「少し、お時間よろしいかしら?」
目の前に立ちはだかった少女、彼女から発せられるそれは、都市に居れば日常的に浴びることになるもので、ここキヴォトスに来てからは感じなかったもの。すなわち殺気だった。
ローランは、専用に拵えてもらった警棒用のホルスターに手をかけながら、苦笑い気味に彼女に笑いかける。
「なぁ......俺、何か君にしたか?正直、君に対して何かをした覚えはなくてな。長い間俺らのことをつけまわしているのは知ってたが、君に手を出したり嫌がらせで報復したりはしてないだろ?」
ローランはここ一週間を思い返す。最初は、不良と呼ばれる少女たちと偶然出くわしその場で戦闘に突入してしまうというような手当たり的な戦闘が続いていたが、ある時を境にそういう戦闘は減り、逆に待ち伏せされたかのように整った場所での戦闘が増えたのだ。そして、そのような場所で感じたアルガリアというよりはローランを見定めるかのようなじっとりとした視線と気配。まさに目の前に立ちはだかる少女と同じものだった。
「狐坂ワカモ......だっけか。調べはさせてもらったぞ、お前のことは」
ローランの口から出た名前に、目の前の少女の手がピクリと動く。不良たちに囲まれた現状、ローランとしては少しの間思考を回す時間が欲しかった。不良たちが目の前の少女......ワカモの完全な統率下にあり、彼女の指示がなければ襲ってこないと仮定し、ワカモに話しかけることで時間を稼ぐ。
「”厄災の狐”......”七囚人”......出てくる記録のほとんどが集団での都市破壊のテロリズム、どこかの集団のリーダーなのかと思ったが率いる集団にこれと言って特徴はなく、強いて言うならばその場しのぎで集められたかのような印象が特徴」
「......」
敵意のみだった視線に若干値踏みするようなものが混じったのを感じながらローランは続ける。
「集団戦の指揮だけではなく、本人の戦闘能力も格別。最終的にはSRTのFOX小隊によって鎮圧されたんだっけか」
「えぇ......あの娘たちには煮え湯を飲まされましたね......でも、そんなことは後回しです。今の私の標的はあなたですから」
「......俺、かぁ。アルガリアではなく?」
「えぇ......あの方を襲うだなんてとんでもない。苦労したんですよ?襲おうとしているヘルメット団やスケバンたちを掌握するの。えぇ......しかし、私がそう努力をしている間にあなたは......」
疑問の声をあげたローランに対して何を言っているのだろうといわんばかりに狐坂は返す。襲撃をしているのにアルガリアは標的ではないというカミングアウトに若干思考が揺らぐ。言ってることとやってることが違うじゃないかと言おうとしたが、それに被せるようにワカモは続ける。
「あなたに、あの方を護る意思はありますか?」
「......依頼だからな」
正直なところ、ローランにはアルガリアは護らなくても自力ですべてをはねのけるだろうという妙な信頼があった。あの時、身体施術はすべて外れているとアルガリアは言ったが、今までの襲撃のなか、彼はいち早く襲撃に気が付き、行動を起こしてきた。ローランの動きに反応し、素早く退避し、時には素手と格闘技術だけで不良を拘束していた。そして、いまだに記憶に新しい数週間の激闘......口には決して出さないが、その信頼はある種アンジェリカに向けていたそれと同じところがある。だが、それをわざわざ口に出して説明する気はローランにはなかった。ゆえに「依頼だから」と簡潔に答えた。
「依頼だから......ですか......」
ワカモはその答えを吟味するかのようにふむふむと何度か反芻し、納得したかのようにローランを見据える。
「そうですか......やはり、あなたはあの方の護衛にはふさわしくありません......なので」
ワカモの合図に合わせて周囲の不良たちが一斉に武器を構える。
「そこでお亡くなりになりなさい!」
その声に合わせ、引き金は引かれた。ローランはすぐさま警棒をホルスターからふり抜き、その勢いで警棒を展開させつつ、自分の眉間に飛んできた弾丸だけを丁寧に弾き返す。
「お前は一体全体あいつの何なんだよ!」
そう叫び返しながらローランは踊るように動き始める。ワカモと話しながら確認した不良の位置。おおよそその位置から放たれたであろう弾丸は正確にローランの頭と胴体に飛翔してきている。素晴らしいエイムだが、それはローランにとって好都合だった。ワンステップで位置をずらし、体をひねり、それでも当たりそうなものは警棒で弾く。そういった回避行動をしながらゆっくりと、しかし確実に銃弾が飛来するほうへと歩みを進める。
そして、銃である以上確実に訪れる、リロードの瞬間。弾幕が薄れたその隙をローランは見逃さなかった。ヘルメットのガラス部分に警棒を突き入れ、ひるんだところを投げ飛ばし鳩尾を踏みつける。悶絶し当分動けないであろう彼女には一切視線を合わせず、宙を舞った小銃とマガジンをキャッチし、素早くリロードする。
「さーて、銃をぶっ放したんだ。ぶっ放される覚悟はあるんだろうな!」
