あれから、二日が経った。
レジェンズたちが再び現れることはなかった。
フウトは、穏やかな時間を過ごしていた。今日は、マックと二人で、街外れの庭園を訪れていた。
この庭園は、地域の住民たちが協力して維持管理している静かな場所だった。
中央には大きな噴水があり、周囲には色とりどりの花が整然と咲き誇っている。手入れの行き届いた芝と、整然と配置された石畳。まるで絵画のような美しさが広がっていた。
フウト「……綺麗に手入れされてんだな」
マック「そうなんだな。この場所は、昔から町の人たちに愛されてるんだな。僕のお母さんも、ここでよくお花を見てたって言ってたんだな」
フウト「へぇ……いい場所だ。癒されるな、こういうのも」
心地よい風が二人の髪を揺らす。
フウトは深く息を吸い、わずかに笑みを浮かべる。
だが、その時だった。
ランシーン「――フウトさん、お久しぶりです」
背筋に冷たい感覚が走る。聞き覚えのある、静かで冷淡な声。
フウトは振り返るまでもなく、その声の主を理解した。
フウト「……久しぶりって、まだ1週間も経ってねぇだろ。ランシーン」
そこに立っていたのは、黒い装束に身を包み、白銀の双眸を細めた黒き竜人、ランシーン。
その気配は静かでありながら、どこか“確かな重み”を孕んでいた。
マック「フ、フウトさん……」
隣で震えるマックの肩が小刻みに揺れているのを見て、フウトは無言で彼の肩に手を置いた。
温もりを伝えるように、ゆっくりと。
フウト「マック。君は秘密基地に戻れ」
マック「で、でも……フウトさんは……?」
フウト「ここは、生徒会委員の俺に任せとけ。ちょっと“指導”するだけだから。……部長のシュウには内緒な」
軽くウインクする。
マック「……わ、分かったんだな。気をつけるんだな……!」
マックは名残惜しそうに一歩下がり、もう一度フウトの顔を見てから、庭園を駆け出していった。
一人になったフウトは、ゆっくりとランシーンに向き直る。
フウト「さて。で、今度は何の用だ?」
ランシーンは微笑すら浮かべず、無言のままフウトに近づいた。
すうっと、距離が自然と縮まる。
ランシーン「以前、申し上げましたよね。“あなたとゆっくり話をする機会を設けたい”と」
フウト「……ああ、言ってたな。あの竜巻のあとに。お陰で洗濯物が全部吹っ飛んでたよ」
冗談めかして言ってみるが、ランシーンの表情は変わらない。
ランシーン「私はね、あなたに“興味”があるんですよ」
フウト「……興味、ね」
ぴたりと目線が合った。
ランシーンはすっと姿勢を落とし、フウトの目線と完全に同じ高さで視線を交わす。
ランシーン「あなたの戦闘能力。そして、何よりも……異質な存在としての特異性」
フウトは無言で、ただその言葉を受け止める。
ランシーン「あなたのような存在は、この世界において“本来あり得ない”。だからこそ――私は観察したいのです」
ランシーンの瞳が揺れることはない。
その冷徹なまでの理知と好奇の光は、研究者が未知の標本を前にした時のようだった。
ランシーン「……暫く、あなたの近くで行動させてもらいます」
フウト「……ちょっと待て、今何て?」
ランシーン「観察対象として、あなたの生活、行動、思考……全てをこの目で見届ける。それが私の“意思”です」
言葉の意味を飲み込むのに、数秒かかった。
フウトは、明らかにポカンとした顔になる。
フウト「……は?」
数秒の沈黙。
ランシーン「あなたが持つ力、その在り方、思考、価値観。すべてが“純粋に欲しい”と思わせてくれるのですよ。力だけでなく、あなたの全てを」
その瞬間、フウトの眉がピクリと跳ねた。
フウト「……いや、やめてくんない?ちょっとゾワってきたんだけど」
思わず一歩後ずさる。
ランシーン「心配いりませんよ」
そう言いながら、黒き翼が左右に広がり、まるで大きな幕のようにフウトを覆い囲もうとするが、フウトは一瞬で姿を掻き消し、次の瞬間には、10メートルほど後方の石畳に立っていた。
ランシーンの翼が、そよ風のように空を切る。
ランシーン「……やはり、あなたは人間ではない」
フウト「一応人間だが」
ランシーンは再び翼をたたみ、静かに一礼する。
「それでは。今後とも、よろしくお願いいたしますね――フウトさん」
「……ああもう、どうすりゃいいんだ……」
フウトは頭を掻きながら、空を見上げた。
心の中で呟く。
(……シュウに何て説明したらいいんだよ)
“黒いシロン”みたいなのに付きまとわれるなんて、普通に考えても事態はおかしい。
でも、今さら“普通の生活”に戻れるとも思っていなかった。