転生先はガンダムの世界?え?生き残れ?は?   作:スウェーデンクラス

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第72話 因縁

灰色のイフリートが、瓦礫と火の粉を突き破って夜の空へと躍り出る。

激しい爆風の名残がその背を押し上げ、薄暗い空に一瞬、銀色の残光を描く。

そのまま、崩壊した格納庫の屋根を蹴って跳躍し、基地の中央付近に位置する観測塔のような高台へ着地する。

 

重い機体が地面を踏みしめた瞬間、鉄骨が軋み、ひび割れた床に小さな震動が走った。

イオリはコックピットの中から、静かにモニターを見渡す。

目に入る凄惨な光景が、胸の奥を冷たく貫いた。

 

格納庫は完全に崩壊し、その周囲では火の手がいくつも上がっていた。 整備棟が半壊し、工具やパーツが吹き飛ばされ、炎の中には、かつて人だった物が黒いシルエットとなって埋もれている。

煙の帳の中で、担架に運ばれる兵士。

がれきの山にすがり泣き叫ぶ者。

衛生兵たちの怒号、整備員の懸命な消火活動。

 

ここが、かつて日常を過ごしていた場所だとは信じ難い。

 

「なんだ、これは……みんな無事なのか……」

 

息が詰まる。

心臓が脈打つたび、喉の奥に錆びた血の味が滲むような感覚。 

だが、その想いを断ち切るように、イオリはモニターの先に映る異様な光景に視線を向けた。

 

赤く光るツインアイ、バイザー。

見覚えのある機体。

そして、その配置と動きから明らかに訓練された部隊。

——間違いない。

 

「また……お前らか……!ガンダム!!」

 

怒声と共に、イフリートの機体が高所から飛び降りる。

落下中、イオリは一瞬の静寂の中で敵の布陣を見極め、地面との接触直前にスラスターを全開に吹かす。

 

爆風と火花を撒き散らしながら、灰色の巨体が地を滑るように疾走を始めた。

白煙を巻き上げながら駆けるその姿は、まさに地獄の番犬の如く、戦場に圧倒的な存在感を放つ。

 

ライリー中佐は、迫るイフリートを見据えながら部隊に命じた。

 

「全機散開しろ!奴を囲い込んで仕留める!」

 

号令と同時に、ジムたちが滑るように展開する。

まるで囲いの中に凶暴な獣を閉じ込めようとする狩人のような動き。

だが、イオリの思考と判断はそれを一瞬で上回った。

 

「端から食う!」

 

イフリートは即座に進路を変更し、隊列の一角を占める1機のジムに突撃する。

不意を突かれたジムがビームライフルを構えるが、間に合わない。

イフリートが突き出すヒートサーベルが、溶けるようにジムの胴体を斬り裂いた。

 

爆発が上がる。

その炎を背に、ゆっくりと振り返る灰色の機体。

燃える瓦礫と硝煙の霧の中、その姿はまるで修羅の化身。

 

ライリーは、その異常な機動性を前に眉を顰める。

 

「……はやい…! あれは新型か…?」

 

副官ジョゼフが狼狽する。

 

「中佐、奴の動き、尋常じゃありません!」

 

「ふん……たった1機で何ができる」

 

ライリーは冷静にビームサーベルを抜き、ブースターを吹かしてイフリートへ向け突進する。

 

「全機!俺が奴を仕留める!残りは基地の破壊を続けろ!」

 

気を引くため、敢えて、オープンチャンネルで叫ぶ。

 

「やってみろ!!」

 

イオリは叫び返し、真正面から突っ込んでくるガンダムの斬撃をヒートサーベルで受け止める。

重い火花がはじけ、2機の巨体が力任せに押し合う。

 

鍔迫り合い。

鋼鉄がきしみ、バーニアが悲鳴を上げるように唸る。

 

一歩、また一歩と互いに圧を掛け合い、そして互いに跳ぶ。

距離を取り、同時に斬りかかる。

 

一閃。斬撃。

イフリートはすばやく回避し、死角へと滑り込む。

横薙ぎの一太刀。

だが、ライリーはそれを読んでいた。

サーベルを後方に振り返らせ、受け止める。

 

「どうした!? さっきの威勢はどこだ!!」

 

