グッドトリップ   作:平成

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平成を無礼るなよ


ギ・ブリー

 宇宙人の存在を知ったが、諜報員によって記憶を消すライトを浴びせられることもなく、オレは平穏な1日を過ごせた。

 授業中のララさんは大人しいもので、授業の進行を妨げることは一切なかった。

 異質な彼女を、クラスメイトは1日かけて受け入れつつある。

 誰にでも分け隔てなく笑顔を振りまく美人。やっかみこそあれ、嫌いになる人間は限られている。

 

 特に男子達の間では、抜け駆けして話しかけることを禁じる紳士協定が結ばれたと聞く(ソースは猿山)。こういう色恋関連の男子の結託はすごい。

 美人というのは、存在するだけで空間が華やぐ。正体は宇宙人ではあるものの、その秘密すら魅力のひとつに思える。身分こそ異星のプリンセスらしいが、傍目に見ればただの超絶ウルトラ美少女なだけだ。よほど偏屈でない限りは、彼女を懐に招き入れてしまうだろう。ある種の、魔性だ。

 

 終礼のホームルームの後、担任の骨川先生がララさんを呼び止めた。

 

「あー、西蓮寺くん、キミ学級委員だろう? ララさんに校内を案内してあげなさい」

「は、はい」

「部活動と主要な施設を紹介してあげてくれ、移動教室のとき困ってしまわないようにな」

「わかりました……」

 

 突然の抜擢で戸惑う西蓮寺さん。オレは身支度をしながらその様子を観察した。

 西蓮寺春菜さん。先週、謹慎明けのオレに対し、提出書類の確認をしてくれた子だ。責任感が強く、真面目な性格らしい。入学から一ヶ月で、先生からいろいろ雑用を頼まれているようだ。

 ショートをヘアピンでとめて露出させた額。あどけない顔立ちに困惑を滲ませ、彼女が渦中のララさんに接触を試みている。

 

「私、西蓮寺春菜です……」

「よろしくね、春菜!」

 

 異星間交流だ。微笑ましい。

 結城を見やると、動揺で椅子をガタガタと震わせていた。いつだったか、競馬場でああいう様子の人を見かけたな。挙動不審でレースを見守る態度は、傍目にしてもかなりハラハラさせられる。

 想い人とララさんが二人っきりで過ごす様子というのは、何が起こるか不安でならないのだろう。

 などと内心で決めつけ、結城に声をかけようと立ち上がる。

 

「ちょーっとお待ち」

「む」

 

 と、そこで籾岡さんが道を阻んだ。

 目を細めて見上げてくる。瞳にイタズラっぽい光が見え隠れしていた。ポケモンバトルを仕掛けんばかりの勢いである。ふんわりとしたミルクティー色のウェーブ髪が、彼女の動きでサラサラと流れる。

 目元の輪郭が強調された平成メイクも、籾岡さんの整った顔立ちには、自然な表情を彩らせていた。

 

「樹理クーン、私の番号知らないでしょ」 

「お、そうだね、交換しよう」

「へー……私の連絡先をタダで頂こうと。へー?」

「デートで清算するよ。必ず満足させるから、ね」

「なによそのヨユー……! こうなればくらえ、赤外線ビーム!」

 

 携帯電話(ライフ)で受ける!

 操作し、受信機能を呼び出した。

 それにしても感激だ。電波アイコンを視線で追いながら、感慨に耽る。オレが彼女のような明るい子と連絡先を交換できるなんて。前回の高校生活では、ほとんど男子との関わりしかなかったもんな。同時にやましい気持ちにもなる。女子高生と大人が並ぶ図はかなり犯罪的だ。

 とはいえ、いまのオレは彼女の学友。恥じる方が変なのである。心中で免罪符を掲げた。肉体が精神を凌駕することはないのである。判定、無罪!

