ARMORED CORE Ⅵ sidestory - Embers of Rubicon -   作:びわ之樹

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第3話 STEEL CAGE/黒鉄の函

「どうしたものかね」

 

 傭兵互助組織『コロニアル・アステロイズ(CoA)』が本拠を置くグリッド111、その乱雑な構造物の中にあって最大の容積を占める格納庫群。その一角、己に宛がわれたハンガーに収まる深緑と黒の機体の中で、男は誰言うともなく一人ごちた。

 

 正面、薄暗いコクピットの中で滲んだように浮かび上がるディスプレイには、『新着メッセージ1件』の文字。ルビコン進駐企業の一つ『大豊(ダーフォン)核心工業集団』の差出名を冠したそれには、常の機械的かつ端的な依頼完了メールとは異なり、丁寧な前段と子細な内容、そして個人名を指定した宛名が記されている。

 すなわちそれは、従来の不特定投げ込み依頼とは異なる、個人指定の名指し依頼であった。

 

 名指し依頼は、本来独立傭兵であれば手放しで歓迎すべき案件である。

 一つに、それは企業がその傭兵個人の技量や信頼性を認めた証である。要は企業の覚えめでたいことの直接的な証明であり、依頼の優先的な斡旋や試供品の提供、ゆくゆくは企業専属の傭兵となる道筋も見えてくるなど、その恩恵は計り知れない。

 二つに、単純に投げ込み依頼より報酬が高い。依頼受託の度にCoAへ支払わねばならない手数料はその大半が歩合制ではなく金額固定であり、報酬額の多寡はそのまま手取り金額に直結するのである。まして、ACはフレームや火器弾薬の調達だけでなく、維持やメンテナンスにまで相当の金額を要する金食い虫。無論、より高性能なフレームや火器を求めればそれ相応に資金も必要となる以上、稼げる機会があるうちに稼いでおくのは独立傭兵であれば当然であった。

 

 一方で、名指し依頼にはデメリットもある。

 その最たる要素は、投げ込み依頼と比べて危険度が高い点である。投げ込み依頼は、有体に言えば『誰でもできる依頼』であり、企業側もまたその受託者の技量や成績には頓着しない。片や名指し依頼は、その依頼を達成できると見込んだ傭兵へ優先的に打診されるものである。それは翻せば、その傭兵でなければできないと企業が判断したという、依頼の重要性やリスクを示す証左でもあった。

 また、特定企業からの指名依頼ばかり受託していると、他企業からの指名が入りづらいという欠点も無視できない。往々にして独立傭兵は単一のメーカーにのみパーツを依存することは極めて稀であり、多くの場合は複数企業のパーツを嗜好や戦術に応じてミキシングしたものになる。企業専属と見なされるメリットは先に述べた通りではあるが、その裏返しがそのまま傭兵として働く上でのデメリットにもなりうる以上、痛し痒しというのが実情であった。

 

「…どうしたものか」

 

 メールを一読し、口に上るは再度の独白。

 従来であれば、男はリスクを取らない。何せ命を担保に大金を得るくらいならば、安全な投げ込み依頼で小金を拾うのが性に合っていると常々標榜する男である。概読した限り、依頼は単機での拠点襲撃であり、これまで多く受託していた飲食物の輸送護衛とは危険性の点で比べ物になるまい。先日の大豊への物資輸送でルビコン解放戦線の奇襲部隊を偶然発見し退けたことが評価されたのだろうが、普段であれば『有難迷惑』と一蹴していたところだっただろう。

 

 それにも関わらず、男が煮え切らないのは理由があった。

 何のことは無い。理由は至って単純に、懐具合が厳しいのである。

 

 何せ、単純に輸送護衛依頼は絶対的な報酬が安い。それに加え、もし戦闘にでもなれば弾薬費で4000Cや5000Cは平気で飛んでいく。これに加え被弾すればするだけ修理費も加わるため、これらの支出だけで報酬の三分の一を食い潰すこともザラであった。

