ARMORED CORE Ⅵ sidestory - Embers of Rubicon -   作:びわ之樹

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第1話 CARRY ON/運び屋

 折から勢いを増した吹雪が、装甲を越えて轟々と唸りを響かせている。

 

 外気温、マイナス8℃。寒冷化して久しいここ――惑星『ルビコンⅢ』べリウス大陸北部においては、これでもまだ暖かい部類である。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)の傍らに記された薄緑色の気温表示は、その遠景たる外部投影メインディスプレイに、すなわち横殴りに揺らめく白い帳に半ばかき消されていた。

 

 頭と腕周りを左右から大きく囲うフレーム。駆動肢の始点たる操縦桿と錆の浮いたフットペダル。左右を隙間なく彩る、無機的な光を帯びた数多の電子機器。縦横に機器と配線が囲う薄暗い球形の棺桶の中を、正面のメインディスプレイといくつものサブモニターが淡く照らし上げている。

 その、央。ところどころほつれ、中身の合成繊維が飛び出したパイロットシートに腰を下ろした男は、空の上からちらりと覗いた閃光に、気怠げな目を僅かに開いた。

 

「…来たな」

 

 閃光は地を指す箒星へ、そして焦熱に灼かれた黒鉄へ。徐々に輪郭を露わにしていくそれは、重力の虜となって瞬く間に高度を落としていき、やがて轟音とともにルビコンⅢの大地へと突き刺さる。

 方位は現在位置から見て北北西、おおよそ15kmの地点。濛々と白く立ち上る雪煙が、遥か遠方からでもその衝撃を如実に物語っていた。

 

「『シャクルズ』より『レッカー8』、目標の輸送便を視認した。規定通り、先行し地点確保を行う」

《『レッカー8』了解。最近は企業の連中も広範囲に出張ってる。油断するんじゃないよ》

「ああ」

 

 一拍遅れて吹き抜けた衝撃波が、立ち込めていた雪の帳を瞬く間に吹き飛ばし、雪中に(わだかま)っていた3つの影を露にする。

 うち2つ、後方に滞空するのは、船型の胴体に2対のローターを設けた大型の輸送ヘリ。その姿はルビコンⅢの土着企業たるBAWSが製造した一般的な大型ヘリだが、装甲の一部と全ての武装を取り払い、白と焦げ茶のツートンに染められた意匠が、いかにも民間品というどこか気の抜けた印象を醸し出している。片や残る1つの影は人型を象っており、背と脛裏に戴いたブースタから焔を吐いて、単機薄煙の中へと飛び出していった。

 

 ――いや。確かに人型とこそ表現できはするが、その造形は異形と言う他ないであろう。

 1対の腕と、角ばった武骨な胴体(コア)は、なるほど人を模したシルエットである。しかしその胴を支える脚はと言えば、流線型のシルエットから末端へ向かうにつれ細くなる、航空機の着陸脚を思わせる姿。それも膝関節は人体とは逆に前方へ向けて折れる構造――いわゆる逆関節となっており、人型を保つ上半身とは裏腹に異様な異物感を醸し出していた。残る頭部も皿を思わせる平坦な形状であり、遠目には首無しの歪な化物としか見えないであろう。全身を灰色と濃緑、脚部末端に黒を充てた異形が、さながら跳ねるように雪原を飛ぶ様は、いかにも異様な光景に違いなかった。

 

 AC名『CARRY ON(キャリオン)』。それが、『シャクルズ』を名乗る男の乗機である。

 胸部に戴くは、『脚に荷物を括りつけた鳥』を象ったエンブレム。機体の顔たるそれはところどころ剥がれ、機体の各部にも露出した地金色や錆が浮かんでおり、内装相応に外見もまた使い古した期間の長さを思わせるだろう。逆関節機らしく跳ねるような速度で疾駆する様と裏腹に、その外見は数打ち品の宿命たるロートル然としたものであった。

 

 駆ける。飛ぶ。ブーストを吹かし、速度を落とさぬままに丘陵を迂回する。

 

 人型を相似拡張したACにとって、10kmそこらの距離はちょっと近所に出かける程度でしかない。単機の雪中行軍を始めて数分の後には、逆脚の機体は件の『荷物』の落着地点へと辿り着いていた。

 落下点を示すマーカーの場所には、ヘリの格納部にすっぽりと収まるサイズの灰色のコンテナ。その周囲には落下の衝撃で砕け散った外装が至る所に散乱しており、雪原の中にぽっかりと土色を露出したクレーターが生じてしまっている。いくら惑星封鎖機構が通常の輸送便を禁止しているとはいえ、無人ポッドで直接地表へ落としてくるとは無茶をしたものだった。

 

