グッドトリップ 作:平成
すれ違う学生を眺める。
滑らかな生地のブーツ。ルーズソックス。短い丈のスカート。
なんて懐かしい平成ファッション。オレは平成の通学路を歩く。ビバ平成、平成フォーエバー。
入学式。晴れ渡った青空。
白い校舎に混じる仄かな桜色。親子で写真を撮りに来る生徒達が、なんとも微笑ましい。
鮮やかな空気だ。瑞々しい成分が大気中に含まれてるみたいで、呼吸のたびに若返る。入学式のデトックス効果は計り知れない。
校門を前にして、鼻息の荒い両親がオレを看板の横に並べはじめた。
「ジュリ、写真! 写メるぞ写メ!」
「ほら樹理! メンチ切りなさいメンチ!」
「オラァ!(小声)」
「メンチカツを切ってる……!?」「なにあのテンション」「不気味……」
これが令和の力だ!
様子がおかしい親子の周りは、近寄りがたい雰囲気が形成されていた。
撮影を終えると、そのまま受付にまで足を運んだ。
「はじめまして、
「はい秦野くん、ね……キミは1年A組だ。体育館の座席に氏名が割り振られているから、そこで開式を待つといい」
受付を担当している男子学生の先輩に頭を下げ、両親の元に戻る。
と。
桜の花弁が、華奢な人影の姿を
視線が吸い寄せられる。
門と校舎とを繋ぐ通路に、彼女はいた。
長い黒髪。凛とした立ち姿。数年後の美麗を想起させる切長の瞳。
どこか遠くを見据えた表情。桜に囚われた眼差しは、どこか周囲の華やかさとは隔絶した印象を受ける。佇まいが、女子高生らしからぬ大人びた気配を感じさせてきた。
「あの子って……たしか」
受験日が思い起こされる。
古手川さん、だっけ。
「よかった、無事に入学していたんだな」
思わず声が漏れた。
ほとんど無関係な間柄だが、一度関わったし、合格を喜ばずにはいられない。
涙がジンと浮かぶ。鼻の奥がツーンとする。
歳をとると涙もろくなっていけないな。
まだ開式まで時間はある。声をかけておきたい。
オレは古手川さんの元に足を向けた。
「悪い、ふたりともちょっと待ってて! 友達に挨拶してくる!」
「中学の子? 樹理って友達いたの?」
「こっからだから! 高校デビューマンを侮るな!」
軽口を叩いて離れた。
オレは彼女のそばに立ち、静かに呼びかける。
「やあ、無事に来たんだね」
「──あ」
幻像を眺めるように、彼女が曖昧に振り返る。
拳を胸に固め、オレの顔を見上げてくる。
「ずっと、あなたを待っていたの……! お礼を伝えたくて、名前を知りたくて……!」
視線がぶつかった途端、彼女は硬直した。
首を傾げる。人違いではなさそうだけど。
「古手川さん、だよね?」
「あ、あ、ぁ、そんな」
パクパクと口を開閉。
なんだか、後退りながらオレの頭部を凝視している。
ただならぬ雰囲気だ。
声をかけるのも躊躇われる、爆発寸前を彷彿とさせる息遣い。
「ど、どうかした?」
そうして、古手川さんは腹にためた感情を暴発させる。
「ふ、不良ぉおっー!!」
「ゲェーッ!?」
入学式。今朝までは、華やかな学生生活を夢想していた。
学友になれると思っていた彼女から、訣別に近いレッテル貼りを受けたのだった。
オレは頭を抱え、先日の失敗を後悔する──
卒業休み。オレは溢れ出る情熱を、今後の学生生活への投資に対して注いでいた。
自己改革、すなわち高校デビューをするのである。
「明るい学生生活を送るには、まず形式から変えていく必要がある」
人気者になるのだ。そうすれば、自ずと明るい学生生活が送ることができる。
脱色した髪、撫で上げたサイド。
うん、ギャル男ファッションの完成だ。
時代を跨いだ客観視は未来人の特権だ。今の時勢を分析し、トレンドを先取りするのである。平成とはコギャル文化やストリートファッションの時代。このブームに乗るしかないのである。である。
オレは鏡の前で満足げに微笑んでみる。この顔にピンとくる人相だった。とても人気者になれるポテンシャルはうかがえない。
ん!? まちがったかな……
なんかあれに似てるな……グリムジョーって名前のキャラ。ほら、
「……お袋、これどう思う?」
「……彩南を吹き荒れる孤影の夜叉嵐、誰も寄せ付けない硬派な立ち姿──人呼んで『孤高の樹理』って、ところかしら」
「ところかしら、じゃないよ。息子を孤独に追いやるなよ。友達たくさんできるかな! で自己改革に費やしたんだぞ」
「でも、美容師さんに発注した通りなんじゃないの?」
「いや、オレは『オレにいちばん似合うやつ、ください』って」
「ざっくりしすぎよ、バーテンダーじゃないんだからうまく伝わらないでしょ。いくつか候補は提示しておくべきだったわね」
「たしかに、初手で脱色し始めた時は『この局面は荒れるぞ』と心をざわつかせたものだけど」
「歴史に残る一局じゃない。父さんはどう思う〜?」
「いいんじゃないか?」
「親父がいいって言うなら間違いないな」
鏡のオレは、満足げにうなずいていた。
これからの学園生活に想いを馳せ、胸を弾ませるのだった。
回想おわり!
