咲守家の一族   作:椒 朔月

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―――――――登場人物紹介―――――――

烏丸夜縋(からすま・よすが)―――――《影閃》
倉借眩見(くらがり・くらみ)―――《人形血女》
我条障時(がじょう・しょうじ)――《武芸千万》
多頼廻崩(たらいまわし・くずし)――《拘束師》


咲守葬鬼(さきもり・そうき)――――《葬指揮》
咲守刀姫(さきもり・かたなき)――――《刑吏》
咲守忌鬼(さきもり・きき)――――《太刀持ち》
咲守凪姫(さきもり・なき)―――――《継残婦》



咲守スダマ山合戦-前編『開戦』

「こいつはまた……大仰な城構えだな」

 咲守忌鬼(さきもり きき)は、夜に浮かぶ山を見上げていた。

『マイクチェック、マイクチェック。聞こえているかな。(いみ)(かたな)

 片耳に取り付けた小型イヤホンから、軽薄な男の声が聞こえてくる。独特のあだ名で呼ばれ、鼻につくその声へ返事をする。

「ああ。聞こえてる」

『感度良好。問題無いよ』

 それはまた別の、静謐な女性の声。呼ばれたもう片方、咲守刀姫(かたなき)

『オーケー。二人とも、配置には着けたかい』

 それにも二つの肯定が返る。

『では突入前に、軽く作戦の確認といこう。どうやらワーディングが張られているから、入山してしまえば通信は切れるだろうからね』

 と、いつもの調子で仕切り役となる軽薄な男は咲守葬鬼(そうき)。それに関しては特に不服もない。適材適所ってやつだ。葬鬼は状況を順に並べて整理してから、忌鬼と刀姫に指令を告げた。といっても単純明快。『突撃し、(まみ)えた敵を叩け』。結局、この面子ならそれが最適解だった。

『では諸君。これより、咲守凪姫(なき)奪還作戦を開始する。大変不本意だが、指揮はこれまでだ。山頂で落ち合おう』

「おうさ、了解」

『承知した』

 そこで、葬鬼からの通信は途切れる。入山したのだと察し、忌鬼自身もそうするかと足を踏み出したところで。

『忌鬼』

 と、静謐な声が後ろ髪を引いた。

「うおっ! っと……」

 危うく躓きかけて、くるりと旋回してなんとか踏みとどまった。

「どうしたよ刀姫ねーさん。早く行かねえと」

『ああ、分かっている。ただ、先に謝っておかねばと』

 刀姫は普段から、声の調子に上下がなく、一貫して静かで穏当なため、声色から感情を読み取りにくいが。今は幽かに、沈んだような調子が読み取れた。

『すまない。本来なら私か葬鬼がすべき役割を、お前に押し付けてしまった』

「なんだそりゃ。誰がすべきなんてことねえだろ。誰ができるかなんだから。つーか、それを言うんなら、そもそも悪ぃのは凪姫になるぜ」

 言いつつも、忌鬼は自身が自らの愛刀と共に、背に負った刀袋を意識した。

『……だが、それでは得意の足も鈍るだろう』

 正直、図星ではあった。重さと言うより、長物を余分に抱えているというのが厄介だ。はっきり言ってめちゃくちゃ邪魔。刀姫は忌鬼の師範でもあって、力の程を知り尽くしているからこそ、それがよく分かるんだろう。

 ただ、それを素直に言ったとして、刀姫のことを責める以外のことにはならないだろう。どこまでも強い癖に――いや、果てしなく強いからこそ、刀姫という女は無力感というものに少々弱い。

「はっ。舐めてもらっちゃ困るぜ先生」

 だからここは一つ、男らしい立ち居振る舞い、イカした強がりで答えてやろう。

「俺は、《太刀持ち》だぜ。刀を背負って鈍るようじゃ、やってらんねえさ」

 強がりと察しているのか、素直に受け取ってくれたのか。そこは分からないが、ただ穏やかに零した笑みが返って。

『そうか。そうだな。侮りだった、すまない』

 謝ってばかりだなとは思いつつ、戦いの前の(わだかま)りは晴れたと見えた。

「そんじゃ、そろそろ行こうぜ。早く行ってやんねーと凪姫が寂しがる」

『ああ、ではな。武運を』

「そっちこそ」

 そこで通信が切れる。刀姫も入山したらしい。

 大見栄を切ったことだし、良いとこナシという訳にもいかなくなった。元よりそのつもりもないが、改めて気合いが入るってものだ。

「さて――いっちょ、行きますかね」

 軽い準備運動を済ませて駆け出し、忌鬼もまた山へと足を踏み入れた。

 

