転生先はガンダムの世界?え?生き残れ?は? 作:スウェーデンクラス
第一次地球降下作戦を終え、ザンジバル級機動巡洋艦「ヘルヴォル」は再びサイド3へと針路を取っていた。
戦闘の喧騒を抜けた艦内には、どこか張り詰めた空気が緩んだような、束の間の静けさが流れていた。
だが、その沈黙の中に潜むものは決して安らぎだけではない――兵たちの胸には、次に訪れる何かへの戸惑いと、未だ終わらぬ戦争の気配が渦巻いていた。
艦長室の扉が静かに開き、クラウス・シュレンケ少佐が足を踏み入れる。
小さな丸テーブル。
その上には、琥珀色の液体が注がれた二つのグラス。
もう一つの椅子には、「ヘルヴォル」艦長、ゲルハルト・アイゼンベルク大佐が先に腰かけていた。
「――失礼します、大佐」
「来たか、クラウス。まぁ、座れ」
クラウスが黙って椅子に腰を落とし、グラスを手に取る。
氷がグラスの内側をコツリと叩き、静かに鳴った。
二人は目を合わせるでもなく、乾杯の仕草もなく、それぞれのタイミングでグラスを口に運ぶ。
しばしの沈黙のあと、クラウスがぽつりと呟いた。
「……この時期に教導機動大隊ですか。ジオン軍はそこまで追い込まれているのでしょうか」
「ふむ」
「戦場を生き残ってきた部隊をわざわざ教官役に回す。……つまり、戦えるベテランが減っている。だからこそ、早く“使える”兵を育てなければならない。違いますか?」
ゲルハルトは、短く鼻を鳴らした。
「ジオン本国はそんなことは一言も言ってない。だが、そういうことなのだろうな。俺も、そう思っている」
クラウスは一度、目を閉じた。そして静かに言葉をこぼす。
「……ジオンは、勝てるでしょうか」
それは問いかけではなかった。
独り言に近い、ただの疑念の吐露。
だがその一言に、艦長は眉根を寄せ、低く、確信に満ちたように答えた。
「……わからん。だが、地球攻略が長引けば……ジオンの未来は厳しいだろうな」
その言葉のあと、沈黙が再び二人の間に横たわる。
部屋に響くのは、氷がグラスの中で溶ける、かすかな音だけだった。
ーーーーーー
イオリは、食堂の一角でカールとエリックと共に夕食を取っていた。
トレイの上には簡素な軍食。
しかしそれでも、いつもより少し温かく感じるのは、命が繋がっていることへの実感だろう。
カールが、口いっぱいに食べ物を詰めながら言った。
「教官って、何をするんすかね? オレたち、実際にモビルスーツに乗って指導するとかですか?」
「さぁ……どうだろうな」
イオリはスプーンを止め、カールを見ずに答えた。
「命令は来てるけど、詳細はまだ降りてない。ただ、“教導任務”なんて聞いたこともなかったし……俺も、何をさせられるのか、正直わからない」
エリックが苦笑を浮かべて口を開く。
「俺たち、戦場じゃない場所に部隊で行くの初めてっすね」
三人は互いに顔を見合わせ、小さく笑った。
だが、その笑みの奥には、不安と疑念が隠されていることを、誰もが察していた。
ーーーーーー
艦内の一角、通気システムの隅にある喫煙所。
イオリは一人、静かに煙草をくゆらせていた。
その小さな空間に、柔らかな足音が近づいてくる。
「おう、先にいたか」
低く、くぐもった声――クラウスだった。
「お疲れ様です、隊長」
イオリが立ち上がろうとするが、クラウスが手を挙げて止める。
「いいさ、座ってな」
自らも壁際にもたれかかりながら、ポケットから煙草を取り出し、火をつける。
そして、少し笑みを浮かべて言った。
「なんだ、今日はシーマと一緒じゃないのか?」
「……オレは、ずっとシーマ中尉と一緒にいるわけじゃありませんよ」
苦笑いしながらイオリが返すと、クラウスはくくっと喉を鳴らして笑った。
「ふ、そうか。だがまぁ、あいつの表情が少し柔らかくなったのは、お前のせいだと思ってるぞ」
「……やめてくださいよ」
「そう言うと思った」
二人の間に煙が流れる。
少しして、イオリが真顔で尋ねた。
「……今回も見事な指揮でした。正直、なぜそこまで戦場の状況が見えているのか、不思議です」
クラウスは少し驚いたように目を見開き、すぐに煙を吐き出した。
「なんてことぁないさ。部隊を率いる立場になると……自然に全体が見えてくるもんだ。生き残るためにな」
「それでも、すごいです。オレには……無理だな」
