咲守葬鬼の想起葬送① 『起』
───────登場人物紹介───────
藤崎奏(ふじさき・そう)─────────少年
白菊一華(しらぎく・いちはな)──────先輩
烏丸夜絃(からすま・よづる)──────《晩爪》
咲守葬鬼(さきもり・そうき)──────語り部
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────我が人生に悔いなど無い。
そう断言できる者が、果たしてどれほどいるだろう。自身の生涯を思い返し、過去を辿っていく中で、必ずと言っていいほどそれはあるだろう。こうしていれば、だとか。こうなっていたなら、だとか。あるいは、あいつと出会っていなければ。
往々にして悔いとは杭、あるいは楔のように、人生の足跡に突き刺さっているものだ。
しかし、だからこそ。他の誰かにできないのならば、私がしよう。
断言する。我が人生に悔いなど無い。
必要のなかった経験など、凡そ私の人生においては存在しない。全てはなるべくしてなったことである。
“弟”の死を悔いてはいない。彼は彼がしたいように生き、高潔なまま逝ったのだから。
今の肩書を負ったことも悔いてはいない。むしろ誇りですらあるのだから。
もし仮に、強いて悔いと呼ぶのなら、彼女のことだろうか。されど、それが無ければ私は“家族”を得るには至らなかったというのだから、それは悔いとは言わないだろう。
では、何と呼ぶのか。
君も馴染み深い言葉だろう。
私の、思い出だよ。
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その夏はとても暑かった。猛暑に続く猛暑で、蝉の声すら聞こえなかった。そんなだから、夏休み中解放されている学校の図書室は、生徒たちがたむろするには都合のいい避難所となっていた。
尤も、俺の目的は勉強だけれど。疎らにある話し声を除けば、誘惑の多い家よりも集中できる。
「
ただ今日はこの人に見つかってしまったから、勉強は中断せざるを得なかった。俺もここでたむろする生徒たちの仲間入りだ。
「医者です。父親もそうですし。先輩も知ってるでしょ」
藤崎
「ああ、そっか。医者かあ」
「聞いといてなんですかその反応」
「いやあ、なんか。ちゃんと考えてるんだなあって」
「ていうか、後輩に聞くことですか。それ」
「あっははは。たしかに」
彼女は溌剌に笑う。この人はいつも楽しそうだ。
今では、先輩後輩であり悪友。あるいは腐れ縁などと呼べる関係になっていた。
「先輩はどうなんですか」
「ん?」
「だから、将来のこと。聞いてくるってことは、何かしら考えてるのかなって」
「ああー……んいや、あたしはまだ特になんも」
「そうですか」
俺はその時、それ以上何かを聞こうとは思わなかった。なにせまだ中学生だ。今から将来のことを考えているのなんて、それこそ俺のように親の影響か、パイロット志望のように早い内から現実的な努力が必要な目標を持つ者くらいだろう。と、軽く流していた。
*
────今にして思えば。
何もかも取り返しのつかないことだ。『今にして』なんて詮無いことだ。今にて何を思おうと、それは無益で、無粋なことだ。それでも、考えずにはいられない。
あの話を、何を思って私に切り出したのか。
あの溌剌な笑顔の裏で、何を考えていたのか。
あの時、私がそれに気付いていたなら。
きっと、未来は変わっていただろうから。
*
「あれ、もうこんな時間か。あたしそろそろ行かなきゃ」
図書室に備え付けられた時計を見て、慌ただしく荷物を纏めて席を立つ白菊先輩。
「何かあるんです?」
「うん、ちょっと用事。やっばー、遅刻かもこれ」
「だらだら話してるからですよ」
「うっさー。んじゃ、また」
「ええ。また」
