転生先はガンダムの世界?え?生き残れ?は? 作:スウェーデンクラス
濃霧がすべてを覆っていた。湿った空気が機体の装甲をじっとりと濡らし、視界は数十メートルも先が霞んでいた。まるで戦場そのものが、息を潜めているかのようだった。
その霧の奥で、閃光が咆哮を上げる。
「撃ち続けろ!! 身を晒すな!!」
クラウス少佐が、緊張と焦燥を押し隠すように怒声を飛ばす。ザクのマシンガンが火を噴き、煙の帳の向こうにある敵影に向けて弾丸の雨を叩きつける。
後方を包囲していた連邦軍の部隊。そこに向けて、シーウルフ隊と、友軍のザク部隊であるカレリア派遣隊、そしてミッドナイターズの残存戦力が総力を挙げて攻撃を仕掛けていた。
――すべては、イオリとシーマが包囲網に穴を開けるため。その行動を敵に悟らせないための、大規模な囮だった。
『ちくしょうが!!連邦の犬が死ねや! イオリとシーマはまだか?!』
グスタフ曹長の怒声が通信回線を震わせる。彼のザクが、肩にバズーカを構え、霧の中へと怒りを叩きつけるように発射する。砲撃の轟音が、森の静寂を引き裂く。
『隊長、どれぐらい耐えればいいんだ?! さすがに弾が尽きるぞ!』
ハンス軍曹の声もまた、焦燥と怒りが入り混じっていた。だが、クラウスの答えは変わらない。
「知るか!! 合図の信号弾が上がるまでだ! いいから黙って撃て! 前回はイオリ達が囮になったんだ! 今度は俺たちの番だろが!!」
怒鳴り返しながら、クラウスのザクもまた、霧の向こうに閃光を走らせる。視界の悪さと弾幕の中、敵の正確な位置は定かでない。それでも、ひたすらに撃ち続けるしかないのだ。時間を稼ぐために――。
その時だった。
『隊長!! 横だ!!』
エーリッヒ軍曹の叫びが、警報のように響いた。
クラウスが咄嗟にモニターを向けると、左手の視界に、霞の中から現れる異様な影があった。
ザクとは明らかに違う、より鋭角な輪郭。バイザーに似たセンサーが赤く光り、右腕には、まるで刀剣のように輝くビームサーベルが収束していた。
「くそっ!!」
クラウスは本能的に操縦桿を引き、機体を横へと跳躍させた。間一髪。ビームサーベルが、そのいた場所の空気を裂き、熱で空気が悲鳴を上げるような音を立てる。
回避と同時に、クラウスはマシンガンを構え、連射する。だが、敵の機体も並のパイロットではない。すぐに跳躍して間合いを取り、マズルフラッシュの合間を縫うように姿を消す。
「これが……連邦のモビルスーツか……!」
クラウスの目に、興奮とも恐怖ともつかぬ熱が宿る。ついに、その姿を現したか――連邦の本命。リアルツリー迷彩で塗装されているせいで、近距離にいても視認しづらい。これでは、索敵機でもなければ見逃してしまう。
『死ねぇぇぇ!!』
ミッドナイターズ隊長のロフト中尉のグフが、咆哮を上げてヒートサーベルを振るう。しかし――それは届かない。
敵のモビルスーツは、紙一重でその攻撃を避けると、流れるような動きで逆に斬りかかり、ロフトの左腕を切断した。
『くっ!!』
火花を散らしながら、グフが後退。敵はとどめを刺そうと迫る。
『ロフト!! 下がって!!』
女性の声が通信に飛び込む。アネッサと呼ばれたそのパイロットのグフが、横合いから攻撃を仕掛け、敵の動きを牽制した。
一瞬の隙。それをクラウスは見逃さなかった。
「うらぁあああああああああ!!!」
雄叫びと共に、漆黒のザクが突進。ヒートホークが、唸りを上げて敵の側面を打ち抜く。敵モビルスーツの装甲を貫き、火花が飛び散る。衝撃でバランスを崩した機体が、仰け反るようにして後退し――ついに、背中から倒れ込むようにして地面に沈黙した。
『さすがは隊長だ!』
ハンスの叫びが、周囲の空気を一瞬和ませた。
だが、クラウスは油断しなかった。
機体を見下ろしながら、歯を食いしばって言う。
「攻撃を緩めるな!! 敵は手練だぞ!!」
煙の中、さらに新たな影が現れる気配がある。クラウスは仲間たちに向けて再び命じる。
「撃ち続けろ! 撃て! 絶対に止めるな!」
そして、心の中で祈るように――いや、願うように叫んだ。
(イオリ……シーマ……なるべく急げよ。俺たちが持ちこたえているうちに――突破しろ!)
