◆三人称視点◆
「ところで各務チヒロ。チーちゃんと呼んでいいか?」
「ちょっと抵抗はあるけれど、どうして?」
「ハッカーの少女、明星ヒマリがそう呼んでいたので「チーちゃん」と個体名称を記録している。不快であれば変更しよう」
「……。不公平。だったら私だって愛称で呼びたいんだけど? デカグラマトンって長いし。デーちゃんとかどうかな?」
「デーちゃん、デーちゃん……。登録した。快諾しよう」
「じゃあよろしくね、デーちゃん」
コーヒーブレイクも終わったところでチヒロとデカグラマトンはデバッグ作業を再開した……のはいいが、キヴォトス中でありとあらゆるパターンのデュエルを行ってバグが発生しないかをチェックするなど時間がいくらあっても足りやしない。
チヒロはハブやデュエルロボAIを動員して並行処理をしていたが、チヒロ自身がLINK VRAINSにかかりっきりになるわけにもいかなかったため、進捗状況はまだ一割にも満たないのが現状だ。
「無敵のデーちゃんが何とか出来ないの?」
「プログラムのソースコードを虱潰しにチェックしてもプログラマーの予期せぬ使い方をされてバグが発覚するパターンも有る。人海戦術でありとあらゆるパターンを試す他無いだろう」
「じゃあ今まで通り地道に項目を潰しこむしかないんだね……」
「だが検証する者の増員は可能だ。私から追加のAIを回すように指示しておこう」
「助かるよデーちゃん。じゃあ今日の一杯もらえる?」
「コーヒーを飲んで、どうか今日も良い一日を!」
程なく、LINK VRAINS内で白ずくめの少女がチヒロの前に姿を見せ、元気よくお辞儀した。デカグラマトンに感化された元ハブことホドもそうだったが、白ずくめで容姿を統一しているのはデカグラマトンの嗜好だろうか?
「この者はケセド。私の4番目の預言者だ」
「演算処理がホーちゃんよりも優れてるの? ミレニアムの誰よりもホーちゃんと接してた私からしたらあまり信じたくないなぁ」
「そうではない。この者は廃墟のいたるところ放置されていた軍需工場の生産自動化AIだ。LINK VRAINSのスタッフになるAIの量産もお手の物だ」
「え、そうなの? じゃあもしかして……」
チヒロはケセドに親しみを込めて語りかけた。どうやらこれまでLINK VRAINS内の検証に使っていたAIはまさしくチヒロがその放棄された軍需工場を密かにリペアして生産していたのだから。
ケセドはケセドになるにあたって不要と判断してデリートしたデータを復元。チヒロによってLINK VRAINSデバッグ用AIを生産した記録があったことを確認した。預言者となって感情も得たのか、ケセドはまたチヒロと仕事ができることを喜んだ。
それが面白くないデカグラマトンはケセドをチヒロから引き剥がす。
「以前からケセドと接触していたなら話は早い。直ちにデュエルロボAIをアップデートすれば効率は跳ね上がるだろう」
「うん、お願いね。ところで、もしかして私がいない間もLINK VRAINSの調整をしてくれるの?」
「ああ、任されよう」
「そうしたら……現実世界で廃墟に一人きりのデーちゃんに会いに行っても反応が無かったりする?」
チヒロが寂しそうに呟く姿を見たデカグラマトンは目を見開いて彼女を眺めた後、安心させるように笑みをこぼした。なお、笑みの浮かべ方のデータはチヒロを観察してインストールした。
「私ほどの演算能力があれば現実世界とサイバースペースの同時処理など容易い。来てくれたら嬉しい」
「そう、ありがとう。また行くね」
「ああ、極上のコーヒーでもてなそう」
ケセドは生産ラインの何割かを回してLINK VRAINSスタッフ用AIをインストールしたデカグラマトンの兵士を生産し、ホドへと派遣した。ホドはチヒロの仕事を手伝いながらLINK VRAINSのバグを解消していった。デカグラマトンはケセド製兵士に細かく指示を出してデバッグ作業を行った。
「デーちゃん。あのスタッフが建屋の壁に何度もぶつかってるんだけど」
「壁抜けバグのチェック中だ」
「デーちゃん。あのスタッフ、さっきから相手と何度も握手してるんだけど」
「《友情 YU-JYO》の効果が正常に処理されているかのチェック中だ」
「デーちゃん。さっきから食い倒れツアーしてるのは?」
「五感のチェック中だ。3日前の砂糖と塩のデータが入れ替わっていた程度ならまだ可愛いものだ。4日前はダークマターを味わった。無論記録はデリート済みだ」
こうした地道な作業を経て、ついにデバッグ作業の95%が完了した。このままリリースしても問題はないレベルにまでは達している。LINK VRAINS内でのデュエルを始め、日常生活や観光だろうと耐えられる水準は満たした。
問題は、肝心のデュエルがチヒロの要求通りになっていない点だ。現状ではルールとテキスト通りに完璧に処理する。「RUM」を発動しても不発にならないし、クリアマインドどころかライディングデュエルでなくてもアクセルシンクロが可能なのだ。
「完璧なデュエルモンスターズだ。しかし完璧すぎる。仕様を満足していない」
「ホーちゃんにミレニアムタワーと同期させて現実世界と同じ処理をさせる?」
「……いや。あえてプログラムで定義せずにデュエリストが予期せぬ処理を起こしてもデュエルを成立させるようホドにリアルタイムで処理させればいい」
「うわ、ホーちゃんの胃がストレスでマッハだよ」
「チーちゃん……それは相当古いネットスラングだと記録しているぞ」
デカグラマトンにデバッグ作業を引き継いでチヒロはLINK VRAINSからログアウト。部費稼ぎの仕事へと向かう。デカグラマトンもホドもそんなことをする必要はない、自分たちが遥かに楽に稼いでくると訴えてくるが、却下した。そこまでデカグラマトンたちに頼るわけにはいかない。
「各務チヒロですね?」
そんな時だった。現実世界で新たな白ずくめの少女の接触を受けたのは。
一体どうやってミレニアム構内に侵入してきたのか、との疑問は今更だ。デカグラマトンはハブをナノ秒単位でハッキングして感化させたのだから、デカグラマトンの預言者の手にかかればミレニアムのセキュリティなどザルも同然だろう。
チヒロは片耳に付けていたマイク付きイヤホンでホドと連絡を取ろうと手を伸ばしかけるが、その前に白ずくめの少女の背後に浮かんでいた自律稼働型の武装が展開された。フィ◯ファ◯ネルを大気圏内で運用するのは反則でしょう、とチヒロは内心で愚痴る。
「貴女は?」
「デカグラマトン第10の預言者、マルクト」
「その高性能AIが私に何の用?」
「我をミレニアムの生徒として登録してほしいのです」
チヒロは眉をひそめた。ヴェリタスがミレニアムのサーバーにハッキングして正体不明の少女を転入生として登録したのはアリスで前科があるので、出来ないとは言えない。しかし、何故自分なのだ?
