ARMORED CORE Ⅵ sidestory - Embers of Rubicon -   作:びわ之樹

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第2話 ENGAGEMENT/交戦

「今度は大豊(ダーフォン)の依頼、ねぇ」

 

 べリウス大陸南西部、一帯に屹立する高層建造物群の一つ、グリッド111。その下層部に整備された居住区画の一角に、男の姿はあった。

 見上げるは、細かく区分けされたいくつものディスプレイが並ぶタッチパネル式の電光掲示板。傭兵向けに公示された各企業からの依頼が一覧として表示されるものであり、独立傭兵はそれらから任意の依頼を受託していく。無事受託が承認されれば晴れて企業との単事契約を勝ち取るという訳であり、旧世紀風に言えば少々油と硝煙の匂いが漂う職業安定所といった風情であった。

 

 この点、ルビコン3における独立傭兵と専属傭兵の分類には注釈が必要であろう。

 

 専属傭兵とは、ある程度の資金や設備を持つコーディネーター、あるいは企業に直接雇用された傭兵を指す。整備拠点や生活のインフラは自身が所属する組織で受けられるため、基本的には身一つで依頼を受託することも多く、当然ながら報酬の天引きが多くはないため比較的装備に恵まれ()()もいい傭兵も多い。解放戦線と繋がりがあるという強豪傭兵の『六文銭』や、星外で悪名高い『ハンドラー』などはこの系譜に整理できるだろう。これらは肩書こそ独立傭兵ではあるが、依って立つ組織や母体があるという点では大きく恵まれた存在であった。

 

 片や、本来の意味の独立傭兵はといえば、企業はもちろんのこと集団からも文字通り独立した一匹狼という趣が強い。ACや装備の保管と整備は当然として、生活インフラや物資供給手段すら己で用意しなければならず、実入りが少ない割に負担は大きいという割に合わないものであった。

 

 ところが、同じような困窮の理由があれば、歴史というものは同じ流れを繰り返す。

 さながら旧世紀において個人商業者が互いの利益を護るために同業者組合を作り出したように、いつの頃からか独立傭兵もまた互助組織を生み出していった。

 需要があれば、生じる金を求めて人が集まる。緩いチーム程度の集団であった互助組織には、いつの間にか整備とガレージを提供する修理業者が付き、機体の運搬を代理する運輸業者が加わり、やがて傭兵支援システム『オールマインド』が提供する装備や資材の供給ルートが備わっていき。

 今やべリウス各地には、そうした300人規模を超える傭兵互助組織が複数形成されるに至ったという訳である。

 

 男――『シャクルズ』が本拠を置くグリッド111もその例に漏れず、傭兵互助組織の一つ『コロニアル・アステロイズ(CoA)の拠点となっている。治安はお世辞にも良いとは言えないが、装備や修繕の面では相応の金さえ払えば不安は無く、食料も最低限生きる分には入手できる。金を積むという前提条件はあれど、生きるという一点について辛うじて満たせるというのは大きなメリットではあった。

 

 とはいえ、そこは傭兵。血なまぐさい仕事でしか生きられないはみ出し者の集団である。

 当然、そのような面々がまともな出自や人格を持つ訳は無く――。

 

「よう『シャクルズ』。また飽きもせずフィーカのお守りか?」

「こんにちは!今日も早いですね。何か割のいい依頼は出てますか?」

「『クリンナック』、『ロゼット』。…流し見た様子ではあるにはあるが、ロゼットはともかく、クリンナック好みの依頼は無い。地道に稼ぐんだな」

 

 愛用する煙草に火を点けた瞬間に、背中越しに投げられた声。物憂げに振り向けば、そこには顔見知りの二人の傭兵の姿があった。

 

 長身、色素の薄い伸ばした金髪、薄い唇に皮肉な笑みを浮かべた男は『クリンナック』。年のころは30代前半というところだろうが、ルビコン3では古参に類する傭兵である。

 片や『ロゼット』は、顔を斜めに横切るように包帯を巻き、そこここに傷の目立つ褐色の肌と後ろで短く纏めた黒髪が特徴の女。20代…下手をすれば10代といったところだが、嗜好品にはあまり手を出さないクリンナックと裏腹に煙草を嗜んでおり、喫煙する『シャクルズ』の様子を見るや無遠慮に指を差しだして1本をねだっていた。

 

「今は汚染市街周辺の攻防とガリア多重ダムの威力偵察が大半だ。あとはシュナイダーから大豊へのちょっかい程度って所だな」

「何だよ、どれも面倒臭そうだな…。もっとこう、労せずして稼げる奴はないのかねぇ。この間の、解放戦線の非武装部隊を襲って丸々アーキバスに売り飛ばしたのはいい儲けだったのによ」

