転生先はガンダムの世界?え?生き残れ?は?   作:スウェーデンクラス

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第63話 目覚め

意識が浮上する。

しかし、目に映るのは、何もない——本当に、何ひとつ存在しない暗闇だった。

 

そこには、音もなければ光もなかった。

上下も、左右も、距離という概念さえ希薄な、限りなく空虚で、限りなく静かな世界。

あまりにも静かで、鼓動すら幻のように遠のいている。

 

『……ここは……どこだ?』

 

思考が、ぽつりと水面に浮かぶ泡のように生まれる。

それはまるで、濃霧の中から手探りで過去を探すような感覚だった。

 

記憶の断片が、ぼんやりと頭の奥でかすかに瞬く。

事故だ。そうだ、俺は——確か、事故に遭った。

そう、日本で……通勤途中だったか、あるいは帰りだったか。

信号を渡ろうとした瞬間、視界がぐにゃりと歪み、衝撃と共に意識が途切れた。

 

『あぁ、そうか。事故にあったんだったな……。じゃあ、これは……夢か? それとも、昏睡状態ってやつか?』

 

考えれば考えるほど、頭がじわじわと熱を帯びていく。

混濁した思考の中で、ただ一つはっきりとしていたのは「目を覚まさなければ」という焦燥だった。

 

『そうだ、目を覚まさなきゃ……早く、早く……』

 

その一心が、足元の闇に力を宿らせる。

光なき空間に一歩を踏み出したつもりで、ただ立ち尽くす。

 

だがその時、ふと脳裏をかすめる違和感。

 

『……何か、大事なことを忘れている気がする』

 

その感覚は、徐々に確信へと変わっていく。

まるで心の奥底にある鍵のかかった扉が、微かに軋んでいるようだった。

 

思い出そうとする。

だが浮かび上がってくるのは、いたって平凡な人生だった。

 

普通の家庭に生まれ、普通の学校に通い、普通の会社に就職した。

友人がいて、休日には家族と過ごし、平穏な日常を謳歌していた。

そこには確かに幸福があった。だが——

 

『……それだけ、だったか?』

 

思い出せるのは、“危険のない日常”だった。

“命の危険がない”という、至極当たり前な世界。

 

『まぁ……いいか。そこまで重要なことじゃないのかもしれない』

 

自分自身にそう言い聞かせる。

その瞬間、目の前に忽然と「それ」は現れた。

 

古びた木製の扉。

その重厚な造りと、どこか懐かしさを感じさせる質感が、不思議と心を落ち着かせた。

 

『この扉を開ければ……元の世界に帰れる気がする』

 

確信ではなかった。だが、強くそう「感じた」。

手を伸ばす。だが、ドアノブに触れかけたところで、心が立ち止まる。

 

『元の世界……? “元”って、なんだ?』

 

頭が、急に重くなった。

何かが、軋むように心の奥で鳴る。

そのときだった——

 

『……イオリ……』

 

柔らかく、震えるような女性の声が、背後から確かに聞こえた。

 

振り返る。

だが、そこには何もなかった。

どこまでも続く暗闇だけが、しんしんと沈黙していた。

 

『……誰だ?』

 

声の主を探すように目を凝らすが、やはり見えない。

それでも、心は確かにその声を“知っている”と告げていた。

 

再び、ドアノブに手を伸ばそうとした——その時だった。

 

『……イオリ……はやく、帰ってきなよ。部隊のみんなが、待ってるよ……』

 

今度ははっきりと聞こえた。

優しく、切実に。

その声には、愛情と心配と、どうしようもない寂しさがにじんでいた。

 

『……部隊……? 部隊って、なんだ……?』

 

その瞬間、記憶の扉が一気に開く。

転生のこと。

戦場のこと。

仲間の笑顔と、血に塗れた現実。

そして——あの人のこと。

 

シーマ。

 

その名前が、心臓を刺すように響いた。

胸の奥からせり上がるように、後悔と懺悔がこみ上げてくる。

 

『俺は……一体、何をしてたんだ……』

 

全身を駆け巡る電流のような感情に、膝が崩れ落ちそうになる。

目の前の扉が、ハリボテのように見えていた。

 

『……ごめん』

 

誰に向けた言葉か、自分でもわからなかった。

日本で待つ両親にかもしれない。

かつての友人たちにかもしれない。

あるいは、何不自由ない生活を捨てた自分自身に。

 

だが、その「ごめん」の先に、ひとつの想いが浮かび上がってくる。

 

