―――――――登場人物紹介―――――――
倉借眩見(くらがり・くらみ)―――《人形血女》
我条障時(がじょう・しょうじ)――《武芸千万》
烏丸夜縋(からすま・よすが)―――――《影閃》
咲守葬鬼(さきもり・そうき)――――《葬指揮》
咲守刀姫(さきもり・かたなき)――――《刑吏》
咲守忌鬼(さきもり・きき)――――《太刀持ち》
1
「いやはや、これは――――」
「ほら、次の陣よ。――――『
《
体の一部が何かしら欠如した死体の群れ。あるものは武器を持ち、あるものは何かを武器にして、あるものは素手で。欠如人形たちは葬鬼へと襲い掛かる。
「中々どうして、厄介なものだね、死体というのは」
完璧な統率で以て、多種多様の兵士が向かってくるというだけで厄介というのに。
死体なのをいいことに、肉体の負担を全く勘定に入れず動いてくる。関節はあり得ない方向に曲がり、生者であれば不可能な出力で筋力を行使する。そのくせ、腕や足を切り落とした程度では止まらない。足を落とせば腕で這って。腕を落とせば歯と顎ででも。既に死んでいるから、苦痛に屈することなどない。究極の不撓不屈。だからこそ、徹して破壊しなければ、止まらない。
「全く。これほど冒涜的な力というのも、珍しい」
「あら、冒涜とは心外ね。それではまるで、わたくしの人形となるのが、不幸なことみたいだわ」
少女の微笑みは変わらない。
「違うと?」
「ええ全く違うわ。死んで腐る間に、わたくしに尽くすことができるなんて、これほど死体冥利に尽きることの方こそ、珍しいのではなくて?」
少女の微笑みはぴくりとも歪まない。虚勢ですらない。それが傲慢であるとも思っていなければ、正しさを疑いもしていない。
彼女にとって、それは筋の通った正論でしかないのだ。
「むしろ、腐って虫に食われて、ただ土へと還っていくだけだなんて。そんなの無常すぎますもの」
「意見の相違だ。それに、私としては看過するわけにもいかない。この弔いに、益々力が入るというものだよ」
「あら、熱烈なのね。なら、わたくしも最大限、応えさせていただくわ。――――『
眩見は左右の手を交互に上下させれば、欠如人形たちは奇怪な動きで暴れ始める。四肢を振り乱して突進してくるもの、両腕を広げて回るもの、獣のように手を着いて駆けるもの。完璧だった統率は、一瞬にして崩れ去った。しかし、圧倒的な物量が隙を塗り潰し、規則性を失った動きは捉え難い。
渦中に居ては磨り潰される。
一度、高く跳躍し、上下に距離を取る。
「哀れな亡者たちよ。せめて、安らかな眠りを」
槍を片手で握り、大きく引く。
「“葬れ”――――」
槍を、白の光が満たす。
「――――《
葬鬼は、真下へ槍を投擲。光となった槍は枝木のように分かれ、無数の刺突となる。主が命じるまま、死に損なった亡者たちを弔わんと、供養の雨が降り注ぐ。
光が草木諸共、欠如人形たちを焼き払い、後には焼けた地面だけが残った。
「へぇ……」
展開した群体は一掃された。首なしの獣に乗って難を逃れつつ、眩見はそれを見ていた。しかして、その笑みは崩れない。
「なるほど、それが咲守の“刀”……、中々に恐ろしいけれど、易々と切れる札でもなさそうね」
冷静な分析だ。
すでに一本へと姿を戻した槍の石突に降り立ちつつ、葬鬼は感嘆する。
「いかにも。高出力のエフェクトと同じでね。派手に使えば侵蝕が進む」
一見して、ほとんど勝敗は決している。だが、眩見の欠如人形たちが、あれで全てでないことは分かっている。先刻まで散々囲まれていたのだ。余裕ぶった葬鬼であっても、その気配くらいは流石に覚える。