濃霧の彼方で、運命を分かつ戦いの火花が今なお散り続けていた。
ーーーーーー
霧に沈む森の中、静寂と緊張が張り詰めていた。
霧はまだ濃く、辺り一面を包む濃霧が視界を覆っている。だがその中を、二機のザクが沈黙を守りながらも獣のように滑るような速度で移動していた。草を踏みしめる音すら吸い込むような静けさの中、ブースターの低い唸りとモビルスーツの足音だけがかすかに響く。
イオリとシーマのザク――。
彼らは今、命綱を賭けた作戦の成否を背負っていた。後方ではクラウス少佐率いる本隊が囮として残り、敵の注意を引き付けている。彼らの任務はただ一つ。敵の包囲網に穴を開け、突破口を作ること。それが叶わねば、シーウルフ隊と味方部隊は、霧の中で文字通り壊滅する。
『イオリ、なるべく急がないとね。おそらく敵はクラウス達が後方に引くと考えて、前方からの挟撃を狙ってるはずだよ』
通信の中に響くシーマの声は冷静だったが、どこか焦りも滲んでいた。彼女にしては珍しいほど、声の調子がわずかに揺れる。
「えぇ、急ぎましょう」イオリは力強く頷くと、続けて少し緩んだ声で尋ねる。
「……ところで、作戦の後の話ってなんですか?」
一瞬の沈黙――それは霧の静けさよりも濃く、重たかった。だがすぐにシーマが軽く咳払いして言葉を継いだ。
『え?!いや……今、話す内容じゃないよ。作戦が終わったら話すから、それまで待ちな』
珍しく声が上擦っていた。イオリはその様子に気づき、少しだけ口元を緩めた。
「分かりました。楽しみにしていますよ」
照れるようにではなく、まっすぐに――彼はそう言い、視線を前方に向け直す。シーマは一瞬だけ通信の向こうで沈黙し、だが、やがてほんのわずかに笑ったように聞こえた。
二機はさらに進む。すると、前方の霧が不意に揺らぎ、視界が広がりはじめた。草木の間に、うっすらと輪郭を現す影が見える。
そこに立っていたのは、まるで森に溶け込んだかのような人型のモビルスーツだった。
リアルツリー迷彩。葉や枝を模したような塗装により、近距離ですら視認困難な敵の姿に、シーマが低く呟いた。
『……ちっ、連邦の奴ら、やっぱりモビルスーツを開発してたようだね』
「そのようですね。でも――数は少ない。気づかれる前に、先に仕掛けましょう!」
イオリの声が鋭く跳ねる。
その刹那、敵がこちらに気づき、警戒態勢を取る。
武器がこちらを向いた瞬間――シーマが吠える。
『やらせないよ!』
ザクマシンガンの連射音が霧を裂くように響き、敵機が咄嗟に身を翻した。だが、それはシーマの読み通り。
避けた直後の一瞬の硬直――そこを、イオリのザクが正確に狙っていた。
「当てる!!」
バズーカの砲口から閃光が迸り、弾頭が敵機の右腕と胴体に直撃した。爆風と共に煙が立ち込め、敵は身動きを止めたまま崩れ落ちる。
『やるじゃないのさ、イオリ! もう一機、仕留めるよ!』
『了解!』
だが、次の敵機は既に動いていた。味方が撃破されたのを見て、明らかに動揺しながら、マシンガンを乱射する。弾丸が森を掘り起こし、霧を切り裂くように舞う。だが、イオリとシーマは怯まない。
『戦場で冷静じゃなくなったら終わりだよ』
そう言った瞬間には既に、シーマのザクが機体を低く構え、敵のマシンガンの間隙を縫うように突進していた。敵機がその姿を捉えた時には遅かった。
ヒートホークが弧を描き、敵モビルスーツの頭部を切断する。火花を散らして頭部が地に落ちると、視界不良に陥った機体はよろけ、混乱するように後退する。
だがそこへ、イオリのザクが死角から回り込み、背後から一閃――。
「終わりだ!」
ヒートホークが背部装甲を貫き、敵機は悲鳴を上げるように爆散する。
その熱風の中、イオリとシーマは静かに呼吸を整える。
やがて、シーマが残るもう一機――最初に損傷させた敵のコックピット部分に照準を定め、無言で引き金を引く。マシンガンの弾が無慈悲に突き刺さり、敵機は完全に沈黙した。
辺りは再び静寂を取り戻した。だが今は、その静けさが二人の勝利を物語っている。
イオリが静かに口を開いた。
「シーマ中尉、さすがです」
『イオリもね』
シーマは通信の中で、今度こそ確かに笑っていた。
イオリは空を見上げる。濃霧が少しずつ晴れてきている。
「早速、信号弾を上げましょう。この霧なら――見えるはずです」
『そうだね』
シーマのザクが信号弾を発射する。紅い光が空に昇り、包囲網を貫くように天を裂く。
シーマが安心したように息をついたその時、イオリが言った。
「シーマ中尉、ここで待機していてくれますか? 俺は一度戻って、少佐たちを迎えに行きます」