——帰らなければ。

 

だがもう、帰る先は“日本”ではなかった。

 

たとえ安らぎと安全があったとしても。

もう、自分が本当に帰るべき場所は、あの戦場で、共に死線を潜った仲間たちの元——

そして、彼女の元だった。

 

『……シーマ……』

 

彼女の名を、呼ぶだけで胸が熱くなる。

 

扉の前に立っていた足が、くるりと反転する。

目の前には何もない、暗闇だけが広がっていた。

だが、確かに彼女の声が聞こえる。その方向へ——

 

俺は、走り出した。

 

最初はただ手探りだった。

何も見えない空間を、ただ音だけを頼りに、心の羅針盤を信じて。

 

だが、走れば走るほど、彼女の声ははっきりと、近くなっていく。

怒るように、泣くように、それでも確かに呼んでいる。

 

——イオリ。

——目を覚ましなよ。

——帰ってきて。

 

その声が、俺の魂を揺さぶる。

走るたび、足元に光が差し、空間が白く染まりはじめる。

 

そして、ついに現れた。

 

真っ暗な世界の中に浮かぶ、白く輝く円形の光。

あたたかく、優しく、懐かしい。

それが“今”の俺の世界とつながる場所だと、直感した。

 

立ち止まり、深く息を吸う。

 

『……今、帰ります。シーマさん』

 

その言葉を呟いたとき、俺はもう迷っていなかった。

 

足を踏み出す。

その光の中へ。

彼女の待つ場所へ。

 

そして——目を覚ますために。

 

ーーーーーー

 

やけに重たい瞼を、ゆっくりと、しかし確かに開く。

まるで深い海の底から這い上がるような感覚だった。微かな痛みと、ずっしりと身体を押さえつける倦怠感が、現実に引き戻す。目の前に広がるのは、眩しいほどに白く、無機質な天井。

 

 ――……知らない天井だな。

 

そう言ったつもりだった。だが、喉が焼けるように痛く、言葉はただの掠れた呼気にしかならなかった。肺の奥から絞り出すような微かな呻き声が、乾いた空気に溶けていく。

全身が痛む。まるで刃で刻まれたかのように、皮膚のあちこちが熱く、鈍く、刺すように痛んでいた。息をするだけで胸が軋む。

 

ふと、自分の右手が誰かに握られていることに気がついた。

力を込めることもままならない指先で、そのぬくもりを確かめる。

どこかで知っている感触。自分を、今この現実につなぎとめている唯一のぬくもり。

 

首を、鈍い痛みに耐えながら、ぎこちなく右に向ける。

 

そこにいたのは――。

 

シーマ・ガラハウだった。

 

医務室の静けさのなかで、彼女はイオリの右手をしっかりと握りしめたまま、ベッドにうつむくようにして眠っていた。

瞼を閉じたその顔には疲労が色濃く刻まれ、かつての鋭い視線の片鱗も見えない。

だが、その姿はどこか、とてもやさしかった。

 

 ――…シ、シー……マ中尉。

 

またしても言葉にならなかった。

ただ、痛みに震える喉を動かすだけ。

 

だから、イオリは右手に残った力を振り絞り、彼女の手を、強く握り返した。

 

シーマの体がビクリと反応した。彼女は夢から覚めるようにハッと目を開け、眠っていたことを咎めるように慌てて時間を確認する。

 

次の瞬間――。

 

彼女の視線がイオリと交わった。

 

「……」

 

シーマの瞳が見開かれ、震えた。そこに、確かに意識を取り戻したイオリがいる。見つめ返すその眼差しに、確かな命の光が宿っていた。

 

「シ……マさん……」

 

掠れた声は、それでも彼女に届いた。

 

瞬間、シーマの目に涙が浮かんだ。

瞳の奥からあふれそうな感情を抑えることなく、彼女は微笑み――

 

「おかえり。……おそかったじゃないのさ」

 

イオリは、口角を少しだけ上げる。

そして、ゆっくりと呼吸を整え、 

 

「た……だい、ま……」

 

と返した。

 

それだけの言葉に、シーマは堪えていた涙をこぼす。

静かに、頬をつたって零れ落ちた涙は、イオリの枕元に小さな点を作った。

 

軍医が呼ばれ、すぐにイオリの全身が診察された。

 

「すごい生命力ですな……ここまで意識がはっきりしていれば、もう大丈夫だろう」

 

軍医は感嘆交じりに言いながら、表情を引き締める。

 

