SRTの生徒たちはほとんどがヴァルキューレへの留学を受け入れて席を移していきました。無責任な連邦生徒会に反発する一部の小隊が抗議のために実力行使に打って出ようとしたものの、SRTの正当性が失われてしまうと上級生小隊に鎮圧されました。ヴァルキューレへの転属に不服だとする生徒は自分たちの装備を担いで出奔したため、連邦生徒会で行方を追っているそうです。
当のユキノはFOX小隊の他3名と共に傭兵会社を立ち上げました。とは言え、既に各学校の治安維持は自治に任せた旧来の状況に戻ったため、彼女たちが本領を発揮する機会はそう来ないでしょう。なのでユキノたちはまず交通安全のお姉さんなどのバイト同然の仕事から引き受けて、地道に知名度を上げていくことにしたのだそうです。
「おはようございます、ユウセイ先生。本日のシャーレ当番はこのワカモが務めさせていただきます」
チヒロがLINK VRAINSをサービス開始してから程なく、今日のシャーレ当番としてやってきたのは赴任初日以来の顔合わせとなるワカモでした。思いがけない人物が私が出勤した時には執務室で待機していたので、驚いてしまいます。
「百鬼夜行連合学院3年の狐坂ワカモ、で合っていますか?」
「あぁ、現在の私は停学中の身ですので、学年は関係ありません」
シャーレの当番はキヴォトスの生徒なのが条件。学校に在籍していれば停学中だろうと当番が割り振られる場合もあります。ワカモは赴任初日に"先生"に一目惚れしてからというもの"先生"と関わることがそこそこありますので、当番になっても不思議でも何でもありません。
「"先生"の当番ですか?」
「いえ、ユウセイ先生の当番です」
「……何故?」
「確かに私の身も心も全部あの方のものではありますし、あの方の当番を第一希望にしているのは言うまでもございません。ですが、だからと言ってユウセイ先生がどうでもいいとは微塵も考えてはおりませんので、ご安心を」
ワカモはこちらに会釈し、そして既に書類とにらめっこしながらペンを走らせる"先生"に向けて手を振りました。しかしワカモは決して"先生"に現を抜かさず、きちんと私の専属当番として働く気でいるようです。
というか"先生"、また深夜残業した挙げ句に仮眠室で一夜明かしましたね。やはり生徒との時間を作りすぎて業務が溜まってしまうのは問題ですね。せめてもう一人"先生"がいれば……いえ、生徒との時間が増えるだけで業務の消化率は変わりそうにありませんか。
一目惚れ、ですか……。私は伴侶には恵まれませんでしたし、そんな余裕などモーメントの暴走で失われましたからね。不動遊星の若い肉体に戻ったからと私が青春を謳歌するのも違いますし。
ともあれ、ワカモの恋が彼女の幸福に結びつけばいいですね。
「おや、そんな熱く見つめられましても私には既に"先生"がおりますので。それともこのお面がお気に召したのですか?」
「私も事情があって長い間お面を付けていたので、気になっただけですよ」
「なるほど。よろしければどのようなものだったか教えていただいても?」
「写真は残っていないのでラフスケッチでも」
始業時間になるまでの間ワカモとそんな雑談をし、いざ仕事を始めるとワカモは意外なほどに効率よく自分の分をさばきました。おかげで仕事も捗ったため、持ち帰ろうとしていた書類がみるみるうちに減っていきました。
「ああ、そうでした。折角来ていただいて恐縮ですが、今日は定時で上がっていただいて結構です」
「あら、それは意外ですね。シャーレは不夜城だと私の耳には届いていましたが」
「定時後に移動して出張です。明日から私は百鬼夜行で仕事をしますので」
「百鬼夜行に……差し支えなければ用件を教えていただいても?」
百鬼夜行連合学院、ここの陰陽部からの依頼が来たのは数日前でした。しかも忍術研究部絡みで行ったことのある"先生"ではなく、これまでさほど関わりのなかった私が名指しされました。