 これに加えて、CoAへの手数料と日々の維持費である。特に男が使う軽量逆関節脚部『KASUAR/42Z』が曲者であり、ジェネレーター周りと並んで貯蓄分を消費し続けていた。そもそも構造が単純な二脚や可動部が少ないタンク脚と異なり、構造が複雑な逆関節や四脚は維持費が高い傾向にある。とりわけ軽量型ともなれば個々のパーツにのしかかる負担も大きく、それだけ頻繁なパーツ交換やメンテナンスが必要となる。この脚部に限らず安価なパーツを選んで『キャリオン』を構成したにも関わらず、維持費で資金を減耗し続ける羽目になるなど、元も子もないとはまさにこのことだった。

 

 煙草に火を点け、肺いっぱいに大きく吸い込み、溜め息とともに吐き出して一拍。

 

 畢竟(ひっきょう)、どうあがいたところで金が足りないのは変わりがない。輸送依頼を続けたところで良くて現状維持、下手をすれば遠からず破産も見えてくる以上、どの道どこかで大きく稼がなければならないのだ。報酬に関しては相当に吝嗇な大豊からの依頼であることは唯一の懸念だが、名指し依頼が入っているうちに有利な条件で受託してしまうのが今は得策であろう。

 

 決断を下し、男はヘッドセットを装着したままコクピットハッチを開放する。

 曇った目に映るのは、朧に霞んだ雪山の輪郭と錆色の構造物。身体を浸してゆく、濁った空気と金属が灼ける匂い。

 半身を外へ乗り出し、ぽつぽつと整備員が歩き回る下方を俯瞰しながら、男は決意したようにヘッドセットの右耳側へ手をかけた。

 

「『シャクルズ』だ。システム管理部に繋いでくれ。…ああ。オペレート委託だ」

 

 吹き抜けの錆枠を、寒風が薙ぎ去ってゆく。

 立ち上る紫煙はハッチにしばし蟠り、かき消すように薄れていった。

 

******

 

《独立傭兵『シャクルズ』に通達!これはベイラム同盟企業、大豊からの依頼だ。

貴様も知っての通り、南べリウスにおける橋頭保確保に向けた制圧作戦は最終段階に入った。本文指定の日時に随い、大豊は隷下のMT部隊を集結させ、ルビコン解放戦線が戦力を置くグリッド135中下層部の制圧を開始する!貴様には作戦開始に呼応しグリッド135の中層部に侵入し、連中が展開するMT部隊の排除を依頼したい!

すなわち下層から強襲を行う大豊MT部隊と同時に侵入し、中層から敵を追い落とすのが貴様の任務だ。挟み撃ちの一端を担う貴様に失敗は許されんぞ!

独立傭兵『シャクルズ』!確実な遂行を期待する!》

 

******

 

 白々しい斜陽が、黒鉄造りの天面に千切られ、細切れとなって降り注ぐ。

 

 縦横に入り組んだ金属の回廊、鉄と錆色で縁取られた台地が無秩序に連なる混沌の摩天楼。

 半世紀前の『アイビスの火』を経てなお燃え墜ちずに残ったグリッドは、多かれ少なかれ似たような構造を共有する。どこか見る者を不安にさせる乱雑としたその様にもはや設計思想は伺い知れず、中層から見上げたその姿は、さながら息絶えて骨格だけが残った巨大生物の胎内を思わせた。

 

 大豊指定の作戦開始刻限まであと15分。後背に滞空するCoAの輸送ヘリから離れるように、『キャリオン』は内部へ続くゲートへと歩を進めていった。

 

《CoAシステム管理部、トモエ・タカシナです。本日はオペレート委託業務を仰せつかりました。行動中は随時情報を送信しますので、ご承知ください。以降、当方はコールサイン『グリム』を呼称します》

「『シャクルズ』より『グリム』、承知した。今日もよろしく頼む」

《よろしくお願いします。以降、作戦開始時刻まで待機します》

 

 雇われオペレーター――トモエの無機的な応対に、男は満足したように首肯一つ。自身の役割を自覚し余分を一切排除したその様は、少なくとも男にとっては歯切れよく好ましい。過去にも幾度かあった通り、わざわざ指名して委託した甲斐があったというものである。

 