気配の数を推し量ってみて、葬鬼は嘆息する。
「全く。
地に足を着き、槍を構え直す。
「あらあら。つれないこと言わないでちょうだい。まだまだ付き合ってもらわなくっちゃ、わたくし、寂しくって泣いてしまうわ」
芝居がかった仕草で顔を覆う幼げな少女――――ぐちゃ、ぐちゃ――――幽かに肉と液体の擦れる音が聞こえる。
「それに、これからもーっと楽しくなるのよ。ここで投げ出すなんてもったいないわ」
肉音はそのボリュームを増し、眩見は身を捩る。
それは、眩見の背後から――――ぐちゃ、ぐちゃぐちゃ――――正確には、
直感で分かる。あれは、人形繰りに特化した、オーダーメイドの両腕だ。
無数の糸を振り乱せば、山中の闇から次々と欠如人形が這い出てくる。その数は、先ほどまでとは比にならず、見えているだけで、百は超えていようか。
「これは……」
新たなる欠如人形の群れに、葬鬼は瞠目していた。これほど度し難いことを、まさか家の外で見ることになるとは思わなかった。
「なるほど。君の高貴がなんたるか、少し理解できた気がするよ」
葬鬼の笑みが引き攣るを、得意な顔で見つめ、四本腕を振り上げながら、《
「さあ、ダンスパーティーを始めましょう」
2
「勢ィィィィィィィッ!」
「ふ――――っ」
気迫の乗った
「くくく……、まるで戦国だな。容赦なく刀を折りに来るとは」
「その方がお前好みだろう。尤も、私もこちらの方がやりやすいがね」
「然り。紛い物どもが持ち上げたがる体裁なんぞ、三文の価値もなかろうよ」
楽し気に笑いつつ、我条は刀を鞘に納める。
「なんだ、斬り合いが望みではないのか」
「ふん。貴様と剣技でのみ競おうなどという酔狂ものでもなくてな」
言いながら、背中の槍を抜く。その石突を引けば、内から細身の刀身が姿を現した。
――――仕込み槍。趣味は相変わらずか。
「一つ聞いておくぞ。何故、真剣を抜かない。誰よりも先に刀を抜いていたお前が、肩書を得て勿体ぶりを覚えたか?」
問われた刀姫は構えを解き、腰に差した“刀”の柄をそっと撫でる。
「そういう“刀”なんだ、これは。気難しいやつでね、こいつ自身が相手を認めないと鯉口すら切れない上、他の刀を持つこともできない」
「はん、だからそんな棒切れでちまちま草分けなどしていたのか。そういうことならば、
闘気を漲らせ、ギラギラと眼を光らせる我条に、刀姫は木刀を握り直すだけして、
「一つ、私からも聞いていいかな」
と、悠然とした態度で言葉を続けた。
「さっき、お前は『紛い物ども』と言ったな。概ね、現代剣術道場の連中辺りを指しての言葉なのだろうが」
「それがどうした」
「いや何、少し気になったんだ。あらゆる武芸を修めているお前は、確かに猛者だろう。それは私も認める。だがな――――」
普段、抑揚の少ない刀姫の声が、幽かに低く響く。
「何か一つを極めないお前は――――果たして、何かの本物なのか?」
それは、刀姫の口には珍しい皮肉だった。
剣術家が重宝する体裁を嗤うには、我条の持つ術とは多芸に過ぎる。それこそ、武神の化身にでもなったような物言いではないか、と。
「愚問だな、咲守」
槍と細剣を構えて、自信に満ちた笑みを浮かべ、我条は答える。
「
剣に優れること、兵法家であること、武芸者であること。常人ならば自らを投影して道を定めるそれらを、この男は全て価値なしと切り捨てる。
「だからこそ、貴様を――――咲守刀姫という壁を、越えねばならぬのだ」
