グッドトリップ   作:平成

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平成に遅れるなよ


アシンメトリー

 引き戸を開けると、教室内の視線が集まった。一瞬たじろぐが、自分の席についた。染め直した髪を撫ぜる。

 入学から一週間が経過した。

 二度目の学生生活は、かなり新鮮だ。

 なんてったって視界に女学生がいる。

 かつての青春時代に女子はいなかった。

 男子校であれば、一週間もすれば一定の狂気度が教室に充満する。誰が一番美しく登校できるかコンテストが開催され、全裸で登校する人間が相次いだものだ。鮮明に覚えているのは、テッペンを取ったやつが、ほかの参加者がもつ秘密のディスクを牛耳る紳士協定交友会だな。

 あと、なんでか不明だが『来年度から共学になる』という噂が蔓延する。しかも長期的に。あれって原因あるんですかね? 学会で発表してほしい。

 

 オレは日に日に実感していた。未来は変えられる。良くも悪くも。分岐した未来を歩んでいる現在、既知的な展開は訪れない。望んだ通りの道を歩むためには、結局のところ自分の力量に依存してしまう。

 思案にふけていると、次々と生徒が登校してくる。

 

「やっ! 樹理クン!」

「おはよう、籾岡さん」

「ちょ、ちょいちょ〜い! あたしのスキンシップをよけるとか!」

 

 からぶった手を彷徨わせ、不機嫌そうにオレの顔を覗き込む。

 籾岡さんは唇を結びながら、薄い色素の目を強めに細めた。

 着崩した制服。自然な印象でメイクされた表情。

 平成ギャル然としたイマドキの女子高生。

 彼女は危険だ。男女間の距離感と思えないボディタッチで、オレの心を惑わせようとしてくる。よしんばオレの心が年相応であれば、『オレのことが好きなんじゃないか』と勘違いしていたところだ。

 視線を逸らし、頬を掻く。

 

「籾岡さんは女性なんだから、もう少し距離感を持って接してくれると嬉しいよ」

「何おじさんみたいなこと言ってんの! 樹理クンってさ、ほんとファッションヤンキーだね! 見た目の感じと性格にすごいギャップがあるっていうか!」

「あまり強い言葉を使うなよ────傷ついちゃうぞ」

 

 心はおぢだぞ。

 内心で涙を流すオレに背を向け、さっさと自分の席で友人と話し始めてしまう。

 うーん。女の子って難しい。

 悪評の立っているオレに対し、籾岡さんは気兼ねなく話してくれている。なかなかクラスに馴染めきれないオレにとって、心のオアシスではある。クラスメイトとして適切な距離感を守ってくれれば、憂うことなく付き合えるというのに。

 

 一週間で、クラスのグループ分けが進んだ。

 もう交友関係が形成されつつある。既存のグループができてしまうと、後から加入するのは難易度が高い。オレはといえば、なかなかどこのグループにも馴染めずにいる。

 

「的目くん、何の本を読んでいるんだい」

「バトル・ロワイアルだよ」

「……道理で分厚い本だ」

「…………」

「ごめん、読書で忙しいよな」

 

 うーん。若い子と話すのって難しい。

 他の子と話そうにも、オレのレッテルに怯えてしまってなかなか会話を成立させられない。

 ヤンキーって下馬評が邪魔しているな。どうにも。

 どうしたものかなぁ。もっと砕けた方がいいのかな。

 

 グループの会話を盗み見る。

 

「おいリト、このクラスってかなり女子のレベルが高いよな……!?」

「なっ……!? 猿山、もうそんなこと考えてるのか!?」

「ちょっと話題に上げただけで顔を赤くしすぎだろ……高校のうちにその免疫の低さを治せるといいな」

 

「紗弥香〜! 今日もお肌ぴちぴちだねえ〜!」

「わ、手冷たいなぁ……!」

「おっぱいも揉んでやれ!」

「ちょ、ちょっとやめてよこよみ〜!!」

「うへ、へへへ紗弥香っぱい……女子に産まれてよかった……心の睾丸にマジで感謝……」

 

 突っ伏した。

 胸の奥で複雑な感情が渦巻く。女子のスキンシップって進んでるな? 若い頃ならありがたいと思う光景だったが、今の自分の心境は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。見てはいけないものを見てしまった背徳に思い悩む。

 苦心を注いでいると、あっという間に始業の時間がきた。

 授業を受けるのは案外楽しい。一度は勉強した内容だが、忘れているところも多い。思い出すように勉強していると、より知識に定着していく感覚に陥る。これが病み付きとなる。

 

 休憩時間。購買に向かう。

 今日は何のパンにしようかなー。

 

「……や、やべえ。アイツ、樹理だぜ」「入学初日でクラスの女子全員に粉をかけたとか」「駅前のサイファーのリーダーやってるとか」

「…………」

 

