転生先はガンダムの世界?え?生き残れ?は?   作:スウェーデンクラス

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第57話 嵐の前

静かなブリーフィングルームに、グラスを打ち鳴らす音だけが響いていた。今は休暇期間とし、隊員たちには街へ降りる許可が下されている。普段は作戦地図や戦況レポートが並ぶ卓上も、今は一本の酒瓶と数皿の乾き物が置かれているだけだった。

 

ゲルハルト・アイゼンベルク大佐と、クラウス・シュレンケ少佐。二人の歴戦の軍人は、いつもの軍服姿のまま、言葉少なに酒を交わしていた。

 

クラウスは、手にしていたグラスを一息に煽ると、吐息まじりに呟いた。

 

「一カ月で終わるはずだった……重力戦線も、すでに数ヶ月が経過しました。にもかかわらず、本国は未だジャブローの位置すら特定できず……戦線は膠着。部隊の消耗も、もはや看過できるものではありませんな」

 

その声には、現場の指揮官としての苛立ちと、部下を想うがゆえの焦燥がにじんでいた。

 

ゲルハルトはゆっくりとグラスを傾け、琥珀色の酒を口に含むと、静かに答える。

 

「ふむ……結局のところ、本国の見通しが甘かった、ということに尽きるな。慣れぬ重力下、連邦の抵抗、補給の困難さ……。攻勢は続けているが、決定打には至らん」

 

言葉は冷静だったが、その表情には老練な軍人ならではの疲労と、責任の重さが見て取れた。

 

クラウスは、乾き物を一つ摘んで口に放り込みながら続ける。

 

「果たして……どうなるのでしょうな、この戦争は。連邦に時間を与えすぎれば、やつらも必ずモビルスーツを……我々と同等、あるいはそれ以上の兵器を造り出すでしょう。そうなれば、戦局は一気に傾きます」

 

ゲルハルトは頷き、目を細めた。

 

「あぁ。そうなれば、我々のこの部隊も……さらに過酷な戦場に投入されることになるだろうな。犠牲が出る。部下も、我々も、無事では済まん」

 

そして、クラウスを静かに見つめると、低い声で言った。

 

「その時が来れば、現場の判断はお前に任せるぞ、少佐」

 

クラウスはその言葉に、一瞬だけ表情を引き締め、グラスを掲げた。

 

「お任せを、大佐」

 

短いが、重みのあるやりとりだった。二人の信頼関係と、覚悟の深さがにじむ。

 

ゲルハルトはふっと笑みを浮かべ、話題を変えるように口を開いた。

 

「……話は変わるが、少佐。耳にしたぞ。今、隊内で面白い話があるそうじゃないか?」

 

クラウスはグラスを置き、少し口元を緩めた。

 

「シーマとイオリのこと、ですかな?」

 

「ああ」

 

大佐の言葉に、クラウスは小さく笑った。

 

「イオリは、どうやらシーマに本気のようです。彼の目を見れば分かります。あれは……本物ですよ。恐らく、シーマも同じ気持ちでしょう。だが……」

 

ゲルハルトは思わず眉を上げた。

 

「ほう。あのシーマが、あの若造になびくとはな。意外だ」

 

「ふふ……それが戦場というものです。イオリは、彼女に想いを告げたようですが、シーマはまだ……悩んでいるようです」

 

ゲルハルトはグラスを回しながら、しばし考え込み、やがて口を開く。

 

「うん? 好いたもの同士ならば、話は簡単だろうに」

 

クラウスは首を振った。

 

「シーマは恐らく、誰にも自分の心の中に踏み入れさせたことがないんでしょう。誰にも頼らず、誰にも心を開かず……生きてきた。それが、突然誰かを想う気持ちを知ってしまった。……怖いんですよ。命を懸ける戦場で、自分の命よりも大切な存在ができるということが」

 

ゲルハルトは、ふっと目を細め、遠い記憶を思い出すように語る。

 

「……分かるさ。その気持ちはな。だが、戦争中だからこそ、悔いを残してはならん。大切な者がいると、生きる糧になる。生きて帰る理由になるんだ」

 

クラウスは笑みを浮かべて頷いた。

 

「ええ。私も何度か言ってやったんですがね。なかなか……踏ん切りがつかない様で。あとは……見守るだけですよ」

 

ゲルハルトもまた、微笑を浮かべながら相槌を打つ。

 

「ところで、大佐。娘さんはお元気で?」

 

