転生先はガンダムの世界?え?生き残れ?は?   作:スウェーデンクラス

89 / 94
おまけ、不器用な男

薄暗い通りに、小さなネオンの灯りが滲んでいた。

その光の下にある古びたバー。

戦争の熱も、街の喧騒も届かない、静かな隠れ家だった。

 

ルウム戦役の帰還から数日。

クラウスはその店の奥、カウンターの端にひとり腰を下ろしていた。

ウイスキーのグラスに映る琥珀の光が、彼の表情をゆらめかせる。

戦場の喧噪がまだ耳の奥に残る中、ようやく訪れた「沈黙」が、逆に重く胸を圧していた。

 

そんな時だった。

――カラン。

扉の鈴が軽やかに鳴る。

 

クラウスが目を向けると、入り口に立っているのは背の高い、がっしりとした男だった。

その男は、クラウスを見つけると、嬉しそうに笑った。

 

「悪いな隊長。待たせたか?」

 

その声の主――グスタフは、シーウルフ隊の最古参にして、クラウスが最も信頼を寄せる戦友である。

 

「いいや、今来たところだ。……何を飲む?」

 

クラウスが穏やかに答えると、グスタフはおどけたように肩をすくめた。

 

「俺はいつものやつだ」

 

そして、慣れた調子でマスターに声をかける。

 

「マスター、ジョニーウォーカーのグリーンラベル。ストレート、ダブルで頼む」

 

無口なマスターは頷き、琥珀色の液体を静かにグラスへと注いだ。

液面が光を反射し、バーの暗がりに一瞬の金の閃きを生む。

 

クラウスは笑いを漏らす。

 

「お前は本当にそれが好きだな。他にもあるだろ、アードベックにグレンフィディック、マッカラン……たまには別のも試してみろ」

 

グスタフは口の端を上げ、鼻で笑った。

 

「俺はこれがいいんだよ。これ以上のもんは俺には似合わねぇ。それに、この給料じゃこれでも贅沢だ」

 

そう言って一口含むと、彼は目を細めて呟いた。

 

「……うん、美味い」

 

その姿には、戦場で見せる豪快さも無骨さもなく、どこか静かな誇りがあった。

グラスを傾ける所作に、かすかな優雅さが宿る。

もしこの場に女性がいたなら、その不器用な男の色気に思わず見とれただろう。

 

「久しぶりだな、二人で飲むのは」

 

グスタフが笑う。

クラウスは頷き、煙草を取り出した。

 

「ああ。最近は忙しかったからな」

 

グスタフは煙草の煙を見上げながら、口を尖らせた。

 

「隊長こそ、相変わらず“チタ”か。ジャパニーズウイスキーばっかだな」

 

「結局、落ち着くのはこれなんだ。……お前と似たようなもんだな」

 

クラウスは淡く笑い、グラスをあおった。

二人の間に沈黙が落ちた。

心地よい静寂。互いの息づかいだけが響く時間。

戦場の記憶が、薄氷の下から滲み出るように頭をよぎる。

 

やがて、グスタフがぼそりと呟いた。

 

「なぁ隊長。……噂になってる、あれ、本当なのか?」

 

クラウスは目を細め、グラスを回した。

 

「休戦条約のことか」

 

「あぁ、それだ」

 

グスタフは頷く。

クラウスは短く息を吐き、静かに答えた。

 

「今のところは、なんとも言えんな。だが――」

 

一口飲み、琥珀色の光を透かして見つめる。

 

「もし連邦が休戦を拒否すれば、この戦争はもっと長く、もっと凄惨になる。……そして、俺たちシーウルフも最前線へ送られることになるはずだ」

 

その声には確信があった。

戦場を何度も潜り抜けた男の直感――いや、運命を悟った者の静かな覚悟だった。

 

「俺は部下たちを犠牲にしたくない。……なら、俺がその代わりになる。そのつもりだ。もし“その時”が来たら、グスタフ……後を頼む」

 

グスタフの拳が、カウンターの縁を軽く叩いた。

 

「クラウス、それ本気で言ってんのか?ふざけんなよ」

 

声は低く、怒気を含んでいた。

 

「そんなこと、許さねぇぞ。俺たちは全員そろってシーウルフだ。……もしその時が来たら、俺も一緒だ。お前を一人で逝かせるかよ」

 

クラウスは、ほんの少しだけ微笑んだ。

その笑みの奥に、戦友としての深い感謝が滲む。

言葉はいらない。彼らには、戦場で共に死線を越えた時間がある。

 