 この点、独立傭兵とオペレーターの関係には説明が必要であろう。

 傭兵としてACを駆るに当たり、本来オペレーターは無くてはならない存在である。状況を監視する自分以外の目があるという点だけでも重要性は計り知れず、操縦や敵機への対応に専心しがちなパイロットに代わり、刻限や敵味方の状況を逐次監視する役割というのは、それだけで頼もしい存在であった。

 これに加え、オペレーターにはもう一つ、戦況を広範に俯瞰する『第三の目』たる大きな役割がある。

 ACの頭部に搭載されたセンサーが見渡せる範囲はせいぜい半径数km程度であり、ACの図体を基準にすればごくごく近距離しか状況を把握することはできない。おまけに一度スキャンモードへ移行してからでないと正確な把握は難しく、高速で飛来する対象――すなわちミサイルや敵ACへの対応はどうしても一拍遅れがちになってしまう。

 この星において、その一拍がどれだけ致命的な隙になるかは、今更説明するまでもあるまい。

 

 上述の理由から、戦闘を前提とした依頼受託においてはオペレーターの存在が極めて重要となるが、一方で独立傭兵の多くは常にオペレーターを確保している訳ではない。言うまでもなく、いつも使う訳ではないオペレーターを常時雇用するのは不経済極まりない、というのがその理由である。

 

 そこで登場するのが、CoAが提供するオペレート委託制度である。

 そもそもが大所帯の傭兵互助組織であるCoAにおいて、日々の企業からの依頼対応や『オールマインド』が提供する兵装供給システムの調整といった事務的な業務の重要度は大きく、システム管理部という独自の部署が設置されている。日頃の業務の関係で彼らは電子機器の操作やマルチタスク能力に長けており、一部にはACのオペレート業務を担うことすら可能な人材も存在する。

 人材やスキルの有効活用。そこに傭兵から絞れるだけ絞ろうとする商人根性が加わった結果が、このオペレート委託制度という訳であった。無論、毎度の天引き分とは別個に相当額の委託料を引かれる事にはなるが、その点は必要経費として割り切れる範疇。依頼で徒にリスクを増やすよりは、多少の出費を甘受する方が多分にマシであった。何せ、ACのフレームと違い命は買い戻せないのだから。

 

 日頃は物資護衛の依頼を主とする『シャクルズ』とて、今回のように交戦を前提とする依頼を受注する機会も少ない訳では無い。そうした折には多くの場合CoAを介してオペレートを委託してきたが、これまで経験してきた中で、トモエは男にとって最もしっくりとくるオペレーターであった。

 能力はまず申し分ない。戦場を広い視野で見渡すことができ、輸送ヘリに搭載したドローンによる情報収集や簡易的なハッキングもお手の物である。抑揚が少なく応答も機械的で、何なれば昨今のAIよりむしろ機械じみているが、元より他人との益体も無い交流に重きを置かない男にとって大した問題ではなかった。

 何より、依頼中に無駄口を一切開かないのが気に入っていた。他のオペレーターがやりがちな、間を持たせて余分な情報提供や雑談を始めるといった事が一切無く、余計に意識を割かずに依頼に集中できる。その点一つを取っても、男はトモエを十分以上に買っていた。

 

 その意識が根底にあった故であろう。

 ミッション開始から数分前に差し掛かった折、唐突にトモエから開かれた通信回線に、男はわずかに気づくのが遅れた。

 

《『グリム』より『シャクルズ』、一点報告です》

「?…こちら『シャクルズ』。どうした」

《約30秒前、作戦領域外縁に衝撃音を感知しました。音紋を照合したところ、高高度から重量物が落着したものと想定されます》

「…位置は。対象は静止中か、移動してるか?」

《グリッド135中層、第211連絡通路中ほどと推定されます。対象の動向は不明。現在グリッド内の映像を確認中》

「了解した。……高高度、か」

 

 予期しない追加要素に、溜め息一つ。指先を動かしてサブモニターに作戦領域の見取り図を呼び出し、トモエの情報を基に()()とやらの発生源を落とし込む。

 目標の解放戦線の戦力が配置されているであろう広間に対し、落着地点はやや上部にこそ位置するものの、距離にしてわずか数㎞。折悪しくその場所は現在地から目標地点まで侵入するルート上にあり、依頼実施の為には嫌が応にも経由しなければならない位置取りであった。侵入口を変えて迂回することも不可能では無いが、今からルート再設定を行っていては下層の大豊MT部隊の攻撃開始に間に合わない。