クラウスは笑いながら、グラスを掲げる。

 

「元気すぎるくらいだよ。まったく……子どもの成長は早いものだな」

 

ゲルハルトも笑みをこぼす。

 

「そうですか……じゃあ、いずれ彼氏などを紹介されるのでしょうな」

 

クラウスは肩をすくめながら、揶揄う様に言う。

 

「その時は、その男を一発殴ってやるよ。少佐の方はどうなのだ?疎遠だった家族とまた仲良くしているそうじゃないか」

 

クラウスは思わず吹き出し、苦笑しながらグラスを煽った。

 

「……なぜそれを知っているので?大佐」

 

静かなブリーフィングルームに、ふたりの笑い声がほんのわずかに響いた。戦場に生き、戦場に死ぬ覚悟を持つ男たちが、今だけは穏やかな時間を過ごしていた。

 

そして、その夜はゆっくりと更けていくのだった。

 

ーーーーーー

 

次の日─

 

薄曇りの空が、基地の外に広がる地平線に溶けていく。その重苦しい雲の色が、イオリの胸中と奇妙に重なっていた。

 

彼は自室の椅子に座り、机の端に置かれたマグカップを指先で転がしていた。すっかり冷めきったコーヒーの香りすら感じられなくなった部屋の空気は、彼の深い溜め息と共にさらに重くなる。

 

『私は今までの関係でよかったんだ!!』

 

──あのときの声が、耳の奥に焼きついていた。シーマの、あの言葉。怒鳴るようでいて、どこか苦しげで、壊れそうな声。

 

彼女は本気だった。あの瞬間、イオリはその奥にある痛みに気づいてしまった。

 

「……ったく」

 

思わず独り言のように呟くと、指先がマグカップから離れた。

 

そのときだった──

 

「クローネ少尉、通信が入っております」

 

部屋のドア越しに、若い兵士の声が聞こえてきた。わざわざ直に呼びに来るということは、普通の連絡ではない。

 

「……誰だ?」

 

イオリは眉をひそめ、立ち上がると手早く制服の上着を羽織り、廊下を歩いて通信室へと向かった。

 

専用通信室の端末にログインすると、画面の向こうに映し出されたのは、赤い仮面の男──シャア・アズナブルだった。

 

「なんだ、びっくりしたじゃないか。いきなりどうした?」

 

思わず口元が緩む。緊張が、わずかに解けた。

 

『なに、ルウムの後は全く話すタイミングが無かっただろ?だからこうして通信しているのさ』

 

仮面の奥からはいつもの飄々とした声が聞こえる。どこか、懐かしさすら感じる調子だった。

 

「そうだったな……。あの時の功績で少佐に昇進したらしいな? 恐れ入ったよ。俺はまだ少尉だぞ?」

 

笑い交じりに言うと、シャアはふっと小さく笑った。

 

『ふ、よしてくれないか? いつも通りでお願いするよ』

 

「それで? 今はどこにいるんだ?」

 

『こっちは今、サイド7付近の宙域にいる。残党の掃討作戦に駆り出されていてね。地球は酷いらしいじゃないか』

 

──サイド7。

 

その言葉に、何かが引っかかった。何か、どこかで聞いた覚えがある。イオリの脳裏に、記憶の断片がちらつく。

 

(サイド7……? 確か……あのアニメ……ガンダムって、最初は……)

 

思考はそこまでだった。

 

「どうした? なにかあったのか?」

 

シャアの声で我に返る。

 

「あ、ああ。なんでもないさ。そうだな、地球の重力はすごいもんだよ。砂埃なんて舞いまくりでな、参るよ。少佐様にも一度は経験してもらいたいな?」

 

『ふ、いずれ降りるさ』

 

シャアが少しだけ苦笑したように見えた。が、その表情はすぐに仮面の奥に隠れてしまう。

それから、色々なことを話した。地球降下作戦のこと、部下を失いかけたこと、そして、シーマのこと。

シャアはその全ての話を真剣に聞き、シーマの件については 

 

『すこし、距離を置いてはどうだ?余裕が無くなると、視野が狭くなってしまうからな』

と、心からのアドバイスを貰う。

 

まだ話したいことはあったが、唐突にシャアの背後から「少佐、そろそろお時間です」と、促す声が聞こえる。

 

『まだまだ話したいが、そろそろ時間だ。また今度通信するよ』

 

通信を切ろうとする彼に、イオリは思わず声をかけた。

 