ノールックで銃をワカモに対して発砲するが、彼女は素早く不良の波の奥へと消えてしまう。舌打ちを一つこぼし、残弾は他の不良たちの数を減らせるように発砲する。しかし、ここにいる不良たちの銃弾に対する耐性はすさまじく、また、倒れたやつらを補充するように新たな不良が現れる。
ローランが避け、リロードのタイミングで数人を無力化し、拾った銃でさらに数人を無力化する。しかし、その空いた穴はすぐに別の人員で補充される。まさにいたちごっこだった。
「ふむ......少しはやれるようですね......敵意に反応しているのでしょうか?それとも経験則?どちらでも構いませんが」
ワカモが再び合図を送る。それと同時に不良たちの動きが再び変化した。先ほどまでローランの頭や胸を狙っていた弾丸が弾幕を張るようにあたり一体にまき散らされる。流石に遮蔽物が少ないこの場所で、この攻撃を捌ききることはローランにはできず、ところどころ銃弾が服をかすめていく。途中でノックダウンした不良を盾にしたりしてみるが、それでも焼け石に水だった。それに加え
「ッく!!!!」
弾幕が張られる中、一風変わった銃声が響く。瞬間、背筋に悪寒が走り、盾にしていた少女を手放して素早く警棒を振りぬいた。ガキンと今までとは違う音を立て、明後日の方へ飛んで行った弾丸。右手に残るしびれた感覚、あれが直撃していたらといやな考えが頭によぎりつつ、銃弾が飛んできた方向を見やると、真っすぐと、こちらに銃口を向けたワカモが目に入る。仮面で見えないが、ニヤリと微笑んでいることだろう。
「クソッたれ......!」
ローランはそう吐き捨てても状況は変わらない。弾幕は張られ続けるし、不良を盾にして機動力が落ちたり、どう頑張っても回避できないだろうというタイミングでワカモの銃弾が飛んでくる。現状だと直撃は許されないだろう。時間が過ぎるにつれ、ローランをかすめる銃弾は増えていき、同じように気絶した不良たちも増えていく。まさに泥沼の戦いだった。
「......こんなところで何やってるのかな?ローラン」
そして、戦いの終幕は割とあっけなく、そして唐突に訪れた。戦場だというのにやけに響く声。その声が聞こえた瞬間ワカモは素早く合図し、銃撃が止まる。
「先......生......?」
そこに居たのはアルガリアだった。そのすぐそばにはユウカやあの日に会った銀髪の子、スズミも居る。
「やぁ、久しぶりだね。”ワカモ”」
「ッ!!!!!」
名前を呼んだだけ。たったそれだけの行為ではあったが、ワカモはその特徴的な尻尾と耳をピンと立て、ブルりと震える。自分よりアルガリアのほうがやはり迫力があるのだろうかとローランが若干負けたような気分になっていると
「君の記録は見たよ。ローランが調べてくれたからね。君がやったことも、好きであろうことも俺は知っている。それを承知したうえで」
「君、シャーレにこな......」
「失礼いたしましたぁあああああああああああ!!!!!」
アルガリアの声に被せるように響いた甲高い声。今までローランに向けられていた落ち着いた声とは違い、まるで好きな人にでもあったかのような声をあげながら、あっという間にローランの視界から消え失せるワカモ。それを追いかけるように不良たちも散り散りへと撤退していく。
「やけに銃声が聞こえるから何事かと思って来てみれば......ローラン、俺を倒してから腕が落ちたかい?」
「何も言い返せないのがうざったいな......」
「で、何があったんだい?」
ローランはワカモに会った時に言われたことをすべて伝えながら警棒をホルスターにしまい、傷をチェックしていく。流石に直撃こそ最後までにしなかったものの、ところどころに銃弾がかすったためか、切り傷のような火傷のような傷が点在していた。
「ふーん、確かに最近俺の服に煤がついてることが多くなってきたね。となるとやっぱあの子を確保したかったなぁ」
ニヤリと笑いながらアルガリアはそうこぼす。
「言っとくが俺は元々情報収集専門のフィクサーだ。護衛は専門外だよ」
「それは知ってるさ。けど、別にそういう意味で言ったわけではないよ。いや、四割から五割くらいはそういう意味かもしれないけど」
「こいつ......」
もう一回警棒を抜いてアルガリアを殴ってやろうかと思うが、続く言葉と、一応助けに来てくれたという事実でローランは何とか踏みとどまる。
「近くで観察してみたかったんだよ。アンジェリカに託された、生徒ってやつを」
そう言ってアルガリアは、ローランが倒した不良たちを治安維持組織に引き渡しているユウカたちに目をやる。
「ユウカたちには日々の授業?って奴があるらしいからね。自分の手元に置いて、観察できる生徒って奴が欲しかったのさ」
「お前......」
「さ、話はおしまいだ。戻ろうか、ローラン」
そう言って、来た道を戻っていくアルガリア。ローランはその後姿を見つめながら呟く。
「ほんとお前......変わったというか」
続く言葉は、夕焼けの空に吸い込まれるかのように消えていった。
三か月も間空けてすみません......
次回からVol.1に突入します。