「他のもMT相手が中心じゃ稼ぎはイマイチですねぇ。…あ!これとか割がいいかも。『借金王の捜索』、殺害まで込めたら150,000C(コーム)!」

「やめとけ、相手はランカーだ。今度こそ死ぬぞ」

 

 二者それぞれの感慨に、げんなりとした様子で応じる『シャクルズ』。外観だけはある程度まともに見える二人の、()()()()()()部分がまさにこの指向であった。

 

 クリンナックは、労せず利を上げることをモットーとするあまり、人倫をどこかへ置き忘れて来たタイプの男である。傭兵ともなればそうした精神構造の者は珍しくないが、彼の場合はそれが捕縛や鹵獲、さらには『素材』としての人身売買…いうなれば奴隷商人のような方向性へ発露されている点が問題であった。例えば兵力に乏しい後方の補給地や解放戦線の民間人を襲う。輸送中のヘリを鹵獲する。護衛任務を放棄し積み荷を敵方へ売り渡す。これまで行ってきた所業の数々は、枚挙に暇がない。その手練をClean Knack(鮮やかな技巧)と嘯く辺り、そうした所業に疼痛を覚える精神構造では無いことは陰に陽に物語られていた。

 お誂え向きなことに、昨今のAC用兵装には電撃や高熱等で動きを封じるタイプの装備も存在する。撃破せずとも無力化できるこれらの存在が、クリンナックの方向性を後押ししていると言っても過言ではなかった。

 

 片やロゼットは、一獲千金を夢見るあまり、周りが見えなくなる節がある。その外見だけを見ても、煙草をくゆらせる口元に顔面、腕、足、背中まで、今は隠れている部分も実態は古傷だらけであり、それだけ無茶をしてきたことの証左でもあった。

 たとえ自分がどれだけ負傷しても、ACが損傷しても、高値と見積もった敵には食らいついて離さない。若さゆえの危うさと評するにはあまりにも極端なその指向が、彼女の根幹と言っていいだろう。その名乗りであるRosette(八重咲)も、乗機が作り出す数多の爆炎になぞらえてのものであり、企業や傭兵からのイメージは概ね『命知らずの鉄砲玉娘』で通っていた。

 

 この二人に限らず、独立傭兵は『個性的』の一言で片づけられるか大いに疑問な人物が多い。彼らのような金に目が眩んだ一個人などまだ可愛いもので、企業からの脱走者やそれを装うスパイ、詐欺師に軍人崩れに恐喝横領を生業とするマフィアじみた存在、果ては単なる快楽を求めるサイコパスまで。目的も出自もまさに十人十色、玉石混交の坩堝と化しているのがこのCoAという集団である。字義としての『デブリ(宇宙ゴミ)の集団』も、そしてダブルミーニングたる『珊瑚(コーラル)に群がるヒトデ(アステロイズ)』の寓意も、この集団を示す冠言葉としてはこの上なく相応しいものであろう。

 

「いやいや、やってみないと分からないですよ。そうだ、今回組みませんかクリンナック。いくらランカーでもAC2機がかりならイケるでしょ」

「山分けでいいんだよな?OK、乗った。シャクルズ、あんたは…いや、聞くまでも無いか」

「お生憎だな。俺はガラスケースの金銀宝石を狙うより、汚い路地裏に転がる小銭を拾う」

「ですよねー。…もったいない」

 

 二人の誘いをすげなく蹴り、男は大豊の依頼へと指を伸ばす。

 苦笑いとともにロゼットが吐き出した煙草の紫煙を、油で汚れた背に受けながら。

 

******

 

《独立傭兵各位に通達!これはベイラム同盟企業、大豊からの依頼だ。

我がベイラムグループは目下南べリウスの確保を進めており、その橋頭保として汚染市街を、更には後方支援拠点としてグリッド135の制圧を計画している。

本依頼受注者には、このうちグリッド135の制圧を担う大豊MT部隊への補給物資の護衛を行ってもらう!