「まて、シャア。……サイド7だが、気をつけろ。油断するな」

 

仮面の奥の目が、わずかに見開かれた気がした。

 

『……なんだ、心配するな。失敗はせんよ』

 

その言葉は確かに自信に満ちていたが、イオリの胸中には不安が残った。

 

「ああ、また連絡するよ」

 

──通信が切れた。

 

端末の光が消えた静寂の中、イオリはじっと一点を見つめていた。理由の分からない胸騒ぎが、心の奥で渦巻いていた。

 

通信室を出て間もなく、基地のスピーカーから無機質なアナウンスが響き渡った。

 

『シーウルフ隊各員は13:00にブリーフィングルームに集合せよ。繰り返す……』

 

ーーーーーーー

 

アナウンスを聞いたイオリは足を止める。

 

「? まだ休暇中じゃないのか……?」

 

状況が読めなかった。だが、ただならぬ空気を感じながら、彼は制服の襟を正してブリーフィングルームへと向かった。

 

そこにはすでに何人かの隊員が集まっており、カールとエリックの姿もあった。

 

「少尉! こっちっすよ!」

 

カールが元気に手を振る。イオリは小さく手を挙げて応え、二人の元へと向かった。

 

その途中で、視線がふとシーマを捉えた。いつもなら、どこかぎこちない笑みを浮かべて視線を交わしたはずだった。だが、今日は違う。

 

『少し待ってはどうだ?』

 

友人のアドバイスを、思い出す。

彼女を一瞥すると、イオリはまるで一人の上官に対するように軽く頭を下げただけで、カールたちの方へと足を向けた。

 

その姿が、シーマの胸を貫いていることは知らない。

 

(……何を、私は悲しんでいるんだろうね)

 

自分が言い放った言葉。あの時の激情と、取り返しのつかない一歩。それを思い出し、胸の奥が軋む。

 

「全く、休暇だっていうのに、なんなんすかね?」

 

カールの愚痴に、エリックが苦笑しながら小突く。

 

「仕方がない。それが軍だ」

 

イオリは座りながら言った。

 

「……確かに妙だよな。休暇中の俺たちを招集するくらいだからな。なにか、あったのかもな」

 

──その不安は、的中する。

 

ブリーフィングルームの扉が開き、ゲルハルト大佐とクラウス少佐が現れると、場の空気が一気に引き締まった。

 

ゲルハルトが言った。

 

「休暇中にすまんな。諸君らに集まってもらったのは、新たな指令が入ったからだ」

 

苛立ちを隠そうともせず、グスタフが口を開いた。

 

「それって、休暇中の俺たちが出張らないといけない程のもんなのか?」

 

ゲルハルトは短く頷いた。

 

「ああ。本部はそう見ているようだ。では、説明しよう」

 

モニターが起動し、地図と共に情報が表示される。

 

「ヨーロッパ戦線、カレリア地方において、正体不明の敵によって、警戒中の味方のモビルスーツ隊が計6個小隊が撃破された」

 

ブリーフィングルームにざわめきが走った。

 

「6個小隊も……?」

 

ハンスが驚きを隠せずに声を上げた。

 

ゲルハルトは続ける。

 

「加えて、破壊されたモビルスーツの中には……ビーム兵器による損傷が見られたそうだ」

 

──再び、空気が凍りつく。

 

ビーム兵器。それはジオンにとって、未だ実用化されていない、未知の領域。

 

「……本部はこの被害を看過できないと判断し、シーウルフ隊に敵の調査および、撃滅を命じてきた」

 

クラウスが進み出る。

 

「聞いたな? 敵は正体不明、ビーム兵器を使う。今までの連邦とは訳が違う。全員、油断するなよ」

 

彼の声に、隊員たちは一斉に姿勢を正した。

 

「準備が整い次第、モビルスーツをヘルヴォルに搭載して出発だ。以上!」

 

緊張の中、次々と敬礼が響く。

 

その中で、イオリの胸には、ただならぬ戦いの予感と、そして──

 

シーマの横顔が、何度も浮かんでは、消えていった。

 

ーーーーーー

 

ザンジバル級機動巡洋艦「ヘルヴォル」は、灰色の大気を切り裂くようにしてヨーロッパ戦線、カレリア地方へと進路をとっていた。

地球の大気圏内、特にこの荒涼とした北方の大地を飛ぶ艦体には、軋むような気圧のうねりが容赦なくぶつかっている。

 