 ******

 

 全体を濃い針葉樹林に囲まれ、険しい獣道の続くその山には、近隣の者たちだけに知られた名がある――曰く、スダマ山。

 昔からこの山には、魑魅魍魎が現れると言われてきた。

 魑魅(すだま)(すだま)(すだま)――故に、魑魅魍魎(スダマ)山。

 『咲守を相手取るならば、これほどお(あつら)え向きな場所はない』と、そんなことを彼らが獣道に嘆きながら話しているのを、咲守凪姫は気絶したフリをして運ばれる最中、盗み聞いていた。

 なるほどたしかに。魑魅魍魎とは、的を射ている。四つの鬼を含むその名は、鬼の血統たる咲守が四人揃うこの状況に、正しく誂えたような的確さだ。

 そう思い至った時は、笑いを堪えるのに苦労した。

 尤も、人数まで知覚してそう思えたのは、凪姫くらいのものだろうが。

 それが二時間ほど前のこと。

 今現在、山頂にて。

「ねぇ~、これ外してよ。痛いっての」

 凪姫は、見張りに残った誘拐犯の一人に悪態をついていた。全身を縄で縛られて、できることと言えば芋虫のようにうねるくらいのこと。見張りに残った青年にかけられた、数えていけばキリがないエフェクトによる行動阻害で、力もロクに使えない。刀があれば打開もできるが、当然手元にないから、こうして大人しく芋虫になっている。おしゃべりくらいしかやることがない。

「乙女の体をこんな乱暴に扱うとか、おまえモテないだろ。逃げないから外してってば」

 そんな軽い口で何かが揺らぐこともなく傍らに立つ、見張り兼《拘束師》の青年――多頼廻崩(たらいまわし くずし)はつまらなそうに溜め息をつく。

「できないことくらい理解しているでしょう。僕が殺されるよ」

「どーせ、このままでも殺されるってのに」

「ふむ。裏切った仲間に殺されるか、怒れる敵に殺されるか、ですか。それなら、まだ真っ当な後者を選びます。……それに、僕は一旦仲間を信じますよ」

「ふぅん。一応そういう仲間意識はあるんだ?」

「それは勿論。仲間と意識しないと、こんなことはしませんよ」

「意識的に仲間でいようって意味じゃないけどね。仲間意識」

 案外おしゃべりには付き合ってくれるみたいで良かった。無視されてたら正直暇すぎて舌でも噛み切ってやろうか――そんなんで死なないけど――と思っていたところだ。尤も、今こうして、文字通り手も足も出ない理由の大半を、多頼廻のエフェクトが占めていることを考えれば、こんな風に気軽におしゃべりをするのが楽しいかと言えば……まあまあ楽しい。凪姫は基本的に人と話すのが好きだ。

「いいから、あなたは一旦、囚われのヒロインでいてください。そうでなくては、このゲームが成立しませんから」

「言われなくてもそうしてますよー。あんたのせいで」

 拘束はともかく。行動阻害をかけた張本人がそういうこと言うのはやめてほしい。

「っていうかこれ……なんでこんなえろい感じなの?」

 凪姫の全身を縛る縄は、それはもう見事な亀甲縛りだった。それほど豊満でもない十九歳女子のあれやこれやが、服の上からでも、この上なく協調されていた。

 目の前の青年も少し目のやり場に困っていて、ずっとそっぽを向いている。

「さて……彼の趣味としか……」

 そう、目の前の彼、多頼廻崩は《拘束師》というコードネームを負っているが、それはあくまで現状であって。凪姫の動きを間接的に邪魔している、行動阻害の能力を指したものであって。凪姫を物理的に縛っている縄の方は、今ここに居ない男が括り付けていったものだった。どうやら、戦国時代の武士よろしく、あらゆる武芸を極めた。という触れ込みで、その内の一つが『捕縄術』なんだそうだ。いや、まあ確かに。歴史を振り返るなら、亀甲縛りは囚人の護送に使われたというから、この場合的確かもしれないが。