 

 引っかかるのは、『高高度からの落着』という一点である。

 少なくとも、ベイラムや大豊が派遣した友軍ではないだろう。事前に聞いていないし、独立傭兵に加えてわざわざ追加戦力を高層から侵入させるほどの必要性も感じられない。

 楽観的に考えるなら、上層構造物の劣化による崩落か、大気圏外から撃ち込まれた物資輸送用コンテナが落下地点を逸れたかのいずれかであろう。衛星軌道上には惑星封鎖機構が設置した監視砲台が存在するため、輸送便が本来の位置に投下できないなどというのは日常茶飯事である。無事投下できたとしても、衛星軌道上でわずか数mの地点のズレは、落下時には10㎞単位でのズレにも繋がる。いずれにせよ、ルビコンの状況を省みればおかしい話ではない。

 

 翻って悪い方に想定するなら、ベイラムと対抗するアーキバス側の戦力か、武力介入に乗り出した惑星封鎖機構の戦力の可能性もある。

 尤も、前者はともかく後者の可能性はおそらく低い。何せ、既に各グリッドの上層部は衛星軌道から監視されている上、今更戦力を投入せずとも監視ドローン等の戦力も常時配置されているのだ。ここグリッド135が戦略上の要であればいざ知らず、武力介入に抑制的な封鎖機構が事前警告なしに、わざわざ解放戦線の戦力を駆逐する為だけに戦力を投入することはほぼ無いであろう。連中がいかに遵法を旨としているかは、身を以てよく理解している。

 

 で、あれば。

 

「刻限だ。状況を開始する」

《了解しました。侵入ゲートを開放します。幸運を》

 

 結局のところ何も分からない以上、兎にも角にも進む以外にない。

 

 火器管制、戦闘モード起動。

 ブースタ、ジェネレーター、ともに出力上限を通常から戦闘時モードに変更。

 左右両腕、右肩部火器、安全装置解除。

 センサー系、駆動系、動力系、火器系――オールグリーン。

 

 全く感情の籠っていないトモエの声を背に受けながら、男は操縦桿とフットペダルに四肢を合わせ、写し身たる乗機を前進させた。

 

 雪原での行動と違い、四方八方を鉄拵えの厚板で囲われたグリッド内は死角も多い。自らの歩行音が残響となって、脅威のわずかな手がかりたる微小な音をもかき消していく。

 警戒すべき解放戦線側の歩哨、そして先刻の衝撃音の主を探るべく、頭部ユニットでスキャンを繰り返し足場固めを重ねてゆく『キャリオン』。幾度目かのスキャンを終え、上層から崩れ落ちた鋼板で形作られた山を越えた先に、その光景は現れた。

 

「これか…」

 

 崩れ落ち、散乱した鉄骨や上層の構造材。

 断線され、至る所から火花を上げる大小のケーブル。

 無言の裡に異常を物語る、赤い回転灯。

 そして貫通した上層から頭上に覗く、ぽっかりと切り取られた灰色の空。

 鉄と錆色の残骸の上、薄暗いグリッドの中へ大穴から差し込む淡い光は、さながらおとぎ話に謳われる天使が降臨した遺構を思わせる光景だった。

 

《先の衝撃音の発生源と思しき地点に到達。索敵ドローンで確認した限り脅威は見当たりません》

「見たところ、突入したコンテナらしい残置物も無い。…引き続き監視を頼む」

 

 トモエの報告こそあったものの、いかんせん状況が状況である。男は機体のセンサーと己が眼を駆使し、戦場を見、状況を観ることに意識を集中する。

 

 『キャリオン』のスキャンには、確かに反応は無い。

 周辺に残留した熱源なし。明確な足跡や移動の痕跡も残っていない。少なくとも残置物が残っていない以上、構造材の自然な崩落か、あるいは移動可能な物体が墜ちて来たものと推測されたが、状況を見る限り前者と見るのが妥当だろうか。

 

 だが、しかし。

 周囲を探るように見回していた男の眼は、ある一点でふと止まった。

 

