転生先はガンダムの世界?え?生き残れ?は? 作:スウェーデンクラス
宇宙空間に広がる静寂の中で、俺は機体のスロットルを緩めた。
シーマの姿はもう見えない。
だが、彼女の残した言葉は、頭の中にしっかりと焼き付いていた。
(ま、せいぜい精進しな)
悔しさと共に、僅かな手応えもあった。
「……さて、と」
息を整えながら、通信を開く。
『エリック、カール。そっちはどうだ?』
『こちら異常なしです』
『……少尉のほうこそ、大丈夫っすか?』
やや間を置いて、エリックの落ち着いた声が返ってきた。
『普通、初めての実機訓練で、あそこまでついていけませんよ』
「……まあ、必死だったからな」
苦笑しながら答えると、今度はカールが、どこか呆れたように言った。
『俺たちは絶対無理っすね』
「お前ら、そう言って俺のメンタルを回復させようとしてるんじゃないだろうな?」
『まさか!』
『でも、実際すごかったですよ。シーマ中尉相手に、あそこまで食らいつけるなんて』
エリックの言葉に、俺は肩をすくめた。
「……食らいついたっていうか、遊ばれたっていうか」
『まぁ、それは……』
『どんまいっす!』
カールの軽い調子に、思わず苦笑する。
(まあ、確かに……無駄な経験じゃなかったか)
スロットルを絞り、ゆっくりと基地へと向かう。
ーーーーーー
基地のハンガーが視界に入る。
機体を慎重に着地させ、冷却システムを作動させた。
ハッチが開き、外の空気を感じながら、機体から降りる。
そこへ、クラウス・シュレンケ大尉の姿があった。
ベテランらしい、どこか飄々とした態度。
だが、その目は鋭く、こちらの様子を一瞥すると、こちらの状態を察した様だった。
「シーマにしぼられたようだな」
「……はい。まるで相手になりませんでした」
苦笑しながら答えると、クラウスはニヤリと笑う。
「災難だったな。でも、アイツは無駄なことはしないヤツだ」
その言葉に、少し目を見開いた。
「……シーマ中尉が、ですか?」
「ああ。アイツは気に入らない相手には関わりもしない。ましてや、わざわざ時間を割いて実力を試すなんてことはしないさ」
クラウスは腕を組み、イオリをじっと見つめる。
「あとで、話でもしに行ってみろ」
「それから、今日はもう休んでいいぞ、明日から本格的な部隊での訓練を始める」
「了解しました」
そう言って、クラウスは俺の軽く肩を叩くと、どこかへ歩き去っていった。
俺は一度、機体のほうを振り返る。
そして、静かに息を吐いた。
(……シーマ中尉のところに、行ってみるか)
俺はまだ興奮の余韻が残る体を軽く伸ばした。
カールとエリックと並んで歩きながら、ふとハンガーの奥に目をやる。
そこでは数名の整備士が、シーマのザクを囲み、調整作業を進めていた。
あの高機動 の理由は、彼女の技量だけではなく、機体のセッティングにもあるのかもしれない。
(どんな調整をしてるんだ?)
自然と足がそちらへ向かう。
カールとエリックはその様子に気づいたが、何も言わずにそのままついてきた。
近づくと、整備士の一人が、ちょうど姿勢制御スラスターの調整を終えたところだった。
「……ここはあともう少し、感度をあげてくれるかい?」
聞き慣れた声が響く。
シーマが機体の脇でその細い腰に手を当て立ち、整備士と何かを話し合っていた。
イオリの視線に気づくと、薄く笑いながら、「何のようだい?」とこちらを見ることなく声をかけてくる。
「は、いや……あの機動力、どんな調整をしてるのかと思いまして」
「ふぅん?」
シーマは少し目を細め、手元のデータ端末を見ながら
「……まさか、あたしの動きに付いていけなかったのは機体のせいだなんて言うんじゃないだろうね?」
「そんなことは思ってません」
イオリはすぐに否定する。
シーマの高機動は、紛れもなく彼女自身の技量によるものだ。
ただ、その技量を最大限に引き出すための機体調整に興味があっただけだった。
「まあ、別にいいさ」
シーマは軽く肩をすくめると、整備士に向かって「作業を続けな」と指示を出した。
そして、俺と初めて視線を合わせる。
「……で? 他になんか用かい?」
「……」
改めて、何を話すべきか考える。
今のところ、彼女が自分をどう評価しているのかは分からない。
ただ、あの試運転が何も意味がないものではなかったということは、クラウスの言葉から察することができた。
なら、もう少し聞いてみてもいいかもしれない。
「どうして、俺を試したんですか?」
真正面から問いかけると、シーマは少し目を見開き――
次の瞬間、 「ハッ」と短く笑った。
「……試した?」
その口調は、どこか小馬鹿にしたような響きを含んでいた。
「アンタ、何か勘違いしちゃいないかい?」
シーマはゆっくりと歩み寄り、イオリの顔を覗き込むように言う。
「あたしは別に、アンタを試したんじゃない」
「……じゃあ、何故?」
シーマは少しだけ沈黙し、すぐに肩をすくめた。