叫びながらも、内心では冷静に状況を確認していた。

 

(なんだこの機体は……出力はこっちより上か?ガンダムでギリギリ追いつけるかどうか…)

 

イオリもまた、歯噛みしていた。

 

「くっ!強い!……このままじゃ、基地が……!」

 

その時、基地の奥で爆発が起きる。

続いて、ジムのシールドが炸裂する。

火花の向こう、瓦礫を跳び越えて現れたのは、2機のザクだった。

 

ーーーーーー

 

「少尉、遅れてすみません!」

「瓦礫を撤去するのに時間がかかったっす!!」

 

エリックとカールの声が、戦場に明るい輪郭を描く。

イオリは思わず笑った。

 

「遅いぞ! 二人とも!!」

 

その言葉とともに、カールがザクマシンガンの火を吹かせながら叫ぶ。

 

「俺ら二人だけじゃないっすよ!!」

 

さらにその言葉が完結する間もなく、ワイヤーがもう一機のジムに巻き付き、電撃が走る。

コックピットがショートし、無力化されたそのジムの傍らに、全身を黒く塗られたグフカスタムが乱入する。

ヒートサーベルでジムのコックピットを貫き、戦場にひときわ冷たい静寂が訪れた。

 

「待たせたな!少尉!」

 

クラウスの低く力強い声が響き、彼の機体が躍り出る。

その後方では黄土色と紫のザクがバズーカを構え、瞬息のうちにジムを撃ちぬく。

 

「さぁ、お返しの時間だよ!」

とシーマが叫ぶ。

 

更には、左肩を黒く塗られた二機のザクが続いて飛び込み、エーリッヒとハンスが合流した。

 

「少々出遅れたが、まだ挽回はできるな」

「好き放題やりやがって、基地がめちゃくちゃだ」

 

二人の声が響き渡る。

 

イオリは彼らの奮闘に胸を撫で下ろしつつ、すぐさま報告する。

 

「少佐!!敵はシルバーバレット!それに、タンクもどきの砲撃も厄介です!」

 

クラウスが応じる。

 

「了解だ。よく耐えたな」

「よし、反撃を開始する!今動けるのは俺たちだけだ。他はまだ出撃不能だ、俺たちだけでやるぞ!」

 

短く鋭い指示が飛ぶ。

 

「エーリッヒ、ハンス──タンクもどきを叩け!残りは基地防衛だ!」

 

「了解した!」「まかせとけ!」

 

二人はその命令を受け、バーニアを噴かしてタンクもどきへ跳躍していく。

 

エリックとカールは息を合わせてジム部隊を牽制し、身動きできぬ敵にバズーカを命中させた。

 

シーマは爆風の中を駆け抜け、ビームサーベルの一閃を避けながら敵ジムの頭部にヒートホークを叩きつけ、視界を奪い、更に、前蹴りで吹き飛ばし、その場でマシンガンを浴びせて撃破した。

 

そのシーマを狙っていたジムのバズーカをクラウスが巧みな操縦で、ヒートロッドで絡め取り、続いて、ガトリングシールドを連射する。

ガトリングの圧倒的な弾幕に手も足も出ず、ジムは蜂の巣になる。

 

戦火と爆煙の渦巻く基地の上空に、赤く瞬く警告灯が反射する。瓦礫の山に点在する撃破されたジムの残骸。それはまるで、沈みゆく希望の墓標のようだった。

 

ーーーーーー

 

戦場の中心で、ライリー・トレド中佐は、自らの部隊が次々に撃破されていく光景を呆然と見つめていた。

 

「……なぜだ?」

 

ガンダムのコックピットの中、彼は自らの息を飲み込む。

 

「俺たちが、奇襲を仕掛けていたはずだ……!」

 

激突と爆発、機体が吹き飛ぶ轟音が耳を貫く。

視界に映るのは、戦場を支配しつつある狼たちの容赦なき連携。

新型と思しき灰色のイフリート、手練れのグフカスタム、そして猛禽のように敵機をなぎ倒すザクたち。

 

「なぜ、こうも劣勢に追い込まれている……!?」

 

その時、通信が割り込むように飛び込んできた。

 

「中佐!早く次の指示を!このままでは、全滅します!!」

 

