烏丸夜縋(からすま・よすが)―――――《影閃》
倉借眩見(くらがり・くらみ)―――《人形血女》
我条障時(がじょう・しょうじ)――《武芸千万》
多頼廻崩(たらいまわし・くずし)――《拘束師》
咲守葬鬼(さきもり・そうき)――――《葬指揮》
咲守刀姫(さきもり・かたなき)――――《刑吏》
咲守忌鬼(さきもり・きき)――――《太刀持ち》
咲守凪姫(さきもり・なき)―――――《継残婦》
「こいつはまた……大仰な城構えだな」
『マイクチェック、マイクチェック。聞こえているかな。
片耳に取り付けた小型イヤホンから、軽薄な男の声が聞こえてくる。独特のあだ名で呼ばれ、鼻につくその声へ返事をする。
「ああ。聞こえてる」
『感度良好。問題無いよ』
それはまた別の、静謐な女性の声。呼ばれたもう片方、咲守
『オーケー。二人とも、配置には着けたかい』
それにも二つの肯定が返る。
『では突入前に、軽く作戦の確認といこう。どうやらワーディングが張られているから、入山してしまえば通信は切れるだろうからね』
と、いつもの調子で仕切り役となる軽薄な男は咲守
『では諸君。これより、咲守
「おうさ、了解」
『承知した』
そこで、葬鬼からの通信は途切れる。入山したのだと察し、忌鬼自身もそうするかと足を踏み出したところで。
『忌鬼』
と、静謐な声が後ろ髪を引いた。
「うおっ! っと……」
危うく躓きかけて、くるりと旋回してなんとか踏みとどまった。
「どうしたよ刀姫ねーさん。早く行かねえと」
『ああ、分かっている。ただ、先に謝っておかねばと』
刀姫は普段から、声の調子に上下がなく、一貫して静かで穏当なため、声色から感情を読み取りにくいが。今は幽かに、沈んだような調子が読み取れた。
『すまない。本来なら私か葬鬼がすべき役割を、お前に押し付けてしまった』
「なんだそりゃ。誰がすべきなんてことねえだろ。誰ができるかなんだから。つーか、それを言うんなら、そもそも悪ぃのは凪姫になるぜ」
言いつつも、忌鬼は自身が自らの愛刀と共に、背に負った刀袋を意識した。
『……だが、それでは得意の足も鈍るだろう』
正直、図星ではあった。重さと言うより、長物を余分に抱えているというのが厄介だ。はっきり言ってめちゃくちゃ邪魔。刀姫は忌鬼の師範でもあって、力の程を知り尽くしているからこそ、それがよく分かるんだろう。
ただ、それを素直に言ったとして、刀姫のことを責める以外のことにはならないだろう。どこまでも強い癖に――いや、果てしなく強いからこそ、刀姫という女は無力感というものに少々弱い。
「はっ。舐めてもらっちゃ困るぜ先生」
だからここは一つ、男らしい立ち居振る舞い、イカした強がりで答えてやろう。
「俺は、《太刀持ち》だぜ。刀を背負って鈍るようじゃ、やってらんねえさ」
強がりと察しているのか、素直に受け取ってくれたのか。そこは分からないが、ただ穏やかに零した笑みが返って。
『そうか。そうだな。侮りだった、すまない』
謝ってばかりだなとは思いつつ、戦いの前の
「そんじゃ、そろそろ行こうぜ。早く行ってやんねーと凪姫が寂しがる」
『ああ、ではな。武運を』
「そっちこそ」
そこで通信が切れる。刀姫も入山したらしい。
大見栄を切ったことだし、良いとこナシという訳にもいかなくなった。元よりそのつもりもないが、改めて気合いが入るってものだ。
「さて――いっちょ、行きますかね」
軽い準備運動を済ませて駆け出し、忌鬼もまた山へと足を踏み入れた。
******
全体を濃い針葉樹林に囲まれ、険しい獣道の続くその山には、近隣の者たちだけに知られた名がある――曰く、スダマ山。
昔からこの山には、魑魅魍魎が現れると言われてきた。
『咲守を相手取るならば、これほどお
なるほどたしかに。魑魅魍魎とは、的を射ている。四つの鬼を含むその名は、鬼の血統たる咲守が四人揃うこの状況に、正しく誂えたような的確さだ。
そう思い至った時は、笑いを堪えるのに苦労した。
尤も、人数まで知覚してそう思えたのは、凪姫くらいのものだろうが。
それが二時間ほど前のこと。
