グッドトリップ   作:平成

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平成からみんなアップデートできてないんだね
私もそう……令和のパッチノートよめてない……


ウゴクメモ

「校長先生、無事だったんでしょうか」

「ええ、まあ……なんとか治療したわ」

 

 言葉を濁しながら、彼女は窓辺に腰掛けた。眩しそうに目を細める御門先生は、ぞくりとするような色香を感じさせてくる。

 視線を宙に惑わせ、平静を装う。

 赤くなった顔を見られてないよな。

 

「本人、まったく堪えてなかったわよ」

「そうですか……でもまあ、復帰次第、謝罪に伺わないと」

 

 2日前のことだ。

 昼休憩中のオレ達に「賛美」と連呼する狂信の校長(ふしんしゃ)が襲いかかってきた。オレはそれを回し蹴りによって撃退したものの、校長はそこそこの重傷を負ってしまったのだ。

 頚椎損傷とまではいかなかったが、鼻は折れていたらしい。最近、他人の骨を折る頻度が異常だな。なんの因果だよ(わけがわからないよ)

 正当防衛による結果だったとはいえ、オレへの罰は必要だった。すわ退学かと騒がれたものの、それは御門先生のおかげで未然に防がれた。

 

 御門先生の提言と、状況判断。このふたつが大きかった。

 結果的に、一週間の保健室登校による自主勉強が義務付けられるだけで済んだ。事実上の謹慎処分である。人を傷つけた割には、かなり温情を働かせてもらったものだ。

 壁に向けて置かれた学習机、御門先生の活躍で獲得したポジションに、今日もオレは腰掛けていた。

 この2日間、御門先生には色々と気を回してもらっている。本当に頭が上がらない。

 

「校長も、おそらく明日には戻るでしょうね」

「バカな……!?」

 

 樹理驚愕。本当に人間か、校長は。

 事もなげに告げる彼女は、とっくにこの話題への関心が薄いのか、それ以上のことはこぼさなかった。オレが子供だから、大人の事情には触れないでいてくれてるのだろう。

 視線を落とす。ぎこちなく組み合わせた無骨な指が、落ち着きない様子で組み直される。

 もう子供ではないが、彼女は大人としての立場を貫いてくれている。

 なんやかんやで、その気遣いが嬉しくって保健室を居心地よく感じてしまうのだろう。

 

「超会議を開きましょう」

「もう、しょうがない子。今日の相談はなに?」

 

 唐突に口を開いたオレにコーヒーを手渡してきながら、御門先生が微笑みかけてくる。

 砂糖の有無を聞いてこないのが、なんだかむず痒い。好みを把握されてしまった。

 随分と気を許してしまったな、などと考えつつ、顔を正面に戻す。

 

「話したいんですよ、結城くんと」

「……謹慎後に話せばいいじゃない」

「あ、ちょっと呆れてますね。わかりませんか、同年代の子から愛想笑いで会話を断たれる寂しさが」

 

 オレが「いい天気だねー」と話しかけようものなら、彼らは血祭りを想像する。オレの放ついい天気とは血の雨を意味するらしい。なんだよそれ。天気デッキが環境外って調整ミスによるもの? 行政がなんとかしてくれよ。

 

「口下手ではない部類だと思うのですが、若い子と話す時は遠慮してしまうんですよね、どうにも。なるべくオレ相手に心労を負ってもらいたくないんです」

「同年代でしょうに」

 

 苦笑する御門先生。

 失言だ。この保健室、落ち着くばかりか理性の抑止(ストッパー)が正常に機能しない……気がする。言ったら危ない自意識が漏れ出てしまう。

 オレが未来人だなんて公言したら、電波キャラとして今度こそ完全に孤立してしまう。ただでさえ崖っぷちなんだ、それは避けたい。電波男ではなく青春男なのだ、オレは。

 

「だから、シミュレーションをしておきたいんです。ファーストコンタクトが全てじゃないですか」

「あなたって、見た目の割に拗れてて可愛い」

「生徒をからかわないでください。無難なところで、彼の特技である園芸の話から攻めようと考えておりまして」

「たとえば?」

「家庭菜園の話題です。共通の話題こそ、話題構築の秘訣です。知っていますか、ホームセンターには栽培キットがあるんです。手始めにひまわりを育て始めました」

 

 ケータイに写真を表示する。昨日、購入してきたものだ。

 ぼやけた電子画面を瞳に反射させ、御門先生が眉根を寄せる。

 