 どの道、彼の趣味としか言えない。

 実際にそう言った多頼廻といえば。意識しないようにしていたものを挙げられて、また困っているらしかった。そっぽを向く耳が赤い。

「別にこっち見ていいよ。抵抗もできないし。ほらほら今だけだぞ~、好き勝手できるぞ~」

「いや……僕にそういう趣味はないので」

「くそっ、熟女好きか」

「でもないです」

 芋虫なりに身体をうねらせてアピールしてみるけど、反応はその程度。ちらちら視線は向いてるけど。むっつりめ。

「で、結局さ。おまえら、何が目的なわけ? 別に私と特殊プレイしたいなんて訳じゃないでしょ。こんなことしなくても、縛りプレイくらい乗ったげるし」

「あなたはいちいち下世話ですね……まあそうです。究極的に言えば、人質となるのは誰でも良かった。諸々の事情を含めて、都合が良かったというだけです」

「誰でも良かったとか、都合が良かっただけとか、おまえも大概だよね」

「んえッふ、えッほ」

 むせさせちゃった。無意識の言葉選びだったんだ。

「えーっと……つまり。咲守の者、特に十二死刀を拉致することが肝心だったんです。そうすれば必ず、他の面子が取り返しに来る。我々との相性を鑑みて、誘拐の対象として最適だったのがあなただった」

「……不服だけど、まあ実際に攫われちゃってんだし、文句は言わないよ。ただ、一応聞く。なんでウチを相手取りたいわけ?」

 結局、重要なのはそこだ。

 つい余計なことを言って、話を逸らしてしまったが、最も問いただすべきは、なぜ凪姫を攫ったのか。なぜ攫うのが凪姫だったのかではなく。なぜ、故意に咲守を敵に回すのか。UGNやFHでない彼らが、どういう目的の元戦うのか。

「僕が、そんなことをぺらぺら話すとでも?」

「話すでしょー。こんな手も足も出ない女の子に、何を警戒すんのさ。それとも、『もし拘束を抜けられたら』なんて心配してんの? 自信持ちなよ」

「……まあ、そうですね。あなたが自力で拘束を抜けられることなど有り得ませんし」

 と、多頼廻は飲み込んだようだった。心做しか、少しむっとしているように見えた。安い挑発だったが、この場合、程度は問題じゃない。《拘束師》たる彼の尊厳、矜持。『まさか拘束に不安があるのか』というその一点を突いたことが効いたと見える。

「端的に言うなら、それ自体が目的です。あなた方、咲守家と戦い、打ち負かす。それこそ、我ら四人に共通する、絆を超えた“利害の一致”」

「戦いそのものが、ね」

 それではまるで、戦いだけを至上とする戦闘狂のようなセリフだが。咲守を打ち負かすことを目的というのなら、それはなんとも。

「随分、平凡な理由だこと」

「なんとでも。くだらないという自覚はありますから」

「自覚があんなら解放してくれないかなあ」

「そこは、面白いか否かではありませんので」

「チラチラ見てるくせに」

「…………」

 黙っちゃった。舌噛もうかな。

「まあせめて、戦いの方は面白くあって欲しいかな」

 そこまでくだらないと、とんだ三文小説だ。山門なんて高尚な物、この山にはないのに。

「それには共感しましょう。勝つにしろ負けるにしろ、味気ない終わり方だけは避けたいものです」

「気が合うね。この件片付いたら相手したげるよ」

「私では務まらないかと。これしか芸がない」

「え〜、もうちょっと自分の息子に自信持ちな?」

「ふざけないと気が済まないんですか!」

 多頼廻の声が響き、凪姫は縛られたままに、随分気持ち良く笑った。

 山頂の二人は同じ調子で暇を潰しながら、各地で起こる三つの戦いの終わりを待つ。

 

 

 今宵演じられるは、極小の戦争劇。

 舞台はスダマ山。

 相対するは、四人の鬼と四人の逸れ者。

 題打つならば――『咲守スダマ山合戦』。

 