イオリの言葉に、クラウスはじっと彼を見つめたあと、ぽつりと漏らした。
「お前には、素質があると思うぞ。……シーマなんかより、よっぽどな」
「そんなこと……ないです。シーマ中尉の方が、よっぽど隊長らしいです」
クラウスは煙草を灰皿に押し付けながら、いたずらっぽく笑った。
「ふん……だがな、イオリ。お前なら、あいつの“手綱”を握れる気がする。あいつ自身も、きっとそう思ってるさ」
「……中尉の、手綱を?」
「そうだ。あいつは、お前の言葉なら聞く気がする……まぁ、隊長になれば、わかる話だよ」
そう言い残し、クラウスは背を向けて立ち去った。
イオリはその背中を、煙草の煙越しにただ見送るしかなかった。
ーーーーーー
数日後――サイド3の宇宙港に、「ヘルヴォル」がゆっくりと接舷した。
サイド3、ザハト宙域。
かつて軍事拠点として築かれたコロニーだったが、現在では人口数十万を擁する中規模都市へと姿を変えていた。
高層のビル群と無機質な軍施設が交錯する街並み。
その中にジオン軍教導機動大隊の駐屯地は存在していた。
ヘルヴォルのタラップを降りたシーウルフ隊の一行は、整然と並ぶ兵士たちに迎えられた。
彼らは敬礼の姿勢を崩さず、鋭い視線をイオリたちに向けている。
「シーウルフ隊の皆さまですね。お待ちしておりました」
やや柔和な表情の少佐が前に出て、一同に丁重な一礼を送る。
「こちらへどうぞ。車をご用意しております」
街の喧騒を背に、彼らは用意された軍用車に乗り込んだ。
車は静かに発進し、舗装された広い道路を滑るように進んでいく。
移動のあいだ、誰も多くを語らなかった。
遠征から帰還したばかりの部隊には、まだ戦場の匂いが染み付いていた。
やがて彼らは、コロニー中央部に設けられた広大な駐屯地に到着する。
赤褐色の外壁が無骨に連なる施設群。
中央には「教導機動大隊司令部」と記された建物が堂々とそびえ立っていた。
部屋割りの案内が終わると、ゲルハルト・アイゼンベルク大佐とクラウス・シュレンケ少佐、さらに各小隊長たちは、司令部内の上層階へと案内された。扉の前に立つ衛兵が姿勢を正し、無言でドアを開ける。
そこにいたのは、ジオン軍には珍しい、白髪の口髭をたくわえた好々爺然とした男だった。
柔らかな物腰に反して、彼の纏う軍服は真新しくも威厳に満ちていた。
その胸には、数々の戦歴を示す勲章が輝いている。
「これは遠路はるばるご苦労だったな、シーウルフの諸君。君たちの活躍は耳にしておるよ」
その声は穏やかでありながら、確かな重みがあった。
年齢は六十を越えているはずだが、目は鋭く、まるで老いた鷹のような風格がある。
ゲルハルトが一歩前へ出て、微笑んだ。
「お久しぶりですな、クラウン大佐。お元気そうでなにより」
「おお、ゲルハルト少尉……いや、今は大佐だったな」
クラウン大佐は声を上げて笑った。
「見違えたよ、まさか君がこの階級まで来るとはな」
その言葉には揶揄も、誇張もなかった。
師として、弟子の成長を率直に喜ぶ声音だった。
クラウスが一歩前へ出て、敬礼する。
「お知り合いでしたか?」
ゲルハルトは懐かしむようにクラウンへと目を向けた。
「ああ。私はこの方の艦で軍務を学んだ。右も左も分からなかった頃の話だがな」
「フフ、ずいぶんと昔話になったな」
とクラウンが言い、再び目を細めた。
そして、場の空気が少し改まる。
ゲルハルトが、わずかに声を低めて尋ねた。
「して、クラウン大佐。今回、彼らシーウルフ隊を教官として招集されたのは、どのようなご判断で?」
「うむ、簡単な話だ」
クラウンは一呼吸置いてから、厳しい現実を静かに口にする。
「先のブリティッシュ作戦とルウムでの戦闘。あれで我が軍は多くのパイロットを失った。特に熟練の者たちがな。いま、我々が必要としているのは即戦力だ。だが、新兵をただ前線に放り込むだけでは、すぐに死ぬ。だから君たちに頼みたい。実戦を生き延びてきた者として、彼らに“戦場”というものを教えてやってくれ」
言葉は穏やかだったが、そこには確かな悲哀と責任感がにじんでいた。
ゲルハルトが小さく頷く。
「……期間は?」
「二週間だ」
クラウスが思わず眉をひそめた。
「二週間も、特殊部隊が“教官ごっこ”を……?」
鋭く出た言葉に、ゲルハルトが咳払いするように「少佐」と嗜めた。
だが、クラウンは手を振って止めた。