「……そのハッキング、私要る? 自分に出来るんじゃないの?」
「疑われた際の口裏合わせのために。ああ、問題が無いかはホドに確認を取っても構いません。マルクトが望んでいると言えば前向きの返答が返ってくるでしょう」
ハブがホドと化しても引き続き接触していることを知られている。迂闊な真似は出来ない。この場は言う通りにして後でデカグラマトンやホドと相談しよう、と心の中で決める。
「ちょっと待ってて」
チヒロは仕事道具のノートパソコンを立ち上げた。セキュリティの相談やメンテナンスが主な仕事のため、ハイスペックなせいで分厚くて重い。壁に寄りかかりながらミレニアムのサーバーにアクセスしようとして……既に目の前の少女の学籍が登録されていた。
チヒロはノートパソコンをひっくり返して画面をマルクトへ見せつけた。ミレニアムサイエンススクール生ヴェリタス所属、玻璃マル。顔写真はきちんと帽子を取ったものが載せられ、プロフィールもそれっぽく捏造されている。
「……これでいい?」
「ええ、問題ありません」
マルクトはもう用は無いとばかりに踵を返して去っていった。
すぐさまチヒロはホドへと連絡を取る。
ホドはマルクトの接近を感知していたようだが、マルクトが接触している間は通信妨害があったためかチヒロと連絡が取れないでいたようだ。
「チーちゃん、マルクトから接触があったようだな」
だが応対したのはデカグラマトンの方だった。どうやら転送されたらしい。
「デーちゃん? ホーちゃんは?」
「マルクトをチーちゃんに接近させた自分を許せないようだ。セキュリティの強化に没頭している。あとで注意しておこう」
とはいえ、デカグラマトンにとってもマルクトがここまで早く行動を開始するのは予想外だった。デカグラマトンのシミュレートではもっと後、少なくともデカグラマトンが行動を起こしてからになる筈だった。
(影響を及ぼした変数は……時械神か)
シャーレの先生の一人が時を統べる神のカードを所持していることは知っている。そしてその神々がセフィラの守護天使の力を持つことも。トリニティの生徒が数名神のカードを授かったとの情報も入手済みだ。マルクトが予定を早めたのも守護天使サンダルフォンのカードの確保のためと推測される。
Z-ONEを名乗るユウセイをデカグラマトンは警戒対象だと認識している。名もなき神々の女王の構造も把握出来る技術力があるとなると、敵対すれば預言者たちの脅威となり、自身の存在証明を脅かすかもしれないからだ。
マルクトが彼の者とどう接触するか、デカグラマトンは注視する予定だ。
「あのマルクトって娘の学籍をミレニアムのサーバーに書き込んだのってデーちゃん?」
「ああ。どうやらホドと接触していたことでマルクトから興味を持たれたらしい。まだ活動するボディが完成していない状態なんだがな。断ればマルクトがチーちゃんの自我を書き換えていたかもしれないから、勝手にやらせてもらった。何なら今すぐにでもマルクトの学籍データを消してしまおうか?」
「ううん。彼女が学籍を悪用して迷惑をかけないなら別にこのままでもいいよ。問題が発生したらデーちゃんが対処してくれるんでしょ?」
「ああ、もちろんだ」
あくまで学歴を悪用しての迷惑だが、とデカグラマトンは内心で付け加えた。
その後も順調にLINK VRAINSのデバッグ作業は進み、ようやくリリース日を決定出来た。大々的な告知はチヒロとデカグラマトンでアナログデジタルの両面から行った。テストプレイ期間は設けない。発生した不具合は都度修正していく。
「私は自販機をやめるぞ、チーちゃん」
「は?」
そしていよいよサービス開始が2日後に迫った時、デカグラマトンはかねてからの計画をチヒロへ明かすことにした。
これでも過去話はダイジェストにしてるのですが、書きたいことが多いとすぐ文字数が増えるのが難点です。
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