 

「あの野郎、連絡先まで……! ちゃんと法廷で死刑を受けるだろ……! 司法のジャッジメントを受けろ……!」

 

 渓谷から唸ってくる風のような地を這う低い声。当然のように猿山だ。あまりにも横暴だった。現代的見地に基づいてしっかりと反論(ダメだし)されてしまえ。

 視界の端に彼を追いやり、ケータイを見やる。

 登録された連絡先を眺め、あまりの眩しさに目が眩んだ。

 

「追加できたよ。モノリスのように輝いて見えるね」

「イミフ〜! そうだ、ちょっと借りるね!」

 

 彼女はオレのケータイを奪い去るや、高速で何かを打ち込んだ。なんだろう、猫を幻視するような手捌きだ。頬をかき、ケータイを覗き込む。あー、家族と結城と猿山しか登録されていない連絡帳がしっかり盗み見られてるわ。友達少ない認定を受けたろうな。いいんだよ、友人が増えれば人間強度が落ちるから。ぐすん。

 返却された画面には<りさちゃん♡>の文字。……なんだこれ。

 

「…………」

「変えないでよね」 

 

 苦笑を見て取った籾岡さんに念押しされ、オレはケータイをそのまま納めた。

 デコレーションされたケータイで口元を隠し、彼女が声のトーンをひそめて続ける。

 

「じゃあ、また夜にね♡」

「了解、メールおくるよ」

「楽しみにしてる。二人っきりで色々話そうね」

「そうだね、楽しみだ」

「……うーん、空振り?」

 

 愛嬌たっぷりな微笑。唇からこぼれた白い歯の輝き。至近距離で浴びせられたえくぼの凹み。

 リップサービスだと知りつつも、舌先を覗かせる妖しげな仕草に胸が高鳴ってしまった。彼女は子供で、オレは大人。倫理(モラル)は拒むが、未熟な身体が刺激されたのか、背筋がじっとりと嫌な湿り気を帯びた。

 気恥ずかしい。

 背を向け、事態への対処に一拍を置く。

 

「ともかく、週末のプランを草案で早急に用意するよ」

「なんか事務的だなー。もっと喜べよ男子ー」

「大はしゃぎだっての」

 

 表情に出すと凶悪な人相になってしまうから、他人には機微が伝わりづらいのだ。

 ウリウリと脇腹を小突いてくる彼女をいなしつつ、荷物をまとめる。

 クラスメイトは、それぞれが部活や帰路へと向かっている。すでに結城の姿はなかった。

 

「あれ、結城は?」

「先に帰ったんじゃない? それよか、行きたいカフェあるからチェックしといてよねー」

 

 そう言い残し、籾岡さんは部活に向かって行ってしまった。

 膨らむカーテン。ひとりきりとなった教室。戸締りをしながら、浮き足だつ心を諌め、オレも帰ることにした。

 帰り際、桃色の少女とおとなしい少女がふたりで歩く姿が見えた。

 なにやら部活動見学をしているみたいで、結城がふたりを尾行している様子も窺える。楽しそうだな。

 

 校舎が遠ざかるにつれ、空に吸い込まれていく部活動のかすかな喧騒。

 回顧の中で息づく青春時代。

 かつては厄介者として扱われていた青春。まさか当事者として充実した日々を過ごせるとは。毎日を充実させるための土壌が出来上がってきた。

 オレの高校生活に、友達と宇宙人が増えた。実感と共に、足に返る路面の感触が跳ねるのを感じた。桜の花弁が落ちた樹々は、近いうちに登場した芋虫が食い荒らしていくに違いない。

 降って落ちてきた宇宙人という隣人は、神秘性をそこそこに損ないながら、オレの日常に組み込まれていくのであった。

 

 

 翌日。籾岡さんとのメールのやり取りが思いの外続き、若干の寝不足で登校した。

 ララさんは結城と一緒に登校してきた。猿山の殺意ゲージのようなものが一個上昇していた。もうすぐで奥義を放てそうだな。

 地球の学校が彼女にどんな化学反応を起こしているのか、ララさんは非常に充実した様子で授業を過ごしている。その充実の一因を買っているのが結城の存在だろう。熱っぽい視線が、ララさんから結城へと照射され続けているのだ。

 

「リト! お弁当一緒に食べよー!」

「ついてくるなー!」

 

 と、昼休み。

 昨日と同じように昼食に二人組を屋上へと誘おうとしたが、結城は何処かへと去っていった。

 残されたララさんを、虎視眈々と機会を伺っていた男子があっという間に包囲してしまう。 

 

「結城なんかほっといてオレ達とランチしなーい?」「オレとツーショット撮ろうよ!」「彩南町はオレの庭なんだ、行きたい場所へ連れてくよ」

「わ、ちょっとー」

「こら、紳士協定はどうした? 急に囲んだら迷惑じゃないか」

「うぉ、裏番……っす」「条例は破棄するものだって、歴史の授業で学びましたです。はい」

「紳士協定だぁ? それは結城がいる時だけだぜ! ルールってのは、いかに穴をつくかだろ……そして穴があったら突っ込むのが男ぉっ!?」

教育的指導(みねうち)だ、悪く思うな」

 

