転生先はガンダムの世界?え?生き残れ?は?   作:スウェーデンクラス

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第75話 前夜

 艦のハンガーデッキは、朝という概念が存在しないはずなのに、どこか慌ただしい空気に包まれていた。

 照明は白々と煌めき、鋼鉄の床には整備用の油と靴底の跡がまだら模様を描いている。

 空気は重く、熱気と金属の匂いが混ざって肌にまとわりつく。

 あちこちで整備員たちの声が飛び交い、工具の打ち付ける音、溶接の閃光が視界の端々で弾けていた。

 次の出撃が迫っている――誰もがそれを理解していた。

 

 イオリは無言のまま歩を進め、整備区画の一角にそびえる巨躯の前で立ち止まる。

 煤けた装甲、灰色のライン、膝から足首にかけての重厚なブースター。そこには、彼の愛機――イフリートが待っていた。 

 全身の煤と擦り傷が、ここまでの戦いの苛烈さを物語っている。

 それでも、その姿は誇らしげに、次の戦場を待ち望んでいるかのようだった。

 

「よぉ、少尉さんかい」

 

 背後から聞き慣れた声。

 振り向けば、クルト整備長が油まみれのツナギ姿で立っていた。

 頬や額には溶接の焼け跡があり、瞼の下には深い隈が刻まれている。

 それでもその眼光は鋭く、疲労を押し殺して立っている。

 

「アンタの機体は整備終わってんぞ」

 

 その声には、やりきった者の確信があった。

 イオリは軽く息を吐き、深く頭を下げる。

 

「お疲れ様です、整備長。……ありがとうございます」

 

 クルトは、口の端を吊り上げて笑う。

 

「はん! 隊長さんがわざわざ頭を下げて頼みに来たんだ。だったら俺らも、全力で応えるのが筋ってもんだろ」

 

 その声には誇りがあった。イオリは苦笑を浮かべ、機体に視線を戻す。

 

「……他の機体はどうです?」

 

「全員、急ピッチで進めてる。間に合わせてやるさ、必ずな」

 

 そう言って、クルトは油に汚れた拳を力強く握った。

 その姿に、イオリはほんの少し肩の力を抜いた。

 

 その瞬間、艦内放送が鋭く響き渡る。

 

『イオリ・クローネ少尉。通信室まで願います』

 

「……通信室?」

 

 わずかに眉をひそめる。

 作戦直前の呼び出しは珍しい。胸の奥に、淡い予感と警戒心が同時に芽生えた。

 

ーーーーーー

 

 通信室の扉が開くと、室内の空気はハンガーとは別種の緊張感で満ちていた。

 端末に向かっていた下士官が振り返り、姿勢を正す。

 

「ご足労ありがとうございます、クローネ少尉。……シャアと名乗る人物から通信が入っています」

 

 その名を聞いた瞬間、イオリの眼が見開かれた。

 

「……シャア、だと?」

 

 数秒の沈黙ののち、彼は席に腰を下ろす。

 スクリーンが点灯し、そこには見覚えのある仮面の男――赤い彗星、シャア・アズナブルが映し出された。

 不敵な笑みは健在だ。

 

『やあ、イオリ。元気だったかな』

 

「……シャア?! お前、今までどこで何をしていたんだ!」

 

 声に怒気とも焦りともつかない感情が滲む。

 ガルマ戦死以降、シャアは忽然と姿を消していた。

 シャアは、わずかに肩をすくめて答える。

 

『少し、下手を打ってしまってね。その責任で罷免されていた。……だが今はキシリア閣下に拾われ、マッドアングラー隊の指揮を執っている』

 

 淡々とした口調の裏に、何かを隠している気配があった。

 イオリは眉を寄せ、少し声を落とす。

 

「……シャア、お前がいながらガルマ閣下を失うとはな。驚いたぞ。学生時代、あの方と仲が良かっただろう?……お前は大丈夫なのか?」

 

 それは責めではなく、失意に寄り添う友の言葉だった。

 だが、シャアはしばし沈黙し――

 やがて低く吐息を漏らし、試すような声色で返す。

 

