「キヴォトスが滅亡……どうして……」
ユカリが愕然としていますが、私は妙に納得してしまいました。
例えば名もなき神々の王女。あのままアリスがケイに導かれて覚醒していたら?
例えばエデン条約。あのままアリウスがトリニティとゲヘナを滅ぼしていたら?
例えばデカグラマトン。あのまま預言者が存在証明を成し遂げていたら?
生徒たちが青春を謳歌するキヴォトスには一歩間違えば破滅へと一直線な危うさが至るところに潜んでいます。これまでは対処出来ていましたが、少しでも選択を誤っていたら我々のキヴォトスがこうなっていたかもしれません。
「念のために言っておきますが、もはやこうなってしまっては私には手の施しようがありません」
「分かってるわよ、それぐらい……! 私たちだって"先生"だって頑張ったけれど……いえ、もう過ぎたことを嘆いたってしょうがないわね。私は今やれる範囲のことをやるだけだから」
「……。分かりました。それで、探し物があると聞きましたが、どちらに行けば?」
「山海経、ミレニアム、百鬼夜行、そしてアビドス。この四箇所に」
以前アリウスにタイムトラベルした際の教訓を経てDホイール内の非常用食料と水は多く詰め込んでおきましたが、まさか活躍の場に恵まれるとは思いませんでした。出来れば無駄に終わってほしかったものですがね。
どうやらこのキヴォトスの通信衛星はまだ無事なようで、地図ナビゲーションは生きていました。ここはD.U.地区なようです。最初の目的地である山海経まではハイウェイを使えれば数時間程度ですが、そういったライフラインはことごとく破壊されているようです。
「少し手間ですが、壊れた車は避け、崩落した道路は飛び越えていきましょう」
「Dホイールってジャンプできるの? ゲームみたいに?」
「その程度出来なければライディングデュエルに耐えられませんからね」
「やっぱバイクでデュエルするなんてどうかしてるよ!」
それは言わないお約束ですよ。
結果として思った以上に速度が出せず、途中でまだマシな下道を通ったり迂回したりと時間を浪費したせいで日が沈むまでに着きませんでした。夜通しDホイールを走らせても良かったのですが、到着した時に体力を消耗しきっては意味がありません。
パーキングエリア跡と思われる駐車場にDホイールを停め、崩壊した建物の中に入ります。どうやらここに避難してきたキヴォトスの住人もいたようですが、何かしらの襲撃を受けたようで、破壊し尽くされていました。
「屋根が残ってるだけマシね。今日はここで一泊しましょう」
「キャンプ道具一式なら持ってきています。崩落の恐れがある建屋の中よりは安全でしょう」
「きゃんぷなんて初めてですの! 不謹慎ですがわくわくしてしまいます!」
「……野宿なんて散々してるから、別にどうってことないわ」
私はDホイールやサイドカーからテントを取り出して芝生エリアに設営。夕食の準備をします。さすがに夕食まで非常食では気が滅入ってしまいますからね。とは言え米を炊いてレトルトカレーをかけるだけですが。
うん、さすがはモウヤンのカレー。世界が滅亡してからもずっと私を支え続けてくれた逸品です。美味しいですね。いつか実店舗に行ってみたかったのですが、滅亡していなかったとしても私の時代にまで残っていますかね?
「……この世界は、色々なことがあって最終的に滅んじゃったの」
少し落ち着いたからか、テフヌトはぽつりぽつりと事情を語り始めました。
名もなき神々の女王、そしてエデン条約については無事にクリアしたそうですが、アビドスで発生した異変により顕現した厄災によって多くの被害が出たのだとか。"先生"が昏睡状態に陥り、各自治区で発生する問題が深刻化。そうしているうちに死の神が誕生し、このキヴォトスを滅亡に追いやったのでした。
「ではこのキヴォトスには死の神が徘徊していると?」
「ううん。死の神は……最後の力を振り絞った"先生"が連れて行ってくれた。今どこにいるかは私も分からないわ」
「その……このキヴォトスには生き残りはいらっしゃいますの?」
「……もう、ほとんど残ってない。食べ物は残り少ないし水は汚染されてるし、いなくなるのも時間の問題だと思う」
もはや滅亡するだけで再生は叶わない世界、ですか……。ユカリがこちらの方へと何とかならないかと希望を込めた眼差しを送ってきますが、この段階まで進んでしまったらもはやこの世界をいくらいじっても再生は無理でしょう。
無論、人工的に人間を増やして再建させる手が無いわけではありません。ですがそうして復興した世界は果たしてキヴォトスと呼べるのでしょうか? 新世界を創造したところでキヴォトスを救ったことにはなりません。
「ユカリ。我々はこの世界を教訓にして同じ道を歩まないように努力するだけです。滅亡は回避出来ます。大切なのはいかにその兆候を見逃さないか、です」
「……ちょ、ちょーっと不安になっただけですわ! この百鬼夜行のえりーとたる身共の目の黒いうちはこのような結末にはさせませんの!」
「ではしっかりこの世界を観察し……いえ、失礼。テフヌトの前で言うことではありませんでしたね」
「ううん、いいのよ。私たちが不甲斐なかったせいでこうなったんだし」