艦内では、異様な緊張感が渦巻いていた。

甲板では整備員たちが忙しなく動き回り、整備区画には怒号と工具の音が絶え間なく響く。

スパナの金属音とともに、ザクの各部をチェックする声が飛び交い、予備弾薬が次々と運び込まれていく。

作戦前の静けさは、まるで本能的に「異常」を予期しているような、重苦しい沈黙によって引き裂かれていた。

 

艦中央、ブリーフィングルームにはシーウルフ隊の全員が揃っていた。

中央のホロモニターには、冷たく曇った森林地帯――カレリア地方の地形データが浮かび上がり、その周囲には撃破されたザクの機体の残骸が映し出されていた。

焦げ付いた装甲、捻じ曲げられたフレーム、ビームで貫かれたとされる無惨な破孔。

それは、戦いの痕というより「処刑」のような無力さを感じさせるものだった。

 

隊長クラウス・シュレンケ少佐が、緩やかに視線を部隊員たちへ向けると、その鋭さに誰もが自然と背筋を伸ばした。

 

「――再度説明する。今回の任務は、正体不明の敵部隊の調査および撃滅だ」

 

彼の声は静かだったが、明瞭で威圧感を伴っていた。

 

「敵の規模、所在、正体、すべてが不明。だが我々は動かねばならん。カレリアに投入された我が方のモビルスーツ部隊――6個小隊が全滅。その中には、本部と通信を交わす間もなく沈黙した部隊もある」

 

場内が一気にざわつく。

重苦しい空気が、肌を突き刺すほどに高まっていく。

 

その沈黙を破ったのは、古参のグスタフ・ヴァール曹長だった。

 

「……隊長、それだけの情報で俺たちに何をさせるってんだ?」

 

彼の声は普段よりも低く、迷いと苛立ちが混じっていた。

だがクラウスは、その問いに対してわずかに唇の端を上げて、静かに答えた。

 

「サーチ・アンド・デストロイ……だ」

 

無造作に言い放たれたその言葉は、冗談にも似た軽やかさでありながら、現実の重さを突きつける凶器のようでもあった。

 

「今回の作戦には我々シーウルフ隊だけでなく、他の部隊も動員されている。空からも、地上からも同時に索敵を行う」

 

ホロモニターが切り替わり、立体地図上に各部隊の降下予定地点が赤いラインで示された。

 

「我々は作戦地域手前5キロ地点で降下。そこからは徒歩行軍による索敵だ。荒地だ。森林もある。ブービートラップの可能性も排除できない。しかも、撃破された部隊の中には――」

 

クラウスは一瞬、言葉を止めて、モニターの焦げ付いたザクの映像を見やる。

 

「……ビーム兵器によって撃破された痕跡があると報告されている」

 

再びブリーフィングルームがざわめいた。

ジオンの技術では未だにモビルスーツ搭載型のビーム兵器は開発されていない。

戦艦クラスでようやく扱えるような重火器。

それを携えた敵など、連邦にはいないはずだった――はずだったのだ。

 

「気を抜くな」

 

クラウスの声が静かに戻る。

 

「……敵はこれまでの連邦軍とは違う。姿が見えなくとも、気配を感じろ。通信が途絶えたとしたら、敵は近いということだ」

 

部隊員たちは誰一人言葉を発せず、その言葉を重く胸に刻み込んでいた。

 

「……以上だ。作戦地域に到着するまで、各自自由にしていてくれ。解散」

 

クラウスがそう言い終えると、部屋の緊張が一気に弛緩し、隊員たちはそれぞれの思いを抱きながら散っていった。

 

イオリはその中で、何気なくシーマの方を見やる。

だが彼女は、何も言わず、何の感情も見せずに背を向けて、無言のまま部屋を出ていった。

彼女の背中は、まるで装甲板のように冷たく、触れれば裂けてしまいそうなほど張り詰めていた。

 

イオリは立ち尽くし、微かに目を伏せた。

 

(……何をしているんだ、俺は)

 

心の奥で、名を呼びたい衝動を飲み込み、彼もまたため息と共にブリーフィングルームを後にした。

 

だが、その胸中には任務の不安と同じくらいに、あのとき交わせなかった言葉と、彼女の無言の背中が焼き付いて離れなかった。

どこかで、ただの任務ではないと感じる本能――それが、静かに警鐘を鳴らしていた。




ちょっと間が空きましたね(^◇^;)
さあ、もうすぐ、狼とハンターが相対しますね!
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