グッドトリップ   作:平成

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平成はいいね
リリンが作った美しい元号だ


エンカウント

 流れるままの日常。

 大学受験が訪れるまでの猶予期間(モラトリアム)

 友達と教室で過ごし、学業に専念する。

 当時は退屈に感じていたところはあるが、戻ってみるとかなり充実していた。

 シャツに袖を通し、家族に送られる。

 当たり前だけど、もう手に入らないはずだった幸福。

 悪くない。タイムリープ万歳。

 このままごく当たり前の日々を送り、また社会に飛び立つ。そう、考えていた。

 

 やがて知る。

 オレのタイムリープは、これから過ごす日常への入り口に過ぎなかった。

 


 

「遅刻遅刻ゥ〜!」

 

 私、秦野樹理15歳(29)!

 彩南高校に通う一年生! 今日も今日とて朝ジムに行ってたんだけど、ことのほかフリーウェイトが白熱して学校を遅刻しそうになっちゃってるの!

 いまはトレーニング後の30分(ゴールデンタイムラバー)だからプロテインを飲みながら登校してるところ!

 電車と横並びに走りながら、彩南高校へと急いでいた。

 

「お、おい! なんだあれ!」「まるで重機關車ッ!」「ケケケ、だあの(ファッキン)健脚」

 

 バクシンバクシン!

 いいペースだ。電車を逃した時は肝を冷やしたが、余裕を持って登校できるくらいには巻き返せた。これが諦めないってことだぁぁぁ──!!

 

「わぁっ!」

「うぉっ!」

 

 曲がり角で、あわや衝突寸前の人影を回避する。

 ハイになっていた(モノローグ)が冷却され、オレは足をもたつかせた。

 横目で人が倒れるのが見えた。

 

「いてて……」

「す、すみません! 怪我はありませんか?」

 

 尻餅をついた少女に手を差し伸べる。

 目を見開く。

 桃色の長髪。藍色の美しい瞳。花のように鮮やかな唇。

 鼻筋の通った端正な顔立ちもそうだが、何よりも、少女の異人めいた服装が目を惹いた。

 

 白百合を彷彿とさせる佇まいだ。

 頭部を覆う大きな被り物。

 白を基調とした幻想的な衣装(ドレス)

 どの国にもない異端なファッション。

 造形(フィギュア)じみた美しさだった。コスプレだと評するには、あまりにも高貴な雰囲気がある。

 まるで、曲がり角で宇宙人にぶつかったかのような衝撃を感じた。

 現実離れした出来事に離れていた意識が、彼女の手の柔らかさで引き戻る。

 

「ごめ〜ん。前見れてなかったよ……」

「え、ああ……いえ、オレの前方不注意でした。怪我はありませんか」

「これくらいへっちゃら!」

《あなた、このお方をどなたと心える! プリンセスに尻をつかせるなどなんたる不敬ですか!》

「もう、ペケは口うるさい! ケガがなかったのだからいいじゃない」

「え、いま、帽子が動いて……?」

「うんっ? そうそう、ペケが喋ったの。私がつくった子なんだよー!」

《ララ様! あまり地球人にご自身を公にしてはなりません! どんな騒ぎに巻き込まれるやら……》

「別にいいのにー」

 

 夢に迷い込んだのか?

 オレは目をゴシゴシと擦った。特に位相ズレは確認できない。

 じゃあ何か、目の前で電子音とやりとりする少女は現実だとでも?

 現実(タナトス)は死に絶え、眠り(ヒュプノス)が息を吹き返した? 現世と冥界の逆転?

 疑問符が泡のように浮かび上がり、混乱真っ只中のオレの顔を、彼女はあどけない仕草で覗き込んでくる。

 

「ねーねー! リト知らない? どこにいるか探してるの!」

「リト……? ええと、結城リトであれば、この横断歩道をまっすぐ行った先にある学校にいるだろうけど」

「わかった! ありとぅー!

 

 ドヒューン! と少女らしからぬ身のこなしで踵を返し、彼女はあっという間に道の先へと消え去ってしまった。

 知り合いかどうか尋ねようとした口をぽかんと開き、しばしその場で立ち尽くした。

 妖精と遭遇したのか……? 