そんな短い会話を最後に、白菊先輩は図書室から出て行った。
「……さて」
忙しない背中を見送ってから、中断していた勉強を再開しようと、俺はノートを開き直した。今日のノルマまでは、それほど遠くもない。少しだけいつもより遅くはなるが、終わらせてから帰ろう。
2
結局終わりはせず、閉校時間に追い出された。とはいってもあと少しだ。夕飯前に終わらせてしまおう。そんなことを考えながら、俺は帰路を歩いていた。
今夕は、沈み始めた太陽がやけに赤い。それとは裏腹に、全体的な薄暗さ。影を落とす宵闇の中で、橙の夕焼けだけが灯りになる。
黄昏時。誰そ彼時。この時間のことを、いつかにはそう呼んでいたのだったか。この調子では確かに、すれ違う人の顔など早々に見えないだろう。
何で読んだかも覚えていない知識だが、思わず連想してしまう。
もう一つ、逢魔時なんて呼び方もあったか。この世とあの世が繋がる時間。魑魅魍魎が目覚め蠢き始める、災禍の時間。
今でさえ、物陰には総毛立つものを感じるというのに、科学の概念が薄かった時代に生きていれば、なるほど確かに、存在しない魔物や妖怪を想像したことだろう。尤も、俺は医者志望。理数系に傾倒した人間だから、それを信じ込むわけにはいかないが。
しかしどうして、こんな雑学が思い浮かんだのだろう。普段は別に、歩きながらこういう空想のに思いを馳せるタイプではないのだけれど。なんだか今日は、叙情的な気分らしかった。
ふと、白菊先輩の顔を思い出す。今日の会話を──白菊先輩が見せた表情を、思い出す。
不思議な感覚だった。自分でも訳が分からないが、脳裏にくっついて離れない。なんの関連性も無いはずだけれど。
「流石に疲れたのかな……」
この暑さだ。気付かないうちに疲労が溜まっていても不思議じゃない。
今日のノルマは明日に回して、今日の所はもう休養にしようか。そう思った辺りで、ちょうど我が家の玄関先に着いた。
まずは風呂に入って、屋内との温度差で噴き出した汗を流したい。その後、母が作ってくれる温かい夕飯を食べて、ゲームでもしてから、いつもより少し早めに寝よう。
そんな、いつも通りの平凡で幸福な日常を想いながら、俺は玄関扉を開けた。開けて、
3
「な────えっ?」
頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜたように、俺は混乱と困惑に支配されていた。玄関扉を開けた途端、
よく知るはずの顔がついていて、よく知るはずの服を着ている。だのに、俺の頭は
赤黒い液体と固形物に塗れた物が、
「母、さん……?」
しかし俺の表層意識は、それを認知してしまった。状況を理解してしまった。
俺を最初に抱き締めてくれたはずの人が、血と肉を散らして斃れていることを理解し、口をつく言葉は止まらなかった。
そもそもおかしい。俺は血の匂いなんて、まだ嗅いだことはないのに。
「なんで……何が……」
混乱したままの頭に、ただ絶望感だけが浮上して、膝を折ろうとした。しかし。
「────
それを許すようなゆとりは、この場にはなかった。
家の中、玄関から伸びる廊下に、痩せぎすの男が立っていた。乱雑に伸びた黒い髪から覗く眼光が、俺を真っ直ぐに射抜いた。思わず目を逸らした先には、より目を逸らしたい現実があった。
男の手に、少し伸びた髪を掴まれ、首の半ばから切り離された父の頭部がぶら下がっていた。
「父さん、まで……」
吐き気を催した。────ように、錯覚した。
当惑している。恐怖している。絶望している。だというのに、気持ち悪さや悍ましさといった、不快感のようなものは俺の中にはなかった。吐き気と錯覚したのは、胃の辺りにまとわりつく、何か。馴染み深い、しかしこれほど度を越して感じたことはないから、それをすぐには正確に認識できなかったのだ。