何かの聞き間違いでは、と口を開く。
「不良って、まさか……オレが!?」
「その髪、校則違反です!」
「な……自由な校風だってパンフレットは言ってたよ……!」
「と、とにかく不良よ! こんな、本当のあなたじゃない!」
愕然と立ち尽くす。
直線的な眉。紅潮した肌。
長い睫で縁取られた眼差しは、強い拒絶の意思を示している。
険悪な空気を感じ取った周囲が、ザワザワと雑然とした人だかりを形成し始めた。
胸が不吉な鼓動を奏でる。孤影の夜叉嵐になってるよ、オレ!?
「あの娘、言い寄られてる?」「彼、すごい目をしてる」「怖い、ほんとに不良よ」「狼みたいなワイルド男!」
べ、弁解しなくては!
焦燥のまま、オレは古手川さんの誤解を解こうと笑顔を向けた。
「不良じゃない! ほら、怖くなーい! ご覧、不良じゃできない動きだろ!(三回転トーループ)」
「あ……あなたはこんな不良じゃないと思ってた! 私が、私が絶対……!」
「ま、待ってくれぇー!?」
走り去る後ろ姿。彼女は体育館の方面に消えてしまった。
残されたのは、解けようのない風評被害。
値踏みするような視線の列。たじろぐ。
潜められた声はきっと、オレ宛の中傷とその類。
女子を辱めた者への世論はひどく冷たい。
喉が干上がる。やっちまった。脳内でイメージしていた学園生活がひび割れた。
オレは体育館へと逃げていった。こんなはずじゃなかったー!
「入学おめでとう! 生徒諸君の成長を、校長として見守れる……むふふ、その喜びに与れることを、大変光栄に思いますぞー!」
マイク越しに響く興奮を帯びた声。
鬼のツノみてーな髪型の校長だな。
教職にあるまじきサングラスと、側頭部にだけ生えた髪を尖らせたスタイル。校長ってやべーやつしかいないよな。
登壇した校長をオレは忌々しげに睨んだ。なんであの風貌が許されて、オレは不良認定を受けるのか。権力ですか。不条理を嘆きながら、周囲の面々に視線を配る。
この一年を共にするクラスメイトだ。古手川さん……は、B組か。クラスが別でよかったかもしれない。先ほどの事件は、お互いにショックだったし。
「わしも校長として、生徒と共に成長を……惜しみない愛を育んでいきますよぉ〜!」
鼻の下が伸びた宣言だった。幻覚か、ハートが校長の周囲を弾けてる。
PTAはこの男を野放しにするのか?
