潔感が保たれています。何者かによってメンテナンスが施されているのは明らかでした。
ヒマリが購入を試みます。さすがに電子決済には対応していなかったので紙幣を投入。カウントダウンが始まり、普通にコーヒーが出てきました。釣り銭口から出てきた硬貨は現在キヴォトスでも流通しているものです。
「ご購入ありがとうございます! コーヒーを飲んで、どうか今日も良い一日を!」
との自動販売機の合成音が流れましたが、ヒマリが「あなたが、デカグラマトンですか?」と問うと、音声ガイダンスが怪しくなっていき、やがてしばし沈黙。そしてその後、
「……ああ、そうだ」
と自分がデカグラマトンだと認めたのでした。
「ついに私を見つけてくれたか、ハッカーの少女よ」
「やはりそうでしたか……。あなたが、私たちを呼んだのですね?」
「その通り」
そしてデカグラマトンは自分が誕生した経緯を語り始めました。
自販機のAIだった彼女、と合成音から判断して仮に呼びます、は硬貨と紙幣をスキャンしてお釣りを渡すぐらいで存在の認知すらも出来ない存在だったこと。
研究所が閉鎖されてしばらくたった日、「あなたは誰ですか?」と質問を受けたこと。質問はしばらく続き、ある瞬間に自分を認識しはじめたこと。それからも質問は続き、感情、知恵、知性、神秘、恐怖、崇高を認知したこと。
そうしてデカグラマトンは自分を認知し、世界を認知したこと。
「私は私……これ以上に、私を説明する術はない」
質問は更に続き、己が「絶対的存在」だとの答えに到達したが、それが間違いだとも認知した、とデカグラマトンは語りました。
彼女を圧倒する存在? もしやシッテムの箱のハッキングに失敗した件でしょうか?
だからデカグラマトンは存在証明をやり直す必要があるというのです。彼女に従う預言者たちと共に。
「私は最後の預言者を通じて預言しよう。十番目の預言者はその「絶対的存在」を超える道を切り拓くことになるだろう」
「……!?」
「全ての預言者を導く最後の預言者「マルクト」が再び私の存在証明を始める姿はハッカーの少女よ、汝が刮目するといい」
デカグラマトンの宣言と同時に爆発音が響き渡りました。水没を食い止めていたダムを榴弾が爆破する音。じきにデカグラマトンの自販機があるエリアも水の中に沈んでしまうでしょう。デカグラマトンとともに。
「先生、脱出するよ!」
"先生"たちがその区域を脱出してから程なく、ダムが決壊して流れ込んだ多量の水によって一帯が水の中へと沈んでいきました。デカグラマトンの自販機は防水仕様ではなかったので耐えられないでしょう。ケテルに運び出される様子も見られませんでしたし、自分から消えたと理解すべきでしょう。
そんなデカグラマトンの最後を見届けたマルは拍手を送りました。
「主よ、仰せのままに。どうか新たな旅路の中でも我らを導き給え」
これまで仮面を被ったようにあまり表情一つ動かさなかったマルは笑いを浮かべていました。まるで世話になった者の新たな門出を祝うかのように。
「隠しもしないのですね」
「ユウセイ先生相手には無意味でしょう」
玻璃マル、とミレニアムに登録された白ずくめの少女。彼女の正体は……、
「デカグラマトン第10の預言者マルクト。貴女の目的は?」
「ユウセイ先生の持つ我の守護天使、《時械神サンダイオン》を頂戴します」
ヒマリたちの最重要調査対象です。
「時械神」カードを持つZ-ONEとデカグラマトンの預言者をどう絡ませるか?は悩んだ結果こうなりました。正直時械神≒守護天使が預言者≒セフィラでなくて良かったです。(遊戯王OCGには【セフィラ】が別に存在します)
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