招待状
「......なんでこれが」
「わからないわ。だから貴方達を呼んだのよ、ローラン、ゲブラー」
図書館の一角、大きな机の上に置かれた紙切れ二枚を囲むようにアンジェラとローラン、そしてゲブラーは立っていた。視線の先にある紙切れの一方は見覚えがあるものの、どこか違和感を覚える代物。そしてもう一方は完全に見たこともないものだった。
「これって......招待状、だよな?」
おっかなびっくり、それを拾い上げたローランは顎に手をやりながらそれを睨みつけた。かつて、この図書館が都市にあったとき、ゲストを迎え入れるのに使用された招待状。それに酷似したソレは、一箇所、図書館の紋章があった場所以外は招待状そのものだった。
「なぁ”赤い霧”さんや、俺は長いことフィクサー生活をしてきた訳だがこの紋章は見たことも聞いたこともないんだが......見覚えは?」
「残念だが私にも無い」
図書館の紋章があった場所にある、一つの塔とその周りに連なる建物を模したような紋章。フィクサーとしての経験が長いローランにも、それ以上に濃い経験を積んだであろうゲブラーにも見覚えは無かった。その言葉を聞いてアンジェラは顔を更に顰めた。
「つまり......2人も知らないような、放逐後の此処を特定してこんな物を送り付けるような技術力を持った組織が存在する......ということかしら」
辺りに緊張がはしる。放逐後の現在位置を知っていて、そのような摩訶不思議な技術を持った組織。思い当たる節はひとつしか無かった。
「もしや......頭か?いやでも頭がこんな紋章を使ってた記憶は無いが......」
「私もそれを疑って真っ先にビナーを問いただしたわ。頭関連の組織でこのような紋章を使う組織は無い......それどころか彼女ですら見た事がないそうよ。」
「となると可能性として有り得るのは新興の翼になりかけの会社か......遺跡探掘専門の事務所か」
「遺物の摩訶不思議な代物の効果ってことか......確かにそれは有り得るな」
「でも、なんのために......?」
手下人は何となく特定出来たが、都市に戻ることが厳しい上に、目的がはっきりとわからないと頭を抱えるローランへと、アンジェラが向き直る。そして、まっすぐとローラン見つめ
「目的はローラン、貴方よ」
と告げた。
「俺?」
ゲブラーも、顔に疑問を浮かべながらローランの顔を見る。確かに、ローランは図書館に来る前の所業からして、様々な恨みを買っている。狙われてもおかしくない人間だが、対外的にはローランは失踪扱いであり、図書館に居るという情報は少数しかいない上、その少数もおそらく今はそれどころでは無いだろう。
「この招待状とセットで現れたコレ......依頼書だったわ。内容を要約すると、”先生”と呼ばれる人物を護衛して欲しいらしいの」
「「先......生......?」」
思わぬ単語がでてきて首を傾げる2人。聞いたことが無いわけでは無かった。巣の中には学校と呼ばれる施設があり、そこでは先生と呼ばれる人達が子供たちに様々なことを教えていると。当然ローランやゲブラーは生涯縁のないものだと思っていたため今の今まで記憶の片隅へと追いやられていたのだが。
「......わかっていると思うが俺には先生なんて職業の友人はおろか知り合いだって居ないぞ。それにその内容だと都市の中での依頼じゃないか。都市から放逐された今となってはもう......ってまさか」
「そのまさかよ。依頼書によれば招待状にサインすれば護衛対象の元へ招待するって書いてあるわ」
あたりが沈黙に包まれる。作製方法も、誰宛に送られるかも何もかもが謎だった招待状が、依頼書の通りならほぼ完璧に模倣されたことになる。
「これは危険だ。処分した方がいい」
ゲブラーがそう言いながら剣を抜いた。そのまま机ごと斬り裂いてしまおうというくらいの勢いだ。だが、アンジェラはそれを手で制止し
「ねぇ、ローラン。ひとつ、お願いがあるのだけど」
「......正気か?」
