グッドトリップ 作:平成
一つ!謎の美少女、ララの正体はデビルーク星の王女であった!
二つ!ララをめぐって婚約の儀が開幕!
そして三つ!籾岡さんとのデートが開幕する!
ララさんの婚約者候補との争いはひとまず棚上げにされ、日常生活は続いていく。週末は各々ゆっくりと過ごすこととなった。
そんなこんなで籾岡さんとのデート当日!
「お兄さんここで何してるの? すこしお話を伺わせてくださいね」
オレは待ち合わせ場所で職務質問を受けていた!
常人ならば理解が追いつかないだろうが、オレにとってこの状態は、昼下がりのコーヒーブレイクとなんら変わらない平穏なものだ。
今日のオレはシャツにデニムパンツのシンプルコーデ。決して怪しさはない格好のはずだが、
社会人だった頃は悪徳ブローカーとして職質されることは多かったが、今回はヤのつくお仕事ではないかと訝しまれているみたいだ。
「ここに何しにきたの?」
「友達と予定があって、待ち合わせ中でした」
「職業は?」
「彩南高校に通っている高校一年生です」
「キミ、つまんないウソつくね」
「いえ……学生証を持ってます」
「……本物かな」
ボソリと呟く声を耳がとらえた。
唇の端がヒクヒクと痙攣する。流石に傷つくぞ。
「随分と背が高いよね」
「発育がいいだけです」
「君の目、明らかに大人のそれだよ」
鋭い。思わず閉口してしまった。
見た目は子ども(誇張表現)頭脳は大人なのがオレだ。
ゴゴゴゴ、黒塗りの効果音が周囲に緊張感を撒き散らす。視線の質が変化していた。質問が拷問に変わっている威圧感だ。
「樹理クン……? とうとう逮捕されたの……?」
ハッとなって振り返る。この声は!
駅前の人垣を通り抜け、クラスメイトが現れた。
籾岡さんが、唖然とオレの職質風景を眺めていた。
ウェーブのかかった前髪を横に流し、形のいい耳にイヤリングの反射がぶら下がっている。ノースリーブのトップスから健康的な肩が覗き、スラっと伸びた脚は
ドキりと心臓が跳ねる。二重の意味で。最悪な場面を目撃されてしまった。
「いつかやると思ってたけど……」
「誤解を生むインタビューはやめて!?」
「ど、怒鳴らないでぇ〜」
うるうると濡れた瞳に猛抗議する。
ハムスターボイスで被害者面しないでくれ! 誤解が深まる!
……なんやかんや、合流した籾岡さんの証明もあり、五分後には解放されていた。
誤解を詫び、警察官のお二人は去っていく。その後ろ姿に一礼しつつ、場をかき乱すだけかき乱した少女を見やる。
「危うくまた停学くらうとこだったぞ」
「あははははっ、ひぃーっ! ほんと、面白いわ樹理クン……!!」
「……笑いすぎじゃないか、流石に」
目線で抗議するが、彼女はちっとも気にしない。
さぞお気に召したのか、籾岡さんはずっと笑いっぱなしだった。
笑いどころがわからなくて置いてきぼりになった気分だ。どこがツボなんだよ。
「どこの高校にさ、いるわけ、デートの待ち合わせで職質受けてるやつ! コント、エンダの仏様だよ、ぃひひ……だめ、笑いすぎて涎出てきちゃった……」
光沢の灯る爪先に涙を
「ほら、早くいこ?」
「すごい切り替えの速さだ」
きらりと光る白い歯に唖然とする。
オレの学生生活を脅かしていたとは思えない、
それから、彼女はペンギンが羽を広げるように両腕を伸ばし、その場で一回転した。
「で〜? ご感想は〜?」
「とても素敵だよ」
「えー? それだけ? あたし、結構気合い入れてきたんだよー?」
いかにも不満です、といった表情。甘い語尾の息遣いに妙な煌めきがある。眼が眩む。
さっきまでの緊張とは別のドキドキで、胸をときめかせる謎衝動。若さというやつか。
「イメージ通り、オシャレさんだね」
「うーん……期待以上のドギマギは引き出せなかったかな。まあ、これから加点していけばいいかな」
淡白な感想に気分を曲げず、むしろ上機嫌な様子で彼女はオレのそばに張りついた。
腕に絡みつく柑橘系の香り。
狼狽するオレを見て、冗談めいた調子で告げる。
「じゃあ行こっか、ダーリン♡」
「まだからかいモード継続してるのか……近いから離れてくれ、気が気じゃない」
「照れすぎだって! ひゃー! 腕ふっと! 筋肉って意外と柔らかいのね、なにこれウケるー」
「あの、籾岡さん?」
「なによー、てか里紗でいいし」
「よくない。百万歩譲って腕組むのは構わないが、あまり二の腕をぷにぷにと触らないで欲しいな」
「えーいいじゃん、減るものじゃないんだし」
「恥ずかしいし」
「か、くぅわいいー。このこのー! 樹理クンって
「お手柔らかに頼むってばよ」
若い子の距離感ってこうなの? わからない。過去に累積された青春時代のメモリーも首を振っている。こ、こんなのデータにないぞ! すぐに加筆修正しよう! 入力、完了!(エンター)許容できずに冒険の書が破損した!!