今現在、山頂にて。
「ねぇ~、これ外してよ。痛いっての」
凪姫は、見張りに残った誘拐犯の一人に悪態をついていた。全身を縄で縛られて、できることと言えば芋虫のようにうねるくらいのこと。見張りに残った青年にかけられた、数えていけばキリがないエフェクトによる行動阻害で、力もロクに使えない。刀があれば打開もできるが、当然手元にないから、こうして大人しく芋虫になっている。おしゃべりくらいしかやることがない。
「乙女の体をこんな乱暴に扱うとか、おまえモテないだろ。逃げないから外してってば」
そんな軽い口で何かが揺らぐこともなく傍らに立つ、見張り兼《拘束師》の青年――
「できないことくらい理解しているでしょう。僕が殺されるよ」
「どーせ、このままでも殺されるってのに」
「ふむ。裏切った仲間に殺されるか、怒れる敵に殺されるか、ですか。それなら、まだ真っ当な後者を選びます。……それに、僕は一旦仲間を信じますよ」
「ふぅん。一応そういう仲間意識はあるんだ?」
「それは勿論。仲間と意識しないと、こんなことはしませんよ」
「意識的に仲間でいようって意味じゃないけどね。仲間意識」
案外おしゃべりには付き合ってくれるみたいで良かった。無視されてたら正直暇すぎて舌でも噛み切ってやろうか――そんなんで死なないけど――と思っていたところだ。尤も、今こうして、文字通り手も足も出ない理由の大半を、多頼廻のエフェクトが占めていることを考えれば、こんな風に気軽におしゃべりをするのが楽しいかと言えば……まあまあ楽しい。凪姫は基本的に人と話すのが好きだ。
「いいから、あなたは一旦、囚われのヒロインでいてください。そうでなくては、このゲームが成立しませんから」
「言われなくてもそうしてますよー。あんたのせいで」
拘束はともかく。行動阻害をかけた張本人がそういうこと言うのはやめてほしい。
「っていうかこれ……なんでこんなえろい感じなの?」
凪姫の全身を縛る縄は、それはもう見事な亀甲縛りだった。それほど豊満でもない十九歳女子のあれやこれやが、服の上からでも、この上なく協調されていた。
目の前の青年も少し目のやり場に困っていて、ずっとそっぽを向いている。
「さて……彼の趣味としか……」
そう、目の前の彼、多頼廻崩は《拘束師》というコードネームを負っているが、それはあくまで現状であって。凪姫の動きを間接的に邪魔している、行動阻害の能力を指したものであって。凪姫を物理的に縛っている縄の方は、今ここに居ない男が括り付けていったものだった。どうやら、戦国時代の武士よろしく、あらゆる武芸を極めた。という触れ込みで、その内の一つが『捕縄術』なんだそうだ。いや、まあ確かに。歴史を振り返るなら、亀甲縛りは囚人の護送に使われたというから、この場合的確かもしれないが。
どの道、彼の趣味としか言えない。
実際にそう言った多頼廻といえば。意識しないようにしていたものを挙げられて、また困っているらしかった。そっぽを向く耳が赤い。
「別にこっち見ていいよ。抵抗もできないし。ほらほら今だけだぞ~、好き勝手できるぞ~」
「いや……僕にそういう趣味はないので」
「くそっ、熟女好きか」
「でもないです」
芋虫なりに身体をうねらせてアピールしてみるけど、反応はその程度。ちらちら視線は向いてるけど。むっつりめ。
「で、結局さ。おまえら、何が目的なわけ? 別に私と特殊プレイしたいなんて訳じゃないでしょ。こんなことしなくても、縛りプレイくらい乗ったげるし」
「あなたはいちいち下世話ですね……まあそうです。究極的に言えば、人質となるのは誰でも良かった。諸々の事情を含めて、都合が良かったというだけです」
「誰でも良かったとか、都合が良かっただけとか、おまえも大概だよね」
「んえッふ、えッほ」
むせさせちゃった。無意識の言葉選びだったんだ。
「えーっと……つまり。咲守の者、特に十二死刀を拉致することが肝心だったんです。そうすれば必ず、他の面子が取り返しに来る。我々との相性を鑑みて、誘拐の対象として最適だったのがあなただった」
