転生先はガンダムの世界?え?生き残れ?は?   作:スウェーデンクラス

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第81話 撤退

ー前哨基地、夕暮れ

 

夕陽が地平線に沈みかけ、前哨基地の鋼鉄の構造物が赤く染まっていた。

整備兵たちの声と、ジェネレーターの低い唸りが響く中、

出撃の準備は着実に、無言の緊張の中で進んでいく。

 

吹き抜ける風は油と鉄の匂いを運び、遠くで誰かが笑い声を上げたが、それも一瞬で静寂に呑まれていった。

 

その喧騒を少し離れた高台から見下ろすように、2機のモビルスーツが並び立っていた。

 

片方は、灰色の装甲を夕陽に反射させるイフリート。

もう一方は、黄土色と紫の塗装が印象的なザク・マリーン――だが、そのコックピットに操縦者の姿はない。

 

代わりに、その隣のイフリートのコックピットの中。

その開放されたコックピットの中で、一人の女が男の膝の上に腰を下ろし、背中を預けるようにして寄り添っていた。

 

ーーシーマとイオリ。

 

互いの言葉はなかった。

ただ、戦の前のわずかな静寂の中で、肌越しに感じるぬくもりだけが、確かな現実として二人を繋いでいた。

 

沈みゆく太陽の赤が、彼女の髪を金色に染め上げ、イオリの頬を優しく照らす。

時間が止まったようなその光景に、戦火の気配すら遠い幻のように思えた。

 

「……ねぇ」

 

静かな声が風に溶ける。

シーマが、胸の奥から搾り出すように呟いた。

 

「なんです?」

 

イオリが少しだけ顔を傾けて答える。

 

「……なんでもないよ」

 

そう言って、彼女は少しだけ笑う。

 

「ただ、声が聞きたかっただけさ」

 

「ふっ……なんですか、それ」

 

イオリの笑みに、シーマもつられるように目を細める。

それきり、二人は何も言わず、再び赤く染まる空を眺め続けた。

 

風が吹くたび、シーマの髪がイオリの頬をかすめる。

そのたびに彼は微かに目を閉じた。

そのぬくもりと香りを、戦場へと持っていくために。

 

やがて、基地の下方から声が響いた。

 

「おーい!!もうすぐ出発するぞ!機体の準備しとけー!!」

 

声の主はグスタフだった。

その野太い声に、イオリがはっとして叫び返す。

 

「分かりました!!すぐ準備します!!」

 

彼の声は思いのほか大きく、整備区画にこだました。

シーマは思わず笑いながら、耳を押さえる。

 

「声がでかいっての。まったく……」

 

すると下からまた声が返ってきた。

 

「どうせそこにシーマもいるんだろ?!姐さんにも急ぐように言っとけー!!」

 

グスタフの笑い混じりの声が響く。

シーマは呆れたようにコックピットから顔を出し、声を張り上げる。

 

「分かってるよ!あんたも早く準備しな!」

 

「はいよー!いいねぇ、お熱いことで!」

 

グスタフは笑いながら手を振り、整備兵たちの中へと消えていった。

その背中を見送るシーマは、ふと小さくため息をつき、今度は向き合うようにしてイオリの膝の上に座り直すと、イオリを見つめ

 

「……もう、みんなにバレてるね」

 

イオリは少し照れたように笑い、肩をすくめる。

 

「隠していたつもりなんですけどね。」

 

「いいじゃないか。隠す必要なんてないさ。堂々としてりゃいい。――だろ?」

 

シーマの瞳が、夕陽の中で金色に光る。

その微笑には、どこか諦めにも似た優しさがあった。

 

イオリは静かに頷くと、

 

「そうですね。堂々と、ですね」

 

と呟き、彼女の後頭部にそっと手を添え、引き寄せる。

 

シーマは抵抗しなかった。

ただ、ゆっくりとイオリの方へ顔を向け、唇が触れる距離まで近づくと――

 

二人の影が、夕焼けに重なった。

 

時間が止まる。

息が触れ合い、世界の音が消える。

 

唇が触れ合った瞬間、イオリの指先が僅かに震えた。

その震えに応えるように、シーマも腕を伸ばし、

彼の首に触れる。

 

短くも、熱く、深い口づけだった。

互いの呼吸が重なり合い、戦場の前の静けさを、ひとときの愛で満たしていく。

 

やがて、唇が離れたとき――

シーマはわずかに息を乱し、頬を紅潮させながら囁く。

 

「……ハァ、なんだい? ずいぶん積極的じゃないのさ」

 

イオリは微笑みを浮かべたまま答える。

 

「作戦前ですから。……少し、元気を出しておこうと思いまして」

 

その言葉に、シーマは目を細め、彼の胸を軽く拳で叩く。

 

「馬鹿だね……そういうところ、嫌いじゃないけど」

 

