脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件   作:ライハイト

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1話 俺の知っている炎属性はこんなしっとりしてない気がする

 言わずも知れた『新エリー都』。

 

 その一角、『六分街』では今日も長閑(のどか)に猫が鳴いている。

 

 どこぞの誰かが集計したのか、住みやすさランキングなるもので毎年上位へと躍り出るこの街は、住宅街らしい雰囲気の街並みの中に多くの施設が雑多に放り込まれている印象を与える。

 

 ゲームセンターやら喫茶店やら、ラーメン屋からおもちゃ屋と良く言えば幅広く、悪く言えば節操がない。

 

 それでも纏まった景観を生み出しているのは、この街に住まう一癖も二癖もある住民のたゆまぬ努力のお陰だったりするのだろうか。

 

 そんないつもの穏やかな筈の六分街にて。

 

 

 取り繕わずに言えば俺は――修羅場へと突入していた。

 

 

「……いいかハリン、落ち着け。今のお前は冷静じゃない」

 

「十分落ち着いているわ。『ブラックナイト・タウン』」

 

「俺は玄飛(クロト)だ」

 

「私はともかく今のあなたはプライベートなのだから、コードネームで呼ぶ必要はない筈よ。『ムーンレス・ナイトバード』」

 

「聞いて驚くなよ、玄飛って名前は紛れもない本名なんだ」

 

 ベッドで仰向けに倒れる俺の上を、一人の女が跨っていた。

 

 凛とした、力強く内に秘めた芯の太さを感じる声音がもはや原形を留めていない俺の名を呼んでいる。

 

 華奢ながら鍛えられてることがわかる両手は、俺を逃がすまいと覆い被さるように両脇へ。

 

 サイドに纏められた色素の抜いたような銀の髪の隙間からは、血の色をそのまま反映したかのような赤い瞳が軍用ゴーグル越しに真っ直ぐと横たわる俺を見据えている。

 

 きしり、と背中を押し返す布団のバネが目に見えぬ閉塞感を生むのは、彼女自身が放つ抗い難い圧によるものだろう。

 

 そのもう一人の当事者である目の前の女性の名をハリン――またの名を『11号』と言った。

 

「ねぇ、『レッドアイズ・ブラックドラゴン』」

 

「なんだ真紅眼の黒竜って……落ち着いてるって言うなら俺の上から降りてくれ。今のこの構図はなんていうかこう、心臓に悪いんだ。うん」

 

 この勢いに呑まれまいと努めて冷静に言葉を選んで、捻りだす。

 取扱のイメージは爆発物。

 無論それは、悪い意味ではない。

 その全ては彼女が抱えるものが繊細かつ神経を使う話題であるが故の必要な処置なのである。

 

 彼女を厄介者扱いするなど、それこそ在り得ない。

 

 ……けど気づいたら部屋に居たり、俺の知らない周囲のことまで把握していたり、目を覚ましたら正しく今のような完全な『詰み』の構図が完成してたりするのは……ちょっとクるものがあるのだ。

 

 ましてやそれを行うのが女性とは言え紛うことなき『軍人』であったと言えば、俺のせめてもの抗議が伝わるだろうか。

 

 だが――。

 

 

「…………迷惑なら、あなたにこうするのは、やめる」

 

 

 ――そんな拙い抵抗は、今の彼女を前に消え失せた。

 

 絞り出したような声に揺らぎはない。

 

 つい先程まで感じていた圧も感じない。

 

 それはある意味で真逆。

 

 軍人らしい凛とした気丈さは消え去り、吹けば一息で消える蝋燭のような儚さがそこにあった。

 

「……それは卑怯だろ」

 

「…………」

 

 起き上がると華奢な女の体が僅かに揺れ、それが更に俺の中から湧き出る罪悪感を煽る。

 

「……手、回していいか」

 

「……」

 

 了承を示す反応はない。

 

 流石は軍人と言ったところか、その内側を晒すことない術は身に着けてるということだろう。

 

 だからこそ、隠したいという意図が見え見えだ。

 

 そんなのを見せられれば、俺だって抵抗を諦めるというもの。

 そしてそれを敢えて口にするようなことはしない。

 

 彼女が内側に抱えてるであろうソレを覆い隠すように――小さくなった背中に手を回した。

 

「あなたこそ、ずるいわ」

 

「悪い」

 

「あなたが逃げなければ、私だってこんなことしない」

 

「俺はどこにも逃げないよ」

 

 言葉がどれだけの保証になるかもわからない。

 だけど、今の俺に出来るのはそれくらいだ。

 けれどきっと、こうして行動して、言葉を尽くしてもなお足りないのだろう。

 

 何せ、今の彼女には――。

 

 

「私は――あなたと過ごした日々を覚えていないのに?」

 