というのも、どうやらデュエルモンスターズの講師をやってもらいたいのだそうです。大型モンスターで幅を利かせたゲヘナやトリニティ、次々と画期的な召喚法を開発するミレニアムらと比べると遅れを取っているのが否めません。また、銃の方を優先しがちでデュエルタクティクスが疎かになってる生徒も少なくないのだそうです。
「なのでデュエルモンスターズのわくわくを知ってもらいたいのだとか」
「なるほど、そういうことでしたか。行ってらっしゃいませ、道中お気をつけて……と申したいところですが、その出張、私が同行しても構いませんか?」
その申し出は意外でした。"先生"にとってもそうだったようでして、作業の手を止めた挙げ句にペンを書類の上に取り落としました。インクがわずかにペン先から漏れて黒いシミを作っています。これは後でリンになにか言われそうですね。
「無論、ご迷惑をおかけしないように変装はいたします」
「ワカモの都合がいいのでしたら構いませんが、行くのは私だけですよ」
「それはもうあの方もご一緒でしたら言うことはございませんが、今回はユウセイ先生に興味がありますので。正確には先生のデュエルモンスターズに向ける思想が、ですか」
「分かりました。でしたら往路の乗車券は手配しましょう。百鬼夜行では宿を取った方がいいですか?」
「あら、てっきりDホイールで赴くかと思っていました。乗せてはいただけないのですか? ゲヘナやトリニティの生徒とは2人乗りしたとお聞きしましたが」
確かに百鬼夜行には終業時間後にDホイールを走らせて向かうつもりでしたが、到着は夜遅くになるでしょう。D.U.から高速鉄道の直行便も走っていますし、Dホイールに2人乗りするよりよほど快適でしょう。
しかしワカモは自分の意志を覆そうとしません。私も別に単独行動にこだわっているわけでもないので拒絶はしませんでした。あとワカモはDホイールに乗る前に袖を縛り上げて髪を結わえましたので、助かります。
◇◇◇
「ユウセイ先生。この格好、いかがですか?」
「美しいですよ。ワカモのような大和撫子に恋を抱かれて"先生"も贅沢ですね」
「それはよろしゅうございました。ですが少しぐらい見惚れてくださってもよかったのですよ」
「恋愛は……苦手です」
陰陽部の副部長が用意してくれた宿はゆっくり休めました。ただの作業でしかなかった入浴や食事が楽しむものだったと久しぶりに思い出せました。落ち着いた雰囲気の中で静かに流れる時はこの情報社会において貴重な経験でしたよ。
身支度を整えてロビーに向かうと、ワカモが既に待っていました。桜色の和服姿に和傘と銃を背負い、左腕には扇のような形をしたデュエルディスクを装備しています。仮面は愛用品の狐ではなく能楽の女面を被っています。
「それでは参りましょうか。ここから陰陽部の部室までの案内はお任せを」
「助かります」
百鬼夜行の街並みは古都を思い起こさせます。学生時代の修学旅行で行きましたっけね。石畳の道路、木製の家屋、木や川といった自然が調和した街並み、そして中央に生える……いえ、そびえ立つ巨大な桜の木。この空気に合う人はこの雅に心掴まれることでしょう。
ワカモに連れられてやってきた陰陽部の部室は時代劇に登場するような荘厳な空間でした。今日は連邦生徒会役員にも似たシャーレの制服に着替えていますが、それでも場違いな気がしてなりません。
「ユウセイ先生、お気をつけてくださいまし。陰陽部の部長、ニヤは話術だけで魂を抜き取れるほどの傑物、と百鬼夜行では噂されていますので」
「……何か誤解されているようですね」
「あれ……お客さん?」
雑談交じりに待っていると、現れたのは確か陰陽部副部長のカホですか。彼女は何度かシャーレにやってきたことがあるので私も面識があります。もう一人は同じく陰陽部のチセでしたね。