短い沈黙ののち、シーマは静かにイオリの目を見つめた。

その瞳の奥には、揺らめく不安と決意が同居していた。

 

「――死ぬんじゃないよ」

 

その声は、震えるほどに優しかった。

 

「私をひとりにしたら……違う男の女になってやるから」

 

イオリは一瞬、笑っているのか、泣いているのか分からない顔で彼女を見つめた。

 

「それは……困りますね。」

 

そう言って、再び彼女の後頭部に手を回し、引き寄せる。

唇が触れる直前、夕陽が完全に沈み、世界が赤から群青へと移り変わる。

 

――静寂が基地を包んでいた。

壮絶な撤退戦が、始まろうとしていた。

 

ーーーーーー

 

夜が明けようとしていた。

地平の向こうで、まだ弱々しい朝の光が生まれつつある。

夜霧に包まれた荒野を、モビルスーツとトラック群が静かに進んでいた。

鉄の巨体が地を踏みしめるたびに、かすかな震動が空気を震わせ、冷え切った地面にわずかな振動を刻んでいく。

 

その光景は、一見すれば夜陰に紛れて進軍する大部隊のようであった。

だが、実情は全く異なる。

モビルスーツの多くは弾薬をほとんど使い果たし、車列のトラックには装甲車両など一台もない。

鉄板を無理やり貼り付けただけの、即席の防護しか持たぬ車両ばかりだった。

その荷台には、包帯で身体を巻かれ、うめき声を漏らす負傷兵たちが身を寄せていた。

その彼らを守るように、巨人たちーーモビルスーツーーが静かに、

それぞれの持ち場を守りながら進んでいる。

 

その光景を見上げる空は、夜と朝の狭間に揺らいでいた。

月の残光が消えかけ、薄い雲の向こうで、わずかに陽が滲んでいる。

やがて、それは血のような朱に染まり、戦場の夜明けを告げようとしていた。

 

ーーーーーー

 

時は少し遡る。

出発前、全員が前哨基地の倉庫に集まっていた。

 

錆びた照明が鈍い光を落とす中、クラウスが一歩前に出る。

彼の声は低く、それでいて鋭く、全員の耳を撃つように響いた。

 

「総員、聞け。これより、今後の作戦行動について説明する」

 

その静けさには、戦場特有の緊張があった。

誰もが分かっていた。

ーーこれから先は、生きて帰れる保証のない行軍になることを。

 

「俺たちはこれより、連邦軍に包囲されつつある湾岸都市に向け出発する。既に知っている奴もいるだろうが、オデッサの戦況は芳しくない。……正直に言おう。おそらく、オデッサは墜ちる」

 

その言葉が落ちた瞬間、倉庫の空気がざわついた。

「そんなバカなっ!」「あのオデッサが?!」

息を呑む音、僅かな呻き声、そして押し殺した焦りが空気を震わせる。

若い兵士の一部は視線を泳がせ、古参の者でさえ目を伏せた。

 

しかし、そのざわめきを一瞬で切り裂いたのは――

金属音と共に、机を蹴り飛ばす音だった。

 

「うるせぇ!! 俺らの隊長が話してんだろうが!! 黙って聞け!!」

 

グスタフの怒号が、倉庫の隅々まで響いた。

彼の野太い声に、怯んでいた兵士たちは口を閉ざす。

静寂が戻ったことを確認し、クラウスは一度グスタフに目を向け、

「助かった」

と小さく頷いてから、再び前を向いた。

 

「現在、連邦軍は湾岸都市を包囲するために広範囲に部隊を展開している。つまり、部隊間の間隔は広がっているはずだ。俺たちはその間を夜陰に紛れて縫って進む」

 

クラウスの声には、明確な自信があった。

長い戦場経験で培われた勘――それが彼の言葉に重みを与えている。

 

「俺の予想では、湾岸都市に着くまでは接敵は無い。広範囲に展開した分、索敵の網は薄くなる。そこを突く。ただし――広域無線は使用禁止だ。逆探知されれば、即座に包囲され圧殺される」

 

彼は間を置き、自らの部隊"シーウルフ"を見やった。

イオリも、シーマも、皆が静かに頷いている。

 

「弾薬は底を突きかけている。残弾は一戦分が限度だ。その一戦は……湾岸都市での戦闘に温存する。都市に着いたら我々の母艦“ヘルヴォル”の停泊地点まで一気に突き抜ける」

 

倉庫の中の空気が、鋼のように引き締まっていく。

 

「母艦と合流できたなら、もし戦局が持ち直せば友軍と共に反撃する。だが、駄目な場合は即時脱出だ。――全員、宇宙に帰るぞ」

 

クラウスの言葉に、誰もが息を呑む。

それは敗北の認識でもあったからだ。

クラウスは全員の顔を一人ひとり見渡し、静かに続ける。

 