何かの武術に固執しない。何かの武器に頓着しない。ただ、頂きを目指して生きている。
なるほど、それは本物と呼べるものではあるのだろう。
しかし、刀姫にはそれを肯定することはできない。
「相分かった。ならば――――お前にも稽古をつけてやろう」
「侮ってくれるな、随分と。ならばここで、完膚なきまでに
怒りを滲ませ、言い終わると同時。我条は槍を抜き、振り下ろす。線を逸らして躱すが、追撃の刺突が迫る。
「勘違いするな、我条」
木刀の鎬が真っ向から突きを受け、砕かれるよりも速く翻り、槍の柄を叩き斬る。
「私は、稽古をつけると言った。私を討とうと挑むのも、正しさと力を証明するのも、お前の方だ」
刀姫の眼差しは、ただ冷ややかに我条障時を見据えていた。
睨んですらいない。怒りや昂りという、戦いらしい感情を、一片たりとも帯びてはいない。
いつにも増して冷たいその瞳は、残酷なまでの一つの評価を、我条へと告げていた。
即ち、『もはやこれは、戦いですらない』と。
斬り飛ばされた槍の穂先が、彼方の土に突き刺さる。虚しいまでに軽いその音が、力量の差を物語るように、静かに響いた。
「ふざけるな――――貴様の方こそ、忘れてくれるなよ、咲守」
怒りを燻ぶらせ、我条は二つの得物を抜いた。右手には短刀。左手には鎖鎌。
短刀を逆手に構えつつ、鎖を回して鎌を放つ。
それを、刀姫は難なく躱す。しかして――――。
「
――――我条の姿が視界から消えた。
それに気付くと同時、刀姫の背中に鋭い熱が奔った。
「っ――――縮地か」
刀姫の視線が鎌を捉えていた刹那の間に、我条は死角へと滑り込み、刀姫の回避行動に合わせ、背後を取った。
これまでの単調な攻撃とは違う、視線と足運びの誘導と予測、それを捉える速度。
「ようやく、複数の武器を抱えている強みを出してきた、というところか」
「こんなもので、強みなどと言ってくれるな」
刀姫の後ろへ回る間も握っていた鎖鎌の分銅を引いて背後へ投げる。躍動する鎖は、刀姫を取り囲む円を作り、即座に狭まる。
「なるほど」
上へ跳躍して鎖を避けるが、それもまた誘導された動きのままだと、刀姫自身も理解している。
「勢ィ――――ッ!」
我条は上空の刀姫へ短刀を投げ、背中の薙刀を抜き打ちに振りかぶる。合わせて、浮いている鎖を踏みつける。
投擲された短刀、振り下ろされる薙刀、跳ね上がった鎌。三合一体となって、刀姫へ迫る。
刀姫は未だ空中。足で躱すことはできない。どれかを防ぐことに専心すれば、他の刃が刀姫を斬るだろう。
一見すれば詰みの手だ。
「悪くないが、少し足りないな」
刀姫の頬がほころぶ。
木刀を斜に構え、際々まで三刃を引き付けて。
「咲守式刀術――――」
月の光が、白い髪を青く照らす。
「――――『月凪』」
望月をなぞるように、弧を描いて木刀は回り、全ての刃を瞬きの内に弾き飛ばす。
我条は、驚きを超えて感嘆していた。三合一体の技を防がれたことではない。それを成した剣速や防御術にでもない。
そもそも、円運動による受けは基礎的なもの。単調な動きの守りだ。
しかし、それを咲守刀姫が為せばこれほどにも流麗なものなのか。と、その刹那の剣技に見惚れていた。胸を焼いていた怒りを、一時忘れる程に。
「さて」
地へと降り立つ刀姫が、再び我条を冷ややかに見据える。
「まだまだ、こんなものではないだろう。どんどん来たまえ。でなければ、稽古にならないからね」
「ブレぬ女だ。――――無論、この程度は序の口よ。
3
「チッ――――」