『……ああ、私は“大丈夫”さ。だが、君こそ……学生時代はガルマに冷遇されていたはずだ。それが今、ずいぶんと悲しんでいるように見える』

 

「悲しむも何も、閣下とはそこまで深い縁があったわけじゃない。ただ、閣下の死で戦況が変わった。今や我々ジオンは防戦一方だ。……このままじゃ、戦争は悪い方へ傾き続ける。そのことが心配なだけだ」

 

 イオリの声には、戦史の行く末を知る者だけが持つ、深い憂いがあった。

 シャアはしばし彼を見つめ、それから薄く笑う。

 

『……そうか。しかし、我々は勝利を信じて戦うしかあるまい』

 

「もちろんだ。だが、今の俺には守るべき部下と、大切な人がいる。……彼らに危険が迫るなら、俺は命を賭してでも戦う」

 

 その言葉に、シャアが驚いた表情になる

 

『……ん?“大切な人”と言ったか?まさか、同じ部隊の中尉か?』

 

 図星を突かれ、イオリは一瞬言葉を詰まらせたが、観念して吐き出す。

 

「……あぁ、そうだよ。悪いか?」

 

『ふっ……悪くはないさ。むしろ良い。大切な存在は、生き残る理由になる。……そうか、イオリは気の強い女性が好みだったのか』

 

「うるさいな。ルウムの前は、お前のことで喧嘩したんだぞ!」

 

『ん? 私のことで? なぜだ?』

 

「彼女が『お前は信用ならない、何かを隠している』って言ったんだ。俺は友を悪く言われたように感じて、少し喧嘩になったんだ!」

 

 シャアは一瞬だけ笑みを消し、次の瞬間には仮面の奥で再び不敵に笑った。

 

『……そうさ、私には大きな隠し事がある』

 

「は?なんだよそれ」

 

『言ってしまえば隠し事ではなくなるだろう?』

 

「なんだよ!言えよ!」

 

 やり取りは学生時代を思わせる軽口に戻り、画面越しとはいえ、久しぶりの再会は自然と笑いを伴った。

 

 だが、ひとしきり言葉を交わした後――シャアの声音が変わる。   

 その声には真摯な響きがあった。

 

『……イオリ。万が一ジオンが敗れる時、ジオンと共に死のうなどとは考えるなよ』

 

 イオリはフッと笑みを浮かべる。

 

「心配するな。ジオンのために死ぬつもりはない。……シャアこそ無理はするな。例の新型を追っているんだろう?」

 

 シャアは短く息をつき、視線をわずかに落とす。

 

『ああ。奴は化け物だ。見かけても近づくな――奴は私が落とす』

 

「近づくわけないだろ? あのシャアを追い詰めるパイロットだ。俺じゃ太刀打ちできん」

 

 そこでシャアは、意味深に笑う。

 

『ふっ……聞いたぞ。狼部隊に“灰狼あり”と』

 

「何を言う。赤い彗星にはかなわないさ」

 

 そんな軽口の最中、画面の奥から声がかかる。シャアは短く返事をし、視線を戻した。

 

『どうやら時間だ。久しぶりに話せてよかった』

 

「……シャア、今の任務は何だ?」

 

 数秒の沈黙。やがて、彼は低く言った。

 

『……君だから答える。他言は無用だ。――我々は今、連邦本拠地ジャブローの位置特定作戦を遂行している』

 

「……なんだと? じゃあ、もしわかれば攻められるのか?」

 

『そのはずだ。だが君はテキサスにいる。この作戦は南米方面の部隊が担う。こちらは任せておけ』

 

 その笑みに、イオリは短く頷く。

 

「ああ……頼りにしてる。定期的に連絡してくれ」

 

 シャアはわずかに笑みを深め、通信が途切れる。

 残されたのは、沈黙と機械の微かな唸りだけだった。

 イオリは端末から目を離さず、しばし動けなかった――戦局の影が、さらに濃く迫ってきたのを肌で感じていた。

 

ーーーーーー

 