────飢餓感。
何日も何も食べていないような、枯渇した感覚。健やかに育てられた俺には、とても有り得ないはずの感覚だった。それが今は明確に、空虚が腹を満たしている。
別の物で満たさなければ、自分が自分でなくなってしまいそうだ。
「お前が……」
だから、別の感情で塗り潰すことにした。
「お前がお前がお前がお前が────!」
叫ぶが早いか、俺は男に向けて駆けだしていた。両親を殺された怒り、殺した男への憎しみ。それを行動とすることで、自分を保とうとした。
尤も、それは死の道でしかないのだから、救えない。
「分かり切ったことを聞くのだな」
男は酷く冷徹にそう言って、右腕を振り上げた。人間としてのフレームすらも超越し、異形へと変異していく腕を目に留めながら、俺は足を止めなかった。
「アアアアァァァァァァァ────ッ!」
絶叫のまま殴りつけようとして、伸ばした拳は軽く避けられた。
それはそうだ。今まで喧嘩だってしたことのない俺が、敵うはずがない。
「やはり鬼の子だな。貴様らの血は絶やす以外にないらしい」
そう言い下し、男は異形の右腕を振り下ろした。巨大で凶悪な爪が、俺の腹を貫く。
激痛よりも吐き気が先に来て血反吐を吐いた。それでも拭われず、むしろ尚も明確になる飢餓感だけを感じて、俺は床に斃れる。父や母と同じように、この男に蹂躙されて終わるのだ。
「《
両親を残して逝くよりは、幾分マシだろうか。そんなくだらないことを考えて、流れていく自らの鮮血を眺めていた。
そうして、
真夏の逢魔時。弔いの鬼が、長き眠りより覚醒する。
4
そうして、
「────分からないのだが」
眼鏡が外れていた。当然といえば当然のこと。あれほど強大な衝撃で以て腹を貫かれたのだから、固定もされていない装飾品が彼方へ吹き飛ぶのは必然である。
しかし、視界がぼやけはしなかった。眼鏡によって視力を矯正して見ていた景色よりもずっと鮮明に世界が見えた。
明瞭に捉えて、立ち去らんとしていた男の背中へ告げる。
「どうしてこんなことをする? 私と君とは、面識などないはずだが。彼らと因縁があったとしたところで、私までを殺す謂れはないと思うのだがね」
酷く落ち着き、余裕ぶり、他人事のように言う私を、男――――烏丸夜絃は戦慄した風に見た。異形と化していた腕も、今は元の人間らしい物に戻っている。
「なんだ……今、何が起きた。どうして貴様――――」
戦慄とは少し違うだろうか。言っている通り、何が起こったのか分からない。と、そんな様子だった。
鬼が超然と笑む。二階への階段に歩み寄り、手すりに触れながら顔を向けずに言う。
「答える気はなし……か。構わないよ、元より分かり切っているのだから。むしろ十全だ」
鬼。鬼か。俺は、鬼に成ったのか。それとも、鬼であったことに気が付いたのか。
どうでもいいことだ。どちらであろうと、違いはないのだから。
今の俺は――――
「私は――――咲守
階段の手すりを引きちぎり、割れて尖った鉄パイプの先端を、烏丸へ向ける。
「
冷や汗を一滴、頬に伝わせて、烏丸は静かに呟いた。
「思えば当然。いや必然か。紛いなりにも咲守の倅、血を引いているのだから、然るべきこと。考慮しておくべきだった」
「全くだね。君は、私の父である彼を愚かと言ったが、その言葉は丸々、君へと返るわけだ」
受けて、烏丸が口角を吊り上げるように笑った。
「構わん。尚のこと、貴様を殺す必要があるというだけだ」
烏丸が再び右腕を異形に変え、私の持つ鉄パイプに相対する。
Dロイス《野獣本能》
《破壊の爪》
なるほど。これで状況はイーブン、実戦経験のある自らが僅かに優勢。そんな風に考えているわけだ。一面ではそれも事実だろう。しかし、咲守の血とはそういうものではないと、因縁浅からぬこの男は分かっているはずであろうに。