「……不服だけど、まあ実際に攫われちゃってんだし、文句は言わないよ。ただ、一応聞く。なんでウチを相手取りたいわけ?」
結局、重要なのはそこだ。
つい余計なことを言って、話を逸らしてしまったが、最も問いただすべきは、なぜ凪姫を攫ったのか。なぜ攫うのが凪姫だったのかではなく。なぜ、故意に咲守を敵に回すのか。UGNやFHでない彼らが、どういう目的の元戦うのか。
「僕が、そんなことをぺらぺら話すとでも?」
「話すでしょー。こんな手も足も出ない女の子に、何を警戒すんのさ。それとも、『もし拘束を抜けられたら』なんて心配してんの? 自信持ちなよ」
「……まあ、そうですね。あなたが自力で拘束を抜けられることなど有り得ませんし」
と、多頼廻は飲み込んだようだった。心做しか、少しむっとしているように見えた。安い挑発だったが、この場合、程度は問題じゃない。《拘束師》たる彼の尊厳、矜持。『まさか拘束に不安があるのか』というその一点を突いたことが効いたと見える。
「端的に言うなら、それ自体が目的です。あなた方、咲守家と戦い、打ち負かす。それこそ、我ら四人に共通する、絆を超えた“利害の一致”」
「戦いそのものが、ね」
それではまるで、戦いだけを至上とする戦闘狂のようなセリフだが。咲守を打ち負かすことを目的というのなら、それはなんとも。
「随分、平凡な理由だこと」
「なんとでも。くだらないという自覚はありますから」
「自覚があんなら解放してくれないかなあ」
「そこは、面白いか否かではありませんので」
「チラチラ見てるくせに」
「…………」
黙っちゃった。舌噛もうかな。
「まあせめて、戦いの方は面白くあって欲しいかな」
そこまでくだらないと、とんだ三文小説だ。山門なんて高尚な物、この山にはないのに。
「それには共感しましょう。勝つにしろ負けるにしろ、味気ない終わり方だけは避けたいものです」
「気が合うね。この件片付いたら相手したげるよ」
「私では務まらないかと。これしか芸がない」
「え〜、もうちょっと自分の息子に自信持ちな?」
「ふざけないと気が済まないんですか!」
多頼廻の声が響き、凪姫は縛られたままに、随分気持ち良く笑った。
山頂の二人は同じ調子で暇を潰しながら、各地で起こる三つの戦いの終わりを待つ。
今宵演じられるは、極小の戦争劇。
舞台はスダマ山。
相対するは、四人の鬼と四人の逸れ者。
題打つならば――『咲守スダマ山合戦』。
宵月はただ静かに、その開戦を待つ。
******
悠々自適に山道を進んでいた葬鬼の前に、その少女は現れた。それはちょうど、入山から十五分後。スダマ山の四合目を迎えたところでのこと。
「あなたが、咲守葬鬼ね」
丁寧に巻かれた金髪。宝石のような碧眼。彫刻のように整った顔立ち、陶器のように白い柔肌。小さな体躯を包む白黒のロリィタドレス。まるで人形のような佇まいで、しかしその容貌が湛える表情はどこまでも不遜。その声に宿る気品はどこまでも高貴。御伽噺から飛び出したお姫様とでも呼ぶべき印象の少女が、切り株の上に腰をかけ、両手を膝の上で組むようなお行儀のいい座り姿で、そこに居た。
「君のような可憐なレディに知られているとは恐悦の限りだね。いかにも、私こそが咲守葬鬼だとも。失礼だが、そちらは?」
「わたくしは
「
「あら。今出会ったばかりのあなたに、そんなことを評される謂れはなくってよ。それに、血女なんて、なんだが泥臭くって、わたくしはそれほど気に入ってもいないの」
「これは失敬。軽率な発言だった。――ところで。君は“敵”という認識で、相違ないかな?」
低い声で発せられたその、本題へと引き戻す問いに、眩見はその尊大な顔を歪め、吊り上げた口角で以て応える。
「勿論。あなたには、ここで死んでいただくわ」
眩見が膝の上で組んでいた両手を振り上げる。その指先一つ一つからは、極細の糸が伸びていた。
一目で、葬鬼は彼女が糸使いであると目算を立てたが、しかしそれは実際の半分にも満たない。
「む……なるほど、《人形》というのは、君の美しさを形容する名ではなかったか」