副官──ジョゼフ大尉の必死な叫びだ。

切羽詰まった声が、ライリーの思考を現実へ引き戻す。

 

「……っ、くそ!!」

 

ライリーは歯噛みし、怒鳴るように命令を発した。

 

「全機、撤退だ!ここは引くぞ!!」

 

その号令と同時に、散り散りになっていたシルバーバレット隊が、退却の軌道を描き始める。

攻撃を避け、戦線を離脱しようとする機体たち。

だが──。

 

「どこに行くつもりだ!!」

 

突如、通信を貫いた怒声。

灰色のイフリートが獣のように吼え、スラスターの火柱を巻き上げてガンダムに迫った。

斬撃。鋭いヒートサーベルが、濁流のごとき怒りを乗せて振り下ろされる。

 

「ここまで好き勝手したんだ……逃げられると思うな!!」

 

イオリの怒りが、機体の動きに宿っていた。

だが、ライリーも負けてはいない。

 

「この死に損ないがぁッ!!」

 

咆哮を上げるようにビームサーベルで迎撃し、その一撃を跳ね返す。

鍔迫り合いが火花を散らし、イフリートが一瞬、体勢を崩す。

そこにすかさず、ライリーのビームサーベルが振り上げられた。

 

「お前だけでも──仕留めてやる!!」

 

その刹那だった。

 

「……させないよ」

 

音もなく割り込む影。黄土色と紫に塗られたザクが、イオリをかばうように飛び込み、斬撃をヒートホークで受け止めた。

 

「前回はイオリが世話になったね。これはそのお返しだよ!」

 

その声には、明確な怒りと静かな情が込められていた。

 

シーマ・ガラハウ中尉。女傑が今、真正面からガンダムに相対していた。

 

「ぐぅっ……!」

 

ライリーの斬撃は弾かれ、わずかに体勢を崩す。

その瞬間をシーマは逃さなかった。

 

片手に構えていた重バズーカが、怒りと決意の一撃として火を噴いた。

 

砲弾が直線的に飛び、ガンダムの右腕を吹き飛ばす──。

 

爆発音と金属の悲鳴が響き渡り、機体はよろめいた。

右肩から下が黒煙を吐き、ライリーの声が漏れる。

 

「ぐっ!?……くそ…腕をやられたか…!」

 

機体を辛うじて操縦しながら、ライリーの額には汗が滲む。

それは、単なる汗ではなかった。

 

戦場で、初めて覚えた恐怖だった。

 

(……厄介だな。こうも、噛み付かれては……)

 

狼のマークの元まとまった部隊。

彼らはただの敵ではない。

命を賭して連携し、地獄の底から這い上がる猛者たちだった。

 

戦局は、完全に逆転していた。

もはやこれは撤退戦ですらない。

逃げ延びられるか否かの、命運を分ける選択だった。

 

ライリーの目に、緊張と焦燥が交錯する──。

そして、その背後にはさらに、重低音を轟かせるグフカスタムが迫っていた。

 

「さて、これからどう逃げる気だ? 中佐殿」

 

冷えたクラウスの声が、どこまでも静かに、しかし確実に追い詰めてくるのだった。

 

ーーーーーー

 

クラウスのグフカスタムが、重低音を轟かせながらガトリングシールドを連射する。

炸裂する弾丸が、ライリーのガンダムを正面から牽制した。

地を穿つような着弾の連続に、ライリーは歯を食いしばり、スラスターで横へと跳ぶ。

しかし――その先には既に、イオリのイフリートと、シーマのザクが構えていた。

 

「くそっ!」

 

思わず吐き出した叫びと共に、ライリーは即座に身を翻そうとする。

だが次の瞬間、雷鳴のような音とともに砲撃が降り注ぎ、彼とジオンのエースたちとの間に火柱が立つ。

 

――砲撃支援。

 

「この砲撃は……ガンタンクか……?」

 

イオリとシーマは咄嗟にその場から跳躍して退避し、再びクラウスのグフカスタムに並び立つ。3機のジオンのエースが、砲撃の炎の向こうに影のように浮かび上がる。

 

ライリーが唖然としていたその時、雑音混じりの通信が彼の耳を打つ。

 