「それにな……」

 

グスタフは続けた。

 

「お前には嫁さんと娘がいるだろうが。娘、いくつになった?」

 

クラウスは視線を落とし、しばらく答えなかった。 

 

「……もう6歳だ」

 

その声には、どこか遠い優しさが混じっていた。

 

「今はほとんど連絡も取ってないさ」

 

その言葉に、グスタフは小さく舌打ちした。

 

「クラウス。悪いことは言わねぇ。……会っとけ。本当に、いつ死ぬか分からねぇんだ」

 

その瞬間、空気が静まり返った。

グスタフが“クラウス”と呼ぶのは、本気の時だけだ。

それは命を懸けた戦場で幾度も聞いた呼び方だった。

 

クラウスは小さく笑ったが、その笑みはどこか痛みを帯びていた。

 

「分かってるさ。……だが、どの面下げて会いに行けばいい?ろくに家にも帰らず、子育ても任せっきりだ。離婚されても文句は言えん」

 

グスタフは低く、しかし力強く言った。

 

「それでも……嫁さんは他に男も作らず、娘を育ててるんだろ?――待ってんだよ、お前を」

 

クラウスは黙ってグラスを見つめた。

琥珀の中に、小さな娘の笑顔が揺らめいて見えた気がした。

 

「……分かったよ。今度、会いに行く」

 

根負けしたように、だが確かな声で言う。

グスタフはニカッと笑い、

 

「あぁ。それがいい」

 

とだけ言って、グラスを飲み干した。

 

「……で、どうやって会えばいい?」

 

クラウスが苦笑混じりに問うと、グスタフは即答した。

 

「んなこと、俺に聞くなよ。自分で考えろ」

 

クラウスは思わず吹き出す。

 

「相変わらずだな。お前の優しさは乱暴すぎる」

 

それからの会話は、まるで戦場の反省会のようだった。

先の作戦の機動、ハンスとエーリッヒの連携、カールの危なっかしさ。

笑いながらも、どこか皆の顔を懐かしむような温かさがあった。

 

やがて、グスタフがふと口にする。

 

「なぁ、シーマとイオリって、どうなんだ?」

 

クラウスは眉を上げた。

 

「どうってのは?」

 

「だからよ。男女の関係ってやつだ。シーマとは長ぇ付き合いだが、最近妙に丸くなった気がしてな」

 

クラウスは煙草を燻らせ、薄く笑った。

 

「……そうだな。あいつは変わったよ。イオリのおかげでな」

 

「やっぱりな!」

 

グスタフは嬉しそうに笑う。

 

「こりゃこの先が楽しみだ」

 

クラウスは呆れたようにため息をつく。

 

「そういうお前こそ、早く身を固めろ。いつまで独りでいる気だ?」

 

「俺は独りが性に合ってるんだよ。……それに、いつ死ぬか分からねぇからな。身軽な方がいい」

 

「昔から変わらんな、その考えは」

 

クラウスは笑い、グラスを掲げた。

 

酒が進むにつれ、空気が柔らかくなっていく。

やがてクラウスが、静かに口を開いた。

 

「なぁ、グスタフ。今度は部隊全員でここに来るぞ。馬鹿なことを言い合って、笑って、……家に帰るんだ」

 

グスタフは満足げに頷く。

 

「へっ、当たり前だ。俺たちシーウルフはお前が頭だからついてるんだ。……終戦になっても、この繋がりは永遠だ」

 

二人はグラスを掲げ、軽く打ち合わせた。

琥珀の音が、まるで誓いの鐘のように響く。

 

――そして。

 

真剣な眼差しをしていたグスタフが、ふいににやりと笑った。

 

「なぁ隊長。後ろで一人で飲んでる女、イケると思わねぇか?」

 

クラウスはあきれたようにため息を吐いた。

 

「お前なぁ……さっきまでの感動を返してくれ」

 

「いいじゃねぇか。真面目な話ばっかじゃウイスキーも不味くなる」

 

グスタフは笑いながら、再びグラスをあおった。

 

夜は静かに更けていく。

バーの外では、サイド3の人工夜空に星が瞬き始めていた。

戦火を越えてきた二人の男が、短い安息の中で交わす酒――それは、戦友としての絆の灯そのものだった。

 

そしてこの夜、クラウス・シュレンケは初めて、

「戦場の外に帰る」ということを、ほんの少しだけ、思い出したのだった。

 