輸送ルート上は我が方とルビコン解放戦線の前線が交錯しており、敵MTの待ち伏せも想定されるだろう。輸送物資が失われる事が無いよう、万全の護衛を要請する。

本依頼は攻勢の礎を担う不可欠な任務である!独立傭兵各位、確実な遂行を期待する!》

 

******

 

《で、今日も護衛はあんたかい。いつもご苦労だね》

「性に合ってるんでな。…今日も先行する。何かあればすぐに知らせろ」

 

 2日の後、昼。相も変わらず雪に包まれた大地、薄く靄を帯びた太陽の下に、AC『キャリオン』と大型の輸送ヘリの姿を認めることができる。

 

 立ち込める雪煙、陰鬱とした朧な陽光、雪原に映える濃緑の塗装とブースタの焔。垂れ気味の目元に映る代わり映えのしない光景にも感慨を抱くことなく、男は専心に――あるいは無感情に乗機を駆った。

 

 事前のブリーフィングでも触れられた通り、今回は大豊が展開するMT部隊の拠点への物資輸送依頼である。幸いにして今回はL.F.D.の物資集積地からの移送であるため、わざわざ大気圏投入用コンテナを待つ余計な待ちぼうけを喰らう心配は無い。しかしその分輸送量も桁違いであり、輸送に供された大型ヘリはしめて4機。的と数が大きければそれだけ被害を受ける可能性も上がる以上、前回以上に油断のできない任務であった。

 まして、今回の想定される敵は地の利を得ているルビコン解放戦線である。張り巡らされた監視網に絡め取られれば即座に襲撃を受ける可能性もあり、リスクは前回の依頼の比では無い。これでいて報酬はルビコン解放戦線のものと大差ないというのだから、大豊も存外に吝嗇なものだった。

 

 跳躍する。

 ブースタの残光を纏い、武骨な逆関節が軋みを上げて駆動する。

 空を飛ぶよう――と評するには些か不足があるが、総じて軽量に纏められた流線型の機体は、舞い上がる雪煙と気流を纏って駆けてゆく。

 

 軽量機に一家言ありと謳われるシュナイダー社製なだけあり、『キャリオン』が装備する逆関節脚部『KASUAR/42Z』がもたらす機動性は秀逸の一言に尽きる。(こと)『シャクルズ』が受注することの多い護衛任務では、どれだけ素早く戦場を駆けまわり脅威を排除できるかどうかが成否を左右すると断じてよい。その点で言えば、装甲の薄さと過大な負荷という部分さえ度外視すれば、本パーツは男の指向に最適な脚部の一つと評してよかった。

 

 幾度目かの跳躍を終え、関節部サスペンションで衝撃を殺しながら機体が雪原へと降り立つ。

 座標軸を確認し、事前に定めた輸送行程のチェックポイントと違わないことを確認して、地形図上へと落とし込んでゆく。このデータを定期的に後続のヘリへと送信することで、こちらが安全を確保したルートを寸分違わず進行することができるという寸法であった。些か前時代的ではあるが、迂闊にデータ送信を行えば解放戦線側の傍受網に絡め取られかねない以上、この手法が一番確実である。

 

 先日のようなアクシデントも無く、至って平穏な道中。

 ――陥穽は、総じてそのような静謐の中にぽっかりと空いているものである。

 雪原を越え、遠景のグリッド135が徐々に近づき、予定していた工程が三分の二に達した頃。その(ことわり)は、唐突に男へ牙を剥いた。

 

「チェックポイント5B、座標確保。引き続き丘陵の谷に沿って…。………?」

 

 ルーチンを反芻するように一人ごちたその時、視界の端にちらりと映る赤い光。微かな、しかし確かに人工物を物語るそれは、さながら喉に引っかかる魚の小骨のように男の網膜に突き刺さった。

 脳裏に差し込むは、勘に裏打ちされた嫌な予感と違和感。男は脚を止めて、『キャリオン』のセンサーを前方へと集中させた。

 

 光学センサー、雪煙でデータ精査不能。距離にして概ね3000から4000、複数の陰影が列を成して動く様が朧に見える。

 集音センサー、音紋確認。歩行音と関節駆動音から照合するに、軽量機3から6、加えて一際異なる重量型と思しき機体1。いずれもこちらの進行方向と同じ方位へ――すなわちグリッド135の方向へと移動中。

 敵味方識別装置(IFF)…照合不能。視界不良ならびにデータ不足。機能を極限まで削り切った頭部ユニット『TIAN-QIANG』の性能を鑑みれば、こればかりは致し方ない。

 

 依頼主たる大豊のMT部隊にしては接触が早すぎる。グリッド135攻略部隊へ大豊側の増援が向かっている最中かもしれないが、もしそうだとすればMTの輸送にヘリを用いないのは不自然であった。何より、わざわざ積雪が多く移動しづらい丘陵間の谷間を行軍する必要性も考えづらい。

 そう、それはさながら、吹雪に紛れて後背から忍び寄るような――。

 

「………間の悪い」

 

