転生先はガンダムの世界?え?生き残れ?は?   作:スウェーデンクラス

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読まなくてもいいけど、シーマさんの心情が分かります笑


幕間 シーマ・ガラハウという女

——私は、誰かに心を許したことがない。

 

生まれた時から、そういうものは縁のない人生だった。

私が育ったのは、宇宙の片隅に打ち捨てられたコロニーの、さらにその中の、スラムと呼ばれる掃き溜めだ。誰もが何かを失っていて、何も持たない者だけが生き延びる、そんな場所だった。

 

朝目を覚ませば、昨日隣で寝ていた子供が冷たくなっていることもあった。

パンを一切れ盗んだだけで、骨が折れるまで殴られることもあった。

女として生まれたことが、時には命取りになると知ったのは、十にもならない頃だった。

 

生きるためなら、何でもした。

綺麗事じゃない。

「女」であることを武器にしたことだってある。

誰かの懐に入り込み、騙し、裏切って、それでも笑って生きてきた。

殺しをしなかったのは、ただの偶然かもしれない。けれど、それだけは、私の中で唯一、誇れることだった。

 

そんな中で、軍の募集があった。

「働けば、飯が食える」「屋根のある部屋に寝られる」

それだけの理由だった。正義も信念もなかった。

だけど、私には合っていたんだろうな、軍という組織は。

 

命令があり、規律があり、守るべき手順があった。

スラムでの無秩序な日々に比べれば、よほどマシだった。

戦友と呼べる者もいたが、それはあくまで戦場の中での話だ。

心の底から誰かを信じたことはない。

信じれば裏切られる。

それは痛いほど分かっていた。

 

男と寝たことも、もちろんあった。

ああ、あったよ。

けれど、それはただの行為だ。

心を開いたことは一度もなかったし、開く気もなかった。

 

そうして朝が来れば、相手は決まってこう言った。

「俺の女になれ」

吐き気がするほど、決まった台詞だった。

まるで、私を「物」として見ているような言葉。

 

私は誰のものでもない。

私自身の意思でここにいる。

それを否定するような台詞が、どうしても許せなかった。

 

だから、関係は一度きり。

それが、私の中での決まりだった。

 

——そんな私の前に、あの新人が現れた。

 

配属から少し経って、シーウルフに来た奴。

イオリ。

初めて会ったとき、生意気そうな目をして、まっすぐ私を見た。

 

心の中で何を思っていたか、すぐに分かったよ。

「女が軍人だなんて」

「女がパイロットなんて」

そんな顔だった。

どこかで見慣れた目だった。

 

(ああ、こいつも私を“女”として見てる)

そう思った。

 

クラウスに言われて、あいつの指導役を押し付けられたとき、心底うんざりした。

私は鍛える側じゃない、自分だってまだ生き残るのに必死だ。

年下の、なまいきで、覚悟も見えないようなガキなんて、面倒を見たいと思ったことは一度もない。

 

でも、命令だ。

軍はそういう場所。

だから私は、徹底的にイオリを突き放した。

 

無理だと思わせて、根を上げさせて、自分から隊を去らせる。

それが一番だとすら思った。

情なんて不要だった。

 

けれど、イオリは、諦めなかった。

 

食らいついてきた。

目の色を変えて、私に喰らいついてくるその姿を、私は、無視できなかった。

 

そしてある日——

誰にも教えていなかった、私一人だけの訓練にまで、アイツはついてきた。

 

そのとき、私は苛立ちを感じた。

勝手に踏み込んできたことが、腹立たしかった。

私の「居場所」に入り込まれたことが、恥ずかしかった。

でも、それ以上に——少しだけ、嬉しかった。

 

私は、素直になれない女だ。

だから、わざと意地悪な機動をして、あいつから距離を取った。

ついてこれるはずがない、そう思った。

 

けれど——

あいつはついてきた。

挙句、私がデブリにぶつかりそうになった時、助けた。

命を賭して。

 

その瞬間だった。

私の中で、あいつが「ただの新人」じゃなくなったのは。

 

それからだ。

イオリと二人だけでの訓練が増えた。

あいつは成長した。見る見るうちに、私の動きを、読み、追い、そして、超えようとした。

 

気がつけば私は、それが楽しくなっていた。

 

クラウスから「もう教えることはない」と言われた時。

胸の奥が、妙に締めつけられた。

言いようのない、虚しさ。

何故だか、分からなかった。

 

でも今なら、分かる。

 

私は、あいつともっと訓練がしたかったんだ。

もっと、そばにいたかったんだ。

 

だけど軍は、そんな感情を許してはくれない。

必要がないと判断されれば、それで終わりだ。

 