殺気を感じて、木に寄りながら身を翻す。刹那、木の表面が何かに削られて弾ける。
「中々良い勘してますね。流石、女性を躱すのは上手いってわけですか」
この、盛大な勘違いをしている女、
尋常じゃなく速い。それに、途中から姿が消えるというのは――――最悪の想像が浮かび、首を振る。もしそうなら、勝ち目はない。何より、それほどの屈辱はない。
「っ、やば――――」
思考がノイズになり、回避行動が遅れる。急いて横へ跳ぶも、脇腹を刃が掠めた。幸い傷は浅いが、重要なのはそこじゃない。こちらは相手を捉えられず、相手だけがこちらを捉えている。それが問題だ。
「そもそもが
とんでもない勘違いもそうだが、その発言で気になるのは、『咲守の倅』の方か。元より、相手方が咲守家自体を相手取ろうとしているのは明白だったが。
しかし何か、他に含みがあるような口ぶりだ。
「どういう因縁があるかは知らねえが、大人しく死んでやるほど優しい人間じゃあねえんでな」
立ち止まり、大太刀を構え直して、神経を澄ます。
動ではなく、静。
迫りくるその一瞬を確実に捉える、静の構え。
「構いませんよ。どうぞ、大人しくではなく鬼らしく、惨たらしく汚らしく死んでください」
木々の揺らめく音がして、殺意が一つ、忌鬼の喉元を突き刺した。それは錯覚ではない。しかして、それを偽りと看破できるだけの感覚を、忌鬼は備えていた。
殺意のきた方向から右に九十度。
刹那、確かに影を見て取り、掻き斬った。しかし手応えはなく、影は雲散霧消する。
今、たしかに《影閃》はそこに在った。が、忌鬼の刃が届くよりも先に、再び闇へ消えたのだ。
――――ダメだ。
速さの勝負をやめ、静の構えからのカウンターを狙って尚、刃が届かない。
追いつけず、捉えることも叶わない。
これではもう、成す術が――――。
「――――諦めてはいかがですか」
またしても木々の闇より、どこからともなく声が響く。顔は見えずとも、その声からは明確な優越が読み取れる。
「私を捉えるなど、無謀というものです」
暗に告げているのだ、この女は。あろうことか、この咲守忌鬼に対して。
自分はお前よりも速いのだから、勝ち目などないのだ、と。
ここを突破することのできないお前には、
「言ってくれるぜ、畜生が」
速さに関してもそう。なにより、諦めろと言って諦めるような、弱卒だと思われている事実に対して。『咲守』を、ただの鬼としか認識していないあたりが、どうにも呑み込みがたい。
「お前の言う通り、俺は
倅。血縁、血脈。家族。
この先、山頂には、
家族の、凪姫の救出を諦めろという失言は、沈んでいた忌鬼の闘志に、再び火を灯すのには充分すぎた。
「やってやるよ。速さで負けてやる気も、ここで立ち往生してやる気もサラサラねえ」
弱気はもう吹き飛んだ。
「行くぜ、《影閃》。積んできたモンの違いってやつを見せてやる」
4
桁違いに数を増し、完璧な統率の下、襲い来る欠如人形の群れ。彼らの攻撃を捌きつつ、葬鬼の瞳には憐憫が浮かんでいた。
半ば獣と成っている者、全身から刃が突き出している者、氷炎を全身に纏う者、肉体に根付く草花から香気を放つ者。
その他様々に、全ての人形が異形と成り果てた人間たちであった。
「全く――――これほどに度し難いか、《
あくまでも余裕の笑みで以て、人形たちを見渡した。
理性を狂気に呑まれた者たち。決して朽ち果てぬ、力の化身たち。
この欠如人形たちは、未だ生きている。
如何にしてか、《
自らが絶対的な上位であると信じて疑わない。他者が自らに従うこと、自らのために他者を使うこと、それは当たり前であり、世の理である――――と。