 ド下ネタじゃねーか。

 チョップで撃沈した猿山。鼻白む男子を前に、キョトンと目を丸くする少女。まったく、好意に下心をブレンドしすぎだよ。これだから男子高校生は。

 ため息をつきながら、ララさんに声を飛ばす。

 

「結城と飯行くんだよね、オレも探すよ」

「ほんとー? ジュリってやさしーね!」

「樹理てめえ……! 越権だろそれは……!」

「まあ、謁見ではあるかな」

 

 対面にいる少女は、異星のプリンセスという話だし。

 床で抗議する猿山はオレの脛を襲撃する。げしげしと蹴ってくるのをいなしつつ、ララさんを連れ立って教室を去った。

 

「なぜだ、オレ達になにが足りないぃ……!!」

 

 節度じゃないか?

 嘆息と共に教室の扉を閉じる。

 歩いているだけで衆目を引く。オレは目を逸らされることが大半だけど、彼女は真逆の体質だった。すれ違う生徒全員が、彼女を注視する。で、傍のオレに気づいて視線を逸らす。魔除けの香?

 ララさんは王女だというから、念のため半歩下がりながら廊下を歩く。

 

「どうして隣で歩かないの?」

 

 不思議そうな表情で肩越しに振り返ってくる。

 務めて慇懃に口を開く。

 

「いえ、他の人間がいる場ならまだしも、失礼があってはなりませんから」

「もー! ジュリまでそんなこと言ってー! 友達でしょ、私たち!」

《ララ様、ご理解ください。あなたはデビルークの姫君。このような辺境の星の民草風情が、どうして友人などと思えましょうか? この男なりに、身の振る舞いを弁えているのですよ!》

「ダチ……!」

《ややっ?》

「ララさん、地球(こっち)きてどう思った? 空気うめーとか重力かるーっとかあるの?」

《馴れ馴れしいですよ!?》

「たしかに体が軽いかも? あとねー、すっごく自由! 城にいた頃は婚約者とか権力者とかばっかり会わされてたけど、ガッコーは違うねー!」

 

 腕を広げて満面の笑顔で答えてくれるマイフレンド。友情は立場を越えるのだ。

 横並びに歩きながら、会話を続ける。

 

「ララさんの居た(ばしょ)は他の星とも交流あったの? 地球は初めてくるのかな?」

「そーだねー。というか、ジュリばっかり質問してるね」

「興味津々ですから」

「んー? あ、ヨジジュクゴだ!」

 

 パンと得心で手を打つララさん。

 確かに、オレばかり質問攻めしていたな。意思疎通ができる異星人とか、据え膳もいいところだった。知的好奇心を埋めるツールじゃないのだから、少し反省。

 オレの前に回り込み、少女が顔を覗き込んでくる。思わず立ち止まった。

 

「ジュリも好きな人いるの?」

 

 爛々とした瞳。

 氷柱を弾むように流麗な声音は、無邪気もいいところだった。

 視線を彷徨わせながらぼんやりと答えた。当たり障りのないセリフ。

 

「現状では特定の相手はいないね」

「ふーん……恋って楽しいのに、もったいないよ。人生って、自分の気持ちだけで変わっちゃうんだよ」

「気持ちはわかるよ、痛いくらいに」

 

 苦笑する。模範的な『恋に恋する少女』といった様相だ。

 純粋に不思議がる宇宙ガール。ゴロがいいね。というか親父くさい。

 彼女の骨盤あたりから伸びた尻尾は、ご機嫌を示すように中空で円弧を描く。

 異星の姫君が懐く恋慕、かあ。なんだかロマンチック。

 自分に当て嵌めてみる。思考実験だ。元29歳男性が女子高生に恋をするってのは、字面としてかなりアウトな気がする。逆もまた然り。相手が年上の女性であろうと、次は相手方の倫理が問われる。

 

 いつぞや記した目標の項目を思い出す。

 恋愛経験を積むこと。

 うーん、今更なことだが、なかなかにハードじゃないか、これ。健全性のない危険なラブロマンスは、失墜の意図を辿ると自分の過去(ログ)が語る。元恋人に監禁されたこともあったしなぁ。人と人がわかりあうのは異星間交流と同じくらい難しい。慎重に石橋を叩かせてもらいたい。

 まあ、焦らず気長に交友関係を拡げていこう。こういうのは時間が解決するものだ。もっとも、時間が遡行し始めるとかいうちゃぶ台返し的な挙動をし出せば、その限りではないが。