 宵月はただ静かに、その開戦を待つ。

 

 ******

 

 悠々自適に山道を進んでいた葬鬼の前に、その少女は現れた。それはちょうど、入山から十五分後。スダマ山の四合目を迎えたところでのこと。

「あなたが、咲守葬鬼ね」

 丁寧に巻かれた金髪。宝石のような碧眼。彫刻のように整った顔立ち、陶器のように白い柔肌。小さな体躯を包む白黒のロリィタドレス。まるで人形のような佇まいで、しかしその容貌が湛える表情はどこまでも不遜。その声に宿る気品はどこまでも高貴。御伽噺から飛び出したお姫様とでも呼ぶべき印象の少女が、切り株の上に腰をかけ、両手を膝の上で組むようなお行儀のいい座り姿で、そこに居た。

「君のような可憐なレディに知られているとは恐悦の限りだね。いかにも、私こそが咲守葬鬼だとも。失礼だが、そちらは?」

「わたくしは倉借眩見(くらがり くらみ)。俗人からは《人形血女(ミス・ドール)》、などとも呼ばれるわ」

人形血女(にんぎょうけつじょ)……なるほど、君の美貌を表す、良きコードネームだ」

「あら。今出会ったばかりのあなたに、そんなことを評される謂れはなくってよ。それに、血女なんて、なんだが泥臭くって、わたくしはそれほど気に入ってもいないの」

「これは失敬。軽率な発言だった。――ところで。君は“敵”という認識で、相違ないかな?」

 低い声で発せられたその、本題へと引き戻す問いに、眩見はその尊大な顔を歪め、吊り上げた口角で以て応える。

「勿論。あなたには、ここで死んでいただくわ」

 眩見が膝の上で組んでいた両手を振り上げる。その指先一つ一つからは、極細の糸が伸びていた。

 一目で、葬鬼は彼女が糸使いであると目算を立てたが、しかしそれは実際の半分にも満たない。

「む……なるほど、《人形》というのは、君の美しさを形容する名ではなかったか」

 突如として現れた、周囲を取り囲む気配。葬鬼は気付かぬ間に、敵陣の真っ只中に足を踏み入れていた。

 草むらから、木陰から、何とも知れぬ夜闇から。彼ら彼女らは姿を現した。

 ある者には腕がなく、ある者には脚がなく、ある者には首がない。人型として何かを欠如した、死体の群れ。死体であるのだから、生物が持つ気配などあるはずがない。死臭をどう消していたのかは不明だが、その技術も含めて彼女の御手。さしずめ、倉借眩見は人形師。人形を作り人形を操る《人形血女》。その人形とは、すなわち死人。どの個体も体の部品が何かしら欠如しているというのは、はてさて。彼女の性癖か。近しい技術としての糸使いでもあるのなら、必然でもあるのだろうか。

 ともあれ。

「いやはや、人形使いとは面白い。一度、本気でその手の相手と戦っておきたいとおもっていた。家族のためというならば尚の事、燃えるというもの。絶好の機会に感謝しよう」

 葬鬼は薄ら笑いのままに言い、虚空から槍を抜き放つ。

「私は、咲守十二死刀が第四席《葬指揮(そうしき)》咲守葬鬼。――死力を尽くし、咲守を殉行しよう。集団葬といこうか、Ms.倉借」

「ふふ。その余裕ぶり、いつまで続くかしらね」

 槍を構える葬鬼へ、死体人形の群れが殺到する。

 両者不敵に笑う山の暗がりにて、開戦は成る。

 

 

 咲守スダマ山合戦、第一戦。

 

 《葬指揮》咲守葬鬼

     対

 《人形血女(ミス・ドール)》倉借眩見

 

 暗狩り峠の戦い――開戦。

 

******

 

 弟子との通話の後、刀姫は山林を()()()()に突き進んでいた。そこに道があってもなくても、歩みは緩めず、方角は変えない。眼前に木が聳えるならば切り倒し、岩が阻むならば切り崩し、川が横たわるならば切り開く。腰の刀は抜かぬまま、鋼ですらない木刀の一本で以て、文字通りに道を()()()()()直進していた。