『…中佐、こちらはガンタンク部隊。現在敵モビルスーツより攻撃を受けています。申し訳ありません。こちらは退却できそうにありません。これより最後の砲撃支援を行います。その隙に退却してください』

 

その声は、静かで、そして――決意に満ちていた。

 

「な、馬鹿野郎!お前らも退却するんだ!待ってろ!今からそっちに向かう!…」

 

懸命に叫ぶライリーの声を、通信の向こうが遮る。

 

『もう無理です。目の前に奴らがいる。共に戦えて光栄でした。では』

 

――無音。

 

通信が途絶えたその瞬間、砲撃の雨がさらに激しさを増す。ライリーの叫びが、爆発の轟音にかき消された。

 

「おい!応答しろ!!」

 

だが返答はなかった。

 

その頃、エーリッヒとハンスからクラウスに無線が届く。

 

『隊長すまねぇ。タンクもどきは始末したが、奴ら、最後にこっちの攻撃を無視して馬鹿みたいに砲撃しやがった。しばらくしたら弾着するはずだ。気をつけてくれ』

 

クラウスは静かに、しかししっかりと応える。

 

「……あぁ、いま弾着してるところだ。よくやった。こっちに戻ってこい」

 

そのやりとりの横で、イオリが歯を食いしばり、灰色のイフリートの手を震わせる。

 

「くそっ!あと少しだったのに……!」

 

――目前の勝機を、邪魔された苛立ちを隠さずにいた。

 

爆煙の中、ライリーの傍らに、ジョゼフ大尉と部下のジム数機が近寄る。

 

「中佐!さぁ早く退却しましょう!彼らの犠牲を無駄にできません!」

 

だがライリーは、未だイオリと交わした刃の感触が残る手を見つめながら、苦々しく叫ぶ。

 

「くそっ……!もう少しで仕留められたのだ……!退却するぞ……!」

 

その刹那だった。

砲撃の炎を切り裂き、灰色の影が突き進んでくる。

 

「逃げれると思うな……!!」

 

イフリート。

灰色の狼が獲物を逃すまいと牙を剥き出しに、ライリー達を睨みつける。

 

ライリーの表情に驚愕と、ほんの僅かな――敬意にも似たものが浮かぶ。

 

「やはり、簡単には逃してくれんか……」

 

残された片腕でビームサーベルを構え、ガンダムが再び立ち向かおうとしたその瞬間、立ち塞がったのは、部下たちだった。

 

「中佐、ここは我々が。中佐は早く退却してください」

 

ジョゼフ大尉の静かな声が、ライリーの背を押す。

 

「な、何を言っている!退却するのは貴様らの方だ!!ここは俺が……!」

 

だが、その叫びを遮るように、ジョゼフが声を張り上げる。

 

「中佐!!あなたの損傷したガンダムでは奴には勝てません。我々が死んだとしても、中佐がいれば隊は建て直せます!さぁ、はやく!!」

 

そして、仲間たちが次々と通信に割り込む。

 

「隊長、共に戦えて光栄でした」

 

「基地の俺のロッカー中身、見ずに捨ててくれよ」

 

「少しくらいは時間を稼いでやりますよ」

 

ライリーは目を見開き、声にならぬ呻きを漏らす。

 

「俺に、俺に部下を見捨てたクソ野郎になれって言うのか?!ふざけるな!!」

 

その怒りと哀しみを、ジョゼフが静かに受け止める。

 

「えぇ、あなたは最強で最高の"隊長"でしたよ。……ではご武運を。……行くぞ!」

 

ジョゼフの号令と共に、彼らは躊躇うことなくイフリートへと突貫する。

 

イオリはその姿を見て、激しい怒りに声を荒げる。

 

「邪魔をするなぁーーー!!」

 

灰色のイフリートが二刀のヒートサーベルを振るい、彼らを迎え撃つ。

 

炎と衝撃が交差し、命が、覚悟が、刃となってぶつかり合う。

 

その背後で、ライリーは、目を伏せながら、退却していった。

 

彼の胸には、取り戻せぬものが、確かに刻まれていた――。

 

ーーーーーー

 