 ふたりの足は自然と屋上へと運ばれた。

 階段室の上へと登り、彼女は結城を探す。藍玉の瞳が、校庭を見下ろしている。高いところにいれば、宇宙からの電波をキャッチできたりするのかなぁ。オレも負けじと梯子で登ってみる。

 吹き付ける風。(なび)く桃髪。宇宙式の美貌は、屋上の風ごときでは崩せない。しゃがみガードくらい強固だ。

 

「結城、ほんとどこ行ったんだろうな」

 

 携帯で呼び出してみる。

 が、ワンコールで即切られる。徹底した拒絶ぶりだ。

 んー? と首を傾げていると、ララさんがオレのケータイをビシリと指さしてきた。

 

「そうだ、あの子に追跡してもらお〜!」

「ん、あの子?」

 

 ララさんは、ケータイに酷似したガジェットを手元に持ち出し、高速のダイヤル操作。

 ボフン! とテクノロジーらしからぬ音を産声にして、中空からワンコ型のガジェットが煙と共に召喚された。度肝を抜く宇宙技術。行き過ぎた技術は魔法と遜色ないというが、目前にすると説得力がある。全く解析できない未知だった。

 

「<くんくんトレースくん>!」

「おおー」

 

 拍手して歓迎する。

 やけに精緻な動きで子犬っぽい動きで寝転ぶガジェット。もう理解は空に置いておこう。目の前で起きている事象が全てだ。現物主義である。いちいちツッコんでいたらキリがない。

 

「この子の機能はなにかな、お手できる? わー、できた、お手できるの! いい子だねえー!」

「匂いを記録して自動追跡してくれるの! リトの匂いを覚えてもらったら、すぐに見つけられるよ!」

「ひゃー、お利口さんだねえ」

 

 警察犬の機械バージョンかぁ。えげつない匂いセンサーを搭載しているんだろうな。

 オレの指先に鼻部分を近づけ、顔をかしげる。実に子犬的な挙動だ。和む。

 

「じゃあリトの匂いを嗅がせてっと」

「すごい自然な仕草でリトのパンツを取り出すじゃん」

 

 流石にツッコんだ。なんで持ってんだよ!

 ほへ? と惚けるララさん。あなたが(つま)んでるそれ、とんでもない爆発物ですよ。

 心なしか<くんくんトレースくん>も嫌そうな表情である。

 子犬メカが目を輝かせた。お、結城の位置がわかったっぽいな。

 

「いけー! <くんくんトレースくん>!」

《わふーん! 任せるダス!》

「喋るんだ!? おまけにとんだ!? 子犬らしからぬ空中停止(ホバリング)だぞ!」

《わふふふぅーん!》

「レッツゴー!」

 

 電子音の鳴き声と共に、子犬が駆け出す。当然のように中空を足場に踏み締めている。もう理解は放棄していたはずだが、一々常識が崩れていく感じは胃腸をもたれさせる。

 行き先は部室棟。

 校庭の隅っこに位置するそこへ、ララさんはフェンスを軽々と乗り越えてとんでいってしまった。

 

「……スゲェー、異星の姫様ってパルクールできんだ」

 

 宇宙人と違って地球人は飛べないんだよ! アイキャントフライ!

 抗議しながら、口慰めでサラダチキンを頬張った。

 無駄だとは思うが、もう一度結城宛にコールを呼びかける。

 

「……お」

 

 意外にも、今度は繋がった。

 ケータイ越しに語りかける。

 

「もしもし?」

《……春菜ちゃんを離せ!》

 

 荒事か? 眉をよせた。聞こえてくる音声に集中する。

 口にしたサラダチキンを呑み込みながら、屋上を駆け出した。

 開けた階段扉に体を滑り込ませ、階段を跳躍と共に飛び越える。

 

《ギ・ブリー……!? なんで……!?》

《ララ、どうやってここに!?》

《結城リト、そいつはオレと結婚すんだよ……》

 

 断片的に聞こえてくる情報を収集する。

 結城とララさん。それから、低い声。で、開口一番に響いた結城の声からして、西蓮寺さんが荒事に巻き込まれているとみた。

 廊下のタイルが小気味いい音を踵の動きに合わせて切り返す。

 上履きを履き替えもせず、中庭経由で部室棟へと向かう。

 

「ちょ、秦野くん──!?」

「悪い、エマージェンシーだ!」

 