「――――異なことを言う」
故に、私は余裕ぶって笑う。
「死を告げられた君が、どうして私を殺せるというんだ?」
「ほざけ」
冷徹な眼差しで言い捨て、烏丸が踏み込む。二歩で間合いを詰め、異形の右腕を振りかぶる。
《ハンティングスタイル》
《獣の力》+《獣王の力》
「フッ――――」
こちらも踏み込みつつ、パイプの前後を返す動きで、横合いから異形の右腕を弾き流す。
《光の舞踏》
「同じ技だね、二度も腹に穴を空けられるほど、私は愚かではないのでね。もっと来たまえよ。まさか、それしか手札がないわけではないだろう?」
嘲笑を籠めて、挑発的に片手を煽ぐ。
それが烏丸の何に触ったのか、眉間に皺を刻みつけて、床を強く踏む。
「あまり、舐めるなよ――――!!」
踏みしめられた地点から、黒く禍々しい何かが広がる。まるで切り取った夜のような薄闇が、周囲を塗り潰していく。
Eロイス《殺刃圏》
「ふむ。これは――――、ッ……!」
瞬間、肩口を熱が走り抜ける。噴き出した血が、びちゃびちゃと音を立てて壁にこびり付く。咄嗟に傷口を抑えるが、どくどくと流れる血は中々止まらず、掌がべっとりと赤く濡れる。
何かを飛ばされたわけではない。鋭利な風や、透明な刃のようなものでもない。刃物で切り付けるような、物理的な斬撃の感覚ではなかった。
まるで、宵闇に紛れた『斬撃』という概念そのものに触れたような。
「《晩爪》といったか。その異形の爪を表す名かと思ったが――――真の意味はこれか」
「今更理解しても手遅れだ。踏み込んでみろ、あるいは後退してみろ。そこら中に散らばった刃が、いずれ貴様の首を落とすだろう」
「ほう……」
しかし、静止している現在において、更に切り裂かれる様子はない。
ブラフと言うことはなさそうだが、少なくとも私一人分の肉体が存在できるほどの空白はあるということだ。加えて――――
「まあ」
立ちすくみ思考する私へ、烏丸は告げる。
「動かずとも、俺がその首を落とすがな」
低く跳躍し、烏丸が飛びかかってくる。そのまま再び異形の腕を振りかざす。下手に動けぬこの状況。必然と、防ぐ手も遅れる。
「チッ――――」
間一髪、腕を守備に構えて、なんとか致命打は避けるが、衝撃を殺せるものではなかった。
容赦なく吹き飛ばされ、後退を強いられるとともに、壁へと打ち付けられる。途中『斬撃』に触れたらしく、背中と額、肩に新たな切り傷を受けた。
「全く……厄介な力だ」
だが、これで材料は揃った。
私一人分の肉体が存在できるだけの空白はある。
加えて、烏丸が私を攻撃することも前提な以上、
「よろしい。押し通るとしよう」
「やってみろ」
空いていた左腕すら異形に変えて、烏丸が異形の両腕を構えた。
「ああ、やるとも。無理を通すことになるが、無理な話ではないのでね」
余計な血が抜けたからか、感覚が研ぎ澄まされているのを肌で感じる。僅かな空気の揺らぎさえ感じ取れる。あるいは、自分から切り離された感覚器が、周囲に展開しているような。
《偏差把握》
《紡ぎの魔眼》
明確な異常ではない。明瞭な物理現象ではない。しかして、そこに宿る烏丸の殺意、殺戮の衝動が雄弁に語る。この空間の中で、どこに『斬撃』が置かれていて、どこを通れば奴の首に手が届くのかを。
そして、確かな感覚として、道を見た。
一歩、踏み出す。体は切れない。
一歩、踏み出す。体は斬れない。
一歩、踏み出す。一歩。一歩。一歩。
計六歩。流線型の機動で、正しく舞踏のように、烏丸との間合いを再び詰める。『斬撃』に触れることは一度もなく、鉄パイプの切っ先が届くところまで。
「貴様、何故――――」
「何故? おかしな問いだ」
全く以て、笑えない。
「ここは私の家だったのだ。歩き方が分からぬはずがないだろう」