 北方には、鈍色の空を背にした高層構造物『グリッド』。そのうちの一つ、『135』の通し番号を頂いた黒鉄の樹冠が屹立している。地点としてはベイラムと解放戦線の勢力圏の間だが、ただでさえ勢力争いの度が増している今となってはその区分も流動的である。いずれにせよ、もたもたしている訳にはいかなかった。

 

「『キャリオン』、スキャンを開始」

《メインシステム、スキャンモード移行》

 

 短く口にした命令を音声認識し、制御システムが周辺スキャンを開始する。

 HMD上で同心円状に広がっていく、スキャン実行を示す黄橙色のワイヤーフレーム。そこから探る限り周辺に機影は無いが、『キャリオン』が搭載する頭部ユニット『DF-HD-08 TIAN-QIANG』のスキャン性能は極めて低い。現状は脅威の姿がないとしても、過信は禁物だった。

 

 ――もっとも、今回の荷物が『敵』の目と気を引くかといえば、それは否であろう。

 コンテナの側面に描かれているのは、コーヒーを嗜む擬人化したペリカンのイラスト。少々焦げてしまってはいるが、その下に大きく『L.F.D.』と記されているのも見て取れる。その略称が意味するところは、『レイヨンボリ=フィーカドリンク株式会社』。すなわち、今やコーヒー代替嗜好品としてメジャーとなったフィーカ等の飲料商品を取り扱う、軍需部門とは何ら関りの無い飲料メーカーであった。

 いかに時代が移り変わり、人類が地球から羽ばたいて久しいとはいえ、結局前面に立って働くのが人間であるのは今も昔も変わりはない。こんな極寒の僻地に派遣された人間に食以外の楽しみなどそうそうあろうはずも無く、それゆえに飲料メーカーとして入り込む余地は他星系と比べても極めて大きいというものであった。

 まして、今回の相手方は土着企業の一つ『エルカノ』。同胞ゆえにルビコン解放戦線からの妨害はまず考えられず、よもや天下のベイラムが飲料会社の配送コンテナ一つに目くじらを立てることもあるまい。唯一の不確定要素は惑星封鎖機構隷下の警備部隊(SG)だが、連中はこちらから手を出しさえしなければ大人しいものである。こうした星外からの物資搬入や密航さえお目こぼししている以上、襲撃のリスクは低いと言えるだろう。

 

 スキャン範囲の確認もそこそこに、荷物から目を離して来た方向へと頭部を向ける。『キャリオン』の挙動からは、そんな企業間戦争とは無縁の中立企業らしい気楽さが滲み出ていた。

 

「こちら『シャクルズ』。貨物周辺に脅威なし」

《『レッカー8』了解。いつも通り準備も頼んだよ》

 

 通信もそこそこに、男は操縦桿側面のボタンを操作して両腕の武装を解除(パージ)する。

 自由となった左右の掌を器用に動かし、『キャリオン』はコンテナの外装を除去。さながら屠畜を解体するように内部の搬送用コンテナを引っ張り出し、ヘリの到着に備えて雪原の上に並べていった。数にしてしめて4つ、一般的な2脚MTに匹敵する中型の規格品であり、これだけでも相当の人間の腹と心を満たせる量になるだろう。

 

 一飲料会社が、わざわざ現地の傭兵を雇用して護衛に就ける理由はいくつかある。

 不意の襲撃への対応、機動性を活かした輸送ルート上の安全確保、そして輸送中の障害物の撤去。しかし、その中でも最たる理由こそがこれ――すなわち、不整地へ撃ち込まれるコンテナの回収と、ヘリへの懸架作業を行える汎用作業機械としての役割であった。

 無論、作業をしようと思えば通常のMTでも可能である。しかし、腕部の寸法や出力を考慮すると最低でも2機以上のMTが必須であり、そうなればそのMTを輸送するためにヘリが更に必要となる。加えて、万一の場合に2脚MTの機動性では対応速度が遅くなる上、4脚MTやACと遭遇でもすれば被害は看過できないものになる可能性も高い。

 自社で作業を完結するのに要する燃料代と人件費、そして万一の場合に受ける経済的・人的被害のリスク。傭兵一匹の日雇い労賃とそのリスクを天秤にかけた結果、少なくともL.F.D.は前者を選択したという訳であった。

 

 当然傭兵側から見れば、危険は少ない分だけ報酬も少ない、有体に言えば実入りの無い仕事である。

 だが男にとっては、高報酬の依頼を受注して死の可能性を高めるよりは、整備費と弾薬費を差し引いてなお少額とはいえ余りが出るこの仕事の方が性に合っていた。

 

