ある朝のシャーレ
かつ、かつ、かつ、かつと足音が響く。
時刻は朝の8時半、シャーレの廊下に人影はなく、聞こえてくる音も彼女の……早瀬ユウカの足音だけだった。迷うことなく真っ直ぐとシャーレのビルを歩いて行き、ある部屋の前で立ち止まる。ポケットから取り出したスマートフォンで軽く自分の髪がはねてないかなどを確認してからドアをノックし
「先生、早瀬です。入りますね」
ドアを開いた。目に飛び込んできたのは無数の空き缶と、食べ終わった弁当の残骸、あちらこちらに散らばった書類の山、そしてそれらの奥にひときわ物が散らかってるデスクに突っ伏す男の人の姿があった。それを見て軽く一度ため息をつき、
「せ・ん・せ・い〜?朝ですよ!起きてください!」
と彼の体を揺らした。最初は遠慮がちに揺らしていたのだが、それでは彼は一向に起きないということをユウカはこれまでの経験から嫌というほど知っている。
「ん……あぁ?ユウカ?」
揺らすこと十数秒、寝ぼけ眼を擦りながら先生は突っ伏していた机から顔を上げた。女性であるユウカから見ても羨ましいくらいの状態のいい銀髪と、細い瞳から覗く碧眼。青いラインが入ったシャーレの制服を身に着けた彼は見てくれだけはどこかの王子様のような印象を抱かせる。そして、そんな彼の首からは彼の顔が印刷されたあるものが下げられていた。このキヴォトスに二つしか存在しない外部の大人の証明、シャーレの職員証である。
「おはようございます、先生。で、これはどういうことか説明いただけますか?」
ユウカはニコリと微笑みながら圧を出す。彼女は怒っていた。なにせこういう注意をするのはもうすでに数十回目だからである。彼はあれやこれやとさまざまな業務を抱え込んでいるのに気分が乗らないなどと言い訳を並べてふらりと失踪し、仕事を放置するのだ。キヴォトスに存在する"もう一人の大人"とセットでユウカ達キヴォトスのトップの頭を悩ませる頭痛の種。
しかし、そんな彼らでもいざという時には頼りになるうえ、彼らの言うことを真に受けるのであれば彼らはほぼ拒否権なしにキヴォトスに連れてこられているのだから始末に負えない。ユウカは彼がつらつらと並べる言い訳を聞き流しながら、もう一人の大人にも文句を言おうと視線だけで探す。どうせそこらへんに雑魚寝してるだろうとあたりを見渡すと、ちょうどソファの影に隠れるような黒髪が見えた。
「ローランさん!貴方も起きてください!!!!!」
そう言って先生を起こしたときよりも強めに彼を叩き起した。うぐ、という唸り声と共にその男は目を覚ます。先生の制服とは色違いの黒で統一された服のシワを手である程度伸ばしながら彼は起き上がり、そしてユウカの顔を見るなり
「うげ、今日の当番はユウカかよ......」
と心底嫌そうな声を洩らした。それを聞いてユウカのこめかみに青筋が浮かぶ。
「うげとはなんですか!うげとは!」
「すまんすまん悪かったって」
寝起きで気性が荒いのか顔をしかめながらユウカの頭を乱雑に撫でるローラン。これは先生がここ最近、ことあるごとにユウカを撫でて話を有耶無耶にしているところを目撃したローランが試しにしてみるかと、寝起きで回ってない頭が実行したことなのだが案の定ユウカの逆鱗の触れ
「ロ・ー・ラ・ン・さ・ん......?少しお時間頂けますか......?!」
と心底肝が冷える威圧を頂き思わず手を引っ込め、正座する。
「あ、あれ?
「今日という今日は貴方に女の子の扱い方をさ い て い げ ん、心得て貰いますからね!」
そんな様子を見て朝から面白いものを見たと笑みをこぼす先生。まぁまぁとユウカをなだめようと見せかけ、火に油を注ごうとしたその時
「せっんせーい!おはよー!」
「あ、ちょっとお姉ちゃん!先生、おはようございます」
バターン!と大きな音をたててモモイとミドリが部屋に入ってきた。時刻を見ると8時45分。そろそろ当番の子達がシャーレに集まってくる時間だった。
「あ、ローランじゃん!またユウカに叱られてるの?」
「俺は無実だ......それよりアリスとユズは?」
「アリスは今日は会長のところにヒマリ先輩と遊びに行ってるよ」
「ユズちゃんはノア先輩のところに著作権の申請に行ってます」
「著作権の申請......ということは完成したんだな、新作」
「えぇ、おかげさまで」
才羽姉妹の襲来をこれ幸いとユウカの説教を遮って才羽姉妹との会話に逃げるローラン。こうして時間を少し稼げば
「おはよう先生!今日も張り切って行きましょう!」
「うわ、部屋散らかってる......先生、どれだけ掃除サボってたの?」
「あれ、ローランじゃーん!くふふ、朝から怒られてるぅ〜」
「お、おはようございます......」
今度は便利屋68がぞろぞろと部屋へ入ってくる。ユウカも合わせて計7名、全員が本日の当番なのだ。
「先生、業務が始まるまでに少し片付けておくからシャワー浴びてきたら?」
「ん~今はその気分じゃないんだけどなぁ」
「駄目よ先生!身だしなみはちゃんと整えないとなぁなぁに一日を浪費してしまうわ!ここは任せてシャワー浴びて来なさい!ほら、ローランも!」
アルに立たされ背中を押されぐいぐいと部屋を追い出される。後ろからはまだ話は終わってませんよ!と叫ぶユウカの声が聞こえてくるがローランは頭からシャットアウトすることにした。
「帰ってきたら説教の続きですからね!」
「ねえ、それ今日の仕事が終わってからにしてくれない?」
「鬼方さん......!」
背中から聞こえてくる声と逃げるようにその場を後にするローランを眺めながらここも賑やかになったなと先生と呼ばれた男は目を細め、過去へと思いをはせた。
名も知らない少女と出会い、黒い流星が降ってきた、全てが始まったあの日に
n番煎じのうえに初投稿です。至らぬ点多数あると思いますが温かく見守っていただけると幸いです。
更新は週一を目途にやっていきたいと思ってます。