 嫌な予感が確度を帯びる。

 火器管制システムの安全装置を解除する。

 正面、それを契機としたかのように、雪煙が徐々に和らいでいく。

 赤い光が明瞭となり、その体が輪郭を帯びてゆく。

 距離3120、箱型に手足が生えたかのような姿の2脚MT。それが不意にこちらを振り向き、慌てたように一歩後ずさる。

 

 データ照合完了。識別、ルビコン解放戦線。

 ――戦闘モード、起動。

 

「『シャクルズ』から『レッカー8』、ルートCへ変更。解放戦線MTと接敵した」

《何だって?待ち伏せかい!?》

「いや…。だがいずれにせよ脅威だ。こちらで妨害を防ぐ。大豊へ現状の報告を頼む」

《分かった!こっちに傷一つ付けさせるんじゃないよ!》

 

 手短に通信を送ってから、男はフットペダルを踏んでブースタを噴かせ、機体を左へ跳躍させる。

 高度にして60、俯瞰した先には、雪原を下地にこちらへとブースタを噴かす2脚MT5機の姿が見て取れた。複数機に連携されればACといえども只では済まないが、機動力の差を活かせばまだ抗しようはある。

 問題は、その後方。横長の紡錘状に武骨な4本の脚を備えた大型機――すなわちBAWS製4脚MTが控えている事であった。機動性こそACに劣るものの、その装甲と重武装はそれを凌駕しており、下手を打てばAC1機程度は容易に叩き潰しうる。ランカー級のパイロットであれば苦も無く撃破できる対象であろうが、並みの傭兵に過ぎないシャクルズにとっては骨の折れる相手であった。

 

 とはいえ、後続のヘリがルートC――すなわち丘陵の東を抜けてこの一帯を離脱するまで最低でも5分はかかる。少なくともそれまでの間は、これらを引き付けておく必要があった。

 

 2脚MT、発砲。携えたマシンガンやバズーカが字義通り弾幕となり、こちらの接近を牽制する。対する『キャリオン』は左右へのブースト機動を以てその射線を躱し、縦方向へ跳躍。左腕に携えた中型火器――『DF-BA-06 XUAN-GE』を構え、先頭のMTへと撃ち込んだ。

 

 白煙を帯び、殺到するバズーカ弾。遅い弾速を補い、かつ確実に炸薬の威力を活かすことが可能な、上方から撃ち下ろす理想的な形。

 黒鉄の弾頭はしかし当のMTの左へと逸れ、その足元で赤黒い爆炎を咲かせる。元より『キャリオン』が搭載する火器管制システム『ABBOT』は近接戦を想定したモデルであり、中距離の撃ち合いでは自ずと精度も落ちやすい。至近弾の衝撃で擱座したものの撃破には至らなかったそれの脇を抜け、残る5機はなおもこちらへ距離を詰めつつあった。

 

「遮二無二向かって来るか…。だろうな」

 

 誰へ告げるでもなく確信めいたように呟き、フットペダルを踏んでブーストで距離を取る。

 想像するに、この部隊は大豊のMT部隊へ背後から奇襲を仕掛ける積りで進軍していたのだろう。おそらくはこちらの目的地である物資集積拠点を襲撃して継戦能力を削ぐ算段だったのだろうが、その背後に偶然こちらが現れてしまったというのが、類推される実態であった。無論敵にしてみれば奇襲する中途を目撃された訳であり、こちらを見逃して大豊に告げられる事態になれば全滅は避けられまい。

 すなわち彼らにとってみれば、こちらを速戦で叩き潰すことはこの場を生き残る為に必要不可欠な事でもあった。

 

 必死の思いを写したかのように、迫る弾幕が厚さを増す。至近にグレネードの爆炎が爆ぜ、マシンガンが絶え間なく装甲を擦過し、着実にこちらの損傷を増やしてゆく。

 みるみる距離を詰める4脚MT。

 精度を増す射撃。

 飛来するミサイル、左右4連。

 

 堪え切れず、『キャリオン』が右へと跳躍したその刹那。

 着地する瞬間を狙い澄まし、4脚MTはその頭頂に頂いた3連バズーカを撃ち放った。

 

「チッ!」

 

 反射的に打ったのは、舌打ちと迎撃の一手。

 左操縦桿の基部ボタンを押し込むと同時に、『キャリオン』は左肩に背負った半楕円状のプレートを展開。それは一拍後には淡い緑色の光盾を生成し、高出力のパルスフィールドで以て飛来したバズーカ弾を受け止めた。

 爆炎を割き、盾を格納する『キャリオン』。左右から再誘導に入ったミサイルを前にして、その躯体は前傾姿勢を取り、わずかに一瞬停止した。

 