倉狩眩見の高貴とは畢竟、行き過ぎた貴族主義なのだ。
「もはや真っ当な生に戻ることも叶わぬのだろう。ならば――――私は《葬指揮》。葬り、せめてもの安らかな眠りを以て弔おう」
その瞳に僅かな怒りを灯し、葬鬼は槍を構える。
それを、可笑しな芸者でも見るような気分で嘲りつつ。
「ええ、ええ。そうでなくては。そのくらいの意志を持っていてくれなくては、面白くないわ」
彫刻のように美しい眩見の顔に、にたりと悪意が浮かぶ。
「意志と力を示す貴方でなければ、人形にしがいがないものね」
「さて。人形になる死骸は増えないがね」
されども余裕ぶる葬鬼の洒落に、眩見はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「いつまでも、そうして余裕ぶっていれば良いわ。どうせ、すぐに死ぬんだもの」
四本の腕が、悠然と糸を手繰る。
「――――『
四腕が四様に、異なる動きで糸を操り、欠如人形の群れは四等分に異なる統率を得る。その人形たちもまた、個々にそれぞれが異なる力を有する。
無数のジャームの、四つの統率による共演。
「――――『
混沌による混沌が、秩序だって葬鬼を追い立てる。
今度は地上の面には収まらない。飛行能力を有する人形が頭上すらも取り囲み、もはや葬鬼の通り道など絶無である。
隙間を抜けて距離を取ることはできない。かと言って、包囲に穴を空けることも叶わない。
正しく絶体絶命。
これほどの物量では、先ほどの範囲攻撃ですら一掃は叶わない。
葬鬼の笑みに影が落ちる。
「四演目の同時公園とは、かの作家が見ればなんと言うだろうね」
「さて。喜んでくださるのではなくて?」
「なるほど――――道理で、随分とお粗末だ」
菊香妁槍が再び形を変える。
柄は半ばで分かれ、刃が繋がる。一つの槍から分かたれた、違う歪みを持った双刀。
構えもせず、両手にだらりとぶら下げて、ただ、迫る人形たちを見ていた。
「君はシェイクスピアが好きなようでいて、想像力というものがない上に、物事を知らないようだから教えてあげよう。自らが書いた戯曲を、こうも捻じ曲げ歪め、あまつさえ関連性も連続性も皆無に四つも同時に上演されるなど――――」
葬鬼の肩に、一体の人形が牙を突き立てた。キュマイラシンドロームのジャーム。骨格からして変容し、人間性を喪失し、もはや獣そのものと成り果てた者。自我すらも人形となって失っているというのに、その銀色の毛皮はどうしようもなく美しい。
他もそうだ。人間であるを捨て、ジャームとなっていても、彼らの輝きは消えない。無二の力とは、どうなろうとも美しい。
そんな彼らが、ただの人形として、こんな児戯に使われている。許せるものか、それが。余裕振りなど、理性的な振る舞いなど、している場合か。
「――――ブチギレだよ。今の私と同じくね」
葬鬼の笑みが悪辣に歪み、歯をむき出した。
「ガァ――――ッ!」
怒りに任せ、目前の獣の首を噛み千切る。
「ごほッ――――ふっ……、ハッハハハハハ!」
獣の肉と共に血反吐を吐き出し、そして嗤う。
あの頃を思い出す。あの、全てを喪った夏の日を思い出す。
《
理性なき化け物を葬る無縁の鬼が、哄笑と共に躍動する。
5
「――――
雫を落とすように、烏丸夜縋が零す。
「過去の集積ならば、自らが勝る。と、そう言いたいわけですか」
「あん? なんだよ。そんな気に障ることかね」
忌鬼はこめかみを掻いて、闇から耳を叩く声を見た。
「ふざけるな」