 

「……ってやばい、遅刻!」

 

 

 全力で走ること3分。

 オレは正門にたどり着いた。このまま教室までトライしたいところだが、汗をかいたまま教室に向かうのはテロ行為に等しい。膝に手をつき、ゼーゼーと胸を上下させる。

 鼻先に汗が粒となって落ちた。

 取り出したタオルで拭う。

 ぼやけた視界が息を吹き返す。

 

「おい秦野、お前にしては珍しく焦ってるな」

「あ、鳴岩先生おはようございます……いえまあ、少々寄り道してしまいまして」

「感心せんな。さっさと行かんか」

「失礼します」

「と、待て。お前宛の伝言を忘れてた」

「伝言?」

「御門先生だ。たまには保健室にも顔を出すようにと」

「あー……了解しました。伝言ありがとうございます」

 

 謹慎以降、立ち寄る機会がなくなっていた。このまま自然消滅してしまうところだった。

 お世話になったんだし、顔を見せないのは失礼だったな。

 

「休憩中にでも顔見せようかなぁ」

 

 朝の教室。既にほとんどの生徒が登校していた。

 オレはいの一番に結城へと声をかけに向かった。

 机に突っ伏しており、只事ではなさそうな様子。

 

「おはよう、さっき結城を探してた桃髪の少女がいたんだが、知り合いに心当たりは?」

「ああもうどうしよう……どうすれば春奈ちゃんの誤解を解けるか……」

「むむむ」

 

 オレは唸った。

 様子がおかしい。

 考え事に没入し、苦悶がそのままストレートに漏れてしまっているようだった。

 こういうブツブツと呟き応答がない場合、大抵はそっとしておいた方がいい。エンジニアがそうだった。ちなみにだが、デッドライン間近のエンジニアにはちゃんと声をかけないと、飛ぶぞぉ!?

 

「授業を始めるぞぉ」

「先生、まずはホームルームが先かと」

「おー……そうじゃそうじゃ……」

 

 一時間目は骨川先生の授業だ。

 この一ヶ月で発覚したが、先生はたまに耄碌(もうろく)する。

 オレは自分の席に戻りながら、頭を抱えたままの結城を流し見た。

 昨夜の着信といい、今朝の少女といい、彼の身に何かトラブルが起きているのかもしれない。力にならなくては。

 と、授業の時間。

 

「ちがぁあああう!」

 

 突然、うたた寝から目覚めた結城がそう叫んだのだ。

 ……どうやら相当に末期らしい。

 機を見て話しかけよう。

 で、休憩。オレは早速、窓際の結城へと声をかけた。

 

「どうかしたの? 昨日のメールといい、尋常じゃないね」

「ああ、いや……うーん、ええと」

 

 歯切れが悪い。

 言葉を待つが、彼の口は呻きしか聞こえてこない。

 

「なんて説明したらいいんだぁぁ」

「…………」

 

 四時間目は男子が保健、女子が体育。

 オレは席を立ち、保健室へと赴いていた。

 御門先生は、体調を崩した生徒の案内を終え、オレと向き直った。

 

「妙なんですよ、友人の様子が」

「あなたの会話っていつも入り口が倒置法ね」

 

 呆れた様子でため息。

 美女の仕草はいちいち心にさざなみを起こす。

 頬を掻きながら、窓辺に腰掛けた。

 

「何かよくない事に巻き込まれてないか、心配なんですよ」

「へえー、揉め事かしら。あなたなら大抵解決できるんじゃない?」

「オレ自身は非力ですよ。特別なことなんて何もできません」

「……ふーん。変な言い回し」

 

 視線が頬に集中している。

 コーヒーの湯気の奥、双眸が見えた。

 

「その言い方だと、特別なこととそれ以外への定義がハッキリと区別できているみたいね」

「どういう……」

 

 訊き返そうとしたとき、突然、保健室の扉越しで騒然とした足音が響いてきた。

 一つ二つではなく、複数の息遣い。

 うーん、荒事の気配。

 オレは足を向け、御門先生に言い含める。

 

「様子を見てきます。御門先生は、ここで」

「ええ、よろしくね。番犬ちゃん」

 

 頷き、扉へ向かう。

 