 

 示し合わせたかのように、消え入りそうな声で彼女は言葉を紡ぐ。

 ハリンが、11号が悪いというわけじゃない。

 しいて言うならこの原因になった連中が全て悪いと言えるし、そういう意味ならこの状況を生み出した俺自身も全ての元凶と言えるかもしれない。

 

 

 俺が逃げないという保証ごと無くしてしまった彼女の『記憶』。

 

 

 名前は覚えている。

 軍人としての出自も覚えている。

 思想も、戦闘技術も、好きな食べ物も、全て覚えている。

 

 けれど、記憶なんてものは所詮あやふやなものだ。

 

 そんなあやふやなものの中にたまたま、本当にたまたま。

 

 その消えた記憶の中に――俺が居ただけのこと。

 

 これはただ、それだけの話なのだ。

 

「不思議だわ」

 

 一方的だった抱擁に、変化が訪れる。

 俺が彼女の背に回した手はそのまま。

 その鍛えられた軍人としての肢体の強さと、揺れ動くその内側を示す女性特有の柔い肢体が伝わるゼロ距離。

 

 そんな中で彼女は俯いて視線を交わらせぬまま、輪郭をなぞるように俺の胸へ右手を這わせる。

 

 それこそまるで、失った記憶を確かめるみたいに。

 

「あなたとこうしていると、安心している自分がいる」

 

 手持ち無沙汰となり迷子になった彼女の左手。

 

 光が及ばない暗闇の中で灯りを探すように、俺の左腕を握られたその意を察して片腕の抱擁を解き――空いた片手で彼女の左手を包み込んだ。

 

「私は、兵士としての生き方さえ知っていれば、それでよかったのに」

 

 それは違う。

 

 軍人以外の生き方しか知らず、一番大切な時期にそういう生き方しか教えられなかっただけだ。

 

 何より周囲の人間は、これまでの彼女の頑張りを否定するようなその物言いは誰も望んじゃいない。

 

「私は、兵士としての生き方しか知らない筈なのに」

 

 そうじゃない。

 

 俺は、それが悲しくて。

 

 それ以外の生き方なんていくらでもあると。

 

 そう、希望を持って欲しくて――。

 

 

「だから――私から、あなたにあげられるものは何もないの」

 

 

「……ハリン?」

 

 ハリンがゴーグルを取り始め、赤眼があらわになる。

 

 ゴーグルを外し髪を払う仕草はどことなく艶めかしい。

 

 それだけじゃない。

 

 軍より支給される制服の一部である首巻を解き、サイドにまとめ上げた銀髪に映える赤い髪結すらも解いて――なにか嫌な予感がしてすぐに、左手を尋常じゃない力で握り締められた。

 

 

「だから――今の私を、あなたに刻みつける」

 

 

 ――――精神的に緊急事態発生(エマージェンシーコール)

 

 

 そう確信した俺の行動は早かった。

 

「おーけー、把握した。今のキミは冷静じゃない。そしてこの空気は不穏だ。そうだビデオ屋に行こう。そうすれば俺たちみたいな男女が手順を踏まずにそーゆーことをすればどうなるか映画を通じて理解できる。なんかそれっぽいのをリンちゃんに見繕って貰って――」

 

「――リンちゃん、というのは別の女性?」

 

 おおう、地雷踏んだ……!

 

 なんでよりにもよってそっちの店長の名前を呼んだんだ俺は! やり直しだ! すっげぇ自業自得な気がするけどそれでもやり直しを要求する!

 

「クソっ、このままでは邪気がやばい! 来てくれ! 『トリガー』ぁぁぁぁぁぁ!」

 

了解(コピー)。指示を』

 

 ザザッ、とラジオよりノイズ混じりの通信が室内へ響き渡る。

 

 それを見たハリンの表情は、改善するどころかますます張り詰めていく一方だった。

 

「私より先に、この部屋でトリガーと……?」

 

「現場からは以上だトリガー! どうせこの光景もどこかで見てるんだろ!? すぐに応援を頼む! あと適切な保健体育と情操教育を11号に!」

 

『こちら『トリガー』。今、あなたの部屋の天井にいるの』

 

「ふっざけんな!? この物件DIY対応してないんだぞ! まーた一ヶ月間エンゾウさんのとこでタダ働きさせる気か!?」

 

『安心してください、一見すればただの部屋にしか見えないよう魔改造済みです』

 

「出来るかぁ!?」

 

 

 ――――波乱は続く。

 

 

 はてさて、どうしてこうなったのか。

 

 

 それは忘れもしない――とある雨の日のモール街でのことだった。

 




いい年こいて無職の人間に対して消えない過去で根性焼きする話です。たぶん。
11号は炎属性だから問題ないな、ヨシ!
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