震える低い声と共に、夜縋は姿を現した。
こらえきれない腹の底を抱えて。
その形相には、先刻、本人が揶揄していた鬼のような怒りを貼り付けて。
「ふざけるなふざけるなふざけるなッ! 過去……、過去だと? 私からその全てを奪った
まるで咆哮のような叫び。痛烈なまでの絶叫が、忌鬼の鼓膜を強かに揺らす。
受け止めて、納得する。
「……なるほど。なるほど、そういう設定ね」
因縁浅からぬであろう口振りは、つまりそういうことか。
大方、これまで咲守が築き上げてきた死屍累々、屍山血河の中に、夜縋と関わり深い者が居たのだろう。
肉親か、想い人か。師弟だったり、あるいは――――相棒であったりとか。
どうとでも思える中でそこに行きつくのは、同情しているから。或いは、憐れんでしまっているからなんだろう。記憶の奥に、あの男の影を垣間見る。片頭痛のようにへばりつくものをおもいみて、頭を抑える。
「立ち行かねえな。お互い」
「一緒にするな。私とお前とでは、何もかも違う」
「いや、同じさ。生憎と俺には、鬼としての才能はなかったもんでな」
同情もしよう、憐憫も向けよう。
凡そ同じ痛みを抱えた者として、それを晴らしてやることだってやぶさかじゃない。
だとしても。
俺の方はまだ、全てを失っちゃいない。喪っては、いない。
少なくともこの山に三人、家族がいる。
だとしたら。
「その痛み、ここで再び踏みにじってでも、先へ行くぜ」
そうすることでしか、救われぬものがあることもまた、同じように知っている。
「咲守十二死刀、末席。《太刀持ち》咲守忌鬼。――――悪いがこの戦、咲守が先行するぜ」
6
倉借眩見の眼に映っているのは、惨憺たる光景だった。
喜劇のような歓楽はなく、悲劇のような哀愁はなく。
過不足なく、容赦もなく、遠慮もなく、倫理もなく。
どこまでも徹底的に惨たらしく汚らしく、鬼らしい男の演じる殺戮。
この演目を表するならば、そう。
――――惨劇。
「っ、な……、な……」
凄惨な末路を辿るのは、咲守葬鬼のはずだった。
悲劇も喜劇も綯い交ぜの狂気に沈み、取り殺される。それが、《葬指揮》の結末のはずだった。
多少の抵抗はするだろう。
多少の善戦もするだろう。
相手は咲守十二死刀、その第四席。そのくらいしてくれなくては興醒めだ。
しかし、だとしても。いくらなんでも。
「こんなの……」
ありえないだろう、流石に。
「ハハハハハハハハ――――!」
余裕ぶった笑顔を張り付けた軽薄な男の姿は、もはやどこにもなかった。
そこにいるのは、殺戮に高揚し、狂ったように哄笑を上げる、一匹の鬼。
獣が牙を剥くならば切り裂く。氷炎が身を焼くならば掻き消す。凶刃を砕き、草花を踏みにじり、終いには肉を喰い千切る。力の化身たるジャームから作った欠如人形を、触れた端から刻み潰し、壊し尽くしていく。
「まだだ、まだ足りない。もっとだ、もっと来い。貴様が有する全ての人形を使い、
迫る人形を横薙ぎに切り払い、狂喜に歪む笑みが、眩見を射抜く。
肉を抉られても、骨を折られても、鬼は止まらない。
防御も回避もせずに、目に映るジャームを殺していく。
まるで、人形の攻撃など、気を留める必要が無いとでも言うように。
「――――ふざけないでッ! いい加減に、死んで!!」
湧き上がる憤慨に任せ、眩見は糸を引き絞る。
獣型の欠如人形が葬鬼の腕を噛み千切り、双刀の片割れが宙へ舞った。
「く、ッ――――ハハハハ! アァァァ――――!」