ーーーーーー

 

サイド3・6バンチ

 

静かな午後の光が、白く塗られた家の壁をやわらかく照らしていた。

芝生には風が通り抜け、子供の笑い声が聞こえそうな、穏やかな住宅街。

そこに一軒――どこにでもある小さな家があった。

 

家の中では、一人の女の子が窓辺でぬいぐるみ遊びをしていた。

柔らかい陽の光がレースのカーテンを透かし、ぬいぐるみの丸い影を床に落とす。

その小さな手が、ぬいぐるみを撫でている。

母親は台所で昼食の支度をしていた。

漂うスープの香り、まな板を叩く音――穏やかな、生活の音。

 

だが、女の子の手がふと止まり、何気なく窓の外を見る。

その瞬間、その小さな瞳が大きく見開かれる。

次の瞬間、弾かれるように母を呼んだ。

 

その指が窓の外を差す。

 

母親は軽く笑いながらタオルで手を拭き、何気なく窓辺に近づいた――

だが、その視線が外の一点を捉えた瞬間、息が止まる。

 

そこには、一人の男が立っていた。

軍服の上着を着込み、肩には長い年月の重みを背負ったような疲れが漂う。

手には花束を、もう片方の手には小さな狼のぬいぐるみを持っていた。

 

彼女の表情が変わる。

驚き、喜び、そして言葉にできないほどの悲しみ――

その全てが一瞬のうちに入り混じる。

 

扉が勢いよく開かれた。

女の子が外へ駆け出す。

男の姿を見つけると、そのまま真っ直ぐに飛びついた。

 

女の子の声に、男の肩がわずかに震えた。

ゆっくりと腕を回し、その体を抱きしめる。

あたたかく、確かにそこにある命の重さ。

腕の中で泣き笑う娘を抱きしめながら、男は家の方を見る。

 

扉の前で、女性が立っていた。

ピンと背筋を伸ばしながらも、目には光が宿っている。

その目は、その女性の気の強さを現していると同時に、再会の喜びと、積み重ねた歳月の痛みを滲ませるものだった。

 

男は一歩、二歩と近づく。

娘を抱いたまま、言葉を探すように唇を動かし――

 

「その、……あれだ……たまたま近くを通ったから……」

 

と、しどろもどろに言葉をこぼした。

 

差し出された花束の色は、彼女の好きな花でできていた。

白と薄紫の小花が混ざり、控えめに香る。

都市の中心まで行かねば手に入らない花だ。

――だからこそ、彼女は悟る。

たまたま通った、なんて嘘だ。

わざわざここまで足を運んだに決まっている。

何日も前から、この瞬間を考えていたに違いない。

 

それでも、男は言葉を失い、そわそわと視線を彷徨わせていた。

花束を受け取ってもらえないことが、不安で仕方ないように。

その様子を見つめながら、女性の口元にようやく微笑が浮かぶ。

 

「今から、お昼ご飯にしようとしてたの。よかったら食べる?」

 

静かな声だった。

けれどその言葉には、拒絶も怒りもなかった。

ただ、長い時間を経てようやく交わされた“赦し”の響きがあった。

 

男は息を呑み、そして不器用に頷く。

 

「あ、あぁ。頂くよ」

 

彼女はそっと花束を受け取り、香りを確かめるように胸元に抱く。

男の顔には安堵と照れが入り混じった笑み。

まるで、若い頃の彼がそのまま時を越えて立っているかのようだった。

 

三人は玄関へと歩き出す。

白い扉がゆっくりと閉じるその瞬間、芝生の上で風が小さく渦を巻いた。

狼のぬいぐるみが、男の手から娘の手へと渡される。

娘は嬉しそうにそれを抱きしめ、母の手を取る。

 

扉が閉まる。

外には、花の香りと、遠くで聞こえる鐘の音だけが残った。

 

午後の陽光が白い家の壁を包み込み、

その中に、新しい時間が静かに流れ始めていた――。

 

 




なんやかんやで人気のおまけシリーズ!笑
後半に出てきた男は一体誰なのか、謎ですなぁー(白々しい)
戦場でしか素直になれない男の、違った一面を表現できたかなと思います。
あ、ちなみに、ウイスキーは僕が好きな銘柄です。
おすすめなので、是非試してください。

もしもシリーズのカール

  • 可愛い
  • なし!
  • 続編希望
  • 他のもしもシリーズ希望
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。