 和らいだ吹雪の先、蒙漠とした白靄を背に近づいて来る2機のヘリ。眼前に着陸したそれらが機体下部の格納庫を開放するのを認めてから、『キャリオン』はコンテナを雪上に引きずり、それを持ち上げてヘリ側面から懸架ラックへと固定してゆく。元より作業用に開発されたという『AC-2000 TOOLARM』はこの手の細かな作業と相性が良く、20分ほどの後には全ての貨物がヘリの腹へと納まっていった。

 

《ロック完了、離陸する。引き続き水先案内は任せたよ》

「了解した。距離6000を維持して続け。『キャリオン』の速度だとそれ以上離れると急行できん」

《ご丁寧なことで。見かけによらず真面目だねぇ》

「……」

 

 伝える言葉は、ぶっきらぼうと評するには細に入り、かといって丁寧と表すには抑揚に乏しく。

 返す言葉は告げぬまま、武器を拾い直した逆脚の機体は雪煙を纏って、未だ淡く曇る雪中の道程へと飛び出していった。

 

 跳び、地を蹴り、一瞬だけブースタを吹かして再度跳躍。

 極力アサルトブーストを使わず、逆関節機特有の水平跳躍性能を活かした長距離滑空機動を以て、黒脚の巨躯は雪原を駆け抜ける。単純な速度で言えばアサルトブーストを利用した高速巡航が最も効率的だが、今回はヘリとの距離が離れ過ぎるリスクもあり、その上脅威の有無を確認する為の先行という任務もある。その点では地表を這いずるよりは上空から一帯を視認した方が適当であり、かつ安全でもあった。よもや衛星軌道上の惑星封鎖機構も、地表50mそこらのACまで律儀に狙撃してくることもあるまい。

 

 幾度目かの跳躍を終え、脚部関節の軋みを聞きながら、再度機体が高く跳び上がる。

 

 まさに、その時であった。

 

「!……何だ?」

 

 熱源。距離2700、高度200、複数。

 

 HMDに表示された数値を手早く読み取り、『シャクルズ』は急制動をかけて機体を雪中に降下させた。立ち上る雪煙に紛れるように片膝を折り曲げ――膝関節を後ろに折り曲げるという違和感を覚えさせる姿ではあるが――、遥か数km先を望むように見上げる『キャリオン』。性能の低い大豊製の頭部で状況を詳しく探るのは一苦労だが、それでもフル稼働させた光学センサーは、こちらの針路上を横断する複数の機影を捉えることができた。

 

「『レッカー8』、停止しろ。針路上に不明機」

《なんだって?…了解した。この辺りだと…大豊かい?》

「確認中だ、少し待て」

 

 後続との通信もそこそこに、視界と意識を眼前へと集中する。

 レーダーと光学センサーで確認する限り、対象は移動中。こちらではなく、南南東から北北西へ向けて針路を取っているように見受けられた。

 網膜認証、ピント修正。拡大のち画像補正。

 音声認識システムを用いて呟くように指令すると、それに応じるように表示された拡大画像が明瞭な輪郭を帯び始める。

 

 見えた。機数はしめて8。うち4機は護衛と思しき小型の武装ヘリ、残る4機は一般的なBAWS製の輸送ヘリと伺い知れた。そのうち2機は下部に二脚MTを、残る2機はACを懸架している様も見て取れる。

 拡大、情報精査。オールマインドのシステムに照会。

 ――符合。

 1機はランク外の独立傭兵、『モンキー・ゴート』。

 そしてもう1機は、ランク22/D。ベイラム所属――G(ガンズ)7、『ハークラー』。

 

「『レッドガン』…!」

《なんだって!?…ベイラムの精鋭…わざわざ妨害にACを!?》

「…いや」

 

 ルビコンⅢの資源争奪戦を巡る3大勢力の一つ、ベイラム・インダストリーが擁する精鋭実働部隊『レッドガン』。泣く子も黙るその勇名に動揺する『レッカー8』を尻目に、男は観察を続ける。

 

 やはり、違う。そもそもこんな飲料製品の輸送妨害にACを差し向けるほどベイラムは暇ではない。

 案の定と言うべきか、件のレッドガン部隊はこちらを気にする素振りも無く眼前を通過。北北西へと針路を取り、白霞の中へと消えていった。おそらく、単に進軍中だった部隊と出くわしただけだったのだろう。

 

 レッドガン。ベイラム。――。

 心中に粟立つささくれのような苛立ちを喉の奥へと押し込めて、男は静かに通信回線を開いた。

 

「…連中は通過した。移動を再開する」

《な、なんだい…偶然かち合っただけか。肝を冷やしたよ》

「方向は北北西、汚染市街の方向だ。噂に聞いていた、解放戦線との攻防戦に行くんだろう。…まあいい。続行する」

 

