砂塵の混ざった夜風が吹くアビドス高等学校の渡り廊下。桃色の髪の少女が手にした人形を見つめながら、ゆったり、ゆっくりと歩いていた。
彼女の名前は
此度先生の護衛としてこのアビドスの地へと来て、なんやかんやで一番先生の「護衛」としての役目を全うしているかもしれない少女である。
手に持つのは今日行動を共にし仲良くなったアビドスの生徒と、偶々立ち寄ったゲームセンターで獲った人形。――それを時折撫でつつリリアは静かに微笑んだ。
「ふふっ、楽しかったですね……お友達とのお出かけは――ハクアちゃんやルリちゃんとのものとはまた違って……追手のいない平和な外出ってこう考えると本当にいつぶりでしょうか?」
その言葉と共に、片や超不幸体質、もう一方は圧倒的問題児気質の二人を想起したが、大体の外出先で何かしらの事件が起こっているような二人の事なので考え始めるとキリがない……それについては一旦置いておこうとリリアは即座に結論を出した。
「それにしても――」
リリアが今日の護衛中に起こった面白いことを思い出そうとしたその瞬間――突如として脳内に蘇る
――鳥と蝶の飛び交う庭の中心で何人かの少女たちが無邪気な笑顔で過ごす。
そんな、何の変哲もない……ただただ幸せそうな景色がリリアの脳裏に強くこびり付く様にフラッシュバックした。
「……ッ」
リリアの胸に後悔、悲哀の念が一瞬にして溢れる。
私の選択は正しかったのか、私を■してくれたあの子達に酷いことをしてしまったのでは
無いかと考え……しかし
「ふぅ……ダメですね、半年も経ったので大丈夫かと思ったのですが………まだ、ちょっぴり思い出しちゃいますか。…………最後に選択したのは私なのに、本当に情けない話です」
廊下を歩き続けて暫くした頃、リリアはアビドス校舎の空き教室の扉の前に立っていた。この教室は先生の護衛たちがアビドスの仮の寝床として借りた場所であり、リリアのここへと辿り着く数十分前まではルリが影から取り出した銃弾を床に広げていた正にその場所。
リリアは教室番号を確認した後に、その扉を開ける。すると、部屋の中心にはヒトをダメにしそうなビーズクッションにもたれかかって360°どこから見ても爆睡している堕落狐こと、ハクアの姿があった。
「あれ?ルリちゃんがいませんね……また一人でお出かけしているんでしょうか?」
リリアが持っていた人形を教室の片方に寄せられた机の一つに置いた後、ハクアの寝ているクッションの近くへ行きながら疑問を述べる。
現在ルリはハクアとの賭けに負けた代償によりアイスの為に使いっ走りに使われている事なんてリリアは当然知る由もないが、どうせハクアちゃんに勝負をまた吹っ掛けて出かけることになったんだろうなと、共に過ごした期間の長さからか何となく状況を察してはいた。
「いつも通りよく寝てますね……」
「う……うぅん……」
ハクアの頬をリリアがつつき、それに対してハクアが身じろぎと小さなうめき声をあげる。それをリリアは微笑ましそうな顔で見つめ、明日も続く先生の護衛の為にも備品の準備を済まそうと荷物が多く置いてある方向へと足を向けた。
「さて、明日の準備もしておかないと_____え?」
リリアがなんとなくメールが来ていないかとスマホの画面を見ると、そこには今日メールを交換したアビドス廃校対策委員会のグループチャット欄にある『セリカちゃんがいなくなった』という一つの文字列。
昨日、今日……どちらでもお邪魔したラーメン屋で、そして学校で出会った少女がいなくなってしまったという突然の情報にリリアの思考が止まってしまう。
――そんな停止したリリアとは対照的に動き出す影が、リリアの後ろに一つ。
「嗚呼……嫌な目覚めじゃな。まぁ、言われたことじゃし守らぬことはないが……それにしたって嫌じゃの……。ん?リリア、帰っておったのか」
「ハクアちゃん!?起きて……、っあセリカちゃんが__」
ハクアがクッションに身を任せたまま、手を前に向けてリリアの言葉を制止する。
そして一切の苛立ちを隠そうともせず懐から取り出した煙管を指で回しながら口を開いた。
「言わんでも良い、当事者から聞いて粗方の事は理解しておるからな……それにしてもあの阿呆は……。はぁ……リリア」
「……」
「取り合えず、対策委員会の教室に向かうぞ。面倒でたまらんがあやつの不始末を付けることになりそうじゃからな」
◇◇◇◇◇
――セリカちゃんの声を最後に
落ちて、降りて、下って、堕ちて――日の光は疾うに頭上へ消え、残ったものは闇一色。
暗闇の中を揺蕩うように浮かんでは沈む、そんな不可思議な感覚だけが私の身体を包み、同時に「ああ、油断しちゃったなぁ……まぁ、セリカちゃん庇ったことだし名誉の気絶って事でみっともなくはないか」なんて感想が、頭の内より自然と出てくる。