「保健室の前で騒がしいな、寝てる人もいるんだぞ」

「は、秦野!」「あ、さっきの!」

「結城……それと、結城を探してた子?」

 

 藍色のまっすぐな目で見つめてくる。

 見紛うはずがない。

 住宅街に迷い込んだ妖精の類かと思っていたが、結城の知り合いのようだ。

 彼女は驚くほど澄んだ視線で、尋ねてきた。

 

「奇遇だね。リトの友達?」

「ええまあ……マヴですよ」

「よく落ち着いて会話できるな!?」

 

 確かに。

 廊下はひどく混雑していた。目を向ける。

 

「や、やべえぞ……死神だ……」「かまいやしねえよ、多勢に無勢だ!」「たしかに……! 秦野だっていい思いしまくってんだ……いっそまとめて」

「修羅場でござるな。猿山くん、どういう状況? 経緯を教えてくれ」

 

 猿山くんへと声を飛ばす。なんで集団を率いてんだ。見れば、廊下を埋める群衆の男子ほとんどが血走った目をしている。

 彼は血涙すら流し、拳を握った。

 

「そいつは春奈ちゃんという想い人がいながら、そのめちゃかわ美少女を嫁にしやがったんだよ!

「……よし。インプットできた。できただけだが」

 

 眉間を押さえる。

 なんだ? まず、結城の想い人が学級委員の西蓮寺さんだってのは、彼の視線から気づいていたが、嫁だって? この妖精めいた彼女が? とどのつまり学生結婚?

 結城が悩んでたのは、この件と見て間違いない。

 得心とめまいが同時にやってきた。

 後ろから肩をぽんぽんと叩いてみる。

 

 

「結城、学生結婚には苦労が多いと聞くよ。あなたの今後の幸福を思えば、あまり推奨できない」

「誤解だ! 結婚なんてオレは──」

「──やっぱり、嘘? リト、私が好きだって言ってくれたのに」

「リトてめえ!」「高橋りやがって!」「許せねえ!」「正義を行うべし、たとえ世界が滅ぶとも(Fiat justitia, ruat caelum)」「この薄汚え不貞野郎に天誅を!」

 

 女の涙に男は脆い。

 燃え盛る業火のようだった。

 渦となって一体化した人々は制御できない。

 今にも押し寄せてきそうな怒気が空気を震わせる。

 ひとまずは事態を収めないと。なんと声をかけるべきか。嫉妬()の獣と化した彼らは、どうも怒りを発散させなくては気が済まなそうだ。

 

「うーん……」

「は、秦野! お前まであっちに付かないでくれ!」

「当たり前だ!!」

 

 ドン! と一喝。間髪なしに。

 友達のピンチだ。あるいは門出かもしれないし。

 あの日、声をかけてくれた恩義に報いる機会だ。

 考えるのはやめよう。いまは結城(パーク)の危機なのだ!

 前に進み出る。群衆がどよめいた。

 友情パワーで満ちたオレは無敵だ。

 

「抑えてはおくけど、一つ約束をしてくれ」

「な、なんだよ……」

「挙式の折には、オレを友人代表でスピーチに指名するのを考えておくと」

「だからオレは結婚するわけじゃ……」

 

 結城は頭を抱えていた。

 八方塞がりといった状況。

 ヤケクソに叫ぶ。

 

「わかったよ! スピーチ頼む!」

「よしきた、これはあれだな。ここはオレに任せて先にいけ!」

 

 サムズアップ。

 友と少女を背中にし、オレは暴徒と化した彼らと対峙する。

 

「秦野樹理……ずっとお前が気にくわなかったんだ! オレたちが華を愛でているところをかっさらいやがって!」

「猿山もボスになったんだろ? この男達の」

「樹理ィ!」

「さんをつけろよデコ助野郎ォ!」

 

 膨らむ熱。闘争の予感を生じせしめる。

 背後でガチャガチャと機械音。

 

「ララ急げ!」

「<ぴょんぴょんワープくん>!」

 

 閃光がふたりを包み、影もなく消えた。

 背後の床には、抜け殻……もとい、男子制服が脱ぎ捨てられている。 

 混乱が頭を埋めた。

 一瞬にして、光と共にふたりは消え去ったのだ。

 事実を認めても意味がわからない。

 

「おい、どこ行きやがった!?」「目が、目が」「保健室の中か!?」

 

 カシャリと瞬き。観測(みつめる)

 空気の揺らぎ。位相の転写(もつれ)

 唖然と疑問が口をついて出てきた。

 

()()()()()……か?」

 

 タイムリープがあるんだし、そういうのもあるのか?