 床に転がった、へし曲がった車両用ゲートの残骸。一見構造材と同様に衝撃で倒れたものかと見過ごしかけたが、よく見ればその倒れた方向は衝撃の中心地と思しき位置から微妙なずれがある。

 その方向へと目を向ければ、同じように左右へめいめいの方向に倒れ拉げた送電塔やタンク。衝撃の中心から同心円を描くように倒れていなければならない筈でありながら、それらの倒壊方向はその理の埒外であり、明らかに別の要因で倒壊した様子が伺い知れる。

 そう、まるで『何か』が足元のそれを轢き倒しながら歩いていったかのような。

 

 ()()を目で追い、わずかに息を呑む。

 それは通路の端へと至り、壁沿いに上昇し――この依頼の本来の目的地たる、解放戦線のMTが配置されているであろうフロアへと続いていた。

 

「……。『グリム』、目的地へ移動する」

《了解しました》

 

 いる。――少なくとも、()()。単純な経年劣化による崩落ではない、高高度から落着してきた存在が。自ら移動する意思を持った何かが。

 逆関節特有の高い跳躍力を以て、『キャリオン』が壁面の端から段差の上へと跳び上がる。重い衝撃音と共に着地し、開放口から延びる連絡通路を曲がった、その先。

 眼下に開けたその空間には、果せるかな――黒煙と焔が至る所に立ち上る、生まれたての惨状が広がっていた。

 

「これは…」

《こちらでも確認しました。ルビコン解放戦線所属の2脚ガードメカ及び2脚MTを確認。いずれも沈黙しています》

「………」

 

 無言のままに、男は『キャリオン』を眼下の足場へと降下させる。

 こちらが侵入した入り口直下付近には、脚を折り炎上するガードメカが4機。おそらく高所から不意打ちだったのだろう、胴体上部は大きく凹み、頭頂部の銃塔を失っている機体もあった。被弾痕を見る限りエネルギー兵器を示す貫通や溶断の痕跡は無く、弾痕らしい弾痕も残っていないことから、ミサイルかグレネードで一掃されたものらしい。

 

 そこから前進した先には、更に2機の2脚MT。一方は実弾で蜂の巣にされ、もう一方は胴を袈裟切りに両断される凄惨な姿と化している。いずれも真正面から被弾しており、先のガードメカの破壊に気づき侵入者と相対したものなのだろう。

 

 逆膝を地へ立て、機体を屈ませて破壊された残骸を覗き込む。

 明らかに交戦から数分と経っていない、溶断され赤く灼けた断面。その形跡はMTのコクピット部を正確に貫いており、赤く融けた黒鉄の隙間からは火花を散らす深く落ち窪んだ闇が淀んでいる。

 

 黒く暗いその底を凝視する気分にはなれず、『シャクルズ』はその残影を振り払うように頭を上げた。

 

《『シャクルズ』、追加情報です。右前方ゲート先の電磁カタパルトに稼働記録が残っていました。記録は8分20秒前、外部映像の記録を送ります》

「約8分…。カタパルトの射出方向は」

《北北東、汚染市街の方向です》

 

 ふむ、と漏れる、感嘆とも憂慮ともつかない一拍。漏らした当の本人にもそれは分からぬまま、男は送られてきた画像ファイルを側面サブモニターへと投影した。

 映し出されたのは、カタパルト付近で録画されたと思しき静止画の連続写真。画像中央には射出位置へ接続されたカタパルトと、遥か伸びたレールの先に遠く映る汚染市街。

 そして、脚を踏ん張り射出体勢に入る、1機のACの姿。

 

 概観する限り、フレームはRaDが開発していた探査用フレーム一式。明瞭には伺い知れないものの、右肩には連装のミサイルランチャー、左腕には何かしらの近接兵装らしき構造が確認できる。塗装、エンブレムともに目を引くような特徴は確認できず、所属も目的も一切が不明のACであった。

 

 連続画像が進むにつれ、それはやがてカタパルトを奔り、背に焔を灯して空へと飛び出してゆく。

 アサルトブーストを併用したのだろう、鈍色の空を遠景にして紅に輝く尾を長く曳いたその姿は、まるで天蓋を切り裂く一筋の彗星だった。

 