『……一人で戻る気かい? 大丈夫なのかい?』
シーマの声には、明確な不安が混じっていた。任務のための心配だけではない、個としての感情が滲んでいた。
イオリはふと笑みを見せ、通信越しに穏やかな声で答えた。
「心配しないでください。道に迷わないようにするだけです。すぐ戻ります」
その背中を――霧の向こうへと消えてゆく灰色の機体を、シーマは無言で見つめた。
戦場に生きる者として、彼女はその背中にいくつもの別れを見てきた。
だが今、胸をざわつかせるのは――それだけではなかった。
視界が晴れてゆく中、シーマの瞳だけは、なお霧のように揺れていた。
ーーーーーー
霧が少しずつ晴れゆく森の中、戦場はなおも修羅の様相を呈していた。かすみの向こうに敵影が揺れ、木々を踏み砕く重厚な足音と、断続的に響く爆音が戦域を満たしていた。
「グスタフ!右手の敵に攻撃しろ! エーリッヒ!ビーム持ちに撃たせるな、連続で射撃しろ! ハンス!後方にも目を配れ、挟撃されるぞ!」
クラウス少佐の怒号が、ザクの通信網を通じて鋭く全隊に突き刺さる。霧に包まれていた空間が少しずつ晴れていく中、視界の利く距離が増すと同時に、敵影もまた浮かび上がってきた。
「ミッドナイターズ!空のドップ部隊はどこだ?!」クラウスが叫ぶ。
通信の雑音越しに、ミッドナイターズ隊長・ロフト中尉の応答が返る。
「……通信不能です!恐らく、すでに撃墜されたかと!」
「クソッ……!」クラウスは歯噛みし、ザクのコクピット内で操縦桿を強く握り締めた。頼みの航空支援が望めぬ今、この地上戦の重圧を背負うのは彼ら自身に他ならなかった。
森の木立を縫って、激しい銃火が交錯する。接近戦を得意とするシーウルフ隊とミッドナイターズは、霧の残る視界の中で果敢に前線を押し返していた。
「遠距離は他の部隊に任せて、俺たちは接近してきた敵機を叩くぞ! アネッサ!四番機を連れて左側に展開してくれ!」
ロフト中尉の指示に、鋭い女性の声が即座に応じる。「わかったわ!!」と、アネッサのグフが跳躍し、木立を揺らして左翼へと展開していく。
「ハンス! 弾をくれ!!」
「ほらよ! もう少ないから、無駄撃ちするなよ!」
弾薬は減り、消耗戦の色が濃くなる。ビームライフルを装備した連邦の新型モビルスーツを、集中的なマシンガンの弾幕で封じようとするも――
「くっ……!」
一発の閃光が森を貫いた。敵機の狙撃が、エーリッヒのザクの左肩に命中し、機体が派手に火花を散らす。
「ぐあぁ!!」呻き声が通信に響き、クラウスの顔が険しくなる。
「エーリッヒ! 無事か!?」
「大丈夫だ! だが、左腕をやられた……!」
すかさずクラウスは敵機の姿を捉え、脚部ミサイルポッドを発射。炸裂する爆炎の中、敵機が怯み、退いた。
「まだ……まだ持ちこたえろ……!」
しかし、次なる波が迫っていた。
「隊長!! 後方から量産型複数と狙撃タイプ、それに……見たことない奴が近づいてくるぞ!!」と、ハンスが警告を発する。
クラウスが視線を向けた先、薄れた霧の切れ目の向こう――赤色のツインアイの不気味な光を放つ指揮官機が姿を現した。
「ちっ、やはり挟撃か……ハンス! 第5小隊で後方の奴らを牽制しろ! 一秒でも時間を稼げ!」
「おうよ! いくぞ、てめーら!!」ハンスが吠えるように叫び、僚機を率いて木立の奥へと突入していく。重厚な足音が戦場を震わせ、マシンガンの連射が森に響き渡る。
「もう少しだ! あと少しだけ耐えろ!!」
クラウスの声が、戦場に響く。味方のザク部隊も、ミッドナイターズも、それぞれが損傷を負いながらも懸命に抗戦していた。
「ロフト! もうこっちは限界よ!!」アネッサの悲鳴混じりの声が響く。
「踏ん張るんだ! もうすぐ別働隊から信号が来るはずだ!!」
「2番機被弾!! くそっ、大丈夫か?!」エーリッヒの声が交錯する。
「身体を出すな! 狙撃型と指揮官機を集中して狙え!」ハンスが叫び、
「味方のザクがやられた! 救助に行く! 援護を頼む!!」とグスタフが咆哮する。
バズーカを構えた彼が一発を放つが――「くそが! 弾切れだ! マシンガンに切り替える!!」
まさに修羅場、誰もが限界を越えてなお動いていたその時――
西の空に、一本の赤い閃光が走った。
信号弾――それは、突破口を開かんとする者たちの合図。
クラウスが、その閃光を見上げ、険しかった顔に微かに笑みを浮かべた。
「来たか……!」
この信号が、どれほどの意味を持つものなのか、全員が理解していた。望んでいた希望の光が、ようやく空を貫いたのだ。