「よい、ゲルハルト大佐。クラウス少佐の懸念も尤もだ。我が軍には今、実戦慣れした特殊部隊を遊ばせておく余裕はない。しかしな、彼ら新兵に生き延びて欲しいと思うのは、君たちも同じだろう。ベテランが前線で死に、新兵がそれに続いて死ぬ。それを繰り返していては、我が軍に未来はない」
その言葉には、教官としての覚悟と、老将としての矜持が滲んでいた。
「……は。出過ぎたことを申しました」
クラウスは深く頭を下げた。
クラウンは笑みを浮かべたまま、立ち上がる。
「では明日から、モビルスーツを使った教導を開始してくれ。君たちのザクは、こちらで整備させておこう」
司令部を後にし、廊下を歩く中、ゲルハルトが歩きながら言葉を落とす。
「……明日から教導開始だ。戦争とは何か……ヒヨッコどもに叩き込んでやれ」
クラウスをはじめとした小隊長たちは、その言葉に深く頷いた。
「……了解しました」
その声は静かで、しかし確かな決意に満ちていた。
ーーーーーー
朝霧がまだコロニーの空をぼんやりと覆う中、教導機動大隊の演習場に緊張感が漂っていた。
整列した訓練生たちの表情は様々だった。
新しい任務に胸を高鳴らせる者、不安に押し潰されそうな者、あるいは場の空気を読まず軽口を叩く者までいた。
だが、彼らが相対することになるのは、実戦を生き抜いた歴戦の精鋭――シーウルフ隊。
そして彼らの訓練は、文字通り“命”を教えるものだった。
クラウスが整列している訓練生の前の演壇に、立ち告げる
「俺たちは特殊海兵隊シーウルフ隊だ。本日より2週間諸君らの訓練教官をすることになった、諸君らが戦場で無駄死にしないようにしてやる」
と告げると、訓練生達がザワザワとし始める
「特殊海兵隊ってあの?」
「うぉ、マジか。本当にシーウルフ隊なのか」
「初めて見た、本当にいるんだな」
等と口々に喋る。
そこへ、
「黙れぇ!!今は部隊長が喋ってんのが分からねぇのか!!」
とその場を裂くような声が響き渡る。
グスタフ曹長の声のあまりの迫力に訓練生達は黙り込む。
「すまんな、グスタフ」
クラウスが一言礼を告げると、更に続ける。
「今目の前には、各小隊長が並んでいる。全員均等になるように、各小隊長の前に整列しろ、その後は、各小隊長が独自で諸君らを訓練する。質問は?無いなら始めるぞ!」
その言葉を皮切りに、訓練生達が整列を行った。
ーーーーーー
クラウスのその声は演習場全体を震わせた。
「おらおら!!何してやがんだ!!もっと早く走れぇっ!!!」
その豪胆な怒号に、訓練生たちは思わず足を止めかける。
「止まるなッ!!貴様ら、俺の目の前で脱落した奴はな――モビルスーツには一生乗せねぇ!!」
クラウスはまず訓練生をヘロヘロになるまで走らせる。
その後、疲れた状態で機体に搭乗させる。
頭で覚えるより体に覚えさせるためだ。
戦闘服の袖をまくったクラウスは、コロニーの薄曇りの空を背にしながら、まるで鬼神のように立っていた。
目の前で転倒した訓練生の胸倉をつかみ起こし、その顔のすぐそばで怒鳴る。
「戦場じゃ一歩の遅れが命取りだ!!その鈍った足で、敵の射線から逃げ切れるとでも思ってんのかァッ!?」
訓練生たちは、ただひたすらに走った。
汗と涙と土埃にまみれながら。
ーーーーーー
その隣で、エーリッヒ・ヴォルツ軍曹は淡々とした声で言い放った。
「まずはお前らのポテンシャルを調べる。すぐに練習機体に乗れ。」
訓練生たちが歓声を上げる。
「やった、早速機体に乗れるのか!?」「この軍曹、優しそうだし、ラッキーだな!」
だが、その甘さは数分と持たなかった。
「貴様ぁ!!その操縦で生き残れると思ってんのかッ!?」
操縦ミスをした訓練生のコクピットに、外部スピーカー越しにエーリッヒの怒声が響き渡る。
「もっと周囲に目を配れ!!敵は前からだけ来ると思ってるのか!!戦場の空気も読めねえ奴は、味方を巻き込んで死ぬんだよ!!」
コックピットの警告音が鳴り響く中、訓練生たちは次第にその厳しさの意味を理解していった。
ーーーーーー
ハンス軍曹の指導
一方、ハンス・グリューネル軍曹は沈黙のまま訓練生たちの前に立った。その瞳はまるで獣のように鋭く、言葉など必要ないとでも言いたげだった。
「……」
訓練生たちは互いに視線を交わし、戸惑いながらも口を開く。
「も、モビルスーツの操縦を……学びたいのですが……」