黒々とした夜のヴェールが戦場を覆い尽くし、静寂と炎だけがこの地に残された。

まだ鎮火しきらぬ業火が、夜風に揺れながら赤く地表を照らし、その残光に照らされて浮かび上がったのは──傷ついた灰色のイフリート。

その鋼の巨体の足元には、崩れ落ちた複数のジムの残骸が転がっていた。

 

焼け焦げた鉄と血の匂い。

砕けた装甲、引きちぎられた四肢、動かぬカメラアイ。

どれもが確かに、さきほどまで命を宿し、意志を持ち、戦っていた証だった。

 

「イオリ、こっちは片付いたよ」

 

通信越しに響いたシーマの声が、イオリの背後から届く。

だがイオリは、それに反応を示さなかった。

背を向けたまま、じっと闇の奥を睨み据えていた。

逃げた──否、退かせてしまった敵モビルスーツ隊の隊長。

その者が引いていった先、その黒い虚空の先を、まるで自らの答えを探すように凝視していた。

 

「イオリ?」

 

シーマの声が、今度は微かな不安を孕んでいた。

イオリの機体がわずかに揺れたかと思うと、重たげに旋回し、背後へとその機首を向ける。

 

「中尉……すみません。ちょっと疲れました」

 

かすれた声。

笑みの混じったその言葉には、言葉にしきれぬ葛藤と、やるせなさが滲んでいた。

 

「……そうだね。私もちょっと、疲れたね」

 

シーマもまた、同じように微かに笑って返す。

その声に込められた優しさが、ひどく沁みた。

 

その時、クラウスの落ち着いた声が無線に割って入る。

 

『よし、敵部隊は撃滅した。これより、基地内の救助活動に入るぞ』

 

その命令に、各小隊から順次「了解」の返答が続いた。

だがその声には、いつものような軽口も、張りもなかった。

沈んだ、乾いた「了解」。それだけが無線を満たしていた。

 

ーーーーーー

 

崩れた瓦礫、焦げた廊下、割れた照明──そこは、もはや”基地”というよりも、“墓場”に近かった。

 

負傷者の呻きと、医療班の怒号だけが、夜の静寂を打ち砕く。

 

「よし、彼はあっちのテントだ。そこの彼は……あっちだ!」

 

軍医が荒い息で怒鳴り、若い兵が必死に担架を運ぶ。

その中でイオリは、黙々と負傷兵の手足を支えながら作業に従事していた。

 

「……なぜ、テントを分けるのですか?」

 

ふと漏れた問い。

イオリの声は、どこか震えていた。

 

軍医は、ふと手を止め、そして無表情のまま答えた。

 

「……全員は助けられない。助けられる見込みがある者に、優先的に治療と薬を配る。……そういうことだ」

 

その目には、怒りも、悲しみも、迷いもなかった。

ただ、感情の死んだ、“兵士の目”だった。

 

イオリは、その言葉に何も返せなかった。

咄嗟に出た問いの愚かさを痛感し、ただ唇を引き結んだまま、負傷兵を次の場所へと運んでいくしかなかった。

 

ーーーーーー

 

「ほら、水を飲みな」

 

シーマが差し出す水筒。そこに口をつけるのは、全身を包帯に巻かれ、動けぬ状態の兵士。

 

「あぁ……すまねぇな、中尉さん。あんたみたいな美人に介抱されるなんてよぉ……負傷も悪くねぇな……」

 

軽口は笑いとも呻きともつかない音になっていた。

止まらない出血。顔面は蒼白で、唇は震え、力なく垂れている。

 

「……何言ってんだい。早く復帰しないと、そのケツを蹴り上げてやるよ」

 

そう答えながら、シーマの声もまた震えていた。

兵士の指先がわずかに彼女の手を握り返し、そして……そのまま、力を失う。

彼の目は、もう何も見ていなかった。

 

ーーーーーー

 

「さぁ、こっちっすよ……」「ゆっくりだ、ゆっくり……」

 

エリックとカールが担ぐのは、物言わぬ骸たちだった。

ジオンの制服に包まれた彼らは、どれも顔見知りだった。

訓練を共にした整備兵。

食堂でよく一緒に笑っていた小隊の若者。

 

カールはその姿を見て、堪え切れず膝を折る。

 

「くっ……ふっ……!なんでっすか……なんでこんな……!」

 