 艦内の通路は、昼夜の区別がない密閉空間特有の、わずかに油と金属の匂いが混じる空気で満たされていた。

 イオリが通信室の扉をくぐると、そこには壁に背を預け、腕を組んだまま待っているシーマの姿があった。

 

 彼女の視線は鋭く、しかしどこか揺らいでいる。

 

「……中尉? なぜここに?」

 

 イオリが問いかけると、シーマは眉をわずかに吊り上げ、口元を歪めた。

 

「アンタが通信室に呼ばれる放送を聞いてね、気になって来たのさ。その様子だと……また、あの赤い男かい?」

 

 その声音には、警戒と苛立ちが包み隠さず滲んでいた。

 

 イオリは眉を顰める。

 

「中尉……前にも言いましたが、アイツは——」

 

 言いかけた言葉を、シーマは手を軽く上げて遮る。

 

「別に、前みたいなことを言うつもりはないさね。……ただ、アンタが心配なんだよ」

 

 彼女の声は、いつもの皮肉や毒気を抑え、珍しく柔らかかった。

 一歩、イオリへと近づき、視線を落とす。

 

「……前みたいな、喧嘩した状態での出撃はゴメンなんだ。……アタシの気持ちも察しておくれよ」

 

 その小さな声は、周囲の喧騒に紛れて、イオリだけに届く。

 

 艦内の薄暗い照明の下で、その言葉に胸が熱くなる。

 抱きしめたい衝動が込み上げるが、ここは艦の通路。

 視線の多い場所で、それは叶わない。

 代わりにイオリは、静かにシーマの肩へ手を置いた。

 

 シーマが顔を上げる。

 視線が絡み合い、わずかな間、時間が止まったかのようだった。

 

「シーマさん。俺のことを心配してくれているのは分かります。……安心して下さい。俺にとって一番は貴女だ。貴女を裏切るようなことはしません」

 

 低く落ち着いた声に、彼の揺るぎない意思が宿っていた。

 

 シーマは一瞬だけ表情を緩めると、唇の端を吊り上げた。

 

「……本当だろうね? 裏切ったらタダじゃおかないよ」

 

「本当です」

 

 互いに笑みを交わす二人の距離が、自然と縮まっていく——。

 

だが、その瞬間を打ち破るように、艦内放送が響き渡った。

 

『シーウルフ隊総員はブリーフィングルームに集合せよ。繰り返す……』

 

 二人はハッとし、互いに短く目を合わせる。

 “出撃の時が来た”

 ——その意味を瞬時に理解する。

 

 イオリは微笑み、

 

「続きは今夜ですね」

 

 シーマは鼻を鳴らし、

 

「ふん、なにを得意げに言ってんだい? ほら、さっさと行くよ」

 

 と並んで歩き出す。

 

ーーーーーー

 

 艦内の通路を歩く二人の耳には、遠くから響く整備員たちの怒声と工具の打ち付け音が届く。

 それは、これから訪れる戦闘の予兆のようでもあり、同時に無数の命を送り出す儀式の鼓動のようにも思えた。

 

 ブリーフィングルームの前に到着すると、数名の隊員が慌ただしく中へ入っていくのが見えた。

 二人もその後に続く。

 

「少尉! こっちっす!!」

 

 元気な声の主はカールだった。

 隣には落ち着いた様子のエリックも座っている。

 

「お前達も来ていたか」

 

「カールと二人で機体のチェックをしていました。いつでもいけますよ」

 

 エリックが簡潔に報告する。

 

「準備万端っす!」

 

 とカールも胸を張った。

 

 イオリが彼らの方へ向かうと、シーマは短く告げる。

 

「イオリ、アタシは自分の隊のところに行くよ」

 

「えぇ、ではまた」

 

 やがて、ハンス、エーリッヒ、グスタフらも入室してくる。

 

 ハンスがニヤニヤしながら言う。

 

「なんだー? あの夫婦は隣同士じゃないのか……まさか、離婚の危機ってやつか?!」

 

 エーリッヒも悪ノリして、

 

「喧嘩でもしたんだろ? 怖い嫁に尻に敷かれてるっていうし?」

 