「ただ、残念ながら……ここ医務室の設備では、左側の火傷痕と、左半身の傷跡については……申し訳ないが、傷跡は残るだろう」

 

シーマは目を伏せた。イオリが救ったのは、自分の命。

それと引き換えに、彼は一生消えない傷を負った。

 

「そう、ですか。分かりました。助けて下さりありがとうございました」

 

イオリは軍医にベッドの上から頭を下げる。

軍医はそんな彼に

 

「頭を上げて。とりあえずは安静に。傷口が塞げば、復帰しても大丈夫」

 

と言い残すと、医務室を後にする。

 

軍医が静かに診察室を後にし、足音も軽く通路を進んでいく。シーマはその背を見送ったまま、ひとつ深く息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ちょっと、待ってな……」

 

「え?どこへ?」

 

「ちょっと先生と話すことがあってね」

 

シーマは迷いのない足取りで軍医の後を追った。

 

医務区画を抜けた廊下。薄暗く、静かな空間に、彼女の軍靴の音が細く響く。やがて軍医の背中が視界に入った瞬間、シーマは足を早め、背後から呼びかけた。

 

「先生……」

 

軍医は立ち止まり、振り返る。柔らかな目元には驚きの色はなく、むしろ最初から呼び止められることを予期していたかのようだった。

 

「……その。すまなかったね」

 

シーマは不器用に言葉を継ぐと、ほんの一瞬、目を逸らし、それからしっかりと軍医の顔を見て頭を下げた。

 

「……あの時は、気が動転して、つい失礼なことを言っちまったよ。……でも、本当に感謝してるよ。あいつを助けてくれて……ありがとう」

 

その姿は、戦場で数多の修羅場をくぐってきた歴戦の軍人とは思えないほど、素直で、脆く、まるで少女のようだった。

 

軍医はしばし彼女を見つめ、そして穏やかな笑みを浮かべた。

 

「……頭を上げてください。あなたがあの時、どれほど切羽詰まっていたか、私には痛いほど分かるよ」

 

彼は少し視線を逸らし、天井の一点を見つめながら、淡々と、しかしどこか哀しみを帯びた声で続けた。

 

「……どうしてもこの世界にいるとね、命の最期を見届けることが多い。望んでもいない別れが、日常のようにやってくる。私は、それが本当に嫌でね……」

 

軍医は目を細め、ふっと笑った。

 

「だから、今回のように“救えた”という事実は、何よりも自分を救ってくれる。そう……彼が生きていてくれて、本当によかった」

 

シーマは、その言葉のひとつひとつが胸に沁み入るのを感じながら、口を開いた。

 

「……アイツが、頑張ったからだよ。あのバカ、根性だけは人一倍なんだ……」

 

軍医は頷くと、彼女に視線を合わせ、いたずらっぽく微笑んだ。

 

「それに、命を救うのが医者の仕事だからね。サボったら怒られる」

 

その無邪気な笑みに、シーマの頬がふっと紅に染まる。

 

「……あ、あの時はすまなかったって言ってるだろ。こっちだって一杯一杯だったんだよ……!」

 

軍医はそんな彼女の様子に、ますます表情を和らげた。

 

「は、は。いやー、すまない。ちょっとおふざけが過ぎたかな。でもね……」

 

彼は真っ直ぐにシーマを見つめる。

 

「貴女が彼のそばに寄り添い、声をかけ続けていた。その温もりが、彼の力になったんだと思う。貴女の想いが、彼の命を繋いだ」

 

その言葉に、シーマは小さく目を見開き、そしてふっと俯いた。何かを堪えるように、唇を噛み、ただ頷く。

 

軍医はそれ以上、何も言わずに一礼し、踵を返して歩き出した。

 

その背中を、シーマはしばらく見送っていた。軍医の姿が角を曲がり、通路の向こうに消えるまで。まるでその背に、言葉にはできない深い感謝と尊敬を、心の奥底から送り続けるように。

 

やがて通路には、シーマ一人が取り残される。静寂の中に、彼女の足音だけが再び響き始めた。イオリのもとへと、今度は穏やかな気持ちで戻るために。

 

ーーーーーー

 

医務室に戻ったシーマはイオリと再びふたりきりとなった。

 

沈黙が落ちる。

 

シーマは、何度も口を開きかけては閉じた。

言わなければならない。

でも、どうしても言葉が続かない。

 

だが――。

 

「中尉は……無事なんですね」

 

先に声を発したのは、イオリだった。

まだ弱々しいながらも、言葉は確かに届いた。

 