喉を押しつぶすような嗚咽。

肩を抱いたエリックは、静かに、低く、言った。

 

「泣くな、カール。……今は、彼らをきちんと弔ってやるんだ。……泣くのは、そのあとだ」

 

カールは顔を覆い、しばらく動けなかった。

だがやがて、震える膝で立ち上がり、再び仲間の遺体を運び始める。

 

彼らの姿を、夜風だけが見守っていた。

 

ーーーーーー

 

冷え切った空気の中、照明の光が鈍く反射する。

ゲルハルト大佐は艦橋の中央に立ち、クラウスの報告に静かに耳を傾けていた。

 

「……基地はお世辞にも無事とは言えません。機能の7割を喪失。MSの損害も甚大。……本国の支援がなければ復旧は不可能かと」

 

「敵部隊は?」

 

「殲滅しました。……壊滅に近い損耗率です」

 

沈黙。

 

ゲルハルトはゆっくりと視線を床に落とし、そして重く言った。

 

「……敵を討つのに、払った代償は……あまりにも大きい」

 

「……部隊の連中は全員生存しています。ただ、皆……精神的に疲弊しています。こんな被害を受けたのは、ここにきて初めてです」

 

「基地司令は?」

 

「……最初の砲撃で、司令部は壊滅。司令官も……戦死です」

 

ゲルハルトは静かに頷いた。

 

「……これより、私がこの基地の指揮を引き継ぐ」

 

「それで、今後の方針は?」

 

少しの沈黙ののち、ゲルハルトは顔を上げ、決然と告げた。

 

「この基地は放棄する。……ヘルヴォルと輸送機に基地の人員を収容し、オデッサへ向かう」

 

「了解です、大佐」

 

クラウスは敬礼し、足音静かに艦橋を後にした。

 

ーーーーーー

 

ーー深夜、崩れた基地の片隅。

 

かつて喫煙所だった場所は瓦礫に埋もれ、もうその形もわからない。

だがその近くの岩の上に、イオリはひとり腰を下ろしていた。

 

指先にはタバコ。

静かに火を灯し、ふぅと煙を吐く。

その煙は風に流れ、月明かりの中で消えていく。

 

「こんなところで吸ってんのかい? ここは喫煙所じゃないよ」

 

その声に、イオリは振り返らずに答えた。

 

「シーマ中尉こそ……タバコを吸うつもりでしょ?」

 

ふっと笑って、シーマはイオリの隣に腰を下ろす。

 

髪は乱れ、服は血と煤にまみれ、指には包帯。

それでも、その瞳は澄み切っていた。

 

「……一本、くれるかい?」

 

イオリは黙ってタバコを差し出し、シーマは静かに受け取った。

 

「ありがと」

 

咥えたタバコに、イオリが火を灯す。

二人の間に沈黙が落ちる。だが、それはどこか心地よい静寂だった。

 

「……先程はありがとうございました。おかげで助かりました」

 

「何言ってんだい。足りないくらいだったさ。……イオリの仕返し、してやろうと思ってたのにねぇ」

 

ふたりは、煙を吐きながら微笑む。

その沈黙の中で、シーマはそっとイオリの肩に頭を預けた。

 

「イオリ……あんまり、考えすぎたらダメだよ」

 

「えぇ……分かってます。でも……やはり、考えてしまうんです。あの隊長のことを。今度こそ……ってね」

 

「大丈夫です。今度は……やられたりしませんよ」

 

「……あたりまえだよ。また前みたいなことになったら、私は耐えられないよ……」

 

ふたりの顔が、見つめ合いながら、静かに近づいていく。

 

やがて──

 

唇が、重なる。

 

どれほどの時間、そうしていたのか。

 

気がつけば、タバコはふたりとも燃え尽きていた。

 

そっと顔を離したシーマは、照れ隠しのように顔を伏せて言った。

 

「……ほら、クラウス達が呼んでたよ。行くよ」

 

イオリは優しく笑いながら立ち上がる。

 

「えぇ、行きましょうか」

 

ふたりは並んで歩き出した。




めっちゃ期間が空きましたことを謝罪いたします!!

主人公とシーマのイチャラブの度合い

  • もっといれろ!
  • 大人な描写がもっと欲しい
  • こんなもん
  • いらん!
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