「なるほど、コイツが下手人か。どこの誰か知らんが、偶然通りすがっただけの通り魔って所か。…折角だ、手柄だけ有難く頂戴しておこう」

《私からは何も申し上げませんが。それより『シャクルズ』、下層より熱源複数が接近中。解放戦線のMT部隊です》

「…!数と機種は」

《2脚MTおよび武装ヘリ、各4機。間もなく接敵します》

「ち…。『シャクルズ』了解。敵の動向があれば引き続き知らせろ」

 

 網膜に残った赤い残影と、その戦果も横取らんと肚の底で弾く皮算用一つ。卑しい傭兵然としたその相貌は、続くトモエからの通信によって吹き払われた。

 使用センサーを外部集音センサーへと切り替えれば、確かに下方からはいくつもの噴射音とローターの回転音。上層の友軍との連絡が途絶し、確認に来たのであろう。戦力の分散は下層の大豊MT部隊にとっては好機に違いないが、単機で受け持つこちらとしては面倒この上ない。

 

 …仕方ない。

 

「『キャリオン』、戦闘モード起動」

 

 機体の音声認識システムが入力を受諾し、モニター表示が戦闘用へと切り替わる。

 ロックオン補助、マニュアルからセミオートへ。ジェネレーター出力とブースタ出力上限を戦闘モードへ移行。スキャンと音紋から予想される敵の侵入位置へ、『キャリオン』はブースタを吹かして接近してゆく。

 

 置く事、二拍。

 過たず階下の隙間から姿を現した小さな機影――解放戦線の武装ヘリに向けて、男は間髪入れず引き金を引いた。

 4発の実弾をバースト方式で連射する右腕武器――『MA-E-210 ETSUJIN』の瞬間威力は伊達では無く、一斉射を以てヘリ1機が粉々に四散する。その爆発を目くらましに、『キャリオン』は一瞬動きが止まった敵編隊に向けて短いアサルトブーストで加速。敵機をその肩と脚部へ直接轢き倒す形で、続けざまに2機を撃墜した。

 

 横眼には、旋回しこちらへと指向する2脚MTが4機。重心移動と短いブースト噴射を併用したAC特有の急速信地旋回――クイックターンを駆使して反転した『キャリオン』は、地を蹴ってそれらの方向へと吶喊した。後背には撃ち漏らしたヘリ1機が追撃して来るが、この際仕方がない。

 

 正面、距離1000。密集隊形となった4機から放たれるマシンガンと榴弾が、弾幕となって殺到する。

 まともに喰らえば、ACとてただでは済まない投射量。

 

 回避か、防御か、迎撃か。

 咄嗟に脳裏に浮かぶそれらの択から、選ぶは防御。

 左肩から正面へ展開されたパルスバックラー――『SI-29:SU-TT/C』は淡い緑色を纏って飛来する弾丸を()し凌ぎ、爆炎を切り払って機体はなおも疾駆する。

 

 距離700。300。――200。

 『キャリオン』のFCSでは些か精度に不安がある距離だが、構わずパルスバックラーを解除し、同時に右腕のバーストハンドガンと左腕のバズーカを斉射する。

 白い尾を引いたそれは狙いを逸れてMTの足元へ着弾したものの、その衝撃はMTの姿勢制御系を一瞬停止させるに余りある。動きの止まった箱型の身体へ実弾の雨は無慈悲に殺到し、瞬く間に2機が爆炎に包まれた。

 

 これで、残りは2脚MTが2機とヘリ1機。ブーストの切れ目に『キャリオン』は逆脚を地へと押し付け、跳躍でMTの頭上を抜けて射線から遠ざかった。火力は五分といったところだが、機動性の差を活かせばこの状況も十分に切り抜けられる。

 

《『グリム』より『シャクルズ』、敵増援です。階下よりMT2機》

「ち…!方位は!」

《6時方向、距離1100》

 

 6時――後方。脳裏に浮かんだ『挟み打ち』の文字。舌打ち一つ、男はすぐさま機体を反転させ、階下から来るであろう敵機の予測位置へとブーストを仕掛けた。階下からこのフロアへ上がる瞬間に隙が生じることは、先ほどのヘリで証明済みである。ならば、挟み打ちを避けつつ確実に数を減らすには、速攻で増援の2機を墜とすより他に無い。