まばらな拍手で校長が送られる。その後、生徒会長が閉式を担った。
つつがなく入学式は終了した。なんだか呆気ない。
閉式に合わせ、生徒がザワザワと浮き足だってきた。
「…………」
あ、古手川さんがこっち見てた。
苦笑しながら手を振ってみたら、慌ててそっぽを向かれた。
「それじゃ、みんな教室に向かっておくように」
高齢の教員に促され、体育館を後にした。
教室に着き、クラスメイトの様子を観察する。
浮わついた空気。落ち着きなく視線を惑わせた。
スタートダッシュが肝心だ。この時期で作るグループが、今後の学生生活に影響する。ここで友達を作れなければ、オレは『一人ぼっち』というレッテルを貼られてしまう。
少なくとも、この時期にする会話や振る舞いなんかで、今後の印象に大きく影響するだろう。
中学校が同じだった人は、すでにグループを形成している。
初対面だろうに、女子は仲良くなるのが早い。男子に関しても、短い会話をいくつか交わしているようだ。
グループ化が進むと、人間関係が構築されて自然と孤立していってしまう。
勇んで後ろの男子に声をかけた。
「はじめまして、秦野樹理だ。よろしく」
「ほお、悪人顔に反して礼儀正しいじゃないか。僕は的目あげるだ。よろしく頼むよ」
丸メガネにおぼっちゃまのようなパッツン髪。真面目のお手本のような男子だ。
的目くんは遠慮ない口調で握手に応じてくれた。よしよし、幸先いいぞ。この調子で友達100人できるかな。
「時に君は、往来で女性をナンパしていたそうだね」
「えぇ〜?」
もう噂回ってるのぉ?
オレは笑顔を意識しながら首を振る。
「違う違う、誤解だよ。オレ、知り合いに声をかけただけだ」
「そうかね。僕の目には恐喝に見えたが」
「誰かから聞いた話って口振りしといて現場目撃してるのかよ」
このおかっぱメガネめ。頬がひきつく。無表情に腹芸を食わせやがった。
「とにかく誤解だよ。オレは不良じゃないし、これからクラスメイトとして仲良くしてほしい」
「じゃあその髪はどういう了見だね」
「…………」
高校デビューです、臆面もなく言うのは
押し黙ったオレを眺め、彼は訝しげにメガネを光らせる。
「その髪なら、誤解を受けてもしょうがないのでは?」
「ごもっともだ……」
急所を衝かれた。
項垂れてしまう。
そうこうしていたら、教員が入室してきた。さっきの高齢の先生が、このA組担任だったのか。
「じゃあみんな……なんだっけ、そのぉ……こう、みんながパーソナルスペースを縮めるあれ」
「自己紹介ではありませんか?」
ここがチャンスだ。
友好的な態度をアピールして、今後の友達作りに役立てる。
オレが用意したデッキは趣味、特技の二種類。どっちも環境入りしている。
席順の自己紹介で、いの一番に短髪の女子が名乗りをあげる。
「新井紗弥香! 趣味はカラオケとプリクラ!」
「猿山ケンイチでぇっす! 趣味は女の子!」
「西蓮寺春奈です。紅茶が好きで、特技は料理です」
「沢田未央! 趣味は可愛いもの! よろしくねー!」
「白百合こよみです」
自己紹介が終わるたび、拍手がおざなりに起きる。
あっという間にオレの番だ。
その場で立ち上がると、視線が集中する。
「秦野樹理、趣味は筋トレと勉強……特技は、モノマネ」
「「「…………」」」
「一年間よろしく」
「樹理くんは彼女いるのー?」
視線をやると、ミルクティー色のウェーブヘアの女子が、大きな瞳を向けてきていた。
答えに窮する。意図が読めない。
用意したデッキが通じなかった以上、さっさと離脱したいんだけど。
頬を指でかき、静かに答える。
「……ええと、特定の相手はいないよ」
「ふーん、ふーん……」
なんだ、この時間。
彼女はオレを一瞥し、細い顎を引く。望んだ答えだったのか分からず、席について息を吐いた。
妙な沈黙。 的目くんは、何事もなかったかのように引き継いだ。
「的目あげる。特技は勉強です」
と、次はさっきの子。
快活な笑顔を振りまき、朗らかな口調で言う。
「あたし、籾岡里紗! 趣味は服えらび〜! よろしく、ね!」
と、ウィンク。
華々しい子だな。ぼんやりとした意識で拍手を送る。
次は、茶髪の男子。線の細い顔立ちに若干の緊張を浮かべ、人の良い笑顔を浮かべる。
「結城リト、ええと特技は……園芸、かな。一年間よろしく!」
いちばんすきな回はワンダフルライフです。愛犬家なので