補導とかされないかな……?
不安に苛まれるオレをそっちのけに、籾岡さんは変わらずゴーマイウェイ。準備体操お済みですか?
「すごいよね、樹理クンって」
「え、なに?」
脈絡のない賞賛を浴び、戸惑う。
「一緒に歩くだけで道の人が避けていくね」
「……まあ、悪目立ちしてるし」
「ブルドーザー乗ってるみたいな頼もしさがあるかも」
褒めてるのか、からかってるのか線引きが難しい。
学校の話とか、普段の生活とか取り止めのない会話で移動時間を埋める。
タクシーでも捕まえたかったが、学生にそんな
ビルの群生地帯を抜けた。
道幅の広くなる歩道。だというのに、籾岡さんはオレとの距離をほんの少しだけ近づけてくる。キープディスタンス。また警察から声をかけられないか、ドギマギとは別の角度からの緊張が1000年ぶりに走る。
「到着でーす!」
「おおー」
「初めて来るんだけど、巷のギャルに人気なんだよね」
「巷のギャル」
何科でどこの生態系に属する方々だろうか。縁がなさすぎてわからない。バチクソなチャンネルで紹介してくれないかな。
真新しい店構えの喫茶店だ。商業ビルの一階に位置する立地で、テラス席もある。都会的な佇まいをしていて、落ち着いた雰囲気がある。
軒先の看板には、やたらと彩色の激しいメニュー表示。
「ねえ、このカップル専用メニューにしてみよーよ?」
「どんなものなんだ、それ……いや、これはハードル高いね」
メニューには、頬を突き合わせてフルーティーなドリンクを飲み合わすカップルのイメージ写真。ふたりの間を繋ぐのは、なんと二股のストローだ。正気とは思えないメニューだな。
入店とともに周囲のテーブルを見やれば、なんと注文している若者が数グループ。平成ってやべえな。熱が。
案内されたのは窓際のテーブル席。
糖度の高い空間で逃げ場を探すように、口が苦味を求めていた。
「いらっしゃいませー! こちらメニューでございます!」
「アイスコーヒーをお願いします」
「あたし、パンケーキとアイスティーで」
「かしこまりましたー! こちらのパンケーキ、手作りバターの体験もセットでございますが、いかがでしょう?」
「えー! 樹理クンのいいとこみてみた〜い!」
「楽しそうな響きだね、注文しようか」
「かしこまりました、アイスコーヒーと手作りバターの体験、それからいつものですねー!」
「ちょっ……!」
「かわいい
「はは、友人ですよ」
「メニューお下げいたしますね!」
店員さんは人の良い笑みで去っていく。
腰を浮かせた籾岡さんを眺めながら、お冷を飲む。
彼女は横髪を指先で弄びながら、静かに腰を下ろした。
……我慢できず、詮索。
「ここ、よく来るの?」
「え、まあたまにかな」
「そうなんだ。さっき店員さんが籾岡さんにウィンクしてたから、気になっちゃって」
「えー、全然気づかなかったなぁ」
無理に間延びした声。誤魔化してるってすぐにわかった。
馴染みの店なんだね、ここ。
猫がお気に入りのスポットに案内してきたような微笑ましさ、その亜流の和みを感じる。
わざわざ通いのお店まで連れてきてくれて、それを悟らせないよう背伸びしている姿が、なんだか無性に可愛らしい。
……同級生にこんなことを考えるの、失礼だろうけれど。精神年齢が27歳なんだ、親戚のお子さんを眺めてる気分になってもおかしくない。
「嬉しいよ、オレは」
「……なにそれー」
強張った細い肩が、拍子抜けしたような、落ち着いたような、そんな力の抜け方。
顔を隠すように、ミルクの入った瓶詰めを突き出してくる。
「ほら、手作りバターやって!」
「はいはい、任せて」
プロテインシェイカーと同じ要領で振ってみる。
手のひらの中のガラス瓶で、徐々に液体が固体へ変化する感覚がある。これ面白いな。
調子に乗って加速させると風圧で横髪が舞い上がった。