「あなた、行動力はあるのよね」

 

 残念そうにため息まで吐いた。

 失敬な。オレはむくれながら抗議する。

 

「会話で機微を探るのは難しいですから、人は行動で判断するんです。オレの育てたひまわりが咲けば、きっと結城くんとの友情は芽生えるはずです。完璧なビジョンですよね」

「あなたの友情観って気持ち悪い湿度してそうね」

 

 致命傷の音がした。*1

 ……認めるとも。

 人生において同性の友人が少なかった分、特定の友人に対してジメジメとした友情を持ってしまうのだ。

 御門先生が嘆息し、項垂れるオレに言葉を降らせた。

 

「話したこともない相手に、よくそこまで妄想を働かせるものね」

「よしてくださいよ、もう。ライフゲージの減りが見えませんか」

「案外経験少ないのね。知ってる? 友情に理解は不要なのよ」

「なんですか、それ。オレが坊やだって言いたいんですか」

「手のかかる子って思ってるの」

 

 彼女は少女のようにあどけなく笑っていた。隙があらばイジってくるよな、ほんと。

 げんなりとした顔を誤魔化すようにコーヒーを口に運ぶ。

 

「ん……? ちょっとピリッとするような……」

「ああ、洗剤の洗い残しね。ごめんなさい」

「まあ、少量なら大丈夫か……」

「ケータイ契約してたの?」

「え、まあはい。入学祝いでつい先日」

 

 親しか登録されていないアドレス帳。

 卒業までに増やせたらいいな。

  

「没収、ね」

「あ、あー! ドロボー! だいじなしなものがぁ〜!」

 

 いつの間にか手元からケータイを掠め取られた!?

 この泥棒猫! 噛みつきそうなほど威嚇するオレをよそに、彼女はケータイを慣れた手つきで操作している。

 そして、すぐに返却してきた。

 

「私の番号、入れておいたわよ。これでいつでも連絡できるわね」

「えー! うれしー!」

 

 バンザーイ! 諸手を挙げて喜んでみる。彼女は先生という立場であれ、美人であることに変わりない。男としては素直に嬉しく思えた。

 ウキウキで画面を眺める。

 

「ん……? 涼子……?」

「そ、私の下の名前」

「…………」

 

 閉口する。生徒相手に、名前?

 もしかして、御門先生ってちょっとやばい?

 いろんな想像が頭を駆け巡った。

 ガチガチになった首で彼女を盗み見る。

 あ、舌出してる。蛇が獲物を見定めてるような所作だと錯覚した。

 冷や汗でシャツが張り付く。

 目を合わせないように、窓辺へと視線を投げる。

 今は体育の時間なのか、体操服姿の生徒たちが校庭で陸上に勤しんでいる。

 

「いやーいい天気ですね」

「そうねぇ。体、動かしたくなってくるんじゃない?」

「確かにー。でもまあ、謹慎に甘んじますよ」

 

 不発ね、なんて言葉が聞こえた気がした。どこからか惨劇回避という毒電波(テロップ)が観測できた。なんだこのウィンドウ。

 チラリと視線を向けると、彼女は白衣をチェアにかけていた。

 ノースリーブの肩が、白く映えてる。

 邪念を払うように瞑目した。

 自分の動悸に耳を傾ける。心臓の拍動に抗うように黙った。

 

「そういえば、どうして鍛えてるの?」

「ムキムキは趣味です。意味はありません」 

 

 きっかけはなんだっけ。

 デスマーチが続いて会社から帰宅できない期間があって、会社付近にあるシャワー付きのジムを契約したことだったか。シャワーだけを利用するつもりが、いつの間にか肉体改造を施されていたのだ。怪談みたいな話だ。

 

「趣味だったら尚更、体を動かしたくなるんじゃないの」

「まあ、休息は大事ですから。体に負担ばかりかけても成長はしませんし」

 

 それに、今の体は成長期だ。故障のリスクが高頻度にチラつく。成長に習慣は馴染みづらい。常に変わり続けるから、定着は難しい。

 若い体の成長というのは恐ろしいもので、代謝はいいし、怪我をしてもすぐに治る。

 オレが老いを自覚したのは去年の28歳くらいだったか。なかなかカサブタが塞がらなくなるのだ。

 加齢というのは、徐々に老いを実感するようなグラデーションがあると思っていたけれど、ある日唐突に「あれ、体がちょっと変だなぁ」と自覚する、突拍子のない変化によるものだった。