だから、私は“最後の訓練”をした。

全力で挑んだ。

あいつが、もうついてこれないように。

私の方から、終わらせるために。

 

けれど、結果は——

私が、負けた。

全力だった。

これで教えることは何もない。

そう思った。

 

そしてあいつは言った。

『まだまだ教えてもらいたいことがある。勝手に終わらせないでください』

——息も絶え絶えになりながら。

 

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、熱くなった。

嬉しかった。悔しかった。

自分でも、分からないほど、混乱した。

 

だから私は、その混乱を隠すように言った。

「もう新人とは呼べないね」

 

すると、イオリは

『これからは、イオリと呼んでください』

 

不覚だった。

ガラにもなく胸が高鳴った。

 

それから、二人で喫煙所に通うようになった。

一緒に、煙草を吸うようになった。

 

誰にも邪魔されない、二人だけの時間。

あいつが、私を横目で見ているのも知っていた。

 

私も、時折そっと視線を向けていた。

誰にも気づかれないように。

 

そして気づいた。

私は、イオリを——特別な存在として見ていた。

もう、とっくに。

 

でも、私は気づかないふりをした。

気づいてしまったら、もう後戻りできない。

この感情は、きっと、私にとって禁じられたものだから。

 

ーーーーーー

 

あの時から、ずっとだった。

 

私とイオリは、いくつもの作戦を共に遂行してきた。

コロニー落とし――人類史に刻まれる、忌まわしき業。

ルウム戦役――宇宙を揺るがした、大規模艦隊戦。

地球降下作戦――焦土を巡る死の旅路。

数えきれない修羅場の中で、あいつはいつも私の隣にいた。

 

コロニー落としのとき。あの地獄の始まりで、イオリは作戦内容の異常さにいち早く気づいていた。

どこまでも真っ直ぐで、理不尽を受け入れないその目で、上層部の欺瞞を暴き、海兵隊司令官のアサクラを糾弾し、ついには捕らえた。

市民の避難が遅れていたとき、私はその場に踏みとどまろうとした。

だが、イオリは私を怒鳴りつけ、無理やり退かせた。

「何をしてるんですか中尉、死にたいんですか!」

涙が出た。悔しさと安堵と――それ以上に、胸が締めつけられた。

あいつの腕の中で泣いた。

ぎこちなく、けれど必死に私の肩を抱いたその手の温もり。

あれは、私の中でずっと、離れない。

 

二人でバーに行った夜のことも忘れない。

作戦の合間の、ほんのつかの間の休息だった。

あいつの照れくさそうな笑い声。くだらない話。甘い酒。

気づけば私は、イオリをひとりの「男」として見ていた。

酔った彼に押し倒されたとき――正直、抗えないと思った。

いや、抗いたくなかった。

あの瞬間、もう私の心は、彼から離れられない場所にいた。

 

それからだった。

私は、イオリを遠ざけようとした。

態度を冷たくし、上司と部下として距離を置こうとした。

そうでもしないと、自分の中に入り込んだ“何か”が、怖くて仕方なかった。

ここは軍だ。情は弱さになる。

それに、私は誰かを心に入れることが怖かった。

かつて、裏切られた記憶。捨てられた過去。

全部が傷となって残っていた。

 

教導軌道大隊に派遣されたときもそうだった。

若い女訓練生たちに囲まれて、イオリは笑っていた。

私が見たことのない表情だった。

嬉しそうに、あの子たちに囲まれて――。

それが、胸を刺した。

一方で、私に馴れ馴れしく近づいてくる男訓練生たちに、無性に苛立ちを覚えた。

なぜだろう。イオリがあの距離にいても何も思わなかったのに。

 

だから私は、その場を離れた。

だが、追いかけてきたイオリの姿を見たとき、正直に言うと――嬉しかった。

けれど、素直になれずに、皮肉をぶつけた。

「嬉しそうにヘラヘラしてたね」

そんなことを言いたかったわけじゃない。

本当は、「寂しかった」って言いたかっただけ。

でも、あいつから返ってきた言葉は、もっと辛かった。

 

『男の訓練生に囲まれてましたよね。ちょっと嬉しかったんじゃないですか?』

 

冗談半分だったんだろう。だが、私にはそうは聞こえなかった。

あいつが、私を軽い女だと思った――そう錯覚してしまった。

それが悲しくて、胸が締め付けられて、気がつけばその場を離れていた。

逃げた。自分の気持ちから、イオリから。

 

それからは、なるべくイオリと距離を取るようになった。

会っても、目を合わせない。口を開かない。

逃げて、逃げて、私は自分を守っていた。

 

地球降下作戦――命を懸けた地上戦の開始だった。

出撃準備の中で、気づけばイオリの機体の前に立っていた。

驚いた顔でこちらを見るイオリに、私は自然と声をかけていた。

 

