ソウルイーターEAT 作:匿名希望の
──健全なる魂は、健全なる精神と、健全なる肉体に宿る。
ならば
「──起きろー、朝だぞー」
フライパンとオタマが奏でる騒音が朝を告げていた。
寝ぼけた眼で部屋の入り口を見れば、ドアを半開きにして、カンカンと音を鳴らしている同居人──鎌職人のマカが立っている。
「マカ?」
「うん、そうだけど、何?」
「いや……なんでもない」
「変なやつ。早く支度しろよー」
首を傾げて、そのままマカはリビングに戻って行った。
その後ろ姿を見送ってから、二度寝の誘惑を振り払って起き上がる。
窓の外から朝の日差しが差し込んできている。その奥、風景の遥か先にはドクロマークがモチーフの学校──死武専が聳えていた。
「あー、学校か……」
──まさか二度目の学生生活を送ることになるとは。
そう思いながらボリボリと頭を掻きつつ、さっさと支度する。
適当に用意した服は、けれど原作初期のヤンチャな服とは違って、原作終盤に近い服装だった。
カジュアルだが大人っぽさを感じさせる、清潔なシャツと少し使い古したスラックス。そして上着を羽織れば準備は完了だ。
まだ12歳の少年が着るにしては少し背伸びした格好だが、育ちのおかげか、前世のおかげか不思議と着こなせている。
鏡の前に立ってピッと襟を正せば、鏡の中から白髪の垂れ目がちな少年が気怠そうな表情で見返してくる。
「ソウル=イーター、ね」
鏡の中の自分の名前を呼んだ少年──ソウルは転生を経験したことがある。
気がついた時にはピアノを弾いてた。
現代人だった前世の記憶を思い出して、すぐ側のベランダに駆け付けて、笑っている太陽を唖然としながら見上げたことをよく覚えている。
何せ原作キャラクターの、それも主要人物に転生──もとい憑依してしまったのだから、その混乱も際立っていた。
だが人間は慣れる生き物だ。
ソウル=エヴァンスとして生きていれば次第に違和感は消えて行った。
現代社会に生きていた魂と精神は、ソウルの肉体に馴染んだ。
「……だと、良いんだけどな」
ひと息吐いて、そろそろ待たせすぎてブチギレるであろうマカをこれ以上待たせないためにも、ソウルは少しだけ大股で部屋のドアを潜る。
──今日は、課外授業を受けるためのテストがある日だった。
「──来たか」
「おはようございます! ナイグス先生!」
「……」
場所は訓練施設。
予定通りに早朝さっそく向かったソウルたちを待っていたのは、教師のナイグスだった。
周囲では幾人かのパートナーたちが思い思いに雑談をしながら過ごしている。
挨拶も返さずに、表向きは飄々と──内面では少し緊張しながら、ソウルは自分のパートナーであるマカとナイグスの会話を眺めた。
「マカ=アルバーンだな」
「はい! 鎌職人のマカです。今日はよろしくお願いします、ナイグス先生」
「ああ。お前のことは、まぁよく知っている」
「……それってもしかして」
「そうだな、お前の予想通りだ」
困ったように苦笑いするナイグスに、マカが容易に想像できる光景を幻視して頭を押さえた。
「パパですよね……」
「まぁそうだな」
「私から、強く、つよーく言っておきますね。周りの先生に迷惑かけるなって」
「程々にな。──注目!」
拳を握るマカに、気にしていないという風に手を振って、ナイグスは視線を全体に移した。
「今日これから行うのは、他でもない。課外授業に参加するための審査だ。お互いがパートナーとなってまだ日が浅い。実践を前にして、互いの気持ちが噛み合わなくなってしまうことも十分にあり得るだろう。だから実践形式で手合わせをするために、この場に集まってもらった」
全員がしっかりと話を聞いているか、確認する間を設けてからナイグスは続けた。
「お前たちは選ばれたEATの生徒だ。だが厳しいことを言うが、まだ子供だ。そのことを忘れずに、しっかりと互いのパートナーと向き合ってほしいと思う。──では始めよう。ああそうだ、わかっていると思うが、武器の生徒は刃を丸めて消しておけよ」
武器職人対抗戦。
そう書かれたホワイトボードには、各々の名前が書かれている。