 気になる抜け毛と肌の荒れ、それらの小さな不幸の積み重ねが、人を大人に仕立てていく。

 それに、なんの気兼ねなく油物を摂取できる。ほんと、若者の特権だよ。

 

 思考の海に潜るオレを、彼女は不審がる様子もなく眺めていた。

 細い顎に指を添え、感嘆を漏らしてすらいる。

 

「考え事をしてるあなたの横顔って、年不相応に見えるのよね」

「それは、褒め言葉として受け取りますよ」

「ええ、賞賛だもの」

 

 御門先生はまたドキドキさせる笑みをしてくる。オレは心の装甲を強固にした。事案(トラブル)が起きたら今度こそ退学。人生の終止符を打つ引き換え切符は、いっときの過ちである。

 このまま見ていたら、いよいよどうにかなりそうだ。

 

 息を吐き、眉間を揉みほぐす。

 そろそろ勉強に戻ろう。

 小休止で置いていたペンを取って課題と向き合う。ほとんど高校受験の復習だ。解くのに難解さは感じない。ただ、このふたりっきりという状況を意識せずに済む課題が、大小はどうあれ意識を(そそ)ぐのにありがたかった。

 

「本当なら、すぐにでも教室に戻してあげたいのよ」

 

 御門先生には珍しい、懺悔の響き。

 なるべく意識はしたくなかった。

 でも、掠れた声を聞き逃すなんて、一端の人間としてできなかった。

 

「謹慎も悪くありません。特別待遇って感じで」

「だけど、散々言ってるじゃない。友達が欲しいって」

 

 んー、なんだ? 

 からかわれてるわけでも、試されてるわけでもない。

 なんだろう。探り当てられない妙な違和感。

 勉強に意識を向けながら、言葉を慎重に選んでみる。

 

「もしかして、心配してくれていますか」

「そうね。あなた、すごい量の噂がたってるのよ」

「えー……例えばどんな」

「保健室の死神って呼ばれてるわ」

「お、穏やかじゃない」

 

 唇の端がヒクヒクと痙攣する。

 

「仕方ありませんよね、こんなナリしてますから。前の恐喝まがいとは違って暴力沙汰ですし」

「だからせめて、先生にできることならなんでもするから」

「結構です。オレは、とっくに自立しているんです」

 

 言い聞かせるように、オレはつぶやく。

 

「行動あるのみです。外見と素行で誤解されているのだから、外見(ハード)の問題は素行(ソフト)で解決するんですよ」

 

 あ、御門先生がこっち見てる。

 オレは顔を持ち上げ、犬歯をむき出しにしてニヤリと笑う。

 

「それに、役得ですよ。あなたを独り占めできるんだからな」

「…………」

 

 白い頬をぶるりと震わせ、彼女は無言のまま顔を背けた。

 まさかオレから口説き文句が出るとも考えていなかったのか、照れている様子だ。

 してやったり。意外と防御力低いんだよな、御門先生。オレはコーヒーを口に含み、計算通りとほくそ笑んだ。子供だからと侮るなよ、オレは大人だ。言葉の駆け引きくらいできるんだ。

 

 などと、窓に反射する赤面した自分から目を離しながら、再びシャーペンを走らせ始めた。

 

 御門先生は、すでにオレから視線を外している。

 彼女も、健康診断の資料をまとめる業務に戻っているようだった。

 

 穏やかな時間が流れる。

 窓をわずかに振動させている生徒たちの声。

 校舎に息づく、ノスタルジックな足音。

 

 安心と同時に、焦燥を覚える。

 いつかこの平穏が終わる日は、否応なしに訪れるのだ。

 不可思議なタイムリープや、突然の事故などに限らず、学生は、それぞれの青春を過ごして社会に飛び立つ。

 時間とは不可逆なものだ。例外はあるが。

 現在、この道程をどう歩めばいいか。

 時間の速さを知っている。

 だから、この貴重な日々をどう過ごしたいか、自問を繰り返す。

 

「……やっぱり」

 

 ノートに落ちる声。 数式が羅列された粗い筆跡の上で、繰り返された命題が注がれる。

 

「やっぱり……なにか、夢がほしいよなぁ」

*1
会心の一撃




評価コメント全部読んでます……ここすき嬉しいです……Twitterも作品名で巡回してます……感想何回も読みかえしてます……
感想とか評価とか拝見してたらダークネス解放させたくなったので解放させました

https://syosetu.org/novel/372112/

ダークネス版も、ぜってえみてくれよな!

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