「死ぬんじゃないよ」

 

それが精一杯だった。

だが、背中越しにイオリの声が聞こえた。

 

「シーマ中尉こそ!」

 

ああ、この子は――まだ私のことを、気にしてくれてるんだ。

作戦前の緊張にこわばるイオリに、私はアドバイスを送った。

すると、彼はあの日のことを謝ってきた。

「中尉に失礼なことを……」

その言葉に、少しだけ胸が軽くなった。

でも、今はそれどころじゃない。だから私は言った。

「作戦が終わったら聞くよ」

それは、二人で生きて帰るための約束だった。

 

作戦中、イオリは囮になると提案した。

絶望した。血の気が引いた。

止めたかった。けど、命令だった。

だから、私はただ必死に戦った。

少しでも、彼が無事でいられるように。

 

結果として、作戦は成功した。

誰も死ななかった――奇跡のような勝利だった。

だが、私ははっきりと知った。

 

部隊の中に特別な存在を作ってはいけない。

それが弱さになる。

動揺すれば、指揮に支障をきたす。

部隊全体を危険に晒すことになる。

だから私は決めた。イオリへの想いに、蓋をしようと。

 

それなのに――

 

制圧した敵基地の格納庫で、私は遠目にイオリを見ていた。

気づけば、彼も私を見ていた。

目が合った瞬間、心臓が跳ねた。

目をそらすように、休憩室に逃げ込んだ。

タバコを吸い、落ち着こうとしていた。

そこに、彼が現れた。

 

イオリの声が響いた。

その声は、静かで、けれど確かに震えていた。

話し始めたのは、教導軌道大隊でのことだった。

嫉妬していたと。私が冷たかったから、つい口走ってしまったと。

「素っ気なくされた時は地獄の時間でした」

そう言われて、私は涙が出そうになった。

「後悔しないように生きなきゃって」

それが決め手だった。

止めなければ。聞いてはいけない。

でも、言葉が出ない。

「シーマ中尉、俺はあなたと――」

心のどこかが、悲鳴を上げた。

 

「待ちな」

 

やっと声が出た。

それ以上聞いたら、もう戻れない。

でも、イオリは止まらなかった。

 

「俺と、上司と部下の関係以上の存在になってくれませんか?」

 

その言葉に、世界が静止した。

私は必死に絞り出した。「……答えを、待ってほしい」と。

 

それから2ヶ月、私は自分の心と戦い続けた。

避けてしまった。怖かった。

そんな時、倉庫の中でイオリに壁際まで追い詰められた。

 

「――嫌なら、嫌だって、正直に答えてください」

 

静かな、けれど一切の逃げ場を許さない声だった。その目には決意が宿っていた。

 

「それなら……俺も、中尉にこれ以上近づかない」

 

その瞬間、私ははじめて――イオリを“怖い”と思った。

 

優しくて、真面目で、いつも自分より他人を気遣っていたあのイオリが、こんな風に私を追い詰めることができるなんて思ってもいなかった。いや、違う。怖かったのは、彼の本気だった。覚悟を決めた人間の瞳は、こんなにも真っ直ぐで、こんなにも残酷なのだと、私はその時、身をもって思い知った。

 

胸が苦しくて、息ができなかった。私はただ、唇を噛んで、必死に言葉を紡いだ。

 

「こっちの気持ちも知らないで、よくそんなことが言えるね!」

 

心の奥から、溢れるように感情が噴き出してきた。止められなかった。

 

「私は、今までの……今までの関係でよかったんだよ! それを、あんたが――ぶち壊したんだろっ!」

 

まるで泣きそうな子供のようだった。いや、実際、涙がこみ上げていた。

止まらなかった。言いたいことじゃなかった。

でも、止まらなかった。

イオリは、静かに去っていった。

背中に声をかけたかった。

けれど、声は出なかった。

 

その後、私は無人の監視塔で酒とタバコを手に座っていた。

グラスは二つ――イオリのために。

でも、来たのはクラウスだった。

「自分に素直になれ」

わかってる。わかってるんだよ。

でも、怖かっただけなんだ――。

 

今なら、分かる。

私は、イオリが好きなんだ。どうしようもなく。

そばにいて欲しい。抱きしめて欲しい。

兵士としては失格かもしれない。

でも、私はもう、女として――生きたいと願っている。

 

これも全部、あいつのせいだ。

部隊はもう、次の作戦へ向かっている。

この作戦が終われば、今度は私から言ってやる。

 

イオリ。

覚悟しな。

私を本気にさせたんだからね。

私は、狙った獲物は逃がさない。

 

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