 購買の人だかりが不自然に割れた。オレを中心に。

 腫れ物扱い極まれり。オレは大人しく列に加わった。

 人の噂も七十五日というが、噂が収まるまでの間、当事者にしてみればなかなかの居心地の悪さだ。悪評にはなるべく反応せず、事なきをゲインするのだ。

 今日はカレーパンにした。オレはいそいそとその場を後にし、ひと気のない場所まで足を運んだ。ぼっちにはぼっちに相応しい舞台があるんだ。マイフェイバリットプレイス、フィールド魔法屋上、発動。

 

<開錠禁止>の警告が貼られた扉を開く。

 春らしい温い風。桜の気配が混じった風は、徐々に青い香りを滲ませてきている。

 しっとりと冷たい床に座り、カレーパンを頬張る。

 スパイスと脂質のコンビネーションが舌下に伝わった。うま、これ。

 

 ボケーっと空を眺める。

 視線の引っ掛かりを求めて、朧月をロックオン。

 淡く欠けた銀光。昼に見える、中途半端な月。

 なかなかポジションを確立できないオレは、その頼りない明かりに、妙なシンパシーを覚えてしまう。

 やり直しを志してはいたけど、確固たる目標が持てていない。

 惰性で生きているのと変わらない。これじゃなんだか、タイムリープし損な気がする。

 

「青春って、もっとこう……清涼飲料みたいに爽やかなものでは」

「あ、あなたってまたこんなところでご飯を食べて!」

「……古手川さん、よくここがわかったね」

 

 扉を開け放ち、怒った顔の彼女が登場。攻撃表示だ。

 入学初日、オレを不良認定した古手川唯さん、その人だ。この一週間、彼女はオレを見かけては注意するようになっていた。廊下を走るなー、シャツの胸元から鎖骨がうっすら見えてハレンチだー、袖を捲った腕の血管がハレンチだー、とか。思い起こしてみたら、ほとんど因縁つけられてるみたいだな。

 古手川さんは汚れを知らない潔白な顔で、困り果てたオレの顔をビシリと指さす。

 

「いい!? 屋上は使用禁止なの!」

「大目に見てほしいな。教室だと居場所ないんだよね。オレがいるとみんな緊張しちゃうみたいだから」

「そ、それとこれとは関係ありません! 教室が使えないなら中庭を使えばいいじゃない!」

「マリー・アントワネット?」

「変な感想やめてください!」

「ごめんごめん。これ食べたらすぐに退散するよ」

「すぐに出ていくのっ!」

 

 うーん、駄々をこねてるみたいで可愛い。

 オレは怒りで赤面した彼女の顔を見て、揶揄うように笑う。

 

「じゃあさ、共犯になっちゃう?」

「……どういうこと?」

「あなたもここで食事をするんだ」

「なんでそうなるのっ!? 私は校則違反を注意しにきたのに!」

「でも、注意するだけなら弁当はいらないよね」

 

 彼女が手に吊り下げた猫柄の弁当箱を指差す。

 古手川さんは鼻白んだように沈黙した。

 苦笑する。なんだか、彼女の内面が見えた気がした。

 

「わざわざ足を運んだわけだし、こっちきて座りなよ。屋上で弁当食べるのも、結構充実した時間になるよ」

「だから私は校則違反を……!」

「オレ以外に見てる子はいないよ。オレだって口外しないし。まあ、単純にオレとの食事が嫌だってならその限りじゃないけど」

「いえ、嫌では……!」

「じゃあほら、こっちおいでよ」

 

 床板にハンカチを敷いて、ポンポンと手招く。

 気分はメフィストを誘う悪魔である。契約しませんかー。今なら設置するだけで手数料はいただきませんよー。

 

「は、はい…………」

 

 萎縮したまま、彼女は頷く。

 意外と素直だ。目を丸くしながら、スペースを置いて座った古手川さんの表情を伺う。髪をかけた耳は紅潮していた。ツンケンして見えるが、人付き合いに抵抗はないのか。

 視線に気付き、古手川さんは切長の瞳を怪訝に細めた。

 

「何ですか……」

「いや、猫みたいだなぁって」

「ど、どこがっ?」

「頑固に見えて素直なところ」

「…………」

 

 言うや、閉口した。薄い唇を引き結び、古手川さんはそっぽを向いたまま弁当箱を開き始めた。

 気を悪くしちゃったかな。

 オレは苦笑しながらカレーパンを食べ進めた。

 

「クラスは慣れた? オレ、デビューに失敗して教室で浮いちゃってるよ」

「……そう、なの」

「まあ、身から出た錆だ。愛嬌と頼りがいでカバーするよ」

 

 彼女の言葉は少なかったが、剣呑な空気感はなかった。

 取り止めのない話を続ける。

 眉にこもっていた力が解け、弁当を黙々と食べている。

 