「樹理クン、勢いやばくない?」
「
「すごいを通り越してもはや凄まじいね……」
顔を見合わせ、呆れたように笑った。
「樹理クンと居たら退屈しなさそう」
「まあ……かもね」
自分の来歴を振り返って苦笑する。人生は共にいる人より離れていく人の方が多い。
「ほら、かけていいよ?」
籾岡さんに促されるまま、パンケーキに手作りバターを瓶から垂らす。
ナイフとフォークを丁寧な所作で切り分け、彼女は
「あーん、してみる?」
「あまりからかわないの」
周囲のカップルに
そういうのは恋人同士がするものだ。誤魔化すようにコーヒーを飲むと、籾岡さんは幸せそうにパンケーキを頬張っていた。
切り替えの速さがすごい。思わせぶりな言動でおじさんの心臓を悪くしないでほしいな……
熱に浮かされた空気も霧散し、教室で話しているみたいな自然な雰囲気で話し始めた。
「樹理クンこの後どこ行きたい?」
「129のショップに行こう。ショップの紙袋を集めるんだ」
「意外とミーハー?」
「その時代でしか味わえない空気感はなるべく感じておきたいんだよ」
異論はないようで、彼女は薄く顎を引いた。
懐かしいな……渋谷の129のショップ文化。ギャルや読者モデルが台頭し、カリスマショップ店員が数々誕生した平成文化。若い頃は斜に構えて楽しめなかった分、反動で楽しみたい欲が溢れている感じだ。いいねえ、若いっていうのは。
「ふーん……血液型なに? あ、まって、当てる」
「女性って好きだよな、そういうの」
「ABでしょ、絶対」
「驚いた、正解だよ。籾岡さんはB型かな」
「そう見える? でもねー、私はA型!」
「意外だな……B型ってマイペースな印象あったからてっきり」
「でっしょー? 真面目ちゃんのA型でしたー!」
「言われてみれば確かにそうだ。メールの連絡をこまめにしてくれるし、返信も早いし、いたって真面目だよね」
「えー? あ……そっかぁ、え、まじ? そ、うわぁー、うっそー」
なんだか目を丸くしてる。
自覚なしか。レスポンスの速さは美点だよ。連絡つかない仕事相手を思うとそれだけでありがたい。
急に頷いたかと思えば、すごい勢いで紅茶を飲みだしたな。
「じゃあ、ついでで相性診断もしてみよーよ! 血液型を打ち込むだけで簡単に相性がわかるってやつ!」
「あー……あの入門的な要素プログラムのやつね」
「そうそう、簡単に格納してっただけのやつよー」
「……ひょっとして、籾岡さんってIT詳しいの?」
「パパがITの社長なのよねー」
またまた意外だ。ギャルギャルしい彼女からはなかなか想像が結びつかない。
ガラケーを手元で操作しながら、彼女は長いまつ毛を持ち上げた。
「樹理クンはどして詳しいの?」
「興味あるからね。これからはIT知識もかじっておかないと」
「ふーん、へー……ほー」
なにやら意味深な得心。
露骨に値踏みする視線。居心地悪いな。どしてどしてと小悪魔っぽく目が細まる。
「手に職つけるためだけの知識だよ。プログラムの道を志しているわけじゃないよ」
働いていたときに身につけた業界知識が源泉を占めるけど。本当のことをわざわざ話す必要もない。
「不良なのにねぇ」
「誰が不良だよ」
説得力ないか。今日も補導されかけたし。コーヒーの苦味と一緒に口内で自虐した。
「相性診断の結果出たよ」
ふたりして狭い携帯の画面を覗き込む。
おでこが突き合うようくらいの距離感。
籾岡さんが喜色を浮かべて液晶のフォントを読み上げた。
「相性40%……仲のいい友達がベスト、うそ〜!」
「AB型って大抵それくらいの数値計算になっちゃうよね。知らないけれど」
「システムの問題じゃないって! こ、こうなったらよしんば私がB型だとして……!」
「そんなよしんばある?」
「相性100%! 結ばれる運命って書いてあるし!」