「む……」

 最中、足元に幽かな違和感。一拍遅れて、遠くから迫る風切り音。それに向かって木刀を振るえば、斬り落としたは一本の矢。足元の感覚は糸を切ったものか。

 しかし、そんなことで足を止めている場合でもない。

 構わず進もうとすれば、しかし一歩先の開けた地面に違和感。重心は乗せずに蹴り払ってみれば、直径二メートルほどの土が崩れ落ち、ぽっかりと空いた縦穴が口を開く。覗き込めば、その底には錆び付いた刀が無数に天を衝いている。もしも落ちていれば串刺しになるだけでなく、破傷風などのリスクもあり、充分に人を殺し得る。

 落とし穴を飛び越えて進もうとすれば、今度は高い位置から吊られた丸太が眼前へと迫る。どこ吹く風と斬って落とし、刀姫はそこでようやく歩みを止める。

 どれもこれも古典的な仕掛けだが、有用性は確か。故に旧くから用いられてきた罠の押収。刀姫が知る中で、こんなものを好んで使う者は一人しかいなかった。

「お前だろう、我条(がじょう)

 どこへともなく。どこかに潜んでいる敵へ、刀姫は短く、しかし気迫ある声を飛ばす。

「くっくっくっ。久しいな、咲守刀姫」

 その男は、今まで死角の影に潜んでいたと思えば、くつくつと笑いながら、今度は遠慮なく姿を晒した。背まで伸びる黒髪の一つ結び。地味な着流しの上からでも分かる、鍛え抜かれた肉体を持つ、無骨な男。腰には刀、背には槍と薙刀。その他、あらゆる武器をその身に隠し持っているのだろう。

 男の名は、我条障時(がじょう しょうじ)

 あらゆる武芸に秀でた、万能の達人である。

 剣術は勿論、馬術、弓術、砲術、槍術、柔術を合わせた六芸に加え、徒手、薙刀、棒、鎌、鎖、縄、手裏剣、十手、その他挙げていけばキリのない数の武術に通じ、野戦術や兵糧術、罠術に潜伏術など、あらゆる状況下の戦いを想定した技術を修めている。

 武芸百般を地で行く男。しかし、それは百に留まること知らず。

 そうして、誰が呼んだか。ついた異名は《武芸千万(ぶげいせんばん)》。

 正しく、千、万と、あらゆる術利をこなす武者である。

「お前も噛んでいたのか。孤高の武芸者だったお前が、どういう風の吹き回しかな?」

 刀姫は、柄に手をかけすらせず、ただ我条を見据える。

「何、ただの“利害の一致”だ。孤高などと、持ち上げてくれるな。貴様が言えばそれは嫌味だ」

 相変わらず笑みは剥がれず。しかしその声に僅かばかりの怒気を籠めて。我条は腰の刀を抜く。

(おれ)はただ、貴様と決着をつけるためにここにいる。そら、貴様も刀を構えろ」

 それは、刀姫の腰にある、鞘に収まる真剣を抜けと示していた。しかし、刀姫は手に持った木刀を構え直す。

「生憎と、この刀は気軽に抜けないのでね。こちらで以て立ち合おう」

 苛立ちを隠しはせず、されど我条は笑い飛ばす。

「良い。ならばその余裕、剥がすまで」

 これよりは尋常な立ち合い。両者が得物を正眼に構え、すり足に間合いを測り、(わざ)が交わる。

 

 

 咲守スダマ山合戦、第二戦。

 

 《刑吏》咲守刀姫

     対

 《武芸千万》我条障時

 

 ――開戦。

 

 ******

 

 山道を一気に駆け登る。崖になっていようが進路は曲げない。速度を乗せた跳躍で飛び越え、一直線に山頂を目指す。

 中腹に入った辺り。前方の木を避けたところで、忌鬼はぴたりと足を止める。前方、数歩先の所に、女が立っていた。流れるような一房の黒髪、黒の着流しに黒衣の羽織と、黒一色に身を包む、すらりと伸びた長身の女。