「だったら乗ってこいよ」
低く、しかし確実に心臓を締め付けるような声。
「ただし――」
ハンスは一拍おいて、口元に微かに笑みを浮かべる。
「もし機体を少しでもバランス崩したり、傷をつけたりしたらな――腕立て300回、腹筋も300回だ」
沈黙が走った。地獄のような数字に、訓練生たちは背筋を凍らせた。
ーーーーーー
そして、シーマ・ガラハウ中尉。
その姿は、他の鬼教官たちとは一線を画していた。
艶やかな黒の髪を後ろに流し、瞳に鋭さと柔らかさを同居させながら、シーマは穏やかに言う。
「いいかい?まずは機体の特性を理解するところからだよ」
不適に笑いながら、訓練生たちに歩み寄る。
「推進力や癖を完全に把握していないうちは、機体はあんたらの敵だと思いな。でも――それが“身体の一部”になれば、生き延びる術にもなるんだ」
「は、はいっ!!」
と訓練生たちは一斉に返事をする。
その中には、顔を赤らめて彼女を見つめる者もいた。
「よろしぃ。じゃあ早速、乗りな。ビシビシいくよ」
訓練は過酷そのものだった。
精密動作、無重力下での姿勢制御、戦術移動――だが、シーマの的確な指導と時折見せる笑顔に、訓練生たちは一様に「頑張ろう」と思わせられる。
不思議な統率力がそこにはあった。
ーーーーーー
イオリは、訓練生たちの前で淡々と訓練の説明を始めていた。
「では、まずは基本動作から入る。初動に必要なのは――」
その時、一人の訓練生が手を挙げ、鼻で笑いながら言った。
「すみません〜、それって必要ですか?いますぐ機体に乗った方が早くないですか?」
若い顔に浮かぶのは、明らかに“年下に教えられる”ことへの反発。
「お前…!少尉に失礼っすよ!!」
即座に吠えたのはカールだった。
その目は鋭く、肩は震え、まるで犬が仲間を守ろうと威嚇するような必死さだった。
その隣で、エリック・ホフマンが訓練生を射るような視線を送る。
「カール、大丈夫だ」
イオリは苦笑しながら、彼を制すと、訓練生に尋ねた。
「君は?」
「名前なんてどうでもいいでしょう?どうせあなた達、二週間しかいないんでしょ?だったら、効率よく行きませんか?オレとあなたで模擬戦して、オレが勝ったら自分たちで訓練やります」
その顔は自信に満ちており、その取り巻きもニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「言わせておけば…!」
とカールが再び怒声を上げるが、イオリがその肩を掴み止める。
「わかった。それでいいよ。だが――模擬戦をやるのはカール二等兵だ」
訓練生の顔が歪んだ。
「は?ふざけてるんですか!?そんな新兵に負けるわけ――」
「いや、ふざけてないさ」
イオリの言葉は静かだったが、訓練生の耳に妙に響いた。
ーーーーーー
訓練生の顔には、なおも余裕の笑みが浮かんでいた。
「ま、ちゃっちゃと終わらせてやりますよ。」
だが、模擬戦が始まった瞬間、その笑みは凍りついた。
カールの動きは――異様だった。
機体の挙動が、異様なまでに滑らかで、静かだった。
だが、そこには一切の“遊び”がない。
訓練生のザクが振りかぶったタイミングで、カールのザクは身を翻して死角へと移動し、瞬時に背後を取る。
そして、訓練生が動揺してバランスを崩した瞬間――
ドスッ!!
軽く膝を押し当てるようにして、訓練生のザクが地面に倒れた。
その上から、カールのザクがゆっくりと見下ろす。
「少尉はオレなんかより、ずっと強いっすよ。少しは敬意を払ったらどうっすか?」
声に怒気はなかった。
ただ、静かな――事実の提示だった。
ーーーーーー
模擬戦後、イオリは整列した訓練生たちの前に立った。
「これが現実だ。さっきの訓練生は、操縦に少しは覚えがあったようだが、あんなものじゃ戦場では通用しない。すぐに――死ぬ。」
一瞬、息を呑む音が並ぶ。
「だが、そうならないために俺たちシーウルフが来た。
お前たちが死なないように。生き残れるように。
そのために、死ぬ気で食らいついてこい!!」
「――了解!!!」
その声は、さっきまでの彼らのものとはまるで違っていた。
遠く、教官棟の上階からその様子を見ていたクラウス少佐が、ふっと口元を緩める。
「下の扱いが……うまいじゃねぇか。」
彼の目には、確かに“部隊を導く者”としてのイオリの姿が映っていた。