軽く会話してると、私を百鬼夜行に呼びつけた御本人が登場しました。データでは閲覧しましたが実際似合うのは初めてとなる陰陽部部長、天地ニヤはこちらを色々な角度から観察し、「ふむふむ」「ほーほー」と感嘆の声を漏らしました。それでカホに窘められます。
「おっほん。では改めて。私の名は天地ニヤ、陰陽部の部長をしとります。お会いできて嬉しいですねぇ、もう一人のシャーレの先生」
「こちらこそ、赴任してから随分と経つのに会えずに申し訳ありませんでした」
「にゃはは、シャーレの事務仕事が膨大でどちらかの先生が残って処理し続ける、となると出張先で先に縁を結んだ方に出番が回りやすいのは当然ですものねぇ」
ニヤは気分がいいぐらいにかんからと笑いました。
陰陽部については"先生"の出張報告書を読ませていただいています。百鬼夜行連合学院はその名の通り多くの連合で構成されている学校。トリニティと違って統合されていないため、生徒会に相当する頂点に君臨する組織が存在していません。
しかしそれで他校との交流や外交が立ち行かなくなるため、その窓口を歴史と伝統を支える陰陽部が担っている、というわけです。なので内向きには公演だったり放送をしたりと、広報面の活動が主になっています。
「さて、ではユウセイ先生に来ていただいたのは、事前に依頼した通りデュエルモンスターズの講師を一週間ほど務めていただきたいなー、と思いまして」
「それは構いませんが何故私なのですか? 既に百鬼夜行の生徒と親睦を深めている"先生"の方が適任と思いますが」
「んー、ことデュエルモンスターズに関して正直に言っちゃいますと、"先生"はお呼びじゃないですねぇ。あの人のデュエルは一般生徒に真似出来ないので」
「あぁ、なるほど」
要するにテキスト外効果発動とか禁止カードやオリカを使用するとか、シャイニングドローでカードを創造するとか、そんなのを前提にしたデュエルタクティクスに意味はない、とニヤは言っているのですか。
「と、言うわけですので、講師を務める期間は時械神の使用を自粛していただければなーと思うのですが、いかがです?」
「問題ありません。他に何か気をつけなければならない点は?」
「ユウセイ先生はシンクロ使いとのことですが、エクシーズやペンデュラムといった他のデッキの構築の仕方、回し方も教えてもらえればな―、と」
「私に教えられる範囲は教えましょう」
「にゃはは。じゃあ頼みましたよ~♪」
ニヤと軽く打ち合わせてから私たちは陰陽部の部室を後にしようとし、私たちはカホに呼び止められました。何か言い残したことが、と思って振り向きましたが、どうやら私が連れてきた生徒が気になったようです。
「ユウセイ先生、そちらの生徒は?」
「彼女は……」
「SRT特殊学園所属3年生、七度ユキノです。以後お見知りおきを」
思わず出そうになった反応は辛うじて表に出さずに済みました。
「あぁ、あの「災厄の狐」を捕らえたFOX小隊の。噂はかねがね。私ども百鬼夜行の生徒が大変ご迷惑をおかけしました」
「今回の出張ではシャーレ当番としてユウセイ先生に同行しています。何かあれば力になりますので、遠慮なくユウセイ先生にお声がけを」
矯正局へと入れられて脱獄した「七囚人」の一人であるワカモが母校で正体を偽るのは分かりますが、よりによって自分を捕まえた因縁ある相手の名を騙るとは。まさかユキノの評判を落とすために……いえ、ワカモはそんな真似などしませんか。ちょっとした意趣返し程度なのでしょう。
というわけでカルバノグの兎編と見せかけた百花繚乱編0章の幕開けです。そもそもユキノがカヤのクーデターに加担する可能性が極めて低くなったのでカルバノグの兎編自体が破綻したのもあります。
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