口を大きく開き、獣型の首元へ噛み付き引き寄せ、残る刀で心臓を貫く。藻掻く獣型から顎を離し、今度は落ちてきた刀を咥えて、脳幹を貫いた。それで獣型は息絶える。
「うそ、でしょ……」
片腕を失って、尚も止まらない。
何体人形を差し向けても、全部が全部、一瞬のうちに葬られる。何度やっても何度やっても、ただ人形の数を減らすだけ。
「嘘よ、嘘よ嘘よこんなの……!」
眩見の怒りは、恐怖で上塗りされていく。
やがてその恐怖は諦めを帯び、後悔によって決着を見る。
眩見がこの戦線に参加したのは、咲守で人形を作るため。『きっといい玩具になる』と、いつも通りの不遜さで以て息巻いていた。
それが、どうしたことか、ひたすらに人形が減っていく。
鬼を人形にしようとしていたら、その鬼に人形が食い殺されていく。
こんなものが現実であってはならない。現実であってほしくない。
でも実際に――――。
「ハハハハハハハハハッ! ハァ――――」
差し向けられる人形の最後の一体が壊され、鬼の相貌が眩見を向いた。
「ひっ――――」
怯えが全身を支配する。
背中から伸びた両腕もへたりこみ、首なしの獣型人形から滑って、地に落ちる。そんな無様を、《
貴族主義の権化であるところの倉狩眩見には、これが現実であると受け入れられない。
鬼とは迫害された者。その名をありがたがる咲守家など、どうあろうと見下ろすべき下賤の民でしか有り得ない。
そんな者が、まさか、これほどの牙を剥き、自らの人形たちを蹂躙し尽くし。あまつさえ、自らを跪かせ、首に刃を届かせるなんて。
「もう一つ、知らないようだから教えてあげよう」
軽薄に、余裕を取り戻した調子で葬鬼が告げる。残った隻腕で、槍状に戻った“刀”を突き付けながら。
「貴族、特に独裁を敷く圧制者の末路とは、民草による暗殺――――反逆に屈して没するものだと、相場が決まっているんだよ」
冷徹な瞳で眩見を見下ろして、葬鬼が槍を振り上げる。
「あ……、あ」
声が出ない。恐怖と諦念に支配された眩見の体は、ただ目の前の死だけを見つめ、やがて瞼を下ろす。
槍が振り下ろす風切り音。鮮血が舞う水音。
しかし、訪れるはずの痛みは、いつまで経っても訪れない。
恐る恐る目を開ければ、さっきまで自分が座っていた獣型人形の胴体が分かたれ斃れていた。
「どう、して……?」
「所詮は鬼。それはその通り、私は鬼であり、弔いであれば命だって奪う。しかしね、あまり見くびってもらっては困るんだよ」
槍の血を振り落とし、眩見の横を通り過ぎながら。
「君のような可憐なレディを無縁に沈めるほど、堕ちてはいない。そんな過ちは、生涯に一度きりで良い」
そうして、葬鬼は歩いていく。
「なによ、それ……」
その背中を睨みつけて、せめてもの意地で喉を揺らす。
「馬鹿にするのも大概にしなさいよ! 貴方――――アンタなんかに! そんな情けをかけられる謂れはなくってよ! アンタみたいな下賤な人間、どうせしみったれた人生でしょ! 片腕も失って、せいぜいつまらない生にしがみついていればいいわ!」
「それに関しては心配ないとも。お生憎様、私の家族は皆頼りになるからね」
最後にまた軽薄に、余裕ぶった風に背を向けまま手を振って、葬鬼は山頂へと歩き去る。
実際には満身創痍。今すぐにでも倒れ込んでしまいたい、正しく這う這うの体だが、そこは紳士として、こちらも意地を見せる。
何せ咲守葬鬼は、この山に居る家族の、兄なのだから。
咲守スダマ山合戦、第一戦。
《葬指揮》咲守葬鬼
対
《
暗狩り峠の戦い――――最後に意地を張り合い、《葬指揮》咲守葬鬼の勝利にて、決着。