──これから、この場にいるEATの生徒同士で、本気の戦いが行われようとしていた。
その中のひと組。目つきの悪いツンツン頭の少年と、押しが弱そうな少女のペアが、舞台の中央に進み出た。
「よう、ソウル。悪いが、今日ばっかりは譲ってもらうぜ」
ニッと笑みを浮かべながら、拳を握って打合せているのはブラック☆スターだった。
その横では椿が控えめな笑みを浮かべてマカに手を振っていた。
「お前はいつもだろ、ブラック☆スター」
「ひゃはは! そうかもな! ──手加減なしだ、怪我しても恨むなよ」
「俺のパートナーは、そう簡単にやられるタマじゃないぜ」
「へぇそうかよ。けど、ソウルのパートナーって、お勉強大好きのマカだろ? 俺様の敵じゃないな」
喧嘩を売られたマカが、一歩前に出た。
「言ってくれるじゃん。──ぶっ潰してやる」
「いいぜ、掛かってこいよ、先手は譲ってやる。それくらいのハンデがなきゃ面白くないからな!」
ブラック☆スターが構えるのに合わせて、椿が、マカちゃんごめんなさいと言いたげな表情と仕草の後に武器へと変身する。
モードは忍者刀。椿は多種多様な忍の武器に変身することが出来る、かなり特殊な武器だ。まだブラック☆スターとの関係も出会ったばかりで浅いだろうが、別のモードも警戒しておく必要があるかもしれない。ソウルがそういう意図を込めてマカに視線を移せば、頷きで答えた。
「ソウル、いくよ」
「ああ、ブラック☆スターのアホヅラに一発かましてやろう」
「あははっ、うん!」
ソウルも武器へと変身する。
そしてマカの手に握られたのは、魔鎌。これも椿に負けず劣らず特殊な武器だ。
なにせ、死武専の創立者である死神様が得意とする武器であるから伝統の大技も存在している。
今のマカには、まだ技を使いこなすどころか入り口すら見えていないだろうが、それでも武器や職人としてのポテンシャルは極めて高い。
「──では、始めよう。第一試合は鎌職人マカ=アルバーンと、暗器職人ブラック☆スターだ。武器は魔鎌ソウル=イーター、そして魔暗器の椿」
両者の間で緊張感が高まる。
ブラック☆スターは飄々と笑みを浮かべている。マカは緊張感を滲ませながら、それでも口角を上げた。
「始め!」
振り下ろされる手と同時に、マカが走り出した。
軽々と大鎌を構えて飛び上がる。
「いっけぇええええ!!!」
問答無用の全力攻撃が、鎌の鋒がブラック☆スターに目掛けて走る。
それを、青筋を立てたブラック☆スターが、椿を握った左手で強引に払い除けた。
「甘いんだよ! 俺を舐めてんのか!?」
握り込まれたブラック☆スターの右拳が迫る。
空中で体勢を崩したままのマカは受けるしかできない。せめても運良くガードが間に合ったことが幸いだったが、そのままの勢いで吹き飛ばされた。
「おいおい、まさかこれで終わりじゃねーだろうな、マカ!」
「っ! 当たり前でしょ!」
未だ未熟。
空中で体勢は立て直せない。吹き飛ばされた勢いのままに、床に叩きつけられたマカは立ち上がる。
『マカ、熱くなりすぎだ。ブラック☆スター相手に真正面から挑んでどうすんだよ』
「ごめん、ついやっちゃった」
『リーチではこっちが圧勝だ。懐に入られないように戦うぞ』
「……あのブラック☆スターのスピードを相手に? 難しいこと言うね、ソウル」
『一発いれてやろうぜ、マカ』
「──そう言われちゃ、やるしかないか!」
今度は俺様の番、と言わんばかりに駆けてきたブラック☆スターを迎撃する。
ほとんどが拳の攻撃を、魔鎌のソウルを使ってなんとか捌いているにも関わらず、ブラック☆スターは痛みを感じている素振りが全くない。
遠慮なしに全力で振ってくる拳からは血が流れているのに、まったくそれを気にしないブラック☆スターの姿にマカは頬を引き攣らせる。
「オラオラどうした!! そんなもんか!? 威勢が良いのは最初だけかよ!」
耐えながら、けれどやられっぱなしは癪に触る。
なんとか突破口を見出すべく、マカは気合を入れて吠えた。
「な、めるなぁ!!」
──コンタクトマテリアル。
選んだのは鎌職人の基本技能の一つだった。
簡単に言えば、鎌自身の重心移動で、鎌を手首や指先を使って振り回す技術。