 

 来る。対地センサー、下方から正面へ上昇してくる機影2つ。それが跳躍し、露わとなった歪な人型が着地するその瞬間を狙って、男はバズーカの引き金を引いた。隙だらけとなったその機影へ、吸い込まれるように弾頭は突き刺さり――。

 濛々と立ち込める爆煙は、その中から放たれた二つの火線によって虚しくかき消された。

 

「何!?……()()()か!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 爆炎を突き破り、前進する機影は2つ。そのいずれもが左腕に重厚な盾を携行し、その影からマシンガンを乱射する様が見て取れる。バズーカの初弾はその盾で防がれたのか、本体には損傷一つ負っている様子も見られなかった。

 おそらくは、対AC戦を想定した手練れ。その証拠に、パルスバックラーを構えて相対を図る『キャリオン』に対し敵機は左右に分かれ、一方がこちらを引き付ける間にもう一方がパルスバックラーの死角からマシンガンを撃ち込むという戦術を駆使している。流石は拠点防衛を任される部隊と言うべきか、MTといえども甘く見られる相手ではなかった。

 

 前方左右には連携する2機。後方からは追撃を図るMTとヘリ。事こうなっては、出し惜しみしている余裕は無い。

 

「背に腹は代えられんか。…持ってくれよ…!」

 

 右腕、操縦桿レバーを引き武装を切り替え。『ETUJIN』に代わり、右肩に懸架したジャミング弾ランチャー『MA-T-223 KYORIKU』へ。左右へ小刻みにブーストを刻み、右方向へと距離を狭めて――照準に捉えるは右のMT、その盾正面。

 

 なるほど確かに、2脚MTが携行する盾は極めて堅固である。…しかし、それが防ぎうるのはあくまで直接的なダメージのみ。いかに弾頭そのものを防げたとて、そこからばら撒かれる金属片――ジャミング用のチャフが、センサーを機能不全に陥れることまでは防げない。

 至近と言っていい距離から放たれた弾頭は、過たず実体シールドへと着弾して、金属片の薄煙でMTを覆ってゆく。

 敵機の片割れが機能不全に陥ったことを確かめるや、『キャリオン』は踵を返してもう一方の『盾持ち』へと吶喊。右腕武装を持ち替えて、バーストマシンガンとバズーカの斉射をその正面へと叩き込んだ。

 殺到する弾丸、盾によって虚しくかき消される火花。それらは爆煙となり、あるいは飛び散る構造材の破礫となって、『盾持ち』の目を一瞬晦ませた。

 ――すなわち、好機。

 瞬間、『キャリオン』は低く跳躍。受けた速度をそのままエネルギーへと変換し、渾身の蹴脚をその正面へと叩き込んだ。

 

 己の自重に逆関節を活かした跳躍のバネ、そしてブーストで重ねた速度。いかに軽量ACと重量では五分の2脚MTとはいえ、幾重にも重ねた運動エネルギーを抑え込むことは叶わない。『盾持ち』は踏ん張る事も叶わず体勢を崩して吹き飛ばされ、グリッド下層へ至る奈落へとその身を吸い込まれていった。

 

 これで、残る『盾持ち』は1機。ジャミングの影響を脱し状況を見定めたのだろう、それは僚機の喪失にも臆することなく、背後の壁から100mほどを置いてこちらに相対する構えを見せていた。

 

 …考えたものだ。嘆息一つ、『シャクルズ』はそう思わずにはいられない。

 このまま正面から削ろうと思えば、こちらの背後から残存したMTとヘリが挟撃してくる。跳躍して頭上を取ろうと思えば上部に張り出た構造体が邪魔をし、左右から回り込めばこちらは壁面を背に追い詰められるという絶妙の位置取りである。解放戦線のパイロットらしい、地の利を生かした老獪な戦術と言う他無かった。

 

 とはいえ、感心ばかりしてもいられない。こっちだって命と金がかかっているのだ。

 故に、狙うは一点の死角。ACの長所を活かした、致命の一射の他に無い。

 