突如として現れた、周囲を取り囲む気配。葬鬼は気付かぬ間に、敵陣の真っ只中に足を踏み入れていた。
草むらから、木陰から、何とも知れぬ夜闇から。彼ら彼女らは姿を現した。
ある者には腕がなく、ある者には脚がなく、ある者には首がない。人型として何かを欠如した、死体の群れ。死体であるのだから、生物が持つ気配などあるはずがない。死臭をどう消していたのかは不明だが、その技術も含めて彼女の御手。さしずめ、倉借眩見は人形師。人形を作り人形を操る《人形血女》。その人形とは、すなわち死人。どの個体も体の部品が何かしら欠如しているというのは、はてさて。彼女の性癖か。近しい技術としての糸使いでもあるのなら、必然でもあるのだろうか。
ともあれ。
「いやはや、人形使いとは面白い。一度、本気でその手の相手と戦っておきたいとおもっていた。家族のためというならば尚の事、燃えるというもの。絶好の機会に感謝しよう」
葬鬼は薄ら笑いのままに言い、虚空から槍を抜き放つ。
「私は、咲守十二死刀が第四席《
「ふふ。その余裕ぶり、いつまで続くかしらね」
槍を構える葬鬼へ、死体人形の群れが殺到する。
両者不敵に笑う山の暗がりにて、開戦は成る。
咲守スダマ山合戦、第一戦。
《葬指揮》咲守葬鬼
対
《
暗狩り峠の戦い――開戦。
******
弟子との通話の後、刀姫は山林を
「む……」
最中、足元に幽かな違和感。一拍遅れて、遠くから迫る風切り音。それに向かって木刀を振るえば、斬り落としたは一本の矢。足元の感覚は糸を切ったものか。
しかし、そんなことで足を止めている場合でもない。
構わず進もうとすれば、しかし一歩先の開けた地面に違和感。重心は乗せずに蹴り払ってみれば、直径二メートルほどの土が崩れ落ち、ぽっかりと空いた縦穴が口を開く。覗き込めば、その底には錆び付いた刀が無数に天を衝いている。もしも落ちていれば串刺しになるだけでなく、破傷風などのリスクもあり、充分に人を殺し得る。
落とし穴を飛び越えて進もうとすれば、今度は高い位置から吊られた丸太が眼前へと迫る。どこ吹く風と斬って落とし、刀姫はそこでようやく歩みを止める。
どれもこれも古典的な仕掛けだが、有用性は確か。故に旧くから用いられてきた罠の押収。刀姫が知る中で、こんなものを好んで使う者は一人しかいなかった。
「お前だろう、
どこへともなく。どこかに潜んでいる敵へ、刀姫は短く、しかし気迫ある声を飛ばす。
「くっくっくっ。久しいな、咲守刀姫」
その男は、今まで死角の影に潜んでいたと思えば、くつくつと笑いながら、今度は遠慮なく姿を晒した。背まで伸びる黒髪の一つ結び。地味な着流しの上からでも分かる、鍛え抜かれた肉体を持つ、無骨な男。腰には刀、背には槍と薙刀。その他、あらゆる武器をその身に隠し持っているのだろう。
男の名は、
あらゆる武芸に秀でた、万能の達人である。
剣術は勿論、馬術、弓術、砲術、槍術、柔術を合わせた六芸に加え、徒手、薙刀、棒、鎌、鎖、縄、手裏剣、十手、その他挙げていけばキリのない数の武術に通じ、野戦術や兵糧術、罠術に潜伏術など、あらゆる状況下の戦いを想定した技術を修めている。
武芸百般を地で行く男。しかし、それは百に留まること知らず。
そうして、誰が呼んだか。ついた異名は《
正しく、千、万と、あらゆる術利をこなす武者である。
「お前も噛んでいたのか。孤高の武芸者だったお前が、どういう風の吹き回しかな?」
刀姫は、柄に手をかけすらせず、ただ我条を見据える。
「何、ただの“利害の一致”だ。孤高などと、持ち上げてくれるな。貴様が言えばそれは嫌味だ」
相変わらず笑みは剥がれず。しかしその声に僅かばかりの怒気を籠めて。我条は腰の刀を抜く。
「
それは、刀姫の腰にある、鞘に収まる真剣を抜けと示していた。しかし、刀姫は手に持った木刀を構え直す。
「生憎と、この刀は気軽に抜けないのでね。こちらで以て立ち合おう」
苛立ちを隠しはせず、されど我条は笑い飛ばす。
「良い。ならばその余裕、剥がすまで」
これよりは尋常な立ち合い。両者が得物を正眼に構え、すり足に間合いを測り、
咲守スダマ山合戦、第二戦。