通常であれば基本であり極意であるため年若い職人が戦闘中に使いこなすのは難しい。だがマカが扱っているのはソウル──魔鎌だ。
技術の不足を、魔鎌が補ってくれる。
ソウルがマカの意図を汲み取って高速で回転する。さすがのブラック☆スターも、凄まじい速さで回転する鎌を見切って止めることは出来ない。一歩引いて隙を窺う姿勢を見せた時、マカは逆に一歩前に踏み出した。
「これで!!」
高速回転する勢いのままに、自身の体重も乗せてさらに早く鎌を回す。その勢いを乗せた鎌の鋒がブラック☆スターに向けて煌めいた。
「──どうだ!!」
下段から腹部に向かってブラック☆スターに襲いかかる鎌の一撃を。
「椿!! 煙玉!」
『はい!』
ボフンと瞬時に変化した白煙が包み込んだ。
──鋒に感触はない。ソウルは真っ先にそれに気づいた。
白煙の中から、拳を握りしめたブラック☆スターが姿を現した。
「寝とけ! 俺が一番だ!!」
手加減なしの拳が、マカに叩き込まれる前に、ソウルが武器化を解除して半身だけ現れる。
両手を交差してガードするのが精一杯。腕の部分武器化がせいぜいで、再武器化は間に合わない。
それでもマカを庇うことに成功しながら、思い切り叫んだ。
「マカ!!」
「あぁあああ!!」
椿は煙玉になっている。
ブラック☆スターの一撃はソウルが止めていた。
その隙を突いて、拳を握ったマカの一撃が、ブラック☆スターの顔面に叩き込まれた。
「ぶへぁ!!」
「……ブラック☆スター」
全身全霊の拳を、顔面が陥没するくらいに叩き込まれたブラック☆スターが、額をヒクつかせながら、腹筋の力だけで『耐えて』その場で踏みとどまっていた。
マカは次の瞬間を想像して、頬を引き攣らせた。
「嘘でしょ?」
「俺様が、ガリ勉のモヤシに負けるわけねえだろうが!!」
今度こそソウルのガードも間に合わず、ブラック☆スターの拳がマカに叩き込まれた。
「──いっつつ……」
「大丈夫か? マカ」
「あーうん、なんとかね」
「あいつマジで手加減なしだったな……。どんだけタフなんだよ」
「あはは、さすがブラック☆スターだよね……。まさかあれを耐えられるなんて……」
完全に不意を突いたタイミングだったのに、耐えられてしまった。
マカの腕力不足なのか、それともブラック☆スターが頑丈すぎるのか。──あるいは、そのどちらもか。
「くっそー……。悔しい。でも一発ぶち込めたね、ソウル」
「おう、いい拳だったぜ」
「ブラック☆スターには耐えられちゃったけどね。もうちょっと筋肉つけないと……」
「……アレを目指すのは無茶だろ」
ソウルが指差す先では、ちょうどブラック☆スターにアッパーを喰らったオックスくんが、天井に頭から突き刺さっていた。
「確かに私が鍛えてもああはなれない気がする……。というかなりたくない」
「だろ? ──というか、あいつアレに椿使ってねえし。マカには俺がいるんだから、俺を使ってくれ」
「それもそっか」
アレと言うのは天井に突き刺さったままブラブラ揺れてるオックスくんのことだった。
そんな雑談をしている二人に、ナイグスから声が掛かった。
「二人とも、そろそろ落ち着いたか?」
「あ、ナイグス先生。はい、もう鼻血も止まりましたし、大丈夫です」
「……無理はするなよ? ブラック☆スターめ、女子の顔面を殴るやつがあるか……」
「あはは、そこはまぁブラック☆スターですから。私も、手加減なんてしてほしくないです」
「それならいいが。──っと、さっそくだが次の審査に進もう。二人は『魂の共鳴』についてどこまで知っている?」
言われてから、マカはソウルを見る。
肩をすくめて見せるソウルはマカに任せる、と言っているようだった。
「えっと、基本的なことは授業で習ったので、それくらいなら」
──魂の共鳴。
それは職人の強さの源でもある、『魂の波長』を強めるための方法の一つである。
職人と武器の関係は、単なる主従関係ではない。
お互いに欠けてはならない存在であり、『魂の波長』を強めるためにはお互いの存在が必要不可欠だ。
と、言うのも、職人と武器の関係は、楽器とアンプの関係によく例えられる。