 ヘリが索敵領域外へ離脱していくのを確かめ、『シャクルズ』は再び機体のブースタに点火する。

 跳躍し、機体が一瞬雪靄の上へと出た瞬間に北北西を望むと、そこには汚染市街から立ち上るいくつもの黒煙が見て取れた。どうやら交戦が行われているらしく、先の部隊はその増援だったことが伺い知れる。

 

 記憶を手繰れば、確か数日前に大豊と解放戦線の双方から独立傭兵向けに投げ込みの依頼が公示されていた筈である。曰く、大豊側は汚染市街制圧に向けた前線拠点の攻略、解放戦線側は大豊侵攻ルートの遮断、だったか。これまではMTやドローンを前面に出した小競り合いが中心だったと聞いているが、互いにACを投入し始めたことから察するに、この攻防戦も佳境に入って来たということなのだろう。あるいは持ち前の物量戦を活かせないベイラム側がしびれを切らしたか、何にせよ交戦規模の程度が一段階上がったことは明白だった。

 汚染市街自体はその名が示す通り荒廃しきっており、都市そのものの価値は無い。しかし地政学的にはその東に当たるガリア多重ダムを支援する拠点であり、さらにはその遥か北に控える解放戦線の防衛拠点『壁』の前線基地でもある。かねてよりべリウス地方のベイラムが『壁』に手を焼いていることを鑑みれば、ベイラムや傘下の大豊が橋頭保としての汚染市街を欲しがるのも当然といえば当然であった。

 

 知り合いも含め、少なくない独立傭兵がそれらの依頼を受託していた。おそらくその中の何人かは、今まさに汚染市街で戦闘を繰り広げているのであろう。ややもすれば独立傭兵同士で潰し合いをしているかもしれない。

 

 元より、他人に興味がある(たち)ではない。

 それゆえ、人が何を考え、どの依頼を受託しているのか、良い悪いを口にする積りはない。

 だが、やはり自分は――。

 

《接近中のACへ。所属とコードを知らせ》

 

 内省を断ち切るように、不意に入った通信。頭を上げると、雪が薄くなった数㎞先の丘陵部に、複数の二脚MTがこちらを睥睨している様が見て取れた。HMD上に表示された所属は『エルカノ』。すなわち、今回の取引の相手方である。まだ指定搬入地点手前ではあるが、自社の保有戦力で先んじて出迎えて来たのであろう。

 

 ブースタを切り、膝を折って着地する『キャリオン』。廃熱の陽炎が全身を包み、彼方に立つMTの姿を一瞬眼前に滲ませた。

 

「独立傭兵『シャクルズ』、登録コードRb49。御社の依頼でL.F.D.の物資輸送の護衛に就いている者だ」

《コードを確認した。護衛任務感謝する。以降の搬入はこちらで引き継ごう》

「いいのか?契約ではまだ数km分行程が残ってるが」

《そのくらい構わんさ。ああ、それともこのまま我が社で何か発注していくか?在庫品でよければすぐに渡せるが》

「あいにく懐がひもじい身でな。また次の機会に」

 

 気さくに話しかけてくるエルカノMTのパイロット。左手を上げて了解の意を示したその姿に背を向けて、『キャリオン』は後続するヘリの到着を待ち受ける。

 やがて到来したそれへ控えめに手礼を返し、合流したMTともども去っていく姿を後背に見届けて、男は静かにシートへと沈んだ。再び強まった吹雪の轟音が響く中、コクピットは相変わらず無機質な電子音に浸されている。手入れをとうに忘れた蓬髪で半ば目を隠した男が、微動だにせず仄暗い蛍光の中に沈むその様は、さながらホルマリンに漬けられた生体サンプルを思わせる退廃にして怠惰な姿だった。

 

 やはり自分はこの仕事が合っている。

 金と命を秤にかけて大金を得るより。信念と意地をかけて戦いに明け暮れている隣で、地面に落ちた小銭をあくせくと拾い集める方が性に合っている。――少なくとも、()()()()()をまた味わうよりは、そうやって目を瞑って臆病に生きている方がいい。

 

 迎えのヘリを呼ぶ信号弾を撃ち上げるために、男の右手の指先だけがわずかに動く。

 

 撃ち上がった信号弾の閃光は、キャリオン(腐肉)の名を持つ黒と薄汚れた緑の機体を洗うように、淡く染め上げていた。

 




【収入】
基本報酬:20,000C
特別加算:0C

【支出】
修理費:1,800C
弾薬費:0C
報酬減算:3,500C
《内訳》
・独立傭兵互助組織『コロニアル・アステロイズ』へのAC輸送委託手数料 1,500C
・独立傭兵互助組織『コロニアル・アステロイズ』からの天引き分 2,000C

【収支】14,700C
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