「単純な話さ。お前さんがどれくらい動けるのか、知っておく必要があっただけだ」
「それはつまり……」
「実戦で役に立つかどうか、見極めるため ってことさ」
その言葉には、一切の遠慮がなかった。
「……」
イオリは思わず口を閉ざす。
「アンタ、まさか 『仲間として認めてほしい』 なんて甘い考えじゃないだろうね? 」
シーマは鋭く問いかける。
イオリはゆっくりと息を吐いた。
(……そうか)
彼女は、ただ部隊の戦力として、自分が十分な働きができるかを測っただけ。
個人的な感情や信頼とは、まるで別の話だったのだ。
だが、それは決して 冷たい態度 というわけではない。
むしろ、彼女なりの部隊への責任感 なのかもしれない。
「……わかりました」
そう答えると、「ご迷惑をおかけしました」と軽く頭を下げた。
シーマは少し驚いたように目を見開いたが、すぐにまたニヤリと笑う 。
「へぇ……何か言い返してくるかと思ったけど、まあ、悪くない返しじゃないか」
そう言うと、もう俺とは話すことはないというかのように、シーマは踵を返し、再び整備士の作業を見守る。
俺は軽く息をつくと、その場を後にした。
ーーーーー
「やっぱりシーマ中尉は怖いっすね」
「そんなこというもんじゃない、カール」
「お前たちは中尉とは長いのか?」
シーマと別れた後、艦内を移動する際、質問する。
「長いというより、俺たちが配属された時には既に小隊長として、隊にいたっすね」
「自分たちに対しては、まるで興味が無いかのような態度でしたので、そこまで話をしたことはありません。」
「だから、驚いてるんすよ、いきなりモビルスーツに乗って少尉と模擬戦まがいのことにしたことにね」
「そうなのか」
「あ、でも訓練の時は、軽くアドバイス的な事を言ってくれる時はあったすよ」
「案外、面倒見がいいという噂もありますね」
話を聞けば聞くほど、シーマという人物が分からなくなる。
先程の人物からは他人の面倒をみるのは、嫌がりそうに感じたからだ。
思案していると、エリックから
「そういえば少尉、ご自分の部屋の場所はまだご存じありませんよね」
エリックが静かにそう言うと、イオリは少し驚いたように彼を見た。確かに、自分の居住区の確認はまだしていない。というより、着任の挨拶や訓練でそれどころではなかったのだ。
「そういえば、まだだな」
「事前に送られてきた荷物はすでに部屋に運んであります。ご案内します」
「それでは少尉、自分は自室にもどります、明日からまたよろしくお願いするっす」
軽く頷くと、カールは自室に戻り、エリックの案内で割り当てられた部屋に行くことにした。艦内は金属質な壁に囲まれ、時折、整備員や他の兵士たちが行き交っている。
「基地とは勝手が違うかもしれませんが、すぐに慣れると思いますよ、我々特殊海兵隊は、他の部隊と違って、いつ命令が下るかわかりませんので、基本的には艦内の自室で過ごすことになります。」
「まあ、慣れるしかないな」
歩きながら、艦内の雰囲気を改めて感じ取る。
やがて、エリックが足を止めた。
「こちらが少尉の部屋です」
「ちなみに士官と下士官は居住区画が別ですので、なにか用があれば連絡してくれればすぐに小隊が集まることが可能です」
彼が示したのは、ほかの居住区と大差ないシンプルな扉だった。イオリはドアパネルの端に貼られた自分の名前を確認しながら、「ようやく落ち着けるな」と安堵の息を漏らす。
「それでは、私はこれで」
エリックが敬礼し、静かにその場を離れていく。
ーーーーー
室内に入るとそこには簡易的なベットに事務机、個人用のシャワーといった一定基準の生活環境が整っていた。
……ふう」
薄暗い部屋の空気は静かで、まるで宇宙のように無音だった。壁に備え付けられた端末のモニターが微かに青白い光を放っている。
荷物は既に届いていた。制服の替え、私物のわずかな文具、それに一冊のノート。転生してきてから書き溜めていた記録だ。
制服の上着を脱いで椅子にかけ、ブーツを脱いでベッドに腰を下ろす。初めての実機訓練で疲れていた身体が、ぐっと沈み込んだ。
「……地球のベッド、恋しくなるな」
思わずそんな独り言が漏れた。
――いや、もう“地球”ではない。あそこは“前の人生”の世界。
ここはジオン、そしてこの艦は戦場だ。
(それでも……今の俺は、ちゃんと生きてる)
天井を見上げると、どこか金属の冷たさを感じる構造。それでも、自分だけの空間というのはありがたかった。誰にも気を張らずにいられる。ようやく、深く息をつける場所。
(……明日から、また一歩前に進めるか)
俺はベッドに背を預け、ノートを手に取った。
小さな文字で、新たな記録を綴る――この日、自分がどう戦い、何を感じたか。誰にも読まれないその記録は、俺の“生きる証”でもあった。
やがてノートを閉じ、明かりを落とす。
静かに目を閉じ、無音の艦内で、彼はようやく一人の男として安らぎを得たのだ。