 出力上限解除。フットペダル、最大角まで踏み込み。

 正面から牽制のバーストマシンガンを放ちながら、『キャリオン』はアサルトブーストを以て敵機へと急接近してゆく。狙いは『盾持ち』の正面――ではなく、その左側、壁との間。

 互いの火線が交錯する。

 被弾の衝撃が機体を揺らす。

 敵機、擦過。頭を巡らせ背後を取る。

 同時に敵機が振り返る。

 背後を取る積りのこちらを壁際に追い詰め、MTが紅い瞳をこちらへ向ける。

 その銃口が、致命の照準が、まさにこちらの心の臓(コア)を指して――。

 

「ぐ、お、お、お、おっ!!」

 

 瞬間。

 慣性の乗った機体は、壁へ向かって急制動。()()()()()ブーストキックを叩きこみ、その反動と脚部のバネを以て更に加速して、『盾持ち』の側方を擦過した。

 

 急激なGと方向の変化で平衡感覚が混乱する。胃袋が押し付けられ、血流が脚へ追いやられ、視界が暗くなっていく。襲い掛かる頭痛と吐き気、ぐらぐらと揺れる視界の中。淡い光を帯びたHMD(ヘッドマウントディスプレイ)が指し示したのは、こちらの予想外の機動に虚を突かれて立ち止まった『盾持ち』の無防備な背中。

 

 致命は、即ち一瞬。

 それが振り返るより一拍早く撃ち放たれたバズーカは、過たずその背へと直撃。爆炎はあっさりとその四肢を千切り飛ばし、黒焦げとなった胴体が鈍い音を立てて黒鉄の大地へと転がり落ちた。

 

 炎に包まれ沈黙する、2脚MTの残骸。顛末を見て不利を悟ったのか、残ったMT2機とヘリは踵を返し、階下へと離脱してゆく。込み上げる吐き気を飲み下しながら、男はヘルメットを外し、額にべっとりと浮かんだ脂汗を拭い取った。

 

 閉鎖空間における戦闘の切り札、軽量逆脚機の特性を活かした壁面蹴りとアサルトブーストによる機動戦。その代償が、この著しい体への負担であった。やはり、生身の人間では連続アサルトブーストは持って2回まで。それ以上続ければ呼吸器か循環系のどこかが確実にイかれるに違いない。

 

《『グリム』より『シャクルズ』。周囲に敵の機影なし。下層の大豊部隊は想定作戦領域の7割を制圧したようです》

「了解した。…これ以上の継戦は厳しい。しばらく現領域で待機したのち、離脱する。最寄りのゲートにヘリを回してくれ」

《承知しました。回収位置の変更はサービスとさせて頂きます》

「そりゃ…ウプ。……有難い事で」

 

 口を開けば込み上げそうになる胃液を、懸命に抑え込む。

 身体か、道徳か、信念か。少なくともそのいずれかを担保に金を稼ぐのが、ルビコンにおける傭兵という生き物である。それを踏まえれば、道徳も信念もとうに腐り果てた自分には他に道は無いのであろう。

 

 不意に脳裏に過ぎったのは、トモエに見せられた謎のACの画像。

 曇天を切り裂く鮮烈な紅い軌跡は、何故か男の目にも鮮やかに残っていた。




《今回の依頼、ご苦労だった!この度の敵MT部隊の速やかな排除は評価に値する!下層からの大豊MT部隊による攻勢も成功し、グリッド135の中下層は我が方の制圧下となった!

今後は汚染市街の掃討、そして重要拠点であるガリア多重ダムの制圧が戦略目標となるだろう。当然貴様達独立傭兵の出番も相応に増えるという訳だ!
独立傭兵『シャクルズ』!今後も使い倒してやるから覚悟をしておけ!》

【収入】
基本報酬:75,000C
特別加算:0C

【支出】
修理費:8,300C
弾薬費:3,100C
報酬減算:5,000C
《内訳》
・独立傭兵互助組織『コロニアル・アステロイズ』へのAC輸送委託手数料 1,500C
・独立傭兵互助組織『コロニアル・アステロイズ』からの天引き分 2,000C
・独立傭兵互助組織『コロニアル・アステロイズ』へのオペレート委託手数料 1,000C
・オペレート委託に係るオペレーター指名料 500C

【収支】58,600C
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