 グスタフは豪快に笑う。

 

「がははは!! お前ら、やめとけやめとけ、またどやされるぞ!」

 

 イオリが苦笑を浮かべていると、突然ハンスとエーリッヒの表情が凍りつき、顔が青ざめる。

 

 イオリが視線を移すと、そこには腰のホルスターから拳銃を抜き、冷ややかな目で二人に銃口を向けるシーマの姿があった。

 

「言ってなかったかい? 今度ふざけたマネしたら……撃つよって」

 

 その声は艦内の空調よりも冷たく、冗談の色は一切なかった。

 

「す、すみません! 中尉! おふざけが過ぎました!!」

「もう二度としません!!」

 

 二人は慌てて両手を挙げ、必死に謝る。

 

 周囲から笑いがこぼれ、場の空気はようやく落ち着きを取り戻す。

 

ーーーーーー

 

 その時、ブリーフィングルームの扉が再び開いた。

 入ってきたのは、クラウス・シュレンケ少佐。

 研ぎ澄まされた刃のような気配が、瞬時に部屋中の空気を張り詰めさせる。

 

 演壇に立ったクラウスが、低く響く声で言った。

 

「休息を取るよう言って、すぐに呼び出して悪いな。既に分かっていると思うが……出撃だ」

 

 その一言で、室内の空気がさらに引き締まる。

 グスタフが代表して問う。

 

「で? 出撃はいつだ?」

 

「明日の朝、日が昇る前に出る」

 

 一瞬、ざわめきが走る。予想以上に早い出撃だ。

 

 ハンスが口を開く。

 

「機体の整備は終わったんで?」

 

 その時、扉の方からクルト整備長の声が飛んだ。

 

「もうあらかた終わってる。あとは微調整だけだぜ」

 

「流石だな、感謝する、整備長」

 クラウスが短く言う。

 

 クルトは肩をすくめ、

 

「俺にできることなんて、これぐらいだ。後はお前らが全員無傷で帰ってくるのを待つしかできねぇ。……生きて帰ってこいよ。機体はいくらでも壊していい」

 

 それだけ告げると、背を向けて退室する。その背中には、職人の誇りと送り出す者の寂しさが滲んでいた。

 

 クラウスはその背に一瞬だけ視線を送り、再び隊員たちを見渡す。

「今日の夜までに全ての準備を終わらせろ。武器弾薬は持てるだけ持て。作戦が始まれば、俺たちは文字通り孤立無援になる。……何か質問は?」

 

 誰一人声を上げず、全員が黙って目で答える——“次の命令を”と。

 クラウスは満足げに頷いた。

「よし、質問はないな?! これから全員ハンガーに向かい準備に取り掛かれ!……終わった後は艦長秘蔵の酒でヤケ酒だ」

 

「了解!!!」

 

 その力強い声が、部屋中に響き渡った

 

ーーーーーー

 

 鋼鉄の梁が幾重にも走る巨大ハンガーに、油の匂いと金属音が満ちていた。

 照明が、鈍く塗装の剥げたモビルスーツの装甲を照らし、その影を床に長く落としている。

 冷えた空気の中に、緊張が重く張り詰めていた。

 それはまるで、これから嵐の中へ突入する直前の船の甲板のような空気――誰もが覚悟と集中を胸に秘め、必要な作業だけを淡々とこなしていく。

 

 イオリは灰色塗装のイフリートの脚部を通り過ぎ、自らの小隊の前に立つ。

 その姿勢には一切の隙がなく、声は低いがはっきりと通る。

 

 「カール、弾は多めに持っていけ。予備の武器も忘れるな。エリック、今回は広大な土地が作戦地域だ。伍長の対艦ライフルが遠距離戦の要だ、2人とも互いの弾薬も出来るだけ携行しろ。多いに越したことはない」

 

 カールはタッチパネルで機体の各種チェックをしつつ、気丈に笑う。

 

 「了解っす。それにしても、今回の作戦は、一筋縄では行かなそうっすね」

 

 その軽口は、戦いへの不安を押し隠すためのものだとイオリは理解している。

 