「ここにコレが送り込まれた以上、破壊しても次に何が送り付けられるかわかったものじゃないわ。それに、相手が何者か分からない状況で手がかりはこれ一つだけよ」
「......依頼書を見せてくれ」
ローランはアンジェラから依頼書を受け取り、その内容を見ていくが、その顔は段々と険しくなっていく。
「正気じゃないな。この依頼書」
期間もわからなければ、先生というのが誰かもわからず、挙句の果てには報酬の提示すらない。ローランからしたら真っ先に蹴るタイプの依頼である。
「それでも」
「やるしかないだろ?わかってる」
「一応これを渡しておくわ」
そう言ってアンジェラはローランに一枚の......よく見たことがある紙切れを渡す。そう、正真正銘の図書館への招待状である。
「帰還用よ、危なくなったらこれで帰ってきなさい」
それを手袋の収納空間の中に放り込み、依頼書に向き合う。正直、危ない状況でサインなんかできるだろうかと思わない訳では無いローランであったが、アンジェラなりのサポートであることは間違いなかったので口には出さなかった。
「ふぅ......じゃぁ、行くか」
「健闘を祈る」
「行ってらっしゃい」
アンジェラとゲブラーに見守られながらローランは例の招待状モドキにサインする。ただのイタズラで、招待状が機能しない可能性もあるし、と直前まで現実逃避してたものの、招待状はその機能を発動し
「本当に......機能するなんてね」
ローランはアンジェラとゲブラーの前から消失した。
「私のミスでした......」
そう語り始めたのは、アンジェラによく似た髪色の少女。電車......だろうか、太陽の光を背に座り込む少女と、その目の前に立ち尽くす見覚えのある二人の大人。あの眩い閃光のあと、初めにローランの目に飛び込んできたのはそんな光景だった。周りを見渡すが、見たことの無い様式の場所で、アンジェラもいなかった。ガタンゴトンと揺れる音で辛うじてこれが電車だというのがわかるだけである。ローランが困惑している間にも少女の話は続いていく、自らの選択に対する後悔......まるで目の前の大人達に対して懺悔するかのように少女は語っていく。
「ですから......大事なのは、”経験”ではなく、”選択”」
ローランの頭をよぎったのは、図書館での出来事だった。復讐を誓ったあの図書館、あそこで最後に行った、あの選択。少女が自分に話しかけてはいないことなんてのは百も承知だったが、何故か自分にも向けられてるような錯覚をローランは抱いていた。そうやって首を傾げている間にも話は進んでいき
「だから先生、どうか......」
言い終わるが早いか、先生と呼ばれた大人は光を放ちながら消えた。まるで、在るべき場所へ戻ったかのように。少女はそれを見て微笑んだ後に
「すみません、おまたせしました」
と、ローランに語りかけた。しかし、視線はローランの方を向いておらず、虚空を見ているかのようである。
「どうやら、私の最後の祈りは神様に届いたようですね......突然お呼び立てして申し訳ありません。」
何を、と口を開きかけたローランだったが、上手く声は出なかった。
「私は貴方が何者であるかは知りません......なんの意図があって、こうして私の呼びかけに応えてくれたのかもわかりません。今から私が口にすることがどんなに厚かましいものであるかも...知っているつもりです」
先程までとは違い、まるで独り言のように少女は語る。一言、一言、願うように。
「どうか、あの人を......先生を護ってあげてください。私の先生......私の大切な人が、ずっと、ずっと気にかけてた人なんです。」
ぽたり、と音がした方を見ると、彼女の足元に血溜まりができていた。ぽたりぽたりと彼女が言葉を発する度にそれは拡がっていくが、少女は願う。
「先生を、よろしくお願いします」
ローランが返事をするよりも先に、目の前の景色が眩み、意識が落ちていくような感覚がローランを襲う。最後に見えたのは、寂しそうに笑う、少女の横顔だった。