 視界に入るまで、一切気配を感じなかった。

 忌鬼は戦慄し、足を止めたのだ。呆然と眺める忌鬼へ、女は薄い笑みで以て応える。

「どうやら、私のお相手はあなたの様ですね、咲守忌鬼」

 笑みに宿る冷たい殺意が、彼女が明確な敵であることを告げていた。

 飲み込みがたい。と、顔を歪める忌鬼に、女はますます得意だった。

「私は、《影閃(えいせん)烏丸夜縋(からすま よすが)。それほど慄くことはありません。ただ、無我に立っていただけのこと。ここで、誰かの襲来を待ち、阻止することが私の役目ですので」

 静かながらに昂る殺意に身が震える。敵と定めた相手を確実に抹殺する、実力者だけが持つ気配。そんなものは、忌鬼とて慣れっこだ。ただ、ただ一つ。どうしても受け入れがたい現実があった。

「さあ。そろそろ始めましょう。貴方とて時間が――」

「……なんで」

「――?」

 冷たい空気とは裏腹に、得意なままの多弁で開戦を告げようとするのを、忌鬼の震える声が遮る。震え悶える忌鬼を夜縋は怪訝に眉をひそめ、首を傾げて見つめる。

 本当に苦しそうに、忌鬼が声を張り上げた。

「なんで、俺が戦うのはいっつもイイ女ばっかなんだよ!!」

 心底からの叫びだった。

「っ――は……?」

 呆れているのか照れているのか引いているのか困っているのか、どれともつかない、或いは全てを綯い交ぜにしたような絶妙な表情で、夜縋は顔を引き攣らせる、

「何を、言ってるのですか……あなたは……」

「いっつもそうだ! 各個で戦うってなったら、いっつも俺の方にはイイ女が来る! そんなモテはいらねーんだよ!」

「は……、は……? いや、私は、そんな……」

「ふざけんな! お前はイイ女だろ! 流れるような髪! 艶やかな装束! 黒が月に照らされる立ち姿なんか、思わず見惚れちまったよ、くそ――っ。冷静なまま、そんだけの殺気で刺してくるところも痺れるぜ……」

「な、っ……な……な……」

 突然ひっきりなしに褒め倒された夜縋は、困惑を募らせ、わなわなと感情が迷子になっていた。今から殺し合おうという相手。明確な敵であり、殺そうと殺されようと、そこに矛盾はない。そんな男が、こうも直球に、実直に褒めちぎってくるなんて――と。その辺りまで考えて、夜縋は俯き固まった。すんと熱が冷めるような感覚を覚え、冷え切ったところからまた熱がのぼってくる。本人は気付かぬ内、肩がふるふると震え出す。辿り着いてしまった答えを、夜縋の乙女心が許すまじと叫んでいた。

「そう……そういうつもりですか……」

「あ? なんのことだ」

 夜縋の出した答えなど知る由もなく。“どういうつもり”と言われているのかさっぱり分からずに、忌鬼は本心から首を傾げた。

「そうやって、私の心を揺さぶり、あわよくば素通りさせてもらおうなんて魂胆ってわけですか!」

「……はあ?」

 今度は忌鬼が疑問符を立てる番だった。ただ思ったままに文句を言っただけだったんだが、はて。たしかに、不満の理由は大半、イイ女を斬るのが嫌だ。と、そんなもので。素通りさせてくれるなら、元の目的としても願ったり叶ったりだが。

「いや、俺は別に……」

「もう知りません! 対話も礼儀と思いましたが、そうして惑わそうとするのなら、もはや聞く耳も話す口もありません! 女性を弄ぶような貴方には、速やかに死んでいただく!」

 ――だめだ。話にならない。

 諦めて溜め息をつく忌鬼。その態度に益々気分を害したのか、乱暴な仕草で夜縋は二振りの短刀を抜き放す。臨戦と見て、いよいよ忌鬼も自らの大太刀を背から抜く。

「……全く、イイ女だが、相当にタチ悪いぜ」

 ほぼ同時、二人の姿が掻き消える。それぞれが一息に神速へ至り、天井知らずの高速域にて、銀閃が打ち合う。

 

 

 咲守スダマ山合戦、第三戦。

 

 《太刀持ち》咲守忌鬼

     対

 《影閃》烏丸夜縋

 

 ――無用な勘違いもありつつ、開戦。

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