皿からラップを剥がして燃やしてしまいます。こうすれば洗う手間はかかりません。米を炊いた飯盒とスプーンだけは少量の水を使って水洗いし、捨てずに飲んでしまいます。紙コップに注いだスープで身体を温め、夕食はおしまいです。
テフヌトはまともな食事を取ったのは久しぶりだと語りました。コンビニやスーパーからまともな食材をあさって日々を凌いでいたのだとか。途中でなにか思い出したのか、彼女はぽろぽろと涙を零しました。
「テントは2人まで入れます。枕と毛布、あと男女兼用のパジャマはありますから、ユカリとテフヌトで使いなさい」
「ユウセイ先生は?」
「外でアウトドアチェアに座って寝ます。周囲にセンサーは張り巡らしましたが、侵入者に対応できるようにしておかないと」
「それなら私が……!」
「いえ、身共が……!」
「子どもが何を言っているんですか。特にテフヌト。休まないと身体が保ちませんよ。気力だけで奮い立たせてもいつかは限界が来ます」
「……。分かったわ」
ユカリとテフヌトがテントの中に入りました。照明を付けて中でしているようです。影ではお互いに身体を拭き合っているようなので、一旦距離をおいてDホイールのチェックでもしますか。
程なくテントの中の明かりが消えて就寝したようです。ハイウェイの照明は一切付いていないので、辺り一面真っ暗……でもありませんでした。むしろ文明の光が全く無いお陰で天に広がる星空が鮮やかに輝いています。奇しくもこの情景もまた私がかつて散々見てきたものでした。綺麗すぎるのも考えものです。
「おやすみなさい」
私もアウトドアチェアに腰掛けて目を瞑ります。
長時間運転した疲れもあってすぐに眠れました。
◇◇◇
次の日、太陽が昇り始めた頃に私たちは支度して出発しました。D.U.地区と自治区を結ぶ道路は比較的被害が少なくてすいすい進めました。やはり人口の多さに比例して被害が大きいようです。
そうして到着した山海経は……全く装いが異なっていました。
滅亡こそしていませんが、私が記憶する山海経とは全く違った光景が広がっています。まるで全てを片付けた後に全く別の形に再建されたかのように。これはまるで武藤遊戯の時代にあったとされる日本の田舎みたいではありませんか。
行き交う人々は市民や生徒のようですが……おかしい。人型だとはかろうじて認識できますがそれ以外は全く頭が情報を処理しません。男性か女性か、服を着ているのか否かもさっぱりです。モザイクがかかっている方がまだ分かるでしょう。
「一体、なんですの……?」
ユカリから当然の疑問が口から溢れました。
テフヌトは忌々しそうに喉から唸り声を上げます。
異界からの侵食を受けている、とだけは何となく分かります。
「こいつ等は侵略者よ。滅んだこのキヴォトスに自分たちのテクスチャを上乗せしてきてるの」
あの存在を退けたところで元の住人は戻ってきません。しかし滅んだとは言え自分たちが住んでいた場所に我が物顔で居座られたら気分は良くありません。亡くなった者たちが安らかに眠れるように取り戻すべきか、明日のために昨日までの思い出を置き去りにするか。それは究極の二択でしょう。
「身共たちはあの者たちをやっつければいいんですの?」
「ううん。場所だけ取り戻したって先輩たちは戻ってこない。それなら私は最後まであがいて後を託せる人に託したい」
「では取り戻したいものとは?」
「……今の私の命より大事なカードを取られた。場所はこの蜃気楼の街中にある巨大な寮の一番奥。生徒会室に相当する部屋の中にあるとまでは分かってる」
蜃気楼の街。言いえて妙ですね。陽炎のような住人たちと合わさってまるで不完全な世界を目の当たりにしているようです。この滅んでしまった世界に顕現したのも元々の住人が多ければ儚く消えてしまうからなのでしょうか。
しかしそんな街へ入ろうとすれば異物扱いされて全住人が敵に回りかねません。強引な手段に打って出たら時間がかかるどころか袋叩きに遭いかねません。ここは住人には見つからずに探し物を探すべきでしょう。
「どうやって忍び込みましょうか? 夜まで待ってからにしますか?」
「ふっふっふー。身共にいい考えがありますわ!」
あれこれと考えていたら、ユカリがデュエルディスクにセットしたのは……《BOXサー》? 一体何をと思ったら、リアルソリッドビジョンで出現させたのは段ボールでした。かなり大きなサイズで人がすっぽり入れそうです。
「段ぼーるこそ絶対に見つからないぱーふぇくとな隠密道具ですわ! これで潜入いたしましょう!」
いや、絶対バレるでしょう。余計な段ボールが紛れ込んでもカモフラージュできる倉庫に忍び込むならまだしも、こんな街の真ん中に段ボールがあったら誰もが怪しみます。懐疑的に思いながらテフヌトの方を見ると、その手があったかとばかりに手をつく始末。キヴォトスではあまり気にされないのでしょうか……?
そんなわけで、私たちは段ボールの中に隠れながら蜃気楼の街に入ったのでした。なお、私の不安は何だったのかと言いたくなるぐらい陽炎の住人は誰も段ボールを気にする様子もなく素通りしていくのでした。
蜃気楼の町について詳しくは本編でも後書きでも言及しません。語られる機会はもう永久に失われていますので。
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