 消えたふたりと、消え失せた体温。

 にわかには信じ難いけど、今の現象はそのように仮定せざるを得ない。

 どんな展開に巻き込まれてるんだ、結城。

 

「お、おい結城とあの子はっ?」「くそ、不完全燃焼だろ!」「そうなんだろ!?」

 

 混乱だけが残っていた。

 ガヤガヤと騒然とした空気。

 集団幻覚でも見ていたのか?

 オレと猿山くんは目を見合せ、お互いに首を傾げた。

 

「いた、よな……? ピンク美少女とリトのやつ……」

「マジックか何かだろうな、してやられたね」

「なんつーか……毒気ぬかれたな」

「さっさと解散するんだね。結城糺弾チームを、解散する!!」

「ちょいちょい! 勢いで解散させんな!」

「とはいっても、猿山くん達だって授業があるんだよ」

 

 噛みついてくる猿山くんは、ふと口元を綻ばせた。

 

「猿山でいいぞ。ずっと丁寧にくん付けされちゃ、どうにも距離を感じちまう」

「猿山……」

「うぉ、いまジメっとしたな。なんでだ?」

「とりあえず、みんな教室に戻るぞ」

「裏番のやつ、命拾いしたな」「結城(ピンク)のやつ庇いやがって」「後で覚えてろ」

「全く……好きに言って帰ったな」

 

 頭を掻く。やれやれだぜ。

 オレは隠し持っていた消火器を所定の位置に戻した。

 とりあえず、結城の服を畳んでおこうか。あ、弁当も落ちてる。結城ってドロップアイテムするタイプの敵キャラだったのか。

 ……おい、パンツまで脱げてるぞ。彼は今裸なのか。不憫だ。

 

「収まったの?」

「御門先生、騒がしくして申し訳ないです。どうにも、結城……いえ、クラスメイトが追われてここまで逃げ込んだようでした」

「ふーん……」

 

 唇にペンをあてがい、彼女は不思議そうに顔を持ち上げた。

 

「なんで服を持ってるの?」

「いえ……なんででしょうか」

「謎かけ?」

 

 そんな唐突に「ここでクイズです!」ってやらないでしょ……

 服を御門先生に預け、教室に戻って行った。

 

 授業を受けながら、空席の結城の机を眺める。

 

 不思議な少女。

 消えたふたり。

 

 思い返すに、あれはマジックの類ではあり得ない。

 現代技術で再現不能な領域。

 自分の見た限りでは、テレポートとしか考えられない。

 超能力? 魔法? オーバーテクノロジー?

 どのジャンルにせよ、超常的。

 ……彼のような子供が抱えるには、難しい案件に思える。 

 

「んだー!? 秦野、よそごとか!?」

「すみません、気が散っていました」

「余裕な態度だなぁ!? じゃあお前、この上半身の筋肉名、わかんだろうなあ!?」

 

 黒板に貼られた解剖図。

 体育教師が指差す筋肉を全て回答する。

 

「大正解だぜ」

 

 破顔し、彼は満足げに頷いていた。

 ノートに視線を戻す。

 考え事をメモ書きしていたから、随分と荒れた様相をしていた。

 何か力になってやりたいが、タイムリープを経験したこと以外、特別な能力は一切ないのだ。歯がゆい。せめて説明を聞けたなら……

 

「お、遅れました……」

 

 その後、制服姿で結城は戻ってきた。

 頬に大きな平手打ちの跡を刻んで。

 ……彼女と破局したのか?




ポニョ、音声作品で「先輩社員から低音でじっくり仕事ぶりを褒められる」「幼馴染お姉さんに甘やかされる」「年上引きこもり幼馴染に甘えられる」「王子様にいつの間にか監禁されて二人っきりの空間で蕩けていく」シチュエーションを聴くの、すき!!!
NO mesugaki NO LIFE.
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