何分、いや何時間経ったかも、どこまで動いたのかも分からない―――が、突然
◇◇◇◇◇
塗装も剥げボロボロになってしまった鳥居、罅割れた石畳、崩れかけている灯篭……そして、半分は天井に潰されて――読んで字の如く半壊した本殿。如何にも、といった退廃的雰囲気の渦巻く廃神社が私のぼやけた視界に映る。
……いや、ごめん。『退廃的』ってのは間違っている。なにせ、たった今そうも言ってられない状況へと、この数瞬の内に――それこそ私が大の字に寝転んだ体勢から起き上がるまでのほんのちょっとの間に変わってしまった。
――桜吹雪が視界を掠め
――熱風に侵され蝉が鳴く
――風に吹かれて紅葉が舞い
――冷たく、乾いた空気が吹き荒ぶ
雪降り、葉散り、雨降り、花咲き。
季節感もへったくれも無いごちゃ混ぜの光景が同時に、そして瞬時に切り替わりながら神社の境内を荒らし回っているのを私は呆れた目で見る。
退廃的というには余りにも異常であり、詫び寂びなんてものは一欠片もない混沌とした状況……まぁ、此処には何度も来たことがあるから今更「ここはどこで、どうしてこんな場所に!?」なんて驚愕の感情を抱くことはないけど、取り合えずは――
「……此処にいるってことは、私、意識失っちゃったかぁ」
荒廃し罅割れた参道にへたり込んで頭を抑え、そして日本然とした風景に似合わない西洋感溢れる服を着飾る少女。ちょっと前まで急襲してきた何者かに狙撃を喰らってノックダウンした女――禍溟ルリは納得の表情に若干の後悔を乗せた声で呟くが……その声は葉と花弁の擦れる音、時折現れる暴風にかき消された。
「どうしよ……いや、この景色から察しはつくけど。
「……誰に、顔を合わせたくないと?」
「そりゃ、3年生2周目にして大人げなくイカサマを使うような性悪ロリに決まって……ん?」
私が恐る恐る顔を声の聞こえた方向に向けると、毎度毎度――しかもここ最近は特によく見るお狐様の姿。……ただし、いつもの無気力気味な様子とは異なり、怒りが……それも一見静かな表情の裏に巧妙に隠された途轍もない怒気と狂気が見える物とする。
……ふふっ、終わった。
「……ルリよ?わしが今なぜ斯様な気分か分かるか?」
「…………私がハクアを乏したから、とか?」
「なわけ……いや、それも少しはあるか。しかし、此度はそうではなく……いや、もうよいわ。いちいち説明するのも面倒臭い……はぁ。この唐変木の大馬鹿者が……鈍すぎるんじゃよ。本当に、いつもいつもお主は気づかぬし、鬱憤が溜まりに溜まって何度この場所ごと堕とそうと思うたか……この辺鄙な砂漠に来て何回アピールしたと思うておるんじゃ、23回じゃぞ23。あまりにも気づかなくてとうとう自身の存在があるのか疑問に思い始める程じゃ__」
……何言っているのかはよく分かんないけどぶつぶつ言っているから、今の内にこの状況の振り返りをしておこう
まず、私がセリカちゃんを推定ヘルメット団の襲撃から庇って気絶したことに間違いはない。ここに居るというこの状況そのものがそれを証明している。
……ならば、結局ここはどこなのか?
その答えは、『ハクアの夢の中』だ。
精神世界とも言い換えてもいいかもしれないが、ここは
そして、この状況はハクアの能力『
つまりは『夢』に関連した事象を起こすのがハクアの能力『
なんてったって、策を無駄に張り巡らせることで自身に降りかかる面倒事を減らすことに定評のある(自称)ハクアのことだ、十中八九他にも出来ることがあったとしてそれを安々と開示することなんてあるはずがない。
「ところで、お主……なぜここに来た?」
「あー……」
マズい…完全にハクアの眼が据わってる。
こういう――私が何かしらの外的要因でここに来てしまった時のハクアはいつもそうだけど、なんというか……怖い。
この状態のハクアは何をするのか分からない怖さがあるし、何より私に対して……説明は難しいけど「どろり」とした感情を感じる。おそらくだが、次に述べる言葉を間違えれば碌なことにならない……私の勘がそう言っている。
「……ちょっとドジ踏んで撃たれたぐらいだよ。だから、そんな怖い顔しないでくれると助かるんだけど……」
「『撃たれた』……そうか、なるほどのぉ」
ハクアが私の方を向き、私の身体をじっくりと見てくる。そんなに見られてもここに来た時点で精神体だから傷とかは特にないはずなのにそれはもう、とんでもなく暗いぽっかりと開いた目で見つめてハクアは押し黙る。
「やはり、閉じ込めておいた方が……無理か。どうせまた抜け出さられるのがオチ、じゃな……はぁ」
「ん?なんて?」
「なんでもない。……お主への
ハクアがジト目だ……それと理解しろって言ったって溜息の前の言葉、聞こえなかったし良く分からないんだけど――――うん、まぁ…いっか!