だが楽器を
『魂の波長』を互いに送り合って増幅させる。
それが魂の共鳴であり、武器と職人、互いが必要不可欠である理由だった。
「そうだ、『魂の波長』が合う者同士。相性が良い相手であれば、より強い波長を生み出すことができる。それが魂の共鳴だ」
言葉を区切って、ナイグスは指を一本立てる。
「だがこれは、互いの相性はもちろんのことだが、もう一つ、欠かせない重要なことがある。何かわかるか?」
「……はい! 信頼関係の構築。──
「その通りだ。武器は力! それは誰もが知っている。その武器と魂を通わせれば膨大な力を産むことができる……。そのために重要なのが、コミュニケーションだ。しっかり復習していたようだな」
「はい!」
「よし。では今から『魂の共鳴』の審査をする」
ようやく本題に入る。
気を引き締め直したマカの前で、ナイグスは頷いた。
「さっそく実践してみよう。コミュニケーションは、もう終わっているな?」
「えっと、雑談でいいんですよね? 特別なことは話してなかったんですけど、本当にアレで良かったんですか?」
「ああ、構わない。──ソウル、お前はどうだ?」
「マカが良いなら、俺はいつでもいけますよ」
「私もいけます!」
「ああ。では、やってみろ。……初めは少しずつな?」
「はい! ──ソウル」
「……おう」
ソウルが魔鎌に変身する。
掴んだソウルの魂の波長を感じる。マカは目を閉じて、しっかりとソウルの魂の形を捉えた。
──ひねくれ屋で皮肉屋。でもなんだかんだマカのことを受け止めてくれるすげー良い奴。まだ出会って1週間くらいなのに、そう思わせてくれるマカのパートナー。今日は少し緊張してるみたいで、それがちょっとおかしかった。
これから長い付き合いになるパートナーとの、初めての、魂の共鳴を。
ひと息吸ってマカは吠えた。
「『魂の共鳴!!』」
広がる魂の波長に、ブルッと興奮に震えた。
武器と職人が、互いに魂の波長を送り合って増幅していく。それが魂の共鳴。
今日は初めてだから、軽く済ませる。マカはそう意識していて、実際にかなり軽くやっているはずなのに、魂の波長はどんどんと膨れ上がる。
でも不思議と怖くない。ソウルと二人なら、どこまででも行ける。そんな安心感がある。
ソウルも緊張していたのは最初だけで、実際に魂の共鳴を始めれば普段の調子に戻った。
今までよりも、近くにソウルの魂を感じる。
真っ暗な闇の中で、ふよふよと漂っているソウルの魂に触れた。
とても大きい。そして温かい。
でも、何でだろう。すごく傷ついているように感じられる──。
もっとしっかり見てみようとしたところで、声がかかった。
「マカ、ソウル! ……もういいぞ、試験は合格だ」
「え、はい」
そう言われて、マカは魂の共鳴をやめる。
途端に膨れ上がっていた魂は元のサイズにまで戻った。
──と思う。見えないからなんとなくそう感じているだけだ。
ともかく合格だ。これで課外授業にも参加できる。
魔鎌のままのソウルに笑いかけた。
「ソウル、やったね」
『おう、まあ無事に成功して良かったよ』
「なにそれ。私が失敗するとでも思ってたの?」
『別にそういう訳じゃないって。というか魂の共鳴って、軽くやっただけでかなり違うんだな』
「あ、私もそれ思った。みんな必死になる訳だよね」
ナイグス先生が近づいてきたので見上げる。
じっとマカとソウルのことを眺めていて、不思議に思って首を傾げた。
「……マカ。何か、そうだな。体調に変化はないか?」
「えっと、いえ、特に何もないです。何かあったんですか?」
本当に不思議そうに、マカは首を傾げた。
──それが、ミーラ=ナイグスには尚のこと恐ろしく思えた。
「──死神様」
トイレの中だった。
鏡の前でナイグスは話しかける。普通なら鏡の向こうに居るのは自分だ。だが今の鏡の向こう側には、死神様がいた。
いつも通りのひょうきんな動きで手を上げている。
「やっほ〜、ナイグスちゃん。お急ぎの連絡みたいだね。……でも一応ね、私も男なんだけど」
ナイグスは女性だ。トイレは必然的に女子トイレになる。