 エリックは武器弾薬の確認をしながら口元を緩めた。

 

 「あぁ、激戦になるだろうな。大丈夫だ、カール。お前のお守りは俺がしてやるよ」

 

 「ぐぬぬ。エリックこそ!泣いて『助けてくれー』って言いながら、俺の背中に隠れるといいっすよ!」

 

 冗談の応酬――だがその笑いの奥には、互いを信頼し合う戦友としての深い絆があった。

 イオリはその光景にわずかに微笑み、視線をハンガー全体に向ける。

 

 周囲では他の小隊も動いていた。

 ハンスは豪快に腕を振り上げ、部下たちに怒鳴る。

 

 「おまえら!弾は大量に持っていけよ!!弾を入れるところが無くなったら、シールドの裏、脚部装甲の横、とにかく持てるだけ持て!!」

 

 「小隊長、そんなこと言ってますけど、もしその弾に被弾したら一発アウトですよ」

 

 部下の冷静な指摘に、ハンスは即座にその頭を小突く。

 

 「ばかやろー!!そんなもん気合いで避ければいいんだろうが!!」

 

 「えぇ……?」と呆れた声が返る。

 

 エーリッヒの小隊は対照的に静かだった。

 

 「小隊長、装備はどうします?統一でいきますか?それともバラバラ?」

 

 「俺だけ対艦ライフルで行く。お前達はそれぞれ、マシンガンとバズーカを装備しろ。マシンガン持ちはバズーカの弾も数個は持っていけ」

 

 短くも明確な指示。

 

 「小隊長の分は?」

 

 「俺はいい、一発必中だ。弾はそこまで多くなくていい」

 

 その言葉に、部下たちは黙って頷く。

 

 クラウスはグスタフと並んで歩き、言葉少なく準備を進める。

 

 「グスタフ、装備はいつも通りだ、弾はいつもより多く準備してくれ」

 

 「了解だ、隊長。おい軍曹、俺たちはいつも通り、マシンガンとバズーカの2丁持ちだ」

 

 「了解」

 

 この小隊には長年共に戦場をくぐり抜けてきた者だけが持つ、無駄のない呼吸と信頼が見えた。

 

 そしてシーマの小隊。

 黄土色と紫のザクⅡMが並び、彼女は腰に手を当てて笑う。

 

 「いいかい?今回長期戦だ、全員マシンガンで行くよ。アタシらはいつも通り敵の懐に潜るんだ、デカブツはいらない」

 

 「了解だアネさん。今回も喉元に喰らいつくんだな?」

 

 「そうさ。期待しな、獲物は選り取り見取りだよ」

 

 その言葉に部下たちは猛獣のような笑みを浮かべ、

 「待ってました」と声を揃えた。

 

 ハンガーのあちこちで、整備班が最後の作業を急ぐ。

 クルト整備長の声が金属音の中に響き渡る。

 

 「おらー!もっと弾薬を持ってこい!あと機体の関節部分をもう一度チェックだ!」

 

 油で汚れた作業着の背中が、縦横無尽に動き回っていた。

 

 イオリは再び自分の部下へと視線を戻す。

 

 「2人とも、いいか?」

 

 カールとエリックは言い合いをやめ、真剣な顔で頷く。

 

 「今回も今までどおり、俺の背中を追ってこい。そうすれば、必ず生き残る。誰も置いていったりしない」

 

 「了解っすよ」「分かりました」

 

 「だが、俺がしくじったら俺のことを助けてくれると助かる」

 

 一瞬の沈黙の後、カールが吹き出した。

 

 「ははは!少尉がヘマするわけないじゃないっすか!ま、その時は全力で助けるっすよ!!」

 

 エリックは真面目に、「いつでもそばで補佐します」と応えた。

 

 その瞬間、ただの部隊ではなく、互いを命懸けで守る仲間としての結束が、音もなく固まった。

 

ーーーーーー

 

 ハンガーに漂う油と金属の匂いが、空気と混じり合っていた。

 全員の準備が整った頃、クラウスの低くも通る声が場を切り裂く。

 