取り合えず、ハクアの怖い雰囲気は解除されたことだしこれで一旦ここに来てしまった経緯とか伝えられるからまぁ、結果オーライってことで……。
「それじゃ、なんで私がここに来ちゃったのかって話をするとね。アイスを買って帰ろうとしてたらー。……あ、アイス全部食べてたし残っていても多分溶けてるわ。まぁ、それは置いといて――」
「……置いとくな。後で買っとくんじゃぞ」
「へいへーい…、ケチだなぁ。っとそこでセリカちゃんと出会ったわけだよ。そのあと駄弁りつつ一緒に帰ってたらなんと、襲撃された!___んべッ」
私が堂々とした表情でそんな事を宣ったを見て、ハクアがどこから取り出したのか古銭を私の顔に向けて投げつけてきた。
その内の一つが私の鼻っ面にぶつかり痛みにのたうち回る。
「なーにが、『襲撃された!』じゃ、阿呆が。そんなことは百も承知。わしの知りたいのは『誰に襲撃されたのか』の部分に決まっておろう。それとそんな自慢気に襲撃されたことを誇るな。襲撃はステータスじゃないんじゃぞ全く……」
「はあぁぁ、いつつ……容赦ないなぁ、もう。……襲撃された相手?なら多分ヘルメット団だよ。ヘルメットっぽいのが気絶する直前に見えたし。ほら、昨日アビドスに襲撃してきたでしょ?多分私とか対多人数戦になると不利を悟ったから人質作戦とかになったんじゃないの?結果的に私、倒されてるし相手方に良い方に向かってるね」
「……一度ならず、二度までも…というわけか」
それを聞いたハクアの表情が再び暗いものとなるが……今までとは明確に違うモノがその顔には宿っていた。それは一つの対象に対する、明確な敵意――大切な者を傷つけた対象を知ったことで最早憎悪とも言えるまで肥大したそれは、確かな方向性を持ってハクアの思考を深く深く沈ませた。
「といっても、悪いことだけじゃないし……影を通して何となくわかるけど私、セリカちゃんと一緒に運ばれている途中だからね」
「ルリよ」
「ん?どうしたのハク、ア……」
ハクアの表情――何よりもその纏う雰囲気がガラリと変わっている。
禍々しく、周りの何もかもを飲み込んで壊してしまいそうな危うげな雰囲気で、全てを見つつも何も見る気がないようなそんな純粋なほど濁った瞳で私を見下ろして声を発していた。
「わしが行く。お主は待っておれ、襲撃犯を誅した後に__」
「いや、大丈夫。私の方で何とかするよ。……だから、ハクアはアビドスのみんなと先生、あとリリアもまとめて私達のいる所まで来てくれないかな?」
「……」
――危ない。色々なことで培ってきた経験からか直感的に、このままハクアに任せるととんでもないことになると、そう感じた。
おそらく、私達に害はないだろう。でも、ハクアはおそらく
「……ハクア、一つ言っておきたいことがあるんだ。
あのね、襲撃犯に仕返しをするのは私だ!ハクアじゃない!」
「……は?」
「だって、撃たれたのは私だよ?しかも、私のお気にの銃を馬鹿にしてきた連中だし……次は面子から何から何まで潰してやるよ!」
大声で畳みかける私にハクアは茫然とした表情を晒す。
それはそれとして、やっぱり思い出すとムカつくな……あいつら愛銃の事、凄い乏して来たし夢が覚めて起きたらもう一回ぶっ飛ばしてやる。
「…………ふふっ、なんじゃそれ。じゃあ、お主はどうやって仕返しをするんじゃ?」
ちょっと笑いながらハクアがそう質問してくるけど――忘れているのかな?
相手の気分も、面子も、何もかも小馬鹿にしてしまうような――そんな魔法みたいにステキで完璧な方法がね?
「それは決まってるでしょ。
Tips:後半の夢空間はハクアの明晰夢Lv.100みたいな空間です。ハクアの
Data NO.9:各々のメンバーへの反応(リリア編)
ルリ:お、恐ろしい……色んな意味で…!
――真面目に答えるなら、あの子が幸せそうで嬉しいよ、本当に。
ハクア:性格面でルリの万倍は良い奴じゃぞ。ただ、あの時わしの作った逃げ道のせいで後々面倒事になりそうなのはすまんと思っとるかのぉ。
次回「ルリ先生が教える!パーフェクトだっそう教室!」
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