それに気づけないくらい慌てて連絡していた。
「す、すみません。ちょっと待ってください」
急いで手鏡に切り替えて、人気のない場所に移動する。
「それで死神様、急ぎご報告と……。あと、シュタインに協力を依頼したい件があります」
「すまないね。──シュタインくんに? それはまた、穏やかじゃないね〜。シュタインくんってば、研究に没頭したいって言うからさ〜、私もできる限りそっとしてあげたいんだよね」
「それは、もちろんそうなのですが。彼は死武専の卒業生ではありますが、教師ではありませんし」
「うん、そうなんだよね。私も死武専で先生やってみない〜? ってシュタインくんを誘ってはみたんだけど、無理ですって言われちゃってさ〜。無理って言われちゃ、しょうがないよね」
「シュタインを、そんな軽いノリで誘ったんですか……」
痛そうに頭を押さるナイグスに構わず、死神様は両手を広げてコミカルな動きをしていた。
「だってほら、ゆるく楽しくがモットーだし! 楽しい方が世界も平和だからね〜」
「それは、仰る通りなんですが──って! 死神様!! それどころじゃないんですよ!!」
「ど、どうしたの、ナイグスちゃん」
「どうしたもこうしたもないんですよ!! 本当に緊急の、急ぎの報告なんですから!!」
「う、うん。聞く聞く、ちゃんと聞くよ?」
「はっ、すみません、つい」
「だ、大丈夫大丈夫。うん、それで?」
「新入生の、ソウル=イーターと、マカ=アルバーンのパートナーなんですが」
「マカちゃん? マカちゃんって、スピリットくんの娘さんだったよね」
「あ、はい。そうです、スピリット──デスサイズの娘です」
「う〜ん、それはまた、なんとも穏やかじゃないね〜。スピリットくんも呼んどく?」
「いえ、それには及びません。まだ、何が起こっているのかも定かではないので……、というのも魂の共鳴をさせたんですが──」
死神様に説明するために、今日の授業中の出来事を思い返す。
──ミーラ=ナイグスは、死武専の教師だ。
最高ランクである三つ星ナイフ職人のシドとパートナーを組んでいる優秀な武器でもある。
死神様の武器であるデスサイズスになる事こそ出来なかったが、なれる方が全体としては少数派であり、それは決してナイグスが他の武器に劣っている理由にはならない。
場数も修羅場も踏んでいる。
魂を目視し感知する能力である、魂感知能力こそ持っていないが、経験則から生徒の力量を見抜くことは難しいことではなかった。
新入生、並びに新しくパートナーとなった武器と職人を見守るのも、当然ながらこれが初めてではない。
そんなナイグスが驚くような新人は、極めて稀だった。
(……なんだ、これは)
だがその極めて稀な事例が起きていた。
ナイグスには魂が見えていない。それでもナイグスは経験則から眉を顰める。何かマズいという事だけは理解できた。
肌が泡立つような、そんな予感が止まらない。
魂が見えていれば、助言や対処がわかっただろう。
だが魂感知能力は非常に希少な能力であり、おいそれと呼び出せるような人材ではない。
──今は中断しかない。
だが中断などと言えば、何かあったのかと不安にさせるかもしれない。あくまでナイグスの直感でしかない以上は生徒への悪影響は避けたい。
幸いにも魂の共鳴は起きている。……他の何かが原因だ。
「マカ、ソウル! ……もういいぞ、試験は合格だ」
「え、はい」
ナイグスの予感とは裏腹に、何の問題もなく二人は『魂の共鳴』を終える。
呆気なさすぎて、ナイグス自身でも、自分の判断が本当に正解だったのか迷いが生まれる程だった。
「ソウル、やったね」
『おう、まあ無事に成功して良かったよ』
「なにそれ。私が失敗するとでも思ってたの?」
『別にそういう訳じゃないって。というか魂の共鳴って、軽くやっただけでかなり違うんだな』
「あ、私もそれ思った。みんな必死になる訳だよね」
やいのやいのと軽く戯れ合う二人に、特に目立った症状は見受けられない。
それでも確信がある。アレは何かあると。
「……マカ。何か、そうだな。体調に変化はないか?」
「えっと、いえ、特に何もないです。何かあったんですか?」