「――お前ら、準備は終わったか?」

 

 その瞬間、工具の音も会話も止まり、各々がクラウスへと顔を向ける。

 頷く者、笑みを浮かべる者。

 

「いつでも行けるぜ」

「なんなら今から出てもいい」

「かましてやろうじゃねえか」

 

 軽口が飛び交い、空気にわずかな暖かさが戻る。

 クラウスはその光景に満足げな笑みを浮かべ、顎をしゃくる。

 

「よし、それじゃ……集まれ」

 

 短く響く号令に、全員が靴音を揃えて彼のもとへと集まる。

 集結したその輪の中心で、クラウスは何処かから取り出した木箱を足元に置いた。

 金属の留め具を外す音がやけに大きく響き、中から現れたのは酒瓶と幾つかの乾き物だった。

 

「明日の作戦に向けて――栄養会といこうじゃねえか」

 

その言葉が落ちた瞬間、空気が弾けた。

 

「そうこなくっちゃ!」

「待ってました!!」

「さすが隊長だ!」

 

歓声と笑い声が一斉に上がり、戦場の緊張が一時だけ溶ける。

クラウスは片手を上げ、少しだけ厳しい声を乗せた。

 

「だが飲みすぎるなよ。特に――グスタフと整備長、この二人はだ」

 

「わかってるって隊長、名指しはやめろよ」

グスタフが苦笑いを浮かべる。

 

「俺は送り出すだけだろうが、関係ないだろ!」

クルト整備長が肩をすくめる。

 

 そのやり取りに輪のあちこちから笑い声が洩れる。

 

 だが、その和やかさを切り裂くように、重く落ち着いた足音が近づいた。

現れたのは――ゲルハルト艦長。

 

 瞬間、全員の背筋が伸び、気を付けの姿勢が並ぶ。

 その整然とした列を前に、ゲルハルトは微かに口元を緩めた。

 

「楽にして構わん」

 

 クラウスが即座に「総員、楽にしろ」と号令を飛ばす。

 緊張の糸が少しだけ緩み、しかし艦長を前にした全員の視線は鋭いままだ。

 

 ゲルハルトはゆっくりと部隊全員を見渡し、低く響く声で言った。

 

「……良い顔をしている。誇り高い武人の顔だ」

 

 彼の声は、鋼鉄のように重く、だが同時に深い温かみを含んでいた。

 

「明日、諸君らは未だかつてない激戦に身を投じることになる。敵は我らの数倍……いや、それ以上だろう。だが恐れるな。海兵隊は道を切り拓く者だ。茨の道であればあるほど、そこに我らが存在する理由がある。――諸君らの帰還を、私はここで待っている」

 

 その言葉に、シーウルフ隊の全員が一斉に敬礼を揃えた。

 

「了解!!」

 

 短く鋭い声がハンガー全体に響き渡る。

 ゲルハルトは満足げに頷き、クラウスに視線を移す。

 

「……素晴らしい部下たちだな」

 

「はい、自慢の奴らです」

 クラウスは胸を張って答える。

 

「――少佐から聞いたぞ。今から“ヤケ酒”をやるそうじゃないか。しかも……私の秘蔵の酒で」

 

 その言葉に、一瞬で全員の顔色が変わった。

「なんで艦長にバラしたんだ、隊長……」

 という視線がクラウスに突き刺さる。

 

 しかしゲルハルトはただ笑い、持参していた袋から数本の酒瓶を取り出す。

 厚いガラスの奥で、琥珀色の液体がランプの光を受けて輝いた。

 

「ほら、持ってきてやった。たんと味わえ」

 

 クラウスがそれを受け取った瞬間、歓声が爆発した。

 

「流石は艦長だ!」

「愛してるぜー!」

「これぞ親父ってもんだ!」

 

「ふん、調子のいい奴らめ」

 ゲルハルトは肩を揺らしながら背を向ける。

 

「艦長、一緒にどうです?」

 とクラウスが声をかけると、彼は足を止め、振り返らずに言った。

 

「私がいては、皆が気を使うだろう。部屋でゆっくり飲むさ」

 