 左右操縦桿、同時に前へ。

 フットペダル、踏み込み最大。

 ブースタ展開、ジェネレーター供給上限を一時的に解除。

 左右からミサイルが迫る。

 包囲を終えた2脚MTが殺到する。

 4脚MTがこちらを睥睨し、右腕のマシンガンを向ける。

 

 刹那。

 

「っ、ぐう…!!」

 

 空気が、爆ぜた。

 そう錯覚させるほどに、『キャリオン』は背に紅の焔を帯びて爆発的に加速。これまでの機動とは段違いの速度と噴射距離を以て包囲を突破し、ミサイルを振り切って、正面の4脚MTへ向けて吶喊していった。

 一時的にブースタ出力限界を開放し、直線的に急接近を行う戦闘機動――アサルトブースト。筋肉や循環系に手を加えられている強化人間ならばいざ知らず、生身の身体には強烈に過ぎるGが男の身体へとのしかかる。

 骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。

 乏しくなった血流に視界はぼやけ、明度が徐々に暗くなる。

 しかし、それを幾度となく繰り返し、経験を刻み込んだ肉体は、さながら機械のように正確に機体を操り続ける。

 殺到する弾幕を意に介さず、向けるは右腕に備えた短銃身ランチャー。『ABBOT』の照準補正が最大限に効く至近へと潜り込み、刻み付けた十字に映えるは、4脚MTのメインカメラたる赤い光。

 

「隙あり、だ」

 

 発射、次いで跳躍。

 4脚MTの胴体前部へ吸い込まれた弾頭は、しかし爆炎を生じることなく炸裂。代わりに爆ぜた白煙と多数の金属片を以てその電子の目を潰し、その間に『キャリオン』は逆関節特有の跳躍力を活かしてその頭上を越え、背後へと着地した。こちらを見失い泡を喰ったその姿をよそに、照準の央へと捉えたのはその胴部、ではなく――頭頂に設けた3連の長砲身。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 一拍を置いて放たれたバズーカ弾が、砲身の基部へと吸い込まれ炸裂する。運動エネルギーと火薬による衝撃波は、この宇宙進出時代においても旧世紀と変わらぬ威力を発揮し、過たず4脚MTの3連バズーカ砲塔を破壊。直撃による衝撃と重量バランスの急変を受け、4脚MTの巨体は大きくよろめいた。男は敢えて追撃を選択せず、ブースタを吹かしてそのまま後方へと距離を取ってゆく。

 

 ちらりと奔らせた目、側面サブモニターに映るのは戦闘開始から7分と12秒の表示。レーダー表示でも『レッカー8』の反応は丘陵の影に沿ってグリッド135の方向へと抜けており、今回の任務たる護衛対象は平穏無事に戦域を通過したことを物語っていた。片や解放戦線のMT部隊はといえば、主たる火力を失った不利を悟ったのだろう、こちらを追撃する様子もなく撤退に入る素振りを見せている。今回の依頼では敵戦力撃破の報酬は設けられていないため、無駄な損傷や弾薬費を負わずに済むのは男としても有難い限りであった。

 

「…駄賃を弾んでくれるといいが」

 

 脂の浮いたぼさぼさの髪を撫でつけ、男は溜め息交じりに独りごちる。偶然とはいえ、後方拠点への奇襲を未然に防いだのだ。元の依頼には無い追加の条件ではあったが、大豊がいくらかでも色を付けてくれるのならば儲け物であった。

 

 物を運び、小金を稼ぎ。時に人の命を見積もって、それを奪っては端金を毟る。

 底無し沼のような終わりない地獄の底で、とうに腐り果てた男は口を歪めて自嘲する。

 

 眼前の雪原には、短い幕切れを告げるように吹き抜ける一陣の風。

 それは雪を舞い上げて、赤熱したブースタに触れて跡も残さず蒸発していった。




《今回の依頼、ご苦労だった!偶然とはいえルビコン解放戦線の襲撃を未然に防ぎ、かつ物資を安穏に輸送せしめた結果は評価に値する!
貴様の働きを受け、大豊からの追加報酬も支払われるとのことだ。貴様の価値の証明だ、有難く受け取っておけ!》

【収入】
基本報酬:22,000C
特別加算:3,000C

【支出】
修理費:5,200C
弾薬費:1,000C
報酬減算:3,500C
《内訳》
・独立傭兵互助組織『コロニアル・アステロイズ』へのAC輸送委託手数料 1,500C
・独立傭兵互助組織『コロニアル・アステロイズ』からの天引き分 2,000C

【収支】15,300C
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