本当に不思議そうに、マカは首を傾げていた。
──それが、ミーラ=ナイグスには尚のこと恐ろしく思えた。
話し終えたナイグスに、死神様は大きく頷いて返した。
「……わかった。シュタインくんに、何が起こっているのか見てもらおう」
「ありがとうございます、死神様。私では、魂が見えないので……」
「ごめんよ、すぐにシュタインくんに連絡を取ろう。だから、後のことは私に任せなさい」
「よろしくお願いします、死神様」
「うん、ばっちりばっちり。後のことは任せてオッケー! ──だから、ナイグスちゃんには普段通り過ごして欲しいかな。先生が慌てちゃうと、生徒たちも不安になっちゃうだろうからね〜」
「っ! はい、わかりました。慌ててしまい申し訳ありません」
「だいじょぶだいじょぶ! ナイグスちゃんはよくやってくれてるよ〜、じゃあ、私はさっそくシュタインくんに連絡を取ってみるからね」
「ありがとうございます。何かできることがあれば、私にも声を掛けてください」
ほっとした表情で、ナイグスはそう言った。
「──シュタインく〜〜〜ん、ちょっといいかな」
手術室にある鏡。
そこから死神様が声を掛けたのは、ツギハギだらけの白衣をきた、本人の身体もツギハギだらけの、頭にネジの刺さった白髪メガネの青年だった。──フランケン=シュタイン。医師であり、死武専卒業生の中で最強とも名高い職人でもある。
そんな彼が、執刀中の死体から顔を上げて、血濡れたメスを片手に視線を鏡へと向ける。
どんよりとしている瞳が、鏡の中の死神様を捉えた。
「……あ、はい。どうかしましたか、死神様」
「うんうん、あ、手はそのまま動かしちゃってぜんぜんオッケー! 聞き流しながら、聞いてくてたらいいからさ〜」
「……そうも行きませんよ。大丈夫です、ちょうど終わるところでしたから」
「あ、ほんと? ごめんね、シュタインくん」
「大丈夫です。それで、どうかしたんですか。死神様が俺に声をかけるなんて、滅多にありませんからね。俺の好奇心が刺激されるんです」
「あ、そう? ならいいんだけど、ちょ〜っと見て欲しい子達がいてね〜」
そう言われて、シュタインはヘラヘラと笑みを浮かべる。
「見て欲しい? ──いいですね。バラして腑分けするのは、俺の得意分野ですよ、死神様」
「いや〜、あのね? それはちょっと困るかな〜って。だってうちの生徒なんだもの。なんか魂がヘンなことになっちゃってるみたいなのよ」
「……イヤに抽象的ですね。何があったんです?」
「うん。──ナイグスちゃんが、新入生たちの『魂の共鳴』を見てあげてたんだけど、そこで妙な感覚を覚えたみたいなのね。だからって、私の前でもう一回『魂の共鳴』をさせる訳にもいかないじゃない?」
「……まぁ大騒ぎになるでしょうね」
「でしょ〜? それで、他の子たちを呼ぼうにも各支部に散っちゃってるし。なんたってデスシティは私のお膝元だから、魔女たちも滅多に仕掛けてこないからね〜」
「そうでしょうね。……わかりました、俺しかすぐに動かせないってことですよね」
「うん、そうなの。ごめんね、シュタインくん。君には好きなことをやらせてあげたいんだけどね」
「いえ、俺は死神様には十分以上に感謝してますよ。俺みたいな奴が生きていくためには、人間の王様なんかが作ったエゴの塊じゃない、神の規律──絶対的な規律が必要不可欠ですから」
「そう言ってもらえるなら、私も頑張ってる甲斐があるよ」
「では、さっそくですが、生徒の名前を教えてもらえますか」
「うん。ソウル=イーターくん、マカ=アルバーンちゃんだよ」
「場所は、俺の研究所でもいいですか」
「……それは、どうなんだろうね?」
「ダメですか」
「う〜〜〜〜〜ん。じゃ! お化け屋敷開催決定! ってことにして、呼んじゃおっか」
「いいですねぇ、実に面白そうだ」
ケタケタケタと笑い続けるシュタインの住むツギハギだらけの研究所は、なんだかんだでお化け屋敷の開催地となるのだった。
その話を聞いたナイグスと、そのパートナーで同じく教師のシドが、コスプレ衣装を片手にどこかで頭を抱えたとか、抱えなかったとか。