少女心って複雑だなぁ。項垂れる籾岡さんに苦笑いする。そこまで必死にならなくても。
「こうなればやけ食いよ! やけ食い!」
「籾岡さん、ほっぺにクリームついてる」
「……つーん」
「ほら、ここ」
ジェスチャーで自分のほっぺを指さすが、それでも籾岡さんは聞こえないフリ。
紙ナプキンを受け取ろうともせず、ニヤニヤ顔の待機。なにが目的だよ。
悪巧みが現在進行形な感じの表情。弄ばれていても、悪い気はしなかった。
「はいはい、困ったちゃんだね」
「よくできました」
紙ナプキンでクリームを拭う。瑞々しい肌のハリが柔らかい感触となって返ってきた。
ご満悦な表情の籾岡さん。
なんか、親戚の子どもの面倒を見ている気分になってきたな。
手のひらの中で崩れた紙ナプキンに、ファンデの写りがあった。
「お化粧直ししてくるかい?」
「んー……そうしよっかなー」
ちょうど空になった皿とコップを眺め、籾岡さんが何気なく席を立つ。
伝票を手にして会計へ向かう。
店員さんがやけに恭しい仕草で伝票を受け取りながら、レジに金額を打ち込む。
「コーヒー1点とパンケーキセット1点ですね」
「はい」
「1,400円のところ、お客様の場合はカップル割が適用されますが」
なんだそのポップな勘定科目。カップルじゃないぞ別に。
「いえ、結構です」
「えー? でもでも、お客様の場合は半額ですよー?」
「どういう判断基準だよ」
思わず口に出してしまう。
店員さんは、至極真面目くさった顔で語りだす。
「いわば恋愛のパーセンテージ、でしょうか」
「エビデンスを疑いたくなりますね」
「お客様は、まだ発芽前の恋。互いが好感を持っているものの、異性としての恋愛感情に結びつくかは、外的な刺激によって変化する。異性の線引きを翳すグラデーションを評価し、カップル割、適用です」
「カップルじゃないじゃん」
分析の仕方が恋愛ゲームの親友ポジションみたいな精度だな。
でも、700円引きか……学生の身分にはかなりデカい。今の物価ならラーメン1杯と味玉トッピングが狙えるな。
かといって、籾岡さんを利用しているみたいで気が引ける。後ろめたい気持ちをこの差額で解消できないだろうから、ここは正規の金額で払おう。バイトすればいいし。
コイントレーに1,400円を載せる。
店員さんはやけに達成感に満ちた顔で。
「それもまた一興です」
「なんなんだ……」
妙なテンションの店員さんだな。
と。そうこうしていたら、背中にそっと触れる手の感触があった。
ちょっと髪の乱れた籾岡さんが見上げてくる。
「もう、払っちゃった……?」
「あー、うん」
「うあー……やられたぁー……」
ヒョロヒョロと崩れていった。
なんだなんだ。絞り出すような声が立ち昇ってくる。
「カップル割は……?」
「ああ、あったね」
「やられたぁー……」
「やってないよ」
否認するけど、抗議の意で拳をポカポカと膝に連打される。ダメージ表記は0。
恨めしい眼差しが見上げてくる。
「最後にどきどきさせてやろうと思ってたのにぃ……」
「カップル割、知ってたの?」
「……………………」
紅潮していく頬。唇が薄く開き、言葉にならない息が漏れた。
なんだか彼女のペースを乱せたみたいで、胸の奥で充足感が湧いてくる。
からかってくる籾岡さんの気持ちがわかったような感覚だ。
これは確かに、病みつきになる。
「使わなかったから安心して」
「そういう問題じゃないってば!」
不満げな彼女と対照的な笑顔で、手を差し伸べた。
彼女との距離が縮まったようで嬉しくなる。
「──Marvelous」
なんだこの店員。
初デートでこの掛かり具合はまずい。
籾岡さんはいつかのためにカップル割が実施されている店舗を下見しまくってから来てるため、店員さんからほほえましく見られています。
次話もデートです。