「……あ、あたしは大丈夫だよ。……あんたが、助けてくれたからね」

 

彼女の声が震える。

その先を言うのを躊躇っているのが分かる。

 

「中尉?」

 

イオリが心配そうに問いかけると、シーマは意を決したように一気に言った。

 

「……あんたは、あたしを恨んでないのかい?あたしを庇ったばっかりに、あんな傷を……刺し傷も、火傷も、一生残ってしまうかもしれない。……恨まれて当然だよ。なのに……」

 

感情が溢れそうになり、思わず言葉が早口になる。

だが、それを遮ったのはイオリの穏やかな声だった。

 

「俺は……貴方に傷ついてほしくなかった。それだけです」

 

シーマは言葉を失った。

 

「こんな傷……大したことありません。それより、シーマ中尉の綺麗な顔に、火傷を負わせることを防げたんです。……この傷はその勲章です」

 

イオリは、微かに笑った。

 

「中尉が……“大事な話がある”って、俺に言ったじゃないですか。……それを聞くまでは、死んでも死にきれませんよ」

 

その言葉に、シーマの心は救われた。

赤面しながらも、涙が再び浮かぶ。

言わなければ――この想いを。

 

「……大事な話ってのはね――」

 

その瞬間。

 

「イオリの目が覚めたって聞いたぞ!」

 

ドアが勢いよく開き、部隊員たちが雪崩れ込んできた。

 

「少尉!目が覚めたんですね!」

「もうダメかと思ったっす!!」

 

カールが泣きつき、エリックも目を赤くしていた。

 

「このバカ野郎が、心配させやがって!」

 

グスタフが豪快に笑い、肩を叩く仕草をする。

 

「早く治せよ、酒場に行くぞ」

「もちろんお前の奢りだ」

 

エーリッヒとハンスが軽口を叩き、笑いが医務室に溢れる。

 

その賑やかさに、シーマは一瞬唖然とする。

想いを告げようとしたことを邪魔された苛立ちを見せながらも、目元には笑みが浮かんでいた。

 

「あんたら、騒ぐんじゃないよ!イオリは起きたばっかりなんだよ!さっさと出て行きな!!」

 

怒鳴りながら、彼女は皆を追い出す。

「なんだよ!いいじゃーねーか!」と文句を言いながら退室していく隊員達の中、クラウスがニヤリと笑う。

 

「なんだ、すっかり元のシーマに戻ってるじゃねえか。それに――お前、自分は出て行かねぇんだな?」

 

「う、うるさいね! 別にいいだろ?!」

 

顔を赤くして怒鳴り返し、扉を閉じる。

 

再びふたりきりになった医務室に、夕暮れの光が差し込んでいた。

 

「すまないね、騒がしくしてさ。……でも、みんな本当に、あんたのことを心配してたんだよ」

 

「……はは。珍しいですね。あんなに騒ぐのは……」

 

イオリの声が次第に弱くなる。

 

「イオリ?」

 

再び不安が襲う。眠ってしまったら、また戻ってこないのではないか――そんな恐怖が彼女の胸を締めつける。

 

「……すみません。ちょっと、まだ……眠くて……」

 

イオリの瞳が閉じていく。

シーマは、そっと椅子に腰を下ろし、優しく言った。

 

「いいよ、ゆっくり休みな。……あたしは、ここにいるから」

 

イオリの瞼が完全に閉じたのを確認した彼女は、ハンカチを洗おうと立ち上がろうとしたそのとき――

 

右手が引き止められた。

 

「……? イオリ?」

 

目を閉じたまま、イオリが懸命に声を発する。

 

「……どこに……いくんですか……」

 

その言葉に、胸が締めつけられる。どこまでも、弱く、必死で。

 

「だ、大丈夫だよ。ハンカチを洗ってくるだけさ」

 

だが、イオリは離さなかった。

 

「……今は、そばに……いてください……お願い……します……」

 

「……わかったよ。だから、今は休みな……ちゃんと、ここにいるから」

 

シーマは椅子に戻り、そっとイオリの髪を撫でた。

戦場を駆けたその頭を、子どものようにやさしく。

 

夕暮れの光が差す医務室に、今はただ二人の影だけが落ちていた。




ほんまに終わらん、どないしよ。(^◇^;)

物語の展開スピードをめちゃくちゃはしょっても良いですか?笑。じゃないとメチャクチャ長くなりそう笑

  • いいよー
  • いや、このままのペースで
  • 物語がぐだらない程度なら
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