 廊下で古手川さんとすれ違う。あとで叱られるだろうな。

 金属質の階段が足音を打ち鳴らす。

 部室の扉越しで、荒事の気配を感じた。

 

「結城、無事か!?」

 

 扉を開くと、常軌を逸した光景が飛び込んできた。

 結城とララさんが対面していたのは、筋骨隆々の宇宙人。剥き出しの肌は滑らかで、隆起した筋肉が盛り上がり、(ツノ)と見受けられる部位があちこちから飛び出ている。

 ララさんとは違い、明らかに異質な外見をした二足歩行型の宇宙人だった。

 剥き出しになったギザギザの歯は、弧を描いて凶悪な人相を演出している。

 

「秦野! 春菜ちゃんが!」

 

 見やると、機械の触手(アーム)に四肢を拘束され、(あられ)もない姿となった西蓮寺さんの姿があった。人質か。舌を打ち、仕立て人を睨みつける。

 

「ヒィッ!?」

 

 びくりと、大男が震えた。

 一瞬惚けた。なんだ、今の反応。

 

「あー、ゴホン。クク、結城リト、貴様も強力な護衛がいるようだが、所詮は地球人! 数の足しにもなりはしねえ!」

「卑怯者! 春菜を離してよ!! 私の友達なのよ!!」

「ララ、てめえがオレの婚約者になりゃ離してやるよ!」

 

 舌なめずりをし、その宇宙人はニタリとした笑みを張り付けた。

 事態が呑み込めてきた。

 つまり宇宙人の目的はララさんとの婚約。

 その交渉材料は、西蓮寺さん。

 あまりにも卑劣な脅しだ。部外者ではあれど、許容できるものではない。

 

「ララさん、何か有効なメカはないか」

「……だめ、ギ・ブリーを刺激しちゃう」

 

 耳打ちするが、呻くしかなかった。

 感情を抑えられない。少女を傷つけるなんて。胸の底から憤怒の叫びが湧いてくる。

 強く睨みつける。視線がぶつかる。筋肉が萎縮する。

 

「……ん?」

 

 なんだ今の三段活用。

 注視すれば、宇宙人の肌の表面にじっとりと浮かぶ汗。宇宙人も地球人と同じように発汗機能があるのか?

 会話に応じる理性は残していそうだし、少し揺さぶってみるか。

 

「ギ・ブリーだったか」

「は、はい!」

「……ええと、なぜララさんを狙う?」

「く、クク……! 愚問だな! そいつを手中に収めれば、デビルーク星の王位を継げる! 王になりゃ、宇宙の帝王になれるんだぜ!? こんな美味しい話はないだろ!?」

「んー……それで、どうするんだ? 王位を継いだとして」

「決まってるだろ!? なんでも自在に動かせる権力! 力で全てを動かしていく!」

「あなたのプランって、具体性と持続性にひどく欠けているように聞こえるが、どうだろうか」

「は……!? おいまさか、この状況でダメ出しされてるのか、オレ様……!?」

 

 狼狽えて震えていた。意思疎通は十分できるのか。

 ふたりの前に出て、宇宙人と対面する。

 動転した隙を狙い、言葉を継ぐ。

 

「計画なき結婚は破滅するだけだと思う。権力やら婿入りやら考えず、どういう家庭を築いていきたいかに焦点を絞ってみるのはどうだろうか」

「こいつ、恐ろしくマトモだ……!?」

「よくわかんねーが、効いてるぞ……!」

「結婚に必要なのは寛容だと聞く。互いに自立した大人同士の婚約であれば、譲れないところや許せないところも出てくるはずだ。折り合いをつけられるかどうか、互いの関係性が試される機会は多い。なれそめが脅迫であれば尚更じゃないか。常に奥方を抑圧していくことでしか維持できない関係など、前提から破綻しているよ。つまるところ、モラハラダメ絶対だ」

「な、なんだコイツの目は……!? ブラックホールみてえで、呑み込まれる……!??」

「いまだ、いくぞ結城!」

「オレは春菜ちゃんを!」

 

 阿吽の呼吸。

 動揺した宇宙人に向け、ふたりで突貫する。

 

「ま、待て! いまのオレ様には地球人の100倍以上のパワーが──!!」

「友情パワーは無限大だぁああ!!!!」

 

 腹の底から吼えた。怯えて萎縮する宇宙人。

 一足に跳び、体を折って死角に回った。

 腹に腕を絡ませ、腰を力の起点にして巨体を持ち上げた! 欠けた技術力はフィジカルでごり押す! これがオレの結論ビルドだ!!