「動揺するのも分かる。だが、現実は変わらん。地上で負けたなら、宇宙(そら)で取り返せばいい。……宇宙(そら)は俺たちの故郷だ。帰る場所、愛する者たちのため、負けるわけにはいかない。そのためにも、全員で生きて帰る。それが今の俺たちの使命だ」

 

誰も言葉を発しない。

だが、その沈黙は決意の沈黙であり、恐怖の沈黙ではなかった。

 

クラウスは満足げに頷くと、ゆっくりと口を開いた。

 

「……いい顔をしてるな。……行動開始だ。遅れるなよ」

 

その瞬間、誰もが息を吸い込み、一斉に動き出した。

鋼鉄が軋み、エンジンが目を覚ます。

 

ーーーーーー

 

そして現在。

夜明けが近づき、空が白み始めるころ――。

 

クラウスの読み通り、連邦軍との接敵は一度もなかった。

空気は凍りつくように冷たく、吐息がコックピットの中で白く曇る。

その静けさは、不気味なほど完璧だった。

 

「隊長、まもなく湾岸都市が視認範囲に入ります」

 

通信に入った声は、冷静ながらも緊張を帯びていた。

第1小隊の隊員、アイゼン伍長――。

階級こそ伍長だが、その腕と胆力はクラウスが信頼を置くに足る男だった。

 

「了解した。……アイゼン、先行して湾岸都市の様子を確認してくれ」

 

「喜んで、隊長」

 

アイゼンのザクがスラスターを吹かし、霧の向こうへ消える。

 

「しかしよ、隊長の言った通りになったな。全く接敵なしとは」

 

とハンスが呟く。

 

「ほんとだ。連邦の影も感じなかったぞ」

 

エーリッヒが笑い混じりに続ける。

グスタフは大声で笑った。

 

「はっ!連邦の奴ら、思ったより腰抜けだったんじゃねぇのか?それか、湾岸都市で待ってる、ゲルハルトの親父が一泡吹かせたかもな!」

 

「違いねぇ!」「だったら上等だ!」

 

笑い声が通信を賑わせた。

だが、シーマの低い声がすぐにその空気を引き締める。

 

「アンタたち、気を抜くんじゃないよ。アタシらが今進んでるのは、連邦の支配下だ。真横から“ズドン”なんてことも、あり得るんだからね」

 

その声に、一同が「了解」と短く返す。

かつての待ち伏せ戦で、全員が痛感していたからだ。

グスタフだけは小さく笑っていたが――それも仲間への信頼ゆえだ。

 

一方で、第3小隊では別の静けさがあった。

 

「小隊長? どうしたんすか? さっきから無言っすね」

 

とカールが問いかける。

 

「たしかに……心配事でも?」

 

とエリックも言う。

 

イオリは短く息を吐き、

 

「いや……捕虜にしたあの連邦の士官。やけに自信満々で“ジオンは負ける”なんて吠えてただろ。妙に気になってな」

 

と呟く。

カールは首をかしげ、

 

「確かにそうでしたね。なんであんなに自信あったんすかね?」

 

と続ける。

エリックは静かに言った。

 

「今はとにかく、湾岸都市でヘルヴォルと合流することだけ考えましょう」

 

イオリは口の端を上げる。

 

「……確かに、今はそれしかできないな」

 

――その時だった。

 

夜明けの光が地平を染め始めた頃、通信が割り込んだ。

 

「隊長!!」

 

アイゼン伍長の声だ。

その息は乱れ、緊迫が伝わる。

滅多に取り乱さない彼の声に、クラウスは僅かに顔を顰める。

 

「どうした伍長。都市の様子は? まだ持ちこたえているのか?」

 

数秒の沈黙――そして、アイゼンの声が震える。

 

「押し留めるどころの話じゃありません!……都市は陥落寸前です!!連邦軍の大部隊がすでに市街地に侵入。友軍はHLVの発射場と滑走路を死守している状態です!!」

 

クラウスの顔から表情が消えた。

静寂。

その瞬間、全ての通信が止まり、

誰もが、朝日に染まりゆく空を――ただ黙って見つめた。

 

 

 




少し短いですが、申し訳ありません。
言葉の意味などを辞書で調べる毎日です笑
最近主人公とシーマのイチャイチャが少なかったので、入れました笑
変えることができない史実の中で、どうやって主人公は生き抜くのでしょうね(他人事)
なんやかんや言うて、クラウスとグスタフの関係性ってカッコよくて好き(爆)
次の投稿も早めにできるように頑張りますー
感想や評価待ってます!(筆者のモチベーションの為)笑

もしもシリーズのカール

  • 可愛い
  • なし!
  • 続編希望
  • 他のもしもシリーズ希望
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