鉄パイプを腰だめに引き絞る。ただの鉄であるそれが、にわかに光を宿して熱を持ち、烏丸の喉笛へと、突き上げる直線をなぞる。
「舐めるな、と言ったはずだぞ」
合わせて、烏丸の両腕が私の首と頭を狙って振るわれる。
重厚なその見た目に反し、その速度は尋常ではない。このままでは、凡そ私の攻撃が届くよりも先に、異形の腕が私の生命をずたずたに切り裂き、挽き潰し、破り壊すだろう。
ならば、こちらはそれを超えて、貫くのみ。
「――――ッ!」
加速。重ねて加速。
歪曲を伴う不可視の力によって背中を押され、烏丸の肉体を引き寄せ、重量と共に速度が上乗せされる。
《CR:エンジェルハイロゥ》+《光の舞踏》+《巨人の斧》
「終いだ、《晩爪》。弔いもなく、三途の川原を無為に彷徨うがいい」
喉笛を穿ち、その裏の脊椎までを貫き、突き上げる勢いのまま、烏丸の肉体が持ち上がる。
断末魔は上がらない。生命の終わりを告げ、その行く末をささやかに示す断末魔すら、彼には見合わない。弔いも縁故もなく、無縁に没した先で裁きすらなく、永劫に悔悟の石を積むのだ。
だらり、と異形の両腕から力が抜け、次いで血液が私を頭から濡らす。
その時、空間を満たしていた薄闇が晴れた。
色がよく見えた。
――――この男の血もまた、同じように赤いのだな。
その時、玄関の扉が慌ただしく開かれる。
「藤、崎……?」
私はパイプを離さないままに、その声に振り向いた。
俺は、その顔を見てパイプを取り落とした。
「白菊先輩――――」
少女の赤みを帯びた瞳孔が見開かれ、全身に赤を被った俺を映してた。
*
そこで彼女に見つけられたことは、私にとっては幸運だったというほかない。でなければ、今の私はきっとありえなかった。
《看取り人》の彼女がいたからこそ、私はただ葬る鬼ではなく、葬儀を執り行う《葬指揮》となり得たのだ。
ただ――――
彼女の後輩であり、悪友であった俺にとっては。
とんでもなく、この上なく、どうしようもなく救われないほど、不運だった。
しかしやはり、俺もまた幸福だった。
*
頭から爪先まで、すうっと熱が冷めていくような。何かに浮かされて、何かに魘されていたのだと、認識させられて理解させられるような感覚があった。
「私、は――――俺は――――」
「……」
白菊先輩は私を見た。次いで、床に落ちた男の死体を見て。斃れる父と母を見て。最後に、俺を見た。
「そっか……遅かったんだ。あたしは、また……」
そこまで言って何かを飲み込んで、白菊先輩は緩やかな歩調で家の中に入ってきた。途中、しゃがんで眼鏡を拾ってから、俺の方へと近付いてくる。
「先輩……先輩、俺……」
「いい。いいよ。何も言わないで」
制止する白菊先輩の声は穏やかだった。この状況で、こんな血みどろな空間に在って、その声は天女の囁きにも等しかった。
懐から出したハンカチで、拾った眼鏡に付いた血を丁寧にふき取って。
「ほら、眼鏡外れてんじゃん。なんも見えないでしょ」
白菊先輩は、そっと俺の顔に触れて、眼鏡をかけさせてくれる。
視界が少し歪む。度の合わなくなったレンズのせいなのか。それとも別の、湧いて止まない雫のせいなのか。
――――分かっているはずなんだ。
この空間を見て、分からないはずがない。
何が起こったのか。何をやったのか。
全部分かっているはずなのに。いや、分かっているからこそ、白菊先輩は弁明を求めはしない。説明をさせてはくれない。
「ね。藤崎」
ただ、先輩であり悪友である彼女らしく。
「ちょっと付き合ってくれない?」
いつものように、藤崎奏へ向けて、手を差し伸べて。シニカルに、しかし柔らかく笑った。
「……はい。行きましょう」
その手を取る。ただ温かな微笑みだけを頼りにして、俺は外へ出た。
ツイートしたスクショの部分を二話へ切り離したことは申し訳ないと思っている。
お楽しみってことで。