 

「ひ、ヒィイイイ!! まいった、参ったァァ!」

「うおおおお!! その取引は、ジャーマンスープレックスでフィニッシュだぁあ!!」

 

 総身を反る。重力で加速する肉体が後ろ向きに倒れ込む。宇宙人の頭部が、けたたましい音を立てて床に激突した。

 

「どうだ、地球の重力の味は……!」

「春菜ちゃん、無事か!?」

「すごい迫力ー! やったね!」

 

 巻き上がった埃に包まれ、大男の体がみるみるうちに萎んでいく。

 見れば、さっきまでの巨漢っぷりは影も残らず、目元に深い隈が飾られた小動物のような生物がそこにいた。

 なんだ? 見た目の割に随分と軽い手応えだったけど、変身してたのか?

 

《やや、これはバルケ星人ではありませんか!?》

「擬態タイプの宇宙人ってやつ?」

「そうみたいだな。佐清先生に変装して、春菜ちゃ……西蓮寺を誘い込んでたんだよ」

「へー……なんか、やりすぎちゃったかも」

「いいの! 春菜をこんな目に遭わせたんだから当然の報いだよ! ジュリえらーい!」

「そうだ、彼女は無事か?」

 

 機械式の触手に拘束された彼女は、小さく呻き声を漏らしている。意識はないが、息はあるみたいだ。胸を撫で下ろしながら、彼女の手に絡まった触手を破壊していく。悲鳴を上げながらのたうつ触手。すまない、所有者を恨んでくれ。

 

「ふん、ふん」

「悪趣味な生体メカねー」

《ララ様、金属捻じ曲げてますよ、この男……》

「こんなの針金みたいなもんだね」

「は、秦野、あまり乱暴にするなよ……!」

「大丈夫、露出した部位は強制的に視界からシャットアウトしてるから。意識して覗かない限りは、脳に映像として届かないよ」

「どういう理屈だ、それ……」

 

 保護者によるフィルター機能みたいなものだ。

 全く、乙女を辱めるなんて万死に値する。息を荒くしながら、西蓮寺さんを解放した。

 ロッカーに身を預けさせ、彼女の呼吸が落ち着いていくのを認める。

 

「よし……西蓮寺さんは保健室に連れていくとして、この小動物(イキフィジ)どうしようか」

「確かに、ここに放置するのもな」

「それなら私に任せてー!」

「ララえもん〜!」

 

 ダイヤル操作によって、便器型のガジェットが喚び出された。

 

「<じゃーじゃーワープくん>! これで地球外に追放しちゃおー」

「えげつない」

 

 便器は地球上で最もイカれた生き物、つまりはペリカンの頭部と類似したデザインをしており、なんでも飲み込むぜと言わんばかりのビジュアルだ。

 口を開くと、下水と繋がってもいないのに水音が渦を巻く。

 ララさんはギ・ブリーをつまむと、ぽちゃんと落とした。

 

「それ、どこに繋がってるのかな?」

「座標設定は地球外だよ! どこへなりとも流されていっちゃいなさいー!」

 

 ジャアアア! と、排泄物を流すような勢い。

 なんだか不憫ですらある。

 ナンマンダブナンマンダブ……

 

「じゃあララさん、悪いけど介抱を任せても大丈夫かな。西蓮寺さんも同性の方が安心するだろうし」

「任せてー! リト、さっきはかっこよかったよー!」

「う、うるせえよ……!」

「ヒューヒュー」

「鳴らせないなら口笛やめろ!」

 

 部室の扉を閉じる。

 どっと疲れた。緊張から解放されて、ふたりして大きなため息を漏らす。

 

「大変だったね……結城、電話を繋ぎっぱなしにするのはいい機転だったよ」

「ああまあ、なんつーか、巻き込んで悪いな」

「いいよ、今度ラーメン奢れよな」

 

 危機は去った。

 今後の宇宙人侵略という一抹の不安はあるが、友情があれば無敵だろう。

 ララさんに持ちかけた発明品の貸与案、具体性を以て提案した方がいいかもしれない。今回はコケ脅しだったから治められたが、実害が伴うようになってからじゃ遅い。コズミックの脅威は、いまだに晴れていないのだ。

 窓にもたれかかった桜の枝。ひょこひょこと這いずる芋虫を目で追う。

 食い荒らされた葉桜の斑点。

 蝕まれた不安を暗示するかのようで、薄気味悪さを感じさせた。

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