《刑吏》咲守刀姫
対
《武芸千万》我条障時
――開戦。
******
山道を一気に駆け登る。崖になっていようが進路は曲げない。速度を乗せた跳躍で飛び越え、一直線に山頂を目指す。
中腹に入った辺り。前方の木を避けたところで、忌鬼はぴたりと足を止める。前方、数歩先の所に、女が立っていた。流れるような一房の黒髪、黒の着流しに黒衣の羽織と、黒一色に身を包む、すらりと伸びた長身の女。
視界に入るまで、一切気配を感じなかった。
忌鬼は戦慄し、足を止めたのだ。呆然と眺める忌鬼へ、女は薄い笑みで以て応える。
「どうやら、私のお相手はあなたの様ですね、咲守忌鬼」
笑みに宿る冷たい殺意が、彼女が明確な敵であることを告げていた。
飲み込みがたい。と、顔を歪める忌鬼に、女はますます得意だった。
「私は、《
静かながらに昂る殺意に身が震える。敵と定めた相手を確実に抹殺する、実力者だけが持つ気配。そんなものは、忌鬼とて慣れっこだ。ただ、ただ一つ。どうしても受け入れがたい現実があった。
「さあ。そろそろ始めましょう。貴方とて時間が――」
「……なんで」
「――?」
冷たい空気とは裏腹に、得意なままの多弁で開戦を告げようとするのを、忌鬼の震える声が遮る。震え悶える忌鬼を夜縋は怪訝に眉をひそめ、首を傾げて見つめる。
本当に苦しそうに、忌鬼が声を張り上げた。
「なんで、俺が戦うのはいっつもイイ女ばっかなんだよ!!」
心底からの叫びだった。
「っ――は……?」
呆れているのか照れているのか引いているのか困っているのか、どれともつかない、或いは全てを綯い交ぜにしたような絶妙な表情で、夜縋は顔を引き攣らせる、
「何を、言ってるのですか……あなたは……」
「いっつもそうだ! 各個で戦うってなったら、いっつも俺の方にはイイ女が来る! そんなモテはいらねーんだよ!」
「は……、は……? いや、私は、そんな……」
「ふざけんな! お前はイイ女だろ! 流れるような髪! 艶やかな装束! 黒が月に照らされる立ち姿なんか、思わず見惚れちまったよ、くそ――っ。冷静なまま、そんだけの殺気で刺してくるところも痺れるぜ……」
「な、っ……な……な……」
突然ひっきりなしに褒め倒された夜縋は、困惑を募らせ、わなわなと感情が迷子になっていた。今から殺し合おうという相手。明確な敵であり、殺そうと殺されようと、そこに矛盾はない。そんな男が、こうも直球に、実直に褒めちぎってくるなんて――と。その辺りまで考えて、夜縋は俯き固まった。すんと熱が冷めるような感覚を覚え、冷え切ったところからまた熱がのぼってくる。本人は気付かぬ内、肩がふるふると震え出す。辿り着いてしまった答えを、夜縋の乙女心が許すまじと叫んでいた。
「そう……そういうつもりですか……」
「あ? なんのことだ」
夜縋の出した答えなど知る由もなく。“どういうつもり”と言われているのかさっぱり分からずに、忌鬼は本心から首を傾げた。
「そうやって、私の心を揺さぶり、あわよくば素通りさせてもらおうなんて魂胆ってわけですか!」
「……はあ?」
今度は忌鬼が疑問符を立てる番だった。ただ思ったままに文句を言っただけだったんだが、はて。たしかに、不満の理由は大半、イイ女を斬るのが嫌だ。と、そんなもので。素通りさせてくれるなら、元の目的としても願ったり叶ったりだが。
「いや、俺は別に……」
「もう知りません! 対話も礼儀と思いましたが、そうして惑わそうとするのなら、もはや聞く耳も話す口もありません! 女性を弄ぶような貴方には、速やかに死んでいただく!」
――だめだ。話にならない。
諦めて溜め息をつく忌鬼。その態度に益々気分を害したのか、乱暴な仕草で夜縋は二振りの短刀を抜き放す。臨戦と見て、いよいよ忌鬼も自らの大太刀を背から抜く。
「……全く、イイ女だが、相当にタチ悪いぜ」
ほぼ同時、二人の姿が掻き消える。それぞれが一息に神速へ至り、天井知らずの高速域にて、銀閃が打ち合う。
咲守スダマ山合戦、第三戦。
《太刀持ち》咲守忌鬼
対
《影閃》烏丸夜縋
――無用な勘違いもありつつ、開戦。