 その背中をクラウスはまっすぐに敬礼で見送った。

 

ーーーーーー

 

 やがて酒が回り始め、兵たちは輪を作って飲み交わす。

 冗談や色恋沙汰が飛び交い、笑い声が絶えない。

 

 だがその一角――隊長クラスと古参のグスタフが集まった小さな輪だけは、どこか落ち着いた空気が漂っていた。

 クラウス、シーマ、イオリ、ハンス、エーリッヒ、グスタフ。

 

 クラウスがグラスを軽く揺らしながら口を開く。 

 

「……久しぶりだな、このメンツで飲むのは」

 

「そうだね。部隊創設以来じゃないかい?」

 

 シーマが微笑みながら、琥珀色の液面を見つめる。

 

「創設以来?」

 

 イオリが眉を上げると、ハンスが笑う。

 

「あぁ、お前は知らねぇよな。“新人”だからな」

 

「その呼び方やめてくださいよ」

 

 イオリが笑い返すと、エーリッヒが淡々と語る。

 

「俺たちシーウルフは、最初たった五人の部隊だった」

 

「それが、改編と増員を経て……今じゃ五つの小隊を抱えるまでになった」

 グスタフが付け加える。

 

「そうだったんですね……初めて知りました」

 

 イオリの声には驚きが混じる。

 

 クラウスは懐かしむように目を細め、口角を上げた。

 

「懐かしいな……創設の頃は地獄だった。じゃじゃ馬のシーマに、事あるごとに喧嘩するハンスとエーリッヒ。最年長のくせに我関せずのグスタフ……バラバラだったな」

 

「誰がじゃじゃ馬だって?」シーマが眉を吊り上げるが、笑みを隠せない。

 

 イオリは内心で驚いていた。

 今の彼らは、筆頭指揮官として完璧に機能し、互いに絶妙な連携を見せ、部下への気配りも欠かさない。

 そんな彼らにも、荒削りで衝突ばかりの時代があったのだ。

 

「そんな問題児共を纏めたのが、この隊長ってわけだ」

 グスタフが笑う。

 

「どうやって?」

 

 イオリが尋ねると、クラウスは躊躇なく答えた。

 

「全員殴り飛ばした」

 

 一瞬、イオリは絶句する。

 だが他の全員が頷きながら笑った。

「あれは痛かったな……」「精神的にも肉体的にもな」「姉御は平手だったよな」「うるさい、ぶつよ」

 

 笑いの中でクラウスはグラスを傾け、静かに言った。

「――まぁ、それ以外にも色々あったが……今じゃいい思い出だ」

 

「作戦から帰ってきたら、ぜひ詳しく聞かせてください。特にシーマ中尉の話を」

 

 イオリが微笑む。

 

「おう、いくらでも話してやる。そういやお前とはまだサシで飲んでなかったな」

 

「ぜひ」

 

「アタシの話はしなくていいからね!」

 

 顔を赤くしたシーマの声に、また笑いが広がる。

 

 そして静けさが一瞬だけ訪れたとき、イオリがゆっくりと口を開いた。

 

「……俺は、このシーウルフに入れて幸せです」

 

クラウスは笑みを浮かべ、頷いた。

 

「俺もだ。お前たちの指揮を取れることが、何よりの誇りだ」

 

「俺もだ」「俺も」「アタシもだよ」「ガハハ!俺もだ!」

 

 クラウスが杯を掲げると

「――必ず、生き残るぞ」

 

 クラウスの言葉に、全員が杯を掲げ、声を揃えた。

 

「了解」

 

 その響きは、戦いの前夜の空気を切り裂き、夜のハンガーに深く刻まれた。

 




遅くなりすみません。
この物語も中盤から終盤に差し掛かるところまできましたね。
さて、どうなることやら
いつも見ていただきありがとうございます!

主人公の宇宙機体

  • イフリート宇宙仕様。できんの?笑
  • ゲルググ高機動型
  • ゲルググM
  • ゲルググJ
  • ザクⅡ改
  • リックドム
  • ビグロ…笑
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