「今週の体験入部、どこにした?」

「私は……風紀委員になるから、どこにも所属しないわ」

「そう、やりたいことあるんだ」

 

 彼女が顔を上げる。

 思っていた返答と違ったのか、困惑、疑問符を浮かべた表情だ。喘ぐように声を押し出す。

 

「やりたいことがあるって、どうしてそう思うの?」

「きちんと自分の軸に沿った発言だと感じたからだ。古手川さんは、自分の尺度がハッキリとした子なんだな」

「……あなたって、普通の男の子とは違う。みんないつも、不真面目で大雑把なのに。変、変よ……こんなの」

 

 まあ、中身は29歳の一般成人男性だし。

 変な後ろめたさがあるな。彼女は同世代だと思って話してくれてるだろうから、盗み聞きをしているような気分だ。

 

「あの、あなたはどこに入部するの?」

「ありがたいことに、運動部の顧問達からスカウトをいくつかもらえたんだ。まだ決めかねてるけど」

「そう……」

 

 で、沈黙。

 古手川さんを横目で眺める。弁当を開けたまま、箸が進んでいない。さっきまでは食べてたのに、お腹いっぱいなのかな。

 何かを口にしようとしては、そのまま言葉を含んで飲み込んでいる。

 曖昧な表情。ハッキリと意見を言ってくる彼女にしては珍しいな。 

 

 指を組み合わせ、オレはぼんやりと考える。

 違和感がある。

 何かを見落としているような……

 

「あなたは……」

「そうか、名前だ」

 

 得心する。呟きが溢れた先の手には、くしゃくしゃになったカレーパンの包み紙。

 オレは間をおかず、そのまま笑いかけた。

 

「秦野だよ。オレは秦野樹理。自己紹介してなかったろ?」

 

 古手川さんは僅かに顔をこわばらせ、口ごもっていた。

 

「あなた呼びでも構わないけど、名前は覚えていてほしいな」 

「秦野君……」

「うんうん、違和感なくなった。スッキリだ」

 

 プロテインジュースをごくごくと飲み干す。

 よし、補給終わり。ビタミンが足りてないから、夕食はアボカドサラダを加えよう。

 ふと空いてしまった会話の隙間。

 

「屋上、実は空いてて」「えー? 弄光くんってば悪いんだー♡」

 

 と、階段を登る足音と、断片的な話し声が聞こえてきた。

 古手川さんと顔を見合わせる。

 

「だ、誰か来てる……!!」

「落ち着いて、オレが誤魔化すから。古手川さんは物陰に隠れてて」

「そうは言ってももうすぐそこに──きゃっ!」

 

 慌てて立ちあがろうとした彼女は、体勢を崩してオレの胸元に飛び込んできた。

 抱き止めた彼女は、繊細な柔らかさがあった。腰に回した腕から伝わるくびれのライン。至近距離に見える、端正な顔立ち。花の蕾みたいにつぶらな唇。首筋から鎖骨にかけて、汗が伝ってる。体の線が浮く胸、せつなげに震える睫毛。動揺する。やばい、女性の匂いが鼻腔に広がってくる。

 

「「あ…………」」

 

 こんな、事案だ。叫びかけた。

 オレは29歳で、彼女は高校生。

 自制心を、目の前に襲来した圧倒的なディティールが打ち砕く。

 早く離れなくては、瞬間に訪れた焦燥で青ざめる。

 朱に染まった顔。オレの胸を押そうとして、添えられた指先。

 

「筋肉、すごい……」

「ちょ、胸触らないで……!」

 

 昨日のトレーニングの筋肉痛が……!

 で、決定的な現場を目撃されてしまう。

 開け放たれた扉を、オレと古手川さんは呆然と見つめた。

 カップルが、オレ達を見下ろして立ち尽くしていた。

 

「君達……一年生?」

「きゃー! キスする三秒前って感じ!?」

 「「ち、違います!」」

 

 磁石のように体が離れる。

 立ち上がり、弁明しようと詰め寄った。

 

「誤解だ、わかりますよね」

「ひ、ひえっ……! 助けて弄光くん……!」

「…………!」

「き、気絶してる……!?」

「ちょ、先輩倒れる……!」

 

 バランスを失った先輩の体を支え、彼女らしき先輩に声をかける。

 

「オレ、この人を保健室に連れてくんで、この件はくれぐれも内密に」

「颯爽と、かっこいい……!」

「古手川さん、そういうことだから!」

 

 ドキドキと鼓動する心音を聞かないフリして、オレは逃げるようにその場を後にした。

 精神は成熟しているのに、身体の機能に振り回されている。

 アンバランスな感情。この状態で、まともに恋愛できるのか。




